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探索二日目: 奇行

 フォルガーは迷っていた。

 宝物庫には常であれば価値ある物は多かったが、幾らばかりの物資や軍資金が増えた程度で、真に欲しているこの迷宮の地図など脱路を探すための手掛かりになるような物は無かった。

 しかし空振りに終わる可能性もあるなか、魔物が複数いるかもしれないとわかっている部屋に入るような、危険を冒すべき適切な機が今とも思えない。命あっての物種だ。ここは一旦後回しにして他の安全そうな場所を回ってみる方が目先のリスクとしては少ないが、魔族がいつ侵入してくるとも限らないため、時間との勝負でもあった。


「皆とりあえず武器もあることだし、中を覗いてみてから判断しても良いと思うのだが…」


 それを聞いて沙奈が声を挙げた。


「では万が一の場合に備えて、退路確保のために扉前で一人待機しておきましょう。東さんはあまり戦闘向きじゃないから、お願いしても良い?」

「え?…うん、それはいいけど…」


 いきなり話を振られた東は驚きつつも、拒否するようなことでもないので咄嗟に了承したが、名指しされた意図に少しの違和感を覚えて困惑気味に周囲の顔色を伺う。たが、特に異論は出ないようだ。


「うんうん、そーだね。入るなら咲希はここにいてもらった方がいいね」

「じゃあ頼んだ。俺から入る」


 椎名が納得顔で賛成して、鏑木が扉を開けようと動いた。フォルガーも自然とそれに続く。


 中に入るとそこは円形の大広間で、まるで図書館を思わせるような構造になっていた。吹き抜けの上に巨大な本棚が天井高くびっしりと並んでいる。左右には小さな階段まであり、一階部分はホールのようになっていて、中央にはいくつかの机や椅子が設置されている。

 天井には大きな照明のようなものが見えるが、他とは違いここは自動で明かりが点かないようだ。


「ここは…書庫、か?随分と広いな…二階層まで突き抜けていそうだ」


 クラスメイトらは暗くても視界に問題はないが、フォルガーは見えないようで、懐中電灯のようなものをバッグから取り出して辺りを部分的に照らしていた。


「何かいるような気はするが…ここからじゃまだわからないな」


 鏑木は勘のようなものを働かせて訝しげに周囲を見回すが、広すぎて扉付近にいたままではきちんと確認できそうにない。東の方に目を遣って扉が開放状態になっていることを確認すると、中央辺りまで踏み込んで行った。皆もそれに続く。


「鏑木くん、やっぱりアレがいるみたいよ。昨日と同じね」

「…あぁ、あそこか」


 沙奈が指差す方に目を向けると、鏑木が害虫を見つけたような顔つきで忌々しそうにそこへ近づいて行く。


「アレって…?」


 多賀谷が不思議そうに首を捻る。指差された方には何もなく、壁しか見えない。目を凝らしていると、ゆっくりと歩いて行った鏑木が突如走り出した。壁に向かって猛進して行く。


「え?なに?」


 何もない壁に向かって鏑木が剣を振り上げるのを見て動揺していると、そこから一瞬何かがピカッと光った。

 鏑木はそのまま周囲の壁に向かって何度も剣を振り下ろしては、その度にピカピカと何かを光らせる。


「あいつは何してんの…?」


 そのあまりの奇行振りに、多賀谷は呆気にとられて呟いた。


「分かりにくいと思うけど、あの辺にスケルトンがいるの。壁に擬態しているつもりみたいで、近づくと突然動いて襲ってくるから、先手を打って片付けてもらってる感じかな?」


 沙奈が苦笑して肩を竦める。昨日帰還した際、これに散々振り回された事を思い出しながら説明を始めた。

 千田がこの不意打ちに一々奇声を上げて騒ぐので、連鎖パニック状態に陥った。だがしばらくすると、鏑木の周りにはアンデッドが近寄らないことに皆が気づいた。その急な変化は聖剣を持ってから起こったように思えて、試しにそれで斬ってもらえば、一閃するだけでスケルトンやゴーストが光の粒子となって消滅した。スケルトンは物理攻撃だと一体倒しきるのにも時間がかかり、ゴーストはフォルガーが持つ特殊なアイテムか千田が放つ氷でしか倒せなかった。しかし千田は錯乱していてほとんど役に立たない。そこで鏑木が先陣を切るようになってさっさと倒して行ったが、千田は安全圏である鏑木に引っ付いて邪魔をするし、無理に離れて攻撃に向かえばたちまち囲まれてしまい、場は相当に混沌化していた。


「…へぇ」


 多賀谷は他人事みたいに聞いて、目の前の光景を怪訝そうに眺めていた。


「ただ、やっぱり大量にいると追いつけないから、それぞれで周囲は警戒しておいてね」

「おっけー。じゃああたしはあっちのほう見てこようかな?」

「俺はこっち側見てくる」


 椎名と臼井はふんふんと頷きながら、早速足を動かした。

 沙奈はそれを見送って自分も行動に移そうと動いたところで、ふと立ち止まった。あまりに自然な言動を見て、気づくのが遅れた。


「……ん?あれ、ちょっと待って、君たちまだ魔物を見たことがなかったような—」


 言いながら沙奈が振り返ると、椎名が真顔でこちらへ走って来るのが見えた。その後方には大量に引き連れたスケルトンの姿も見える。


「なんなのこれぇぇっ」


 椎名は途中から半べそになって、何もないところで躓いた。混乱してすぐに立ち上がれず、尻をついて後退りながら手にしていた短杖をスケルトンに向かって投げつけた。


「ちょ、何してんの…!?」


 わらわらと湧き出すように現れるスケルトンの異様さに愕然としていた多賀谷は、椎名が武器を手放したのを見て思わず声を荒げた。


「こないでぇっ…」


 椎名は目の前の光景に圧倒されて頭が真っ白になっていたが、身動いだことで制服のポケットに入れていた物の存在に気づいた。先ほど触っていた魔道具だ。立ち上がる事も忘れて縋るようにそれを取り出すと、ガチャガチャとそれを弄り回した。

 その魔道具は正方形からなる立方体の小さな物体で立体パズルになっており、マス目に沿って回転させると組み合わせによって様々な模様が六面に浮かび上がる。完成した模様—魔法陣—の面を押し込むと、それに応じた効果が発動する仕組みになっていた。

 適当に回しているだけで簡単に一つの模様が完成するが、その魔法陣が何を意味するかは知識がなければ都度〈鑑定〉をかけるしかなかったはずのそれを、椎名は何も考えずに回しては押し込むという動作を繰り返した。


 皆は慌てて助けに駆け寄ったが、魔道具が起動する方が早かった。

 すると椎名の姿が消えて、代わりに大きな三角テントが現れた。迫り来る大量のスケルトンの波に押されてテントは埋もれていく。


「ヤバい…!椎名!!」

「結已っ」


 臼井と多賀谷が叫んで、スケルトンに対峙する。武器を構えたところで、後方から猛スピードでやってきていた鏑木が走り抜けて行った。


「「え…?」」


 猪突猛進していく鏑木を見て、呆然と立ち尽くす二人。


 鏑木は走る勢いのまま剣を振り翳した。だがその周囲は波が引くようにスケルトンが離れて行ってしまって、鏑木が振り下ろした剣は既の所で空を切った。すぐさま体勢を立て直してスケルトンに立ち向かっていくが、避けられてまた空振りする。

 鏑木は鬼のような形相となって、右へ左へと走り出しては、延々と何もないところに剣を振り下ろすことを繰り返している。


「あいつは何してんの…?」


 鏑木が通った後は割るような道筋ができていた。


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