探索二日目: 書庫
残った二人は特に何をするでもなく佇んだまま、そこは暫く静寂を伴った時が流れていた。
皆が書庫の中を念入りに調べている様子を遠目に見ながら、沙奈は口を開いて沈黙を破った。
「…で。どう?少しは落ち着いた?」
「……うん」
東はまだ顔を俯けたままだったが、呼吸が整って顔色も戻りつつあった。
「さっき言ったこと、考えておいてね。でないと…東さんだけの問題じゃなくなるから、私の口からみんなに言うことになる」
「っそれは…!」
聞き捨てならない事を言われた東は、焦ったように顔を上げて沙奈を見る。沙奈は真剣な眼差しでこちらを見ていた。
「さすがに危なっかしくて放置できない。これは譲れない」
「……」
有無を言わせない強い言葉に、東は押し黙ってしまう。
沙奈は一つ息を吐いて、口調を少し和らげた。
「私は想像することしかできないし、東さんの辛さはわかってあげられないけど。ここはもう異世界だし。クラスメイトは唯一の仲間になるんだから、みんな理解してくれると思うよ」
東は力無く肩を落とす。どこか上の空のまま、掠れた声で呟いた。
「そうだと、いいな…」
その言葉には、諦めと羨望が滲み出ていた。
♦︎
「…やっぱりまだ少し残ってるな」
広間に入って早々、目敏くスケルトンの残党を見つけた鏑木が走り出した。
それを横目に周囲を見回した多賀谷はふと先ほどの出来事が頭を過り、椎名に尋ねる。
「そういえば、さっきのあの群れは何だったの?あんな数、隠れるようなとこないけど」
「わかんない…奥の方に行ったら目の前に急に出てきて…まじビビったぁ」
椎名はその時の事を思い出してブルッと体を震わせた。
それを聞いたフォルガーは疑問に感じていたことを口にする。
「ここは暗いが見渡しは良いし、擬態してたにしてもあれだけの数が突然現れるのは違和感があるな。トラップだとしたらあり得なくはないが…ただここのダンジョン化は既に解けているはずだから、この書庫には特別何かあるのかもしれない」
軽く見た限り数匹のスケルトンが見えるだけだったが、罠がある可能性も含めて警戒しながら奥へと進んでいく。
「このテントどうすんの?あとはい、これ」
臼井がその辺に転がっていた短杖を拾い上げて、椎名に手渡した。
椎名はすっかり忘れていたそれを見て、微妙な顔つきになる。
「あー…これ…。刃物が怖いからとりあえずこの棒を持ってたんだけど、あんまり意味なかった…」
「え?そんな理由だったの?それ杖って出てなかった?」
宝物庫を物色していた際、〈鑑定〉で見た時のことを多賀谷は思い出す。短杖は武器に分類されていた筈だった。
「あ、そうそう杖。魔法を補助するとかなんとか…だっけ?でも別になくても魔法みたいなの出てたし…。これって何だったの?」
「そういえばそうだったよね。え、じゃあそれ要らないじゃん」
「せっかく見つけてきたのに…」
椎名は苦手な刃物類を避けて持ちやすい物を適当に選んだ結果、短杖を持っていただけだった。
わざわざ拾ったものがゴミ扱いされつつあることに、臼井は不満顔だ。
「まぁいいか。これ硬そうだしぶつけたらきっと痛いよね。仕舞っとくー、ありがと。てかこのテントはあたしの物扱いになってるの?」
「いやわかんないけど…でもこれ椎名が出したんじゃないの?あとなんかふつーに邪魔だし」
「えぇ…?どうしたらいいんだろ…」
椎名はテントをペタペタと触りながら困惑する。折り畳み式なのだろうかと考えるが、そうだとしても解体する方法など分からない。とりあえず収納バッジに仕舞おうとするが、入らなかった。
フォルガーはそれらのやり取りを横目に見て、顔を引き攣らせながら冷や汗をかいていた。
棒や杖と言われているそれは、ワンド—魔杖—と呼ばれる魔法発動を補助するための武器の一種だ。使用者の魔法の効力を安定、増幅させたり、指向性を高めることができる。魔術師であれば必須の武器で、上級者以外がワンドなしで魔術を使えば、魔法が不安定になったり最悪は暴発することもある。
ワンドの形状は様々だが、性能は素材や品質によって決まる。椎名が持っていた短杖は宝物庫に保管されていただけあって最上級の素材で作られており、〈鑑定〉ができないフォルガーでも一目見て高威力のある武器だと判別できた。
それをかろうじて捨てなかったにしろ、手に持つことをやめて仕舞ったあげく鈍器として使おうというのだから、今後の戦闘に不安しかない。しかし無くてもあれだけの精密さと威力のある攻撃を目の当たりにしているので、なんとも意見をし難い。
魔道具もフォルガーでは機能が分からなかった物が多く、〈鑑定〉が使えるという者に任せて鑑定結果を聞いて分配したが、テントを前に頭から疑問符を飛ばしている姿を見て、本当に与えてしまって大丈夫なのか心配にもなってきていた。
