探索一日目: 顛末② 恐慌
状況が分からず混乱したままの千田に、沙奈が先ほど起こったことを説明しながらなんとか宥めすかす。
本人には全く記憶も実感もないため完全には信じられないでいたが、とりあえず目の前の危機が去ったことだけは理解した。
「君たちはもしかして…」
黙って流れを見守っていたフォルガーがようやく口を開いた。
五人はそれにギクリとする。この異様な能力についてどう思われるだろうか。一部始終を目撃されているので、もはや誤魔化し様がない。
「成人しているのか?」
『…え?』
思わぬ質問にポカンとする五人。
「その…悪く思わないでくれ。見目や雰囲気がおぼこく感じたものだから、てっきりまだ未成年なのだと思い込んでいた。ジョブを得ているのであれば、あれは固有スキルだったのかな。ゴーストを氷漬けにして倒せる方法があるとは、初めて知ったよ」
確かにフォルガーのような彫り深い顔立ちが標準であるなら、自分たちは幼く見えるのだろう。加えてここでは特に世間知らずだ。無理もない。
日本であれば未成年で間違いないのだが、この世界のヒューマンは十五歳からが成人で、その時にジョブを得るのだった。
「俺たちは皆、十五、六歳で成人になったばかりです。ですがまだまだこのように未熟で…お恥ずかしい限りです」
「いや、そんなことはない。まだ得たばかりの才能だ。学徒ということだったし、成長はこれからだよ」
上総が曖昧に答えたが、フォルガーはそれで納得した様子を見せた。
違和感を持たれていそうにない事に、内心ホッとする五人。
「さて。いつまでもここにいるわけにはいかない。魔物が出たということは、この先にもまだいるかもしれない。もし墳墓などがあればどれだけの数がいるか…」
皆の背筋が凍りつく。
「ひ、引き返しましょう!まだ通っていない分岐はいくつかあったはず…!」
言いながら、千田は辿って来た道を戻ろうと後退った。
それに異論は出ず、心なしか皆早歩きで引き返して行く。
稍あって、突如、武石が叫んだ。
「前に…何かいる!」
「お願い…ネズミだと言って…」
「いやこの気配は…ゴーストと同じで生命力を感じないが、複数の足音がしている」
「ほんとなんなの次々と…さっきまで全然何もなかったのに!」
「ここへ誘い込まれていたのかもしれないな。複数いるとなると分が悪い。また引き返して一旦先に進んでみよう」
急激に悪化していく状況に、千田が段々と苛立ちを見せ始めた。
フォルガーは距離がまだあるうちに、先の方へ進むことで望みを賭ける。会敵すれば戦闘は避けられず、最悪の事態になることもあり得る。避けてやり過ごすことができれば、それに越したことはない。
一行は踵を返して、予定通り先に進むことにした。
右へ続く曲がり角が見えてきたころ、武石がボソリと言った。
「…そこを曲がった先に、何かが大勢いる気配を感じる」
「そんな…嘘でしょ…」
「大勢ってどれくらいだ?」
「わからない。さっきとは比較にならないほど多い」
『…』
全員が思わず絶句する。
逃げ場がなく、敵に囲まれた。しかも相手の方が数が多い。絶望の淵に突き落とされたかのようだ。
「やるなら、数が少ない方のやつらだ。こちらの敵に追いつかれる前に倒して突破する。剣を扱える者はいるか?予備がある」
フォルガーは言いながらまた引き返して駆け出す。五人もそれに続く。
「俺、多少は使えると思います」
それを聞いてフォルガーはバッグから片手剣を取り出して、鏑木に渡した。
鏑木が剣を扱えることに目を丸くする四人。
「あぁ、俺、家が剣術道場やっててさ。真面目にやってたわけじゃねーけど、お前らよりはマシだと思うぜ」
何か事情があるのか、鏑木は苦笑すると、自嘲気味に答えた。
「もしスケルトンであれば、骨を粉砕すると物理でも倒せるが、剣では時間がかかってしまう。ひとまず四肢の切断を狙ってくれ。それで動きを止められる。アイテムはゴースト用にギリギリまで温存しておきたい。他に戦闘ができそうな者はいるか?」
「私は…動きを止めるくらいならなんとか。できるようなら砕くのも試してみます」
沙奈はそう告げたが、他の三人は首を横に振った。自分に何ができるかは漠然と理解はしているものの、実践経験がないのでいざその場になって動けるとは思えず、できると言い切ることが躊躇われてしまった。
そうこうしているうちに魔物の姿が見えてきた。
やはりスケルトンで、その数は十体。思っていた以上に数が多い。
人の形をした骸骨が、骨をカタカタと鳴らしながら、不自然な動きでゆっくりと近づいてくる。身に纏っている装備はぼろぼろで統一感がなく、服、鎧、剣、盾、斧、棍棒、弓が主なようだ。
その異様な光景に、五人は思わず足を止めて息を呑む。
様々な格好の骸骨を見て、鏑木がふと頭に過ったことをフォルガーに尋ねた。
「…ちなみに、魔法使ってくるようなやつはいます?」
「あぁ、あの中にはいないようだ。その場合はぼろ切れのローブを纏ってワンドを手にしている。同じ骸骨だが別の魔物で、名をリッチと言う」
