探索三日目: 転送陣
ここでも見かけた扉は全て開けて進んで行った。
通路沿いに等間隔で小さな扉がずらっと並んでおり、中は家具らしきものがあるだけの似たような小部屋が続いていく。
二階層は居住空間ということだったので、ひたすら生活用の小部屋が続くだけだと思われるが、だからと言って確認しないわけにも行かず、骨の折れる作業になった。
人手が多いのを活かして手分けして確認していくが、通路では頻繁にスケルトンが現れてなかなか思うように進まない。
「…ふぅ。ちょこちょこ出てきてさすがに鬱陶しくなってきた」
言い終える前に、有原が振り向きもせずに肘打ち一撃でスケルトンを一体屠った。当たった瞬間に全身が崩壊して遺灰の如く粉々になる。
最初こそ慎重になって動いていたが、小一時間ほど経つ頃には数十体は相手をしていて、戦闘は既に単調な作業となっていた。
有原の攻撃手段も格闘技で、手を傷つけたくないからと言ってトンファー型の棍棒を得物にしている。初めて触る武器だったが適性があったようで、今では軽く使いこなしていた。
「おいでー。良い子だねぇ。はぁ…かわいい」
体長二メートルはありそうな巨軀の狼が寄ってきて、国分は首元を撫でながら抱きついて顔を埋めた。白銀のふわふわな毛に包まれて幸せに浸る。
この巨狼は国分が召喚した幻獣だ。
突然現れた時にはその圧倒的な存在感に周囲は硬直したが、その空気を無視して国分だけは大はしゃぎでワンちゃんと言って喜んでいた。大きな犬を飼うのが夢だったらしい。叶って良かったね、とは誰もならなかった。
この狼をどうするのかと聞けば、ペットにすると言う。なぜペットを今呼び出したのか、どこから来たのか、突っ込み所が多すぎて言葉にならず皆頭を痛めた。
大きな口に鋭い牙と爪、明らかに強そうで貫禄のある風格をしているため戦闘に入れてほしいとお願いするも、国分は危ないからと言ってにべもなく拒否する。せめて狩猟犬のように役立ってもらえないかと、懇々と説得して今に至る。
少し前から、壁に擬態したスケルトンや壁抜けしてくるゴーストが突然襲ってくるようになっていたため、巨狼を先行して向かわせて誘き寄せてもらっていた。今はその役割をひとまず終えて戻ってきた所だ。
国分は愛でる以外に何をしているかと言えば、精霊術という魔術とは別の方法で魔法を発動させてサクッと敵を殲滅していた。これでは文句を言いようもないので、この状況を周りは黙認するしかなくなっている。
「俺も触りたい…」
「ヴーッ」
同じく犬好きの埴生が遠目で羨ましそうにその光景を見つめていると、巨狼と目が合って威嚇された。
埴生は今、戦闘禁止令を皆から言い渡されている。
攻撃手段が破裂や爆発と聞いて始めから危険視されていたが、実際に目の当たりにして建物内で使うものではないと断じられた。その際、天井が一部崩落して危うく国分に当たりそうになったところを巨狼が間一髪で助け上げた。その時から巨狼にまで危険視されて嫌われている。
「…危ない」
「ありがとな、海上」
そんな何もできなくなっている埴生の周囲を警戒してくれているのが、海上だ。グレイブという薙刀型の槍を手にして、近寄る敵を薙ぎ払って両断する。
「てか思い出したけど、海上って弓道部じゃなかった?」
「そう。薙刀部がなかったから」
「え、どうゆうこと??」
「高校に入ってから弓道はじめた」
「…ふーん」
つまりどういうことだ。埴生は会話を早々に諦めた。
「ちょっとみんなこっち来て!何か見つけた」
君島が声を上げたので皆そちらに視線をやったが、誰も動かない。
「あ、あれ?どうしたの?」
「いやほら…お前の周りなんかちょっとアレって言うか…」
困惑する君島に、目を泳がせながら曖昧に答える埴生。
「え、埴生がそれ言うの…」
「あ、いや違くて。…そっち行って大丈夫なの?」
「?うん、大丈夫だけど」
君島は先ほどからずっと謎の攻撃をしていて、周囲からさりげなく警戒されていた。敵が君島に近づくと一瞬で細切れになっていく。素手で棒立ちにも関わらず、背後から襲われても近づくだけでバラバラにされていた。何が起きているのか傍目からは全く分からないが、本人は平然としているため何となく尋ねる機会を逸したままだった。
