仕切り直し
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「…それからもあれやこれやあったが、ルートが正常化したのもあってなんとか戻って来ることができた」
フォルガーは遠い目をして、口を噤んでしまった。
「え、そ、そうだったんですね…。お疲れ様です。とにかく無事で何よりでした」
話が唐突に終わって、戸惑う相馬。
今の六人の様子を見る限り、そのあれこれの部分に何かがあったのだろうと思われたが、言いたくないのか、特に重要な内容でもないだけなのか、省略されてしまった。
チラッと横目でその他の五人の様子を伺うが、自分の世界に入ってしまっていて、周囲の声は聞こえてそうにない。
「俺は…呪われてしまったのか…」
「滅す、滅す、滅す、滅す…」
「俺にはもう千代の丸だけだ…」
「ふふ…全て串刺しにしてやる…」
「…」
手に持つコップを見つめながら、ぶつぶつと不穏な言葉を呟く四人。沙奈だけは何か物思いに耽っている。
何があったのか物凄く気になるが、今はまだそっとしておいた方が良さそうだ。
フォルガーは大きな溜め息を一つ吐くと、重々しくまた口を開いた。
「色々ありはしたが、本来行おうとしていた探索は明日からが本番になると思う。余裕がなかったので帰りは余計な寄り道をしなかったんだが、部屋に繋がっていそうな扉が実はあちこちにあったみたいだ。ただ…ダンジョン本体を倒しても、一度魔物化されたアンデッドは存在したままで、今もそこら中を徘徊している。脱出への道筋は見えたが、危険度は増した状態だ。三階層では見かけなかったが、階を上がるにつれ数が多くなっている」
淡々とそう告げられたが、アンデッドが徘徊していると聞いて、ゾッとする居残り組の面々。
「…疲れているだろうが、明日の探索組も状況に詳しい今日のメンバーでなるべく回りたい。最低でも一人は同行してくれると助かる」
フォルガーはコップに口をつけて中身を一気に飲み干すと、頭を切り替えたのか、普段の顔つきに戻った。立ち上がって他の騎士二人と何事かを話すと、食事の準備に取り掛かり始める。すっかり夜も更けてしまっていたが、早めに休んで体力の回復に努めたいのだろう。
その間に更に詳しいことを聞こうと、相馬は比較的落ち着いているように見える沙奈に念話で声をかけた。正気が戻らない四人は対象外にする。
(美濃さん、今大丈夫そう?貴方たちの視点からもう少し話を聞きたくて)
(…うん、わかった)
沙奈は自分のことも含め、生き延びるために芽生えた他の四人のスキルのことをありのまま全て伝えた。
戻る時にアンデッドの集団に追われたり、囲まれたりしてパニックに陥った結果、今は精神状態が不安定になってしまっているが、その時に培われた敵を倒す能力は飛躍的に向上していた。だが連携も何もなく闇雲に暴れ回っていたので、明日またすぐに探索に向かうというのは酷だろう。沙奈は明日も同行するつもりだが、あとは鏑木がいてくれると心強い。
(鏑木?なんで?)
(鏑木くんの持ってた剣なんだけど、アンデッドに対してかなり有効みたいなの)
(じゃあなんであんなに落ち込んでるの…?)
(何故かはわからないんだけど…あの剣、鏑木くんから離れなくなっちゃって。バッジには仕舞えるんだけど、取り出すと手に握ってしまって離れないみたい。しかも他の武器も持てなくなったみたいで…)
(あぁ、それで呪われてるとか言ってたのね)
(でも強そうな武器ではあるみたいなの。だから明日の朝、様子見て誘ってみるつもり。あと、フォルガーさんは成人したばかりのジョブ持ちだからって、始めは私たちの覚束ない能力を受け入れてたけど、その後があまりにめちゃくちゃだったから、ちょっと普通じゃないって違和感は持たれてるかもしれない)
(そう…。でも命には代えられないからね。そこはもう割り切るしかないか。最優先なのはここから全員無事に脱出すること、これは変わらない。明日の探索メンバーは適当に決めずに適材適所で決めるよ。みんなもそれでいいよね?)
一同はそれに頷いたが、その顔色は青褪めていた。
魔物をまだ実際に見ていないので実感は湧きづらいが、未知の生物に対する想像力が働いて、漠然とした恐怖心だけが増長していく。加えてあの四人の様子を見れば、只事でなかったのは一目瞭然だ。
暗澹たる雲行きのなか、明日の探索組は、沙奈、東、椎名、多賀谷、臼井に決まった。相談次第ではこれに鏑木も加わる。
東はマッピング役で、少し改良もできたので早速試すつもりだ。
椎名は聖職系のジョブなので、治癒や回復が使えそうな事と、アンデッドに有効そうなスキルもあるという。
多賀谷は武器がないと攻撃はできないが、バフやデバフをかけられるので、仲間の強化や敵の弱体化を狙う。
臼井一翔は魔物を使役できる才能があるが、実践じゃなければ訓練できないので試してみたいようだ。
「一発本番になっちゃうけど、みんなよろしくね。明日は半日か一日かまだわからないけど、時間がかかるようなら今度こそ交代するから。そうなると結局は全員一巡するんじゃないかな」
相馬はそう言って締め括ると、数名を伴って千田の近くに腰掛けた。話ができる状態になるまで待って、元気づけるためだ。
他の男子もそれぞれ意気消沈している三人に寄っていく。一部の者は土人形が気になって仕方ないようだ。
食事が済み、お茶を飲んでまったりとした時間が訪れる。
乃愛は沙奈の隣に座っていた。
「…サナちゃん。明日も行くって、本当に大丈夫?」
乃愛は沙奈の精神面を気にしていた。他の四人はかなり参っていた様子だったが、無理をしてはいないだろうか。
「うん、大丈夫。心配かけちゃったかな。ちょっと他のこと考えてただけだから。まぁ、今日は確かに色々あって気疲れはしたけどね」
沙奈は少しキョトンと瞬きしたあと、溜め息を漏らして苦笑した。
一見平気そうに見えるが、心の内まではわからない。どうしても心配はしてしまう。乃愛は目の前のことについていくだけで精一杯だが、沙奈は行動力があって様々な事を考えて先を見通しているようにも見えるので、つい頼もしく感じてしまう。だけど、自分と同い年の普通の女の子であるはずなのだ。例え今日の出来事自体は平気だったとしても、この異様な状況下では年頃の悩みは尽きないだろう。
「無理は、しないでね。何かできることあったら、言ってね」
口にしながら乃愛如きに何ができるかと頭を過りはしたが、気掛かりのあまりに眉尻が下がって真剣な眼差しで訴えてしまう。
その様子を見て、沙奈は思わずふふっと相好を崩した。
「わかった。その時はお願いね。ありがとうノア」
それを聞いて乃愛はほっと息を吐いた。
言葉数は少ないが、二人はしばらくそのまま、焚き火の炎が揺れるのを眺めながら、ゆったりとした時を過ごした。