「そうですか…」
目の前にそれがいないことには安堵するものの、まだ他にアンデッド系の魔物が存在することに辟易する。
段々と近づいて来て戦闘の間合いに入ったことで、フォルガーが剣を構えた。
直近で見る十体ものスケルトンの威圧感は凄まじく、五人は思わず尻込みしてしまう。
千田はすでに、産まれたての子鹿のように足を震わせ、白目を剥きそうになっていた。沙奈がそれに気づいて、先ほどと同じように正気に戻す。
「弓は私が対応する。…来るぞ!」
フォルガーが先陣を切って前に飛び出した。射られた弓矢は盾スキルで防ぎ、そのまま一振りでスケルトンの胴体を真っ二つに薙ぎ払う。振り返した刃で一体二体と次々に斬り伏せていく。
その素早い動きを見て一瞬呆けた鏑木は、すぐに気づいてその後に続いて動き出した。フォルガーが個体数を優先に斬りつけていくのを見て、動きが完全に止まっていない個体に狙いを定めて止めを刺していく。
沙奈はフォローに回って、スケルトンの動きを念力で鈍らせていた。
残り三人はその光景を呆然と立ち尽くして見ていた。
数ではこちらが不利であるはずなのに、圧倒的に優勢に見える。
これは余裕で勝てるのではないか、希望が見えたと思ったその時。
「…ッまずい!もう後ろから近づいてきてる!速い…!?」
「ちょ…え、え!?」
「わわわ…」
武石が気づいて焦り声を上げたときには、ガシャガシャとした音が後方から聞こえてきて、すぐにスケルトンが数体、姿を現した。古びているが上等そうな鎧を着ていて、手にしている剣は禍々しい。動きも滑らかで、明らかに他のスケルトンとは雰囲気が違っていた。
それに気づいた沙奈が助太刀に入ろうと動き始めたとき、一体がすでに上総を狙って剣を振り上げていた。上総は恐怖で震えていた体がよろけて、思わず壁に手をつける。死を悟ってぎゅっと目を瞑った。
—-ドンッ、ガシャガシャッ
大きな衝撃音がした直後、軽いものが壊れたような音と散らばる金属音が混じって聞こえた。
上総は己は死んだと思って、その場に倒れ込んでしまった。
周囲にいた者は目の前の光景に絶句していた。
戦闘をしていた三人も、一瞬その手が止まってしまう。
だが敵はそれにも動じない。隙を逃さずすぐさま攻撃を仕掛けてきた。
「…くそっ」
すぐに助けに行きたいが、目の前の敵がそれを阻んで悔しさを滲ませる鏑木。フォルガーも焦りを隠しきれない。沙奈は一旦、後方に集中することにした。
「あ…あ…なに…?」
「これは…」
千田と武石の前には、複数のスケルトンが散り散りに転がっていた。
上総がいた壁の方から突如、槍のような刺々しい物体が何本も急速に伸びてきて、スケルトンを横から串刺しにしたのだ。その物体は石壁から生えたまま未だ目の前に存在している。それが邪魔をして残りのスケルトンは前進できないでいたが、隙間をすり抜けようと動き始めた。
「きゃっ」
這いつくばっていたスケルトンが、呆然としていた千田の足首を掴んだ。必死に振り解こうとするが、接着されたように離れない。武石も加勢するが、びくともしない。焦った武石は咄嗟に手刀でスケルトンの手首を粉砕した。それでやっと離れたが、千田の足首にはスケルトンの手が絡んだままだ。
「ヒッ…い、いやあぁっ」
千田はその場で腰を抜かしてしまった。だがスケルトンの進行は止まらない。
それに慌てた武石は闇雲に動き始めて、壁から生えた槍もどきを手刀で切断した。それを手に持つと、迫り来るスケルトンの窪んだ目を狙って突き刺した。それでもまだ動いているが、全体の動作は鈍くなった。手応えを感じた武石はそれで次々と串刺しにしていく。やがて目の前いたスケルトンの動きが全て止まると武石はホッと息を吐いたが、沙奈が叫んだことで再び緊張が走った。
「千田さん、武石くん!そこから離れて!」
沙奈はさらに後方から迫ってきていた大量のスケルトンの動きを鈍らせていたが、それで押し留めるのも限界がきて、その姿が見え始めたことで焦った声を上げた。沙奈はそのまま上総の方に駆け寄り、意識を取り戻させる。
「あ、あれ…?俺死んで…」
「生きてて良かったわね!今はそれより立ち上がって!ここから逃げるの!」
沙奈は上総の腕を掴んで引っ張り上げると、前に押し出した。上総は混乱が抜けきらないままだったが、言われた通りふらふらと動き出す。
武石も千田の上体を起こして、肩を貸しながら後退る。
鏑木とフォルガーは全ての始末を終えたところで、それぞれが合流すると一同揃って逃げ走った。
後方では通路を覆い隠さんばかりのスケルトンが、蠢きながら近づいてきていた。
「何なんだあれ…やばすぎる…」
「いや…いやぁぁ…」
正気に戻った上総が後方の状況を確認して、その悍ましさに身を震わせた。
千田は足首に絡みついたままの手の骨に絶望したままだ。
「……うそ…だろ…」
走った先に見えたものは、出口ではなく一面を隔てる壁だった。
行き止まりだ。