探索一日目: 顛末③ 選ばれし者
絶望感を顕に、呆然と立ち尽くす一同。
「くそ!こんな何でもありじゃどうやったって出れるはずねぇよ」
「絶対に逃がさないつもりなのね…」
あまりに理不尽な所業を前に、つい弱音が溢れてしまう鏑木。
沙奈は何かを思索するように辺りを見渡して、それに気づいた。
「あの割れ目の穴…その向こう側はどこか別の場所に繋がってたりしないかな。かなり壁もボロボロだし…もし破壊できたら…」
それを聞いて、鏑木と武石が真っ先に動いた。
—-ドガァァンッドガァァンッボゴォ
割れ目がある壁に向かって、二人は思いっきり拳を叩きつけた。
すると一部の箇所に穴が空き、その先は空洞であることがわかった。この壁は単なる間仕切りで、厚さはそれほどなかったようだ。この先には何かある。
空いた穴付近の壁を中心に殴りつけて、人が通れるほどの大きさになるまで穴を広げていく。
「でかした!早く入るぞ、もうすぐそこまで来ている」
呆れるほどの馬鹿力を見て目を丸くしたフォルガーだったが、それよりも目前に迫っている敵に焦りを募らせ、安全確認も程々にすぐそこへ入るように催促する。
できた穴を潜った先は通路ではなく、広間だった。
神殿とは違って、華美な装飾があちこちに散りばめられており、天井や左右一面は壁画で埋め尽くされていた。壁際には彫像もいくつか並んでいて、前方奥にある講壇の後ろには一際大きな彫像が立っている。中央には長椅子が何列も並んでいて、ここは教会であるように見えた。
ただ、よく見るとあちこちが朽ちてしまっていて、明かりもなく辺りは真っ暗だ。そのせいか、どことなく不気味な雰囲気が漂っているように感じた。
「この穴はシールドで何とか防いでおく。君たちはその間に出口を探してくれ」
「私も手伝います」
フォルガーと沙奈は通り抜けた穴から敵が侵入してこないよう、バリケード役に徹することになった。
四人はそれに首肯すると、広間の探索を始めた。
異常な視力のおかげで暗くとも視界に問題はないが、千田はめそめそしたまま武石から離れない。
誰も口にしないが、位置的に先ほどのゴーストはここから現れたように思えていた。
「…あ!」
「なに!?」
「ネズミが…」
「もう!今はネズミなんかどうでもいいの!」
「いや、鑑定で見えたんだ。あのネズミは…このダンジョンの本体だ」
『え!?』
「ネズミよ!ネズミを探して!」
千田が叫び、血眼になって真っ先に探し始めた。
このままここから逃げ出せたところで、ダンジョンの意のままに経路を変えられては、この地下を延々と彷徨い続けることになるだけだ。本体を始末できればこの果てなき攻防も終わる。危機的状況だが、見つけた今がチャンスだ。この機は絶対に逃せない。
他の皆もそれに追随するが、小さい上にちょこまかと動き回るのでなかなか捕まえられない。
緊張状態が極限に達した千田は、痺れを切らしてスキルを発動した。鼠目掛けて冷気の塊を高速で打ち飛ばす。害虫駆除用の冷却スプレーの如くだ。バンバン撃ち放すのであちこちが氷漬けになっていく。
「お、おい…もうちょっとちゃんと狙って…」
「やった!当たった!」
集中している千田に周囲の声は届かない。固まって動けなくなった鼠へと駆け出すと、躊躇なく思いっきり踏みつけた。
粉々に砕けて終わり、かと思われたが。
覆っていた表面の氷がパリンと割れると、生身の姿を現した鼠の全身がブルブルと振動を始めて、その体はどんどん大きくなっていく。振動が止まったころには、体長三メートルは優に超えていた。これではもう鼠じゃなくてカバだ。
あまりの大きさと変貌ぶりに、千田は猛ダッシュでその場から逃げ出して、講壇の裏に隠れた。
「あれは…。ダンジョン本体の魔物は変異種だ。弱点を見つけないと倒しきれないぞ!」
フォルガーは焦ったように叫ぶだけで、その場からは動けない。
すでにスケルトンの群れが大挙して押し寄せていて、押し留めることができなくなるのも時間の問題だった。沙奈も力を貸して何とか持ち堪えている状態だ。
「弱点…」
武石が巨大鼠を見つめて呟いた。
巨大鼠は千田に狙いを定めて動き出す。
