探索三日目: 釣り
♦︎
「…ふぅ。こんなところか」
「何がしたかったのか…とりあえず何かもかもあの人のせいってこと?」
「結局最初と変わらないな。死人に口なしだ」
一足早く食事を済ませた小高、相馬、上総の三人は、また少し作業に戻って話をまとめていた。
食事の後片付けが終わる頃合いを見計らって小高はフォルガーに声をかけると、改まって分かったことを説明し始めた。
「セキュリティの手順は、鍵になっている魔道具を使ってこの遺跡の扉から入ったあと、一時間以内で鍵の魔道具を持ったまま神殿の装置に王族の魔力を流すこと、です。装置は破壊された彫像の足元にあったシェル。鍵の魔道具は…王子が着けている指輪ですね?」
小高は鋭い視線を王子の手元に向けた。王子はビクッと肩を揺らす。
フォルガーは観念したかのように深く息を吐いた。
「…そうだ。だが一時間以内というのは…我々はここにくるまで半日近くもかけてしまった。最初の方で既にダンジョン化していたということか」
緊張感を保ったまま、小高とフォルガーの問答が続いていく。
「そうなりますね。ここにくる途中、扉などもほとんどなかったんですよね?」
「ほとんどというか…一つも見かけなかった。ん?入ってすぐにダンジョン化したのか?なぜだ?」
「始めからダンジョン化していたのだと思います。ただそうなると、閉じ込めることが目的なので、遺跡の扉は封印されてしまって入って来れないはずなんです。ということは、フォルガーさんたちが入って間もなくのうちに何かがあった。先にいたイェルカーさんが引き起こしたものと考えるほうが自然です」
「鍵を持っていなかったと?」
「持っていたと思います。イェルカーさん、指輪をしていませんでしたか?」
「していたが…だがあれは王族のものでは…」
「僕たちが見たとき、あれは、亡者の指輪、となっていました」
「…王が崩御されたからか」
「どのような仕組みかまでわかりませんが、そのタイミングでおそらく変質してしまったのでしょう。しかし装置は王族の魔力がなければいずれにせよ正常に起動しません。装置は起動されていたので、そこまで知らなかったのではないかと」
「ここは元々王族しか立ち入れない場所だ。それ以外の人物が触ることなどなかっただろうから魔道具だけが鍵だと思っていても不思議ではない。私もそう思っていた。だが起動していたというのは?」
「装置が起動すると、あの天窓から陽が差し込むようになっているんです。僕たちが見たときには既にそうなっていました。なぜ起動できたかは…その時はまだ指輪が正常だったのかもしれません。しかし魔力が合わないことで、エラーが出てダンジョンになってしまった」
「その時が、我々が立ち入った直後だったと」
「システムの構造や時系列で考えるとそうなるのではないかと。あとこの一時間というのは最短ルートで辿ってもギリギリではないかと思われるので、本来であれば転送陣の部屋を利用してここまでやって来るのではないでしょうか。隊長さんは地図もなく扉もないしで迷っていた可能性がありますね」
「確かに手探りで進むほかなかったが…時間がかかりすぎていたから、途中からは諦めていたのかもしれないな…不安を残したくなかったのか、最期の言葉以外、我々に何も話すことなく逝ってしまった」
「詳細を伏せていた理由は少し不自然にも思えますが…。制限時間があることや、手順を誤れば具体的に何が起きるかまで知らなかったのであれば、そうかもしれませんね。さて…」
小高は一つ話を区切ると、地母神像がある神殿中央に近づき、覗き込むように上を見上げた。
「あの天窓の向こうはよく見ると壁になっています。見えますか?」
フォルガーは目を細めてそこを凝視する。月明かりがあるので少しは見えた。
「…なるほど。魔法陣か。農園にあったものか?」
それに小高は首肯する。
「はい。外の空模様を取り込むタイプのようですね。地下深いここまで光が届いていたのはこれのおかげだったみたいです。ちなみに、三階層にあった転送陣の部屋からのリンク先にもなっています」
「ふむ」
小高はポケットから取り出したものを前に掲げた。
「そしてここに、転送陣の鍵があります。二階層の小部屋で見つけたものですね。これは入り口になる扉以外から脱出する鍵でほぼ間違いありません。ダンジョンの特質として、攻略すれば必ず脱出できるようになること、という大前提があります。本体を倒す事とは別に、脱出口を用意しておく必要があるのです。これを代償にすることで絶対的な牢獄が構築できるというわけです。今はダンジョン化が解けているので扉から出て行けるでしょうが、外が危険なことに変わりありませんので、行き先によってはこの鍵を使って出ていきたいと思います」
「その鍵はどこでどうやって使う?」
小高はやれやれというように肩を竦めてから答える。
「わざわざここに直通の転送陣があるということは、この神殿で使う可能性が高いのではないでしょうか。ここを出て行ってから真っ先にこの神殿と切り離されたことを考えても、ここは鍵以外でダンジョンにとって最も隠しておきたい場所の一つなのでは、とも思います」
少し気圧されたフォルガーは次に何をすべきかに焦点を当てた。
「ふ、む。…では、その鍵を嵌め込むことができるような何かをここで探せば良いのだな」
「はい。今日はもう夜も更けてきましたし、明朝、明るくなってから手分けして探してもらえませんか」
柔和な顔となって、遠慮がちにお願いする小高。
「そうだな。わかった。それにしても見事だな。よくここまで調べてくれた。皆の協力に感謝する」
フォルガーは感嘆したように表情を和らげ、騎士の礼をとった。
寝支度をしながら〈念話〉でお喋りする。
(どうだった?)
