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探索三日目: 焦燥と仲直り

「信心深い方だったんですか?ここで信仰されている神というのは…」


 死の間際に光や神が見えるというのはよく聞く話だ。

 何をそんなに重要視しているのか不思議に感じて、小高は首を傾げた。


「…?人族が信仰するのは地母神だけだが…」


 それを聞いて違和感を持ったフォルガーも首を傾げる。


「あっ、そうなんですね。僕たちの国では多神教でして」


 この話題は藪蛇になってしまいかねないと、小高は捲し立てるように言い訳する。


「そうなのか…。常ならば気にならなかったかもしれない言葉だが、この状況下では、あれのことのように思えてならない」


 フォルガーが指した先は、粉々になった彫像だった。

 小高は引き攣っていく顔を抑えられない。


「え…。何でですか…」

「地母神の視線の先があそこだからだ」


 そう言って、中央にある彫像に目をやる。ここに入った時に真っ先に目を惹いた、陽の光に照らされて輝く女性像のことだった。よく見れば確かにどこかを向いていて、それは粉々になっている箇所の方に思える。


「魔物が現れ出したタイミングを考えると、おそらくあれが最後の手順だったのだろう。だが我々はそれに気づかず、あのような事に…」

「なるほど。…少し失礼します」


 フォルガーは無念そうに顔を俯けてしまったが、小高はそれどころではない。早歩きになって埴生の所へ向かう。


「それの内容が気になって仕方ないんだけど。俺にも見せてくれよ」

「一緒にやろう」

「お、いいな。どれどれ…」

「埴生、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」


 埴生は何やら海上と楽しげにしているが、余裕のない小高は割り込むように前に出た。


「おっと。なんだよ小高。今いいとこで—」

「お前が破壊した彫像のことなんだけど」

「ちょ…!?しー!何なんだいきなりっ」


 ここで最も触れたくない話を持ち出された埴生はぎょっと目を剥くと、冷や汗をかきながら周囲に聞こえていないかキョロキョロと辺りを見回す。

 小高は声を潜めてそのまま話を続ける。


「あれ、ダンジョン化を防ぐ最後のキーだったかもしれないんだよね」

「は…?」


 小高は先ほどあった会話を埴生に告げた。


「いやいや…そんなことってある…?」

「こっちのセリフだよ…。もう今さら、めちゃくちゃ言い出しにくいよ」


 フォルガーたちの様子を遠目に見て、冷や汗が止まらない。


「ちなみに、どんな像だったか思い出せる限り教えて」

「どんなって…どれも似たり寄ったりに見えてあんまり印象に残ってない—」

「いいから早く」

「…ん〜、人じゃなかった。何かの生物…あ、大きな角があった。鹿…トナカイ?みたいな…」

「他の像とは違う特徴がなかった?スイッチになるものとか」

「ギブギブ、もう思い出せない」

「…そう。他のみんなにも聞いてみるよ」

「ダンジョンとかもう終わったことだし、今そんなに気にしなくてもさぁ…」


 逸るような小高の様子に、埴生は肩を竦める。それよりも自分が吊し上げられるかもしれない事で頭がいっぱいだ。


 小高はずっと何かが引っかかっていて、言いようのない焦燥感を覚えていた。全てのことが繋がっているように感じる。

 相馬が近くにいるうちは共有されている〈念話〉に切り替えて、皆に探索情報を含めた経緯を説明してから、像について尋ねた。


(…はぁ。そんなことすっかり忘れてたわ。よりによってあれが関係してくるのかよ)

(もうこの神殿のこと調べてくれてたんだね)

(一瞬のことだったから全く覚えてないな。周りは動物っぽい像ばかりで本当に印象が薄いし)

(うーん、私も全然見てなかったなぁ)

(確かに角のようなものはあったかも…?)

(え、凛みてたの?)

(まぁ…うん、そのとき埴生の近くにいて超びびったし。その像の足元にも何かあった気がするけど)

(何かって!?)

(おおぅ…なんなの、落ち着きなよ。あれ、なんだろ。貝殻…真珠みたいなのがあったから、アコヤガイ?)