埴生が恐る恐る近づいて行くが、海上が先に近寄って君島に槍の柄を向けた。何も起こらない。
「…大丈夫」
海上は振り返って埴生に危険がないことを伝える。確かにそういった不安を持って近づいていたが、あからさますぎる言動に君島は剥れている。
「なにが大丈夫なの」
「怖かったから」
「え?」
「それで!?何が見つかったんだ?」
余計に聞きづらくなってしまったと感じつつ、誤魔化すように埴生が口を挟む。
「あ、そうそう。これ見てよ」
すぐに切り替えた君島が、そこへ誘導しようと動いた。埴生は胸を撫で下ろして、集まってきていた他の皆と共にその小部屋に入った。
「これ、なんだと思う?怪しくて触れないんだけど」
部屋の中は他と特に変わらないように見えた。設置されている机の引き出しが開かれていて、君島がその中に入っているものを指差している。
「…魔法陣、だね」
小高がそれをまじまじと見つめて考え込んだ。
引き出しには、手のひらサイズの特殊な鉱石が使われたメダルが置いてあり、そこには複雑な紋様の魔法陣が刻まれていた。〈鑑定〉で見ると、転送陣の鍵、としか出ない。どこで使うものなのか、どこへ転送されるのか、それらを読み取ろうと小高は魔術知識を総動員する。
「転送陣だったら、三階層の部屋にも一つあったけど…」
東が思い出してぽつりと呟く。
「その部屋、僕も見ておきたいな。とりあえずこれは、手に取っても大丈夫。組合せて起動させる物のようだから、これだけでは何の効力もないよ」
「ふーん…じゃあ仕舞っとく。単純に出口の扉とか抜け道を探してたけど、魔法で転送なんてできるなら、これも手掛かりっぽくない?」
「だね。実際試したことはないから、どうなるか怖くはあるけど」
「あ、それ、千田さんの前では禁句ね」
「そうなの?…あ、そういうこと。わかった」
小高から問題ないとお墨付きをもらった君島が、メダルを収納バッジに仕舞い込んだ。小高が余計なことを言わないように、沙奈が念押しする。
この部屋にはそれ以上何もなかったので、そこから出てそれぞれ元の作業に戻った。
その後もしばらく戦闘と小部屋の確認を繰り返したが、炊事場や物置があった程度で特にこれといった発見はない。
二階層の半分ほど回ったところで、ある一つの扉の中を覗いたとき、既視感を覚えた東が辺りをキョロキョロと見回した。
「ここ、三階層にあった部屋と似てる気がする」
天井と床、上下で対になった魔法陣が目を惹く部屋だ。それをじっと見つめていた小高が、その紋様の意味を読み解いた。
「…なるほど。これはエレベーターみたいなものかも」
「どういうこと?」
「天井にある陣がこの上の階層の部屋とリンクしてて、床の陣は下の階層とリンクしてる。ここ、広いしね。時短か…荷物とかをここで移動させてたのかな。魔力を通すだけで起動するタイプだけど、認証登録された人物しか使えないみたい」
「あー…そういうやつか。残念」
少し期待をしていた東と君島が、見るからにがっかりして溜め息を吐く。
だが小高は眉を顰めてまだ何か考えに耽っていた。
「…まぁ、念のため三階層にあるやつも見てみるよ。それより下の階はないのに床にも陣があったんだよね?」
「あ、うん」
そう言えばと、東が首を傾げた。
「まだまだ他にも部屋がありそうだしね。やっと半分か」
「今日中に全部はキツイかもね」
♦︎
その頃、沙奈と新田は姿を暗ませていた。
道中、新田が沙奈を呼び止めて、その能力で違和感を持たせず一時的に探索組から離れたいと言い出したためだ。
「ちょっとここに用があって。十分だけ、お願い」
とある扉の前で、二人は佇んでいた。
「…その程度なら、わかった。この扉も幻影で隠したから皆素通りしたけど、その用って言うのが終わればここへ戻って中に入っていいんだよね?」
「うん。私しか対処できないと思うから、それまで絶対入らないでね」
「これも必要なんじゃない?」
「うーん…さすがだね。ありがとう、助かる」
沙奈は新田に鍵束を手渡した。
「新田さんの能力は少し察してるからね。信用はするけど。無理はしないで」
「了解」
新田はにっこり微笑むと、扉の中へ入って行った。