探索二日目: お宝
沙奈に連れられて向かった先は隠し扉になっていたようで、壁際に設置された棚の一つが手前にズレて半開きになっていた。中は短い下り階段があって、その先にまた別の扉があった。
「これは…よく見つけたな」
「箱を開けていたら急に動いて…何かの仕掛けに触れてしまったみたいです」
フォルガーは感嘆しつつ階段を下りていく。扉に触れて更に仕掛けがないか警戒するが、何の変哲もない鉄製の片開き扉だった。
「鍵穴があるが…開くか?」
言いながら取手に手を掛けて押すと、簡単に開いた。
中に入るとパッと照明がつき、豪奢な箱が所狭しと置いてあった。壁には武具などが立てかけてあり、状態も良さそうだ。
「ここは宝物庫か。状態維持の魔法も施されているみたいだ」
フォルガーは目を丸くしながら、天井に刻まれた魔法陣を見て呟く。
「すげー。武器とかいいじゃん。フォルガーさん、いくつかもらってもいいですか?」
臼井が目を輝かせながら、明け透けにものを言う。その図々しい言葉にフォルガーは気にした様子もなく、頷いた。
「もちろん。君たちは丸腰だったから都合が良い。他にも必要そうなものがあれば構わず持っていってくれ」
破格の申し出に、クラスメイトら六人は目を瞬かせる。
「いいんですか?じゃあこの金とかでも?」
臼井は既に箱を開けて中身を物色していた。手には金のインゴットを持っている。
「あぁ。我々は見なかったことにしよう。私も見繕うが他は好きにしてくれて良い。ここを出てからいくらかの助けになるだろう。ただ…持ち運べるのか?今は私のバッグに入れておいても良いが…」
フォルガーは柔和な笑みを浮かべていたが、最後は困った様子を見せた。
「ありがとうございます!じゃあ遠慮なくもらっちゃいますね。収納の魔道具?があるので持ち運びは問題ないっす」
臼井は宝箱を目の前にしてワクワクを堪えきれず、次々と箱を開けていく。本当に遠慮のないその様子に、他のクラスメイトらは呆れ顔を向けた。
「あの…すみません。こいつなんか興奮しちゃってるみたいで…。仕舞う前に問題ないか聞いてからにしますね」
多賀谷が苦笑いでフォルガーに配慮する。周りが見えていない臼井の頭を叩いて言い聞かせた。
「収納の魔道具を持っていたのか。では問題ないな。そうだな…中には危険な魔道具もあるかもしれないので、よくわからないものは先に見せてもらえるかな」
手分けして中身を出していって、必要そうなものをそれぞれ吟味していく。ただ、どれも状態が良く使えそうなものや換金できそうな宝飾類ばかりで、結局全て持ち出すことになった。
クラスメイトらは実用性の高い武具や魔道具を中心に貰うことにした。当面の生活資金として金目のものをどうするか迷ったが、貨幣価値がわからないので、わかりやすい金のインゴットを一部分けて貰うに留めた。
それぞれ用が済んだので、宝物庫から出て一旦戻ることになった。
「へぇ…魔道具ってほんと不思議だよねー」
「おい、やたらと弄るのやめとけ」
引き返しながら、椎名は魔道具の装置を突いて何度も起動させてはその現象を面白そうに見ていた。鏑木はそれを横目にして、壊れたり暴発しないか気が気ではない。
「俺あの箱が一番欲しかった…」
「いやいらないでしょ。何に使うのそんなの」
臼井が最後まで名残惜しそうに空の宝箱を見つめていたが、多賀谷はバッジの収納があるのに、意味がないものを不必要に持ち出すなと嗜めて諦めさせた。
防具は着用に調整が必要なので、皆とりあえず武器だけを手にしていた。
鏑木は聖剣しか持てないとして、沙奈と東は短剣、椎名は短杖、多賀谷は片手剣、臼井はハルバードを持っている。
「それよりさ、臼井はなんでそんな物騒なもの選んだの…?」
多賀谷はそれを見て、若干引き気味に臼井に尋ねた。
ハルバードは長斧槍で、槍の穂先に斧頭があり、その反対側には鉤爪のような突起が出ている。突く、斬る、叩く、引っ掛ける、といった多様な攻撃ができる万能武器である。
「え?これカッコよくない?」
「は?…一応聞くけど、使えるんだよね?」
「いやわかんない。でも当たれば強いと思う」
「……人が近くにいるところでは振り回さない。これ絶対守って」
多賀谷はそれ以上追及せずに、それだけ約束させる。
臼井のジョブはテイマーだった。おそらく武器適性は無さそうだ。だからといって素手は心許ないだろうから好きにすれば良いとは思うが、なぜそんな一番ややこしそうな武器をチョイスしたのかと、頭が痛くなりそうで思わず眉間を指で押さえた。
「わかったけど…多賀谷は剣?使えんの?」
「私は剣道やってたから適当に選んだだけ。鏑木みたいにジョブ補正があるかもしれないと思って」
「へぇ知らなかった。あれ、じゃあ鏑木のとこの道場通ってたりとか?」
「……前はね。今は剣道部ってだけ」
「…そ、そうなんだ」
多賀谷は急に顰め面となって苦々しく答えた。鏑木は臼井に無言で睨みを飛ばす。臼井はたじたじとなって深く聞くことはやめた。
一方、東と沙奈はヒソヒソと声を潜めて話していた。
「どうだった?」
「残念だけど無かった。あそこにないとなると…他はあんまり期待できないかもね。一応まだ調べるつもりだけど」
「…そっか」
沙奈は昨日の聖剣の保管場所を見て、この迷宮には隠し部屋が他にもありそうだと感じていた。そのため出発前、東に頼んでマップを共有してもらっていた。それを見て先回りして貯蔵庫の隠し部屋の中を確認し、その後フォルガーに声をかけた。扉の鍵が開いていたのは、沙奈が持っていた鍵束が幸いにも使えたからだった。
目的は、召喚石を探すためだ。神殿広間の祭壇上で粉々となっていたものだ。石の名称だけでその詳細まではわからなかったが、今はあれが元の世界に帰るための唯一のヒントだった。
フォルガーは召喚石の存在までは知らなさそうだったが、話を聞く限り、希少なものであることは間違いない。他にあるとしたら宝物庫は一番可能性が高いと考えていたが、片っ端から鑑定をかけてもそれらしい物は見当たらなかった。
「あと…その、大丈夫?」
「え、なにが?」
「ちょっと東さんの様子が気になって…ごめん、勘違いだったかも…」
「あぁ…えっと…うん、とりあえずまだ大丈夫。私もよくわかってなくて…」
「…そう。もし無理そうなら教えて。ここから出られたらちょっと提案があるの」
「…?うん、わかった。気にかけてくれてありがとう」
沙奈は遠慮がちに言葉を濁して尋ねたが、深くは聞かなかった。東は思い当たる事がありそうだが、頭の整理がつかないのか答えは曖昧だ。弱々しい笑みで返されるのみだった。
一行は分岐点まで出ると、もう一つの大扉の前で佇んだ。
「さて。どうする?」