(貝は開いた状態だったってこと?その真珠は何でできてた?)

(そう開いてた。何でできてたかまでは…でも石像っぽくはなかったんだよね。だから宝石みたいに見えて綺麗だなーって)


 小高はドクドクと鼓動が早くなってきて、バッと振り返って周囲の彫像を見回した。破壊されたのも含めて全部で十二体。足元には様々な形の貝殻のようなものが一つずつ見える。しかし開いているものはない。

 それぞれの貝に触れていくが、開いたり何か仕掛けがあるといった様子は見られない。


「何してるの?」

「これ、ワンちゃんにすっごく似てると思わない?」

「似てる…のかな」


 ある一つの彫像の前で国分が佇んでいて、キラキラした瞳を向けてくる。見上げると、確かに国分が召喚した巨狼に見えなくもない。


(調べたら、地母神が従える十二の聖獣ってことみたいだけど)

(え、調べた?相馬が今?)

(そう。あー…この辺は後で説明するけど、私の能力の一部ってことで。確かに狼や鹿のような聖獣もいるらしいよ)


「…」


 そのまま調べていくと、破壊された彫像の前ではフォルガーたち騎士三人が難しい顔をして佇んでいた。


「…それ、何かわかりますか」

「いや…爆発でもしたのか、見事に粉々となっていて何もわからない。聖鹿シルバディアだったということは想像がつくが…」

「他の像には足元に何かありますよね。あれって何かご存知ですか?」

「あぁ、シェルのことか。聖獣と共に描かれていることが多いが、治癒を象徴するものということくらいしか知らないな。何か関係ありそうか?」

「いえ…ただの思いつきですが、もし仕掛けがあったのならそこに何かあったかもしれないなと」

「ふむ…。まぁ手に触れやすい位置にはあるな」

「それと、先ほどの研究資料の続きを見たいのですが」

「あぁ、そうだった」


 フォルガーはすっかりこの件について気を取られているようだ。他にも気がかりなことがあるのかもしれない。小高は資料を受け取って、この場所唯一の机代わりとなる祭壇上にそれを広げた。

 相馬と上総が近寄ってくる。


「何かわかった?」

「いや…まだはっきりしない。それを確かめるためにもう一度見直そうと思って」

「読み進めるんじゃなくて?」

「まずはセキュリティの正規手順を確認する。暗号化されていて詳しい内容までは読み解けなかったんだ」

「なるほどね。よくわからない神話から推測するよりそっちの方が手っ取り早いか。手伝うよ」

(そういえば、さっき言ってた能力って?)

(記録ってやつでね。触れた書物の内容をスキャンして記憶保管庫みたいなところに保存しておけるの。書庫に行ったのはそれが目的で全部読み取って保存してきた。本当に全部頭に入れるとパンクするから、キーワードで検索して保管庫から情報を取り出して使う感じかな)