「あ!見つけた!」
臼井がスケルトンを発見して、どこか嬉しそうにそこへ駆けて行った。
「うーん…下は任せて大丈夫そうかな。上行こっか?」
今いるホールは鏑木や臼井が対応しているので、多賀谷は椎名を伴って端にある階段へ向かって行く。その上は本棚がずらりと並んでおり、それ以外は合間に狭い通路があるだけだった。
「へぇ…古い割には状態良いじゃん」
「えー?てかどれも日本語なんだけど〜」
二人は適当な本を手に取って、ペラペラとページを捲る。
ここも宝物庫と同じで状態維持の魔法が使われているのか、古代の本にしては明らかに保存状態が良かった。装丁や紙の品質も元の世界のものと遜色ない。書かれていた文字も〈翻訳〉のおかげで問題なく読むことができた。
「ふむふむ…。何言ってんのかよくわかんない」
読めても内容は理解できなかった。
「地図みたいなのないかなぁ」
一応辺りは警戒しながら、有用そうなものがないか適当に本棚を漁り始める。
フォルガーも後からやってきて、同様に本を手にし始めた。
一つ一つ手に取っていると時間がいくらあっても足りないので、本棚の全体を一通り見ていく。すると、ある事に気づいた。
「所々…隙間があるな」
棚のスペースに余裕を持たせている感じではなく、まとめてごっそり抜き取られているような、歯抜け状態になっている本棚がいくつかあった。その棚にある本の中身を見ると、民族学や歴史書のような内容が多い。ざっと背表紙を見渡せば、魔族関連のものだけ見当たらなかった。
「…」
フォルガーは眉根を寄せて、しばらく思索に耽った。
一方、鏑木は血眼になって害虫もといスケルトン駆除に勤しんでいた。昨日の忌々しい記憶が呼び起こされて、全て始末してしまわないと落ち着かない。その上、聖剣は魔物を寄せ付けないという効果があるために、不意打ちで先手を取らないとなかなか当たらないというのも、さらに苛立ちを強めていた。苛々が限界突破して、先ほどは謎の光線が剣から飛び出たほどだった。
「…まぁ、こんなもんか」
目に映る魔物が消え去ったことで、少しすっきりした顔で息を吐く。
「なぁなぁ、鏑木。これ見て!」
気が抜けていたところで、後ろから声をかけられた。振り向くと、そこには笑顔の臼井と一体のスケルトンが並んでいた。
鏑木は反射的に剣を振り翳して、そのスケルトンを瞬く間に消滅させた。
「…え?ええぇぇ!?なんで!?」
一瞬のことでポカンと呆気にとられた臼井だったが、横にいたスケルトンが突然いなくなったことに気付くと、悲愴な顔で鏑木に抗議の目を向けた。
「…は?」
臼井のその様子に鏑木は訳が分からず、疑問しか浮かばない。害虫を始末して何が悪いといった態度になる。
「初テイムだったのにぃぃっ」
跡形もなくなったスケルトンがいた位置で、臼井は若干涙目になって膝から崩れ落ちた。
「あ、あぁそうか。お前テイマー?なんだっけ?確かそれを試したくて付いてきたんだったよな。悪い、すっかり忘れてたわ…。だけどよ、いきなり説明もなく見せられたら仕方なくね?」
「それは…そうだけどさぁ。話す暇もなく瞬殺だったじゃん!」
「悪かったって。でもあんな骨連れて歩く気だったのかよ。勘弁してくれ」
鏑木は昨日の千田の様子を思い出してしまい、心底うんざりした顔で溜め息を吐いた。
「俺もさすがに骸骨はどうかと思ったけどさー。テイムしたらなんか悪くないなーって感じになって…。あれ?今はもうなんとも思わないな」
「まぁ試してみて上手くいったんだったらそれでいいじゃねぇか。ここにいるやつらはもうやめとけ」
なぜか急にあっけらかんとした様子を見せる臼井に、そのまま早く忘れて欲しくて鏑木は適当に話を流す。
「ここはもう問題ないだろ。俺らも上行こうぜ」
「そうだな!はぁ〜これも早く使ってみたいなー。…あ」
階段に向かって歩く道中、臼井はうずうずした気分のまま手しているハルバードを思わず振ると、手からすっぽり抜けて前に飛んでいった。
それを見た鏑木は、絶対に自分が先に敵を始末しようと心に決めた。
沙奈と東も途中で合流し、一行は時間をかけて本棚をじっくり調べていった。
それぞれ持ち出したい本や資料をホールにある机に積み上げていく。
機密文書があれば流石に許可できないといって、フォルガーが中身を確認して問題なかったものだけを貰うことができた。この世界のことなので、ほとんどはすぐに理解できない内容の本ばかりだったが、地理や歴史、魔術書などを中心に、一通りのジャンルを適当に見繕った。
「残念ながらこの迷宮の地図はなかったが…この遺跡に纏わる資料はあった。手掛かりがないか戻ってから詳しく見てみよう」
そうして本日の探索は終了した。