(おつかれさま。最後の方はちょっと苦しい気がしたけど、まぁまぁだったんじゃない?)
(よくもあんな自信満々にハッタリをかませたな。どの立場からモノ言ってんだって思ったわ)
(いやぁ、なんとなく辻褄が合えば説得力も出てくるかなって。ちょっとノリノリだったところはある)
(結果が全てだって。過程はどうあれ、この神殿が出口なのは確定だし)
(それよりこれで動いてくれないと、この茶番、後から絶対恥ずかしくなってくるやつ…)
♦︎
ここに至るまでの真相はこうだ。
一つの本を囲んでわいわいと賑やかな集団がいた。
「右に曲がる」
「モンスターハウスだ。やられた」
「やられてばっかり!こいつ弱すぎね!?」
「装備揃えるまでが難しい」
「これほんとに攻略なんてできんの」
「俺は鍵見つけたとこまでいった」
「んんー!もう一回!」
君島は悔しそうな埴生を見て笑っていたが、少し先まで進められたらしい海上に内容が気になって尋ねた。
「鍵って?」
「これ」
「なんか見たことあるような…あ、もしかしてこれと同じ?」
開かれたページにある絵を見て既視感を覚えた君島は、思い出したかのように収納バッジから転送陣の鍵を取り出した。
「すごい。実在した」
「え、その本の迷宮脱出ってまさかそういうこと?」
それを見た海上はキラキラとした眼差しを向けるが、君島は目が点になった。
君島は祭壇を囲みながら難しい顔で頭を捻っている三人組に声をかけて説明する。
「てなわけなんだけど」
『…』
その後、皆の総力を上げてゲームブックをクリアした。
「あ、なるほど。あれがリンク先の転送陣だったのか。で、これをここに嵌めて回すと魔法陣が組み変わる…うん。外に繋がってるね、これ。たぶん真上じゃないかな」
小高は淡々と確認作業を進めていく。
知識を持ち寄って暗号は解けたがすぐ次の難題にぶつかり、それを繰り返してこれまでの記憶と合わせてダンジョンの概要まで読み解きつつあった矢先の、君島から声がけだった。
ゲームブックは娯楽用ではなく、ダンジョン構築する上でのシミュレーションシートのようなものだった。全てに目を通すことで、仕掛けや仕組みのほとんどがそれだけで読み解けた。
「座標と地図を重ねると…王都外れの森の中か」
「外の様子見てこようか?」
転移で戻って来れる沙奈が提案した。今は小高に頼まれて不審に思われないように幻影で周囲を誤魔化している。
「いや、本当にまともに動くかわからないし、危ないよ」
「たぶん大丈夫だと思うけど…」
小高は降って湧いて得た知識をベースに話しているので、実際に使ったこともない魔法陣は得体が知れず、気軽に試すことなどできそうになかった。
沙奈は直感のままに問題なさそうだと感じていた。
「あ、あの…」
そこに、スキルが効かない乃愛が普通に近寄って行く。
「ん?」
「ちょっと、気になっていたことがあって…」
乃愛がもごもごと言いづらそうにしている間を静かに見守る。
「わたし…ずっとここにいたから、気にしすぎなのかもしれないけど…あの騎士さんたち、なんか変だなって」
「騎士って…残っていたあの二人?」
「うん…子どもたちが騎士さんに怯えているように見えて…ぎ、虐待とかないか心配で。昨日から子どもたちにもずっと結界を張ってはいるんだけど…」
それを聞いた沙奈は目を見開き、血相を変えて騎士二人を見つめる。
「まさか…そういうこと…」
沙奈は思わず新田を恨みがましく睨む。気づいていたはずだ。
「サナちゃん…?」
「いえ、ごめんなさい。ちょっとびっくりして。でもよく見ていてくれたね。今聞けてすごく助かった。危険かもしれないから念のため結界はそのままにしておいてくれる?」
「う、うん」
「連日探索に出ていたから完全にノーマークだった…」
沙奈は悔しそうに言葉を漏らすと〈念話〉に切り替えた。
(みんな、ちょっといい?)