「すご…つまりググれるってこと?先生って呼びたい」

「言うと思ったけど、やめてね」

「何か気になるし、錬金絡みとかあれば俺も手伝うよ」


 そうして三人で頭を捻る時間が続いた。


♦︎


 乃愛は未だに昨夜のことを引きずって、気持ちがモヤモヤとしたままだった。それに先ほどまでの話を聞いて、気になっていたことを皆に打ち明けるべきかどうか迷ってもいた。

 一人蹲って悶々としていると、いつの間にか沙奈が隣に腰を下ろしていて、話しかけられた。


「どうしたの?今朝からどこか元気ない気がしてて」

「あ…えと、おつかれさま」

「お疲れ様。ノアもここを守ってくれててありがとう」

「うん…サナちゃん、あの、ちょっと、き、聞いてもいい?」

「うん?どうぞ」

「えっと…なんか、わ、わたしだけ探索に行けてなくて…あ、大須賀くんもだけど…」

「…行きたかったの?」

「ううん!こ、こわいけど…、でもみんなもそうだと思うし…」

「危ないから、私はここにいてくれた方が安心するんだけどな。ノアは私のスキルが効かないから」

「えっ」

「…?」

「な、なんで…?」

「なんでだろうね…ノアもわからないの?」

「わからない…そうだったんだ…」

「無自覚だったのね。あ、それで。ごめんね、除け者とかにしてたわけじゃなくて、何かあったら転移で逃げられないから不安だったの」

「うぅ…」


 乃愛は思わず両手で顔を覆い隠す。勝手に色々と思い違いをしてて羞恥で悶え死にそうになる。

 思い返せば、初めに〈鑑定〉ができないと言っていたし、沙奈の姿が他の人は見えていないのに乃愛だけが見えていたりしていた。ずるずると思い当たる節が出てきて、今まで気づかなかった鈍すぎる自分を呪いたくなる。


 しかし、なぜ乃愛にはスキルが効かないのだろう。他の人でもそうなのだろうか。自分が何かをしているという実感は全くない。

 そうなると“彼”だろうか。理由はわからないが、強く念じてお願いしてみる。沙奈だけでも自分にスキルが効くように。

 すると困っているような感情が流れてきた。違ったのかもしれない。慌てて、言いがかりをしてごめんなさいと謝る。

 随分と悩んでいる感じが続いたかと思えば、お許しが出た。ほっと安心する。


「…落ち着いた?」

「うん…ごめん、全然気づいてなくて、勘違いしちゃってた」

「こっちこそ、ちゃんと言っていなかったせいでもあるから。念話とか、新田さんの水には効果がありそうだったからてっきり、その…」


 沙奈がぽりぽりと頬を掻いて急に歯切れが悪くなる。

 そう言われるとそうだ。念話やマップは共有されるし、あの聖水も確かにどこか効いている感じがあった。


「自分のことなのに…よくわかっていないことが多くて…」

「それは私も、ここに来てからは一緒かも」

「仲直りしていい?」

「…ふふっ、そうね、はい」


 手を差し出されたので握手した。温かい気持ちになって、頬が緩む。


「あれ?」


 沙奈が小首を傾げる。

 手を離して、また握られた。


「…なにか変?」

「あ、ううん。そうじゃなくて」


 慌てて沙奈がまた手を離して、目を瞬かせる。


「手を握ったときだけ、鑑定が勝手に発動して…また触っていい?」

「う、うん…」


 肩に手を乗せられた。


「何もない。やっぱり手…?」


 次は首元に手を当てられる。触診みたいだ。


「素肌に触れているときだけスキルが効く感じがする」

「そうなの?」

「元々そうだったのかな…それともさっき何かした?」

「うーん…加護の神様にお願いしてみたけど…違ったみたいで、困らせちゃった…」

「え、お願いきいてくれるの?」

「う、うん。強く念じてお願いすると…今回のはわからないけど…」

「それは…ここに来て一番のびっくりだね…」


 沙奈は心底驚いたようで、目を見開いて放心している。


「みんなはそうじゃないの?」

「少なくとも、私は無理かな…」

「あ、あの。私がそう感じただけでたまたまかもしれない…」


 よほど衝撃を受けたのか、沙奈は気が抜けたままだ。

 その様子に乃愛は困惑する。


「でもそっか。ノアにとって悪くないのなら良かったよ」

「サナちゃんにとっては悪いの…?」


 あんなにも心強い存在なのに、そうではないとしたら。このような状況下ではとても耐えられそうにない。想像すると乃愛は悲しくなってきて眉尻が下がる。


「あ、いや。そういうことでは…あるようなないような…」


 沙奈は目を泳がせて、しどろもどろになる。


「ほ、ほら。スキルも効くことがわかったし、危険そうなところではなるべく側にいてくれる?」

「うん…ありがとう。私もちゃんと結界で守るね」


 はぐらかされてしまって不安は消えないが、乃愛もしっかりと役割を果たすべきだと決意を新たにする。


「あ、みんな集まってきたね。ちょっと遅くなったけど、そろそろ食事かな」


 そう言うと、そわそわと落ち着きなく沙奈は立ち上がった。


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