氷漬けにされたことを根に持っているのかもしれない。
鏑木がその前に飛び出して行く手を塞ぐ。
邪魔をされて怒ったのか、奇声を上げながら、鋭い爪を振り上げて襲いかかってきた。それを剣で受け流してなんとか躱すも、繰り出される斬撃は素早くて、捌くだけで精一杯だ。ジリジリと押されて後退る。だが剣の方がもたなかった。剣身にヒビが入って、真ん中からポキリと折れてしまう。
鏑木は思わず両腕を前に出して防御の姿勢をとった。
—-ドンッ…ボゴォッゴォン、ガラガラ…
その時、巨大鼠が爪を振り上げた姿勢のまま、何者かに横から殴られて勢いよくふっ飛んでいった。その先にあった彫像を抜けて壁画にぶつかり、粉々になって崩れた瓦礫に巨大鼠が埋もれた。
どこから現れたのか、横殴りしたのは、巨大鼠に勝るとも劣らない大きさの土人形—ゴーレム—だった。
「今のうちにそこから離れろ!」
そう叫んだのは上総だった。千田と一緒になって講壇の陰から顔を出している。
鏑木はそこへ駆け寄って、一旦物陰に隠れた。そこで巨大鼠の様子を伺う。
「はぁ、はぁ…くそっ、剣が折れちまった。…あの土塊はなんだ?」
「地中にある土を素材にゴーレムを造ったんだ。単純な動作なら操れるから、とりあえずあれで足止めしてみる」
「あぁ、やっぱあの壁から生えた棘はお前の仕業だったか」
「…それは全然覚えてないんだけど。何となく今ならできそうな気がして、やってみたらできた」
話している間に、巨大鼠がむくりと起き上がり、目をギラつかせながらゴーレムに向かって突進した。ゴーレムは腰を落として両手を前に突き出し、それを迎え撃つ。両者激しくぶつかり合ったが、力が拮抗しているのか、押し合ったままその場から動きが見られない。
ゴーレムが一歩下がって片方の力を緩ませると、そちらへ巨大鼠がガクンと前に押し出された。見せた背中をゴーレムが両手で突き出し、巨大鼠はそのままズシャっと地面に転がった。巨大鼠はすぐさま起き上がったが、その目は怒りに燃えていて奇声を上げながら再びゴーレムに突進する。だがゴーレムはそれを寸前で横に躱し、また背中に片手を突き出して転がした。
巨大鼠はブチ切れた雄叫びを上げながら我武者羅になって立ち向かっていくが、組み合いになったところで足の外側を掛けられて、吊り上げられながら払うように投げ飛ばされた。
「よし、決まった!二丁投げ!」
上総が思わず歓声を上げる。
巨大鼠は起き上がるが、ゴーレムが両腕を交互に突き出してその体をバシンバシンと押し出していく。その衝撃に立っていられなくなった巨大鼠は、そのまま後ろに倒れて尻餅をついた。
「…あのさ、なんで相撲なの?」
「え?だって格闘技なんて他に知らないし…」
相撲技でいいようにやられて、あまりにも無様な姿を晒す巨大鼠に、鏑木は若干哀れみの目を向けた。
何度も土をつけられて憤怒の形相となった巨大鼠は、蹲ってフルフルと震え出したかと思えば、体中から針のようなものが突き出てきてハリネズミのような姿になった。その針が一斉に飛び出して、ゴーレムに襲いかかる。数の多さと勢いに避けきれなかったゴーレムは、針が直撃して串刺しとなってしまう。
ゴーレムは姿形を保っていられず、そのまま土塊に還ってしまった。
「あぁっ…千代の助ー!」
「名前あったのかよ」
針が抜けた巨大鼠の体は真っ赤になって膨張していて、その目は正気を失っているように見える。
「…なんか、やべぇ感じだな」
「ど、どどうしよう…」
「そういや、武石はどこだ?」
先ほどから武石の姿を見ていないことに気づいた鏑木が、辺りを見回した。すると、離れたところで一人佇む姿が見えてギョッと目を剥いた。
「おい!武石!そこは危ねぇからこっちに—」
武石は先ほどスケルトンを串刺していた槍もどきをまだ手にしていて、それが輝きを放ち始めていた。眩しいくらいに光ったと思うと、槍を持つ腕を大きく振りかぶって巨大鼠目掛けて投擲した。勢いよく一直線に飛んで行った槍は巨大鼠の顔面に直撃して、血飛沫が吹き上がると辺りに悲鳴が響き渡った。
巨大鼠は目に槍が刺さったまま、蹲ってもがき苦しんでいる。
その様子を見ながら、武石が鏑木たちの方へ近づいてきた。