(ああ、うん。なに?)
(あの侍従みたいに見えてた騎士二人組、魔族の手先かもしれない)
(え!?突然どうしたの?)
(ごめん、焦った。話すからそのまま自然にしていて)
(…わかった)
(志津さんが気づいてくれたんだけど、王子と王女があの二人に怯えているみたいなの。外が悲惨でショックを受けているものとばかり思っていたけど、思い返せば、これまであの子たちの声すらまだ聞いたことがなかった。あのタイミングでの隊長の死、フォルガーさんはいつバレてもおかしくないと言っているのに未だここに魔族が侵入してくる気配のなさ、疑えばキリがないほど怪しく見えてくる。一番怪しいのは、あの二人の状態が未だに心身疲労ってなってること。探索に出ているフォルガーさんは既に正常なのにね)
(うわ…まじだ…)
(フォルガーさんは気づいていないとなると、離れたとき、隊長の死際に何か見たかされたか、ってとこか)
(さっき内輪で少し揉めてたから今もどうかはわからないけど、気づいていなかったのは間違いないと思う。あの二人が何者なのかで今後の動き方が変わってくる。今はっきりとさせておきたいんだけど、相馬さん、あの子たちに念話を繋げてもらうことってできる?)
(うん、できるよ。そうね。そうした方がいいかもしれない。みんなにも共有したままにするけど、びっくりさせちゃうかもしれないから、話すのは私一人に任せてくれる?)
(うん、ありがとう。お願い)
相馬は少し離れたところで一人になる。王子と王女から見えやすい位置だ。
(ハーラルトくん、レオノーラちゃん。こんばんは。私はツムギ。覚えているかな?ちょっと顔上げてくれたら、私が見えるよ)
俯いていた王子ハーラルトと王女レオノーラは、驚愕を露わにして前方を見据える。そこには、小首を傾げて微笑む相馬がいた。
(周りに変に思われちゃうから、このままお話しするね。ずっと落ち込んでいるみたいだったから心配だったの。何かあるなら聞かせてくれないかな?心の中で強く念じるように話すと私に声が届くよ)
動揺してしばらく考え込んでいたハーラルトは妹レオノーラの繋いでいた手をぎゅっと握ると、意を決したかのように話しかけてきた。
(ツムギ、こんばんは。話しかけてくれてありがとう。私たちは今、声を出せないから)
(…それはどうして?)
(ここへ来る時にヴァレアスに何かされたんだ。その…フィリッツが死んじゃった時様子がおかしくて…そう思っていたら何かを嗅がされて、気がついたら声が出なくなっていた)
(ごめんね、様子がおかしいって、もう少し聞いてもいい?)
(うん…。 アルノルトが側から離れたとき、フィリッツは辛そうにしていたけど、まだ一人で立っていたし、普通に会話もできていたんだ。それで急に真剣な顔で何かを話し始めようとしたかと思えば、突然倒れた。必死で癒しのアイテムを使ったけど全然効かなくて…何かずっと呻いていて少し聞き取れたのが、あの最期の言葉だった)
(それって“神の目が導く先に光が訪れる”?)
(うん…その後に“魔族の目がある”とも言ってた。耳元で別に言われたからこれは私しか聞いていないかもしれない)
(…そうだったのね。ここの遺跡のこと、何か聞いていたり知っていることはあるかな?)
(何も、知らないんだ。外で何が起きているかもほとんど…。指輪もフィリッツから渡されて、言う通りについて来た)
(勇気を出して話してくれてありがとう。後のことは任せてくれるかな?きっちりヴァレアスさんたちともお話しさせてもらうね。貴方たちのことは守っているからそこは安心していてね)
(うん…)
ハーラルトは涙を堪えて俯いた。妹のレオノーラはその背中を摩りながら戸惑った様子でこちらを見る。相馬は安心させるように、にっこりと微笑んだ。