「看破のスキルが使えるようなって、あいつの弱点がわかったんだ。あの苦しみようからして、光と聖属性が有効みたいだ。あの槍に光属性を纏わせて放ってみたんだが…」
巨大鼠は槍を引き抜いてフラフラとこちらへ近づいてくる。
「倒しきれないか…けどもう武器が…」
「あれ?これなんだろ」
講壇の下に隠れ潜んでいた千田が間の抜けた声を上げた。
千田は言いながらも、何かよくわからないボタンのようなものを押し込んだ。ボタンを見ると何故か押したくなる、その衝動についかられてしまった。
—-ガチャン…ズズズ
何かが外れたようなカラクリ音が聞こえると、背後にあった大きな彫像が横にずれ始めた。
その先は小さな空間となっていて、中央にある石壇の上には派手派手しい装飾がされた一本の剣が突き刺さっていた。
「お前、何したんだ」
「ごめん。奥にスイッチみたいなのがあって、つい押しちゃった」
「なぁ、それよりあれどうしよう…めちゃくちゃ怒ってる」
巨大鼠はふらつきながらもすでに目前へと迫っていて、その体は歪にボコボコと膨れ上がり、口元からは涎が垂れてフシューと荒い息を吐いていた。
「…ちっ」
不審に思いつつも鏑木はいち早く動いて、突然現れた謎の剣を取りに走った。柄を引っ掴んで力を入れたが、思いの外簡単にスポッと抜けた。鏑木が剣を構えると、剣身が光り輝き始める。鏑木はそれを気にする余裕もなく、剣柄を両手で握り込むと巨大鼠へと斬りかかった。
「オラァァッ!」
鏑木は飛びかかるように無我夢中で剣を大上段に振りかぶって、巨大鼠を一刀両断にした。
縦に真っ二つにされた巨大鼠は切り口から輝き出し、全身が光の粒子となってフッと消え去った。
「…っはぁ…はぁ…」
繰り広げられたその光景に一同は刮目した。鏑木は息を荒くして放心している。
「…消えた?」
「やっつけたの?」
あまりにも現実味がなくて、我が目を疑った上総と千田はキョロキョロと巨大鼠を探す。
武石は鏑木が手にしている剣をじっと見つめた。
「それ、聖剣って出てる。聖属性の力で倒しきれたんじゃないか?」
武石は剣に鑑定をかけて、何が起きたのかを察した。
それは今も剣身から淡い光を発しており、清浄なオーラを纏っているようにも見えた。
「…ッ、不味い!そろそろ限界だっ」
穴を塞いでいたフォルガーと沙奈はついに抑えきれなくなって、その場から素早く離れた。
雪崩れ込むようにスケルトンがわらわらと広間に入り込んできたが、辺りを彷徨くだけでこちらには近づいてこない。
「襲ってこないね」
「ダンジョンの本体を倒したから?」
焦って思わず鏑木の背後に隠れた千田と上総が、目の前の様子に首を傾げる。
「…まぁ、よくわからんが、とにかく出口を探そうぜ」
そう言って鏑木が動き出すと、それに合わせてスケルトンが後退っていく。
「…」
それを訝しんだ鏑木は敢えてスタスタとスケルトンに近づいたが、波が引くように離れていくだけだった。
「こいつら、どうしたんだ?」
鏑木が動くたびにスケルトンが避けるので、割るように道筋ができた。
「ここには扉も出口もない。今のうちにここから出よう!」
辺りを探索していた武石が声を上げ、空いた壁穴まで走って皆で通路に出る。
「上総、この穴塞げないか?」
「うーん…どうだろ。やってはみるけど」
上総が壁に手を触れると、バチっとその周囲に光の筋が迸って、瞬く間に穴を塞いで元通りになった。
「おー、すごい。やるじゃん上総」
「見た目は問題なさそうに見えるけど、強度は…」
壁向こうからドンドンと叩く音が聞こえてきて、一点集中して叩き続けられると突破されてしまいそうだ。上総は出来栄えに手ごたえを感じなかった。
「とにかく時間は稼げそうだ。早くここから離れよう」
フォルガーがそう言って動き始めた。行き止まりにされていた壁はなくなっていた。
「ダンジョン化が解けたみたいだな。道も元に戻っているかもしれない。最初に出た分岐点まで戻ってみよう」
コンパスを確認しながらフォルガーが提案する。磁場も正常になったようだ。スケルトンが湧いて出てきた方面には進みたくなかったので、それに誰も異論はなく、急いでその場を後にした。