探索一日目: 顛末① で、でた
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目の前には、複雑な模様が彫り込まれた大きな石扉があった。中央にある大きな円の中に様々な幾何学模様が重なりあっている。これが魔法陣というものなのだろうか。
「この扉の先に、城内に繋がる隠し階段がある。一部の王族しか使えない特殊な魔道具で施錠をしているので、見つかったとしてもそう簡単には入って来られないとは思うが…。見たところ、我々が入ってから開けられたような痕跡はない」
何か細工でもしていたのか、フォルガーは確認するかのように扉の隙間部分に触れた。
魔族が入り込んでいないと分かってひとまず安堵し、少し緊張が和らいだ。
「ここは一階層で間違いない。ここまで階段を上がることなく、正確に戻ってくることができた。辿ってきた道以外をしらみ潰しに確かめて行こう」
それからは分岐点に差し掛かる度、通った出入り口にバツ印を付けて行って、あらゆる経路を駆け巡った。
一本道に四方に分かれた分岐点、それがただ繰り返される。時折、曲がり角や行き止まりがあるくらいだ。
どこも似たような光景ばかりで、本当に先に進めているのか、同じところをぐるぐる回っているだけではないかと、時間が経つに連れ不安感が増していく。
「はぁ…これが迷宮か…なんか頭がおかしくなりそう…」
「フォルガーさんの時はあの広間までどれくらいかかったんですか?」
「怪我人を抱えていたからな。歩みは遅かったが、それでも半日程度だったと思う。その時はひたすら左壁伝いに進んでいたから、今はその逆を通っているのだが…どこかで構造が変わっているのだとしたら、ほとんど意味のない手法になっているかもしれないな」
「でもまだ通ってない方には進んでいるんですよね?」
「印を見る限りはおそらく。ここまで広いところだとは思わなかった」
「ヒィッ」
「え、なに…!?」
突如、上総が悲鳴を上げた。
それに過剰反応した千田は、すぐさま武石の腕にしがみついてその後ろに隠れた。
「ね…ネズミが…」
上総が指差した壁際の地面には一匹の小さな鼠がいた。モゾモゾと動いていたかと思うと、小さな割れ目の穴に入って行ってすぐに姿を消した。
「な、なんだ…ちょっともう!脅かさないでよ」
「俺、ネズミだめなんだ…」
「そんなのでいちいち騒がれてたら心臓がもたない。武石、ネズミがいたら前もって上総に教えてあげてよ」
「えー?はぁ〜…仕方ないなぁ」
面倒臭そうな顔をした武石だったが、連鎖で千田もその度に驚かれては自分の腕ももちそうにないと思い、渋々了承した。
最初に見かけてから、たびたび鼠を見かけるようになった。同じような鼠が一匹だけ、割れ目の穴に入っていく。
「…ネズミも迷ってたりして」
「磁場が狂ってたようだし、それで出てきたのかもな」
「それよりさ、さっきからこの辺、やたら壁がぼろくないか?」
「そういえばそうだな…。ネズミにしても、こんな何もないところになんで…どこかに水場でもあるのか?」
「こいつを辿って行けば、外に繋がってたりしないかな」
「だとしても壁抜けは無理だろ」
「お…おい…」
「…ヒッ」
「ちょっとまたなのぉ?いい加減に—」
武石が声をかけ、それに気づいた上総が悲鳴を漏らした。武石の後ろにいた千田がまた鼠かと、その背後から顔を出して、そのまま硬直した。
前方の側壁から、青白いモヤの塊がぬっと顔を出してこちらを見ていた。文字通り顔で、のっぺらぼうだが人の顔立ちに見える。その表情はにやぁと厭らしく笑っているように見えた。
さらに後方にいた鏑木と沙奈が、様子がおかしい事に気づいて前に出た。
「なんだあれは…」
「あれが言ってたゴースト?」
先に硬直していた武石と上総は正気に戻り、思わず先頭にいるフォルガーの元へと逃げ走った。
「あ、あれ…あれ…」
言葉が出てこない上総はフォルガーの肩を叩くことしかできない。それに気づいたフォルガーは振り返った。
「…む。あれはゴーストだ。やはりいたか。おい、そこから離れて—」
ゴーストの全体像はモヤで人を模った上半身のみで、嘲笑うかのように硬直したままの千田の周りをぐるぐると漂っていた。
だが千田は顔を俯けて微動だにしない。
「な、なんだ…?」
それを見てフォルガーは目を丸くした。
千田の周囲には、ゴーストではない別の、氷の結晶のようなものがキラキラと渦巻いていた。それは徐々に白さを増して輝いていき、ついには千田の全身を覆い隠してしまった。
「千田…!」
「大丈夫か、千田!」
「あれがゴーストの攻撃なんですか…!?」
「…」
武石と鏑木が叫び、上総が何が起こったのかフォルガーに問いかける。沙奈は黙してその様子を見つめている。
「わからない…あのようなものは初めて見た…」
フォルガーも訳が分からず混乱していて、バッグから何かを取り出そうとしていた手が止まり、呆然と立ち尽くす。
「どうなってんだ…」
「さ、さむい…」
千田の足元から冷気が流れて周囲の気温が下がっていく。
ゴーストは動きをぴたりと止めると、矛先をフォルガーたちの方へ変えて動き出した。
「…下がってくれ。とにかくこいつを始末して—」
武石と上総を後ろにやって、フォルガーが前に出たその時。
千田を覆い隠していた氷の結晶が一塊に圧縮されていき、それは細氷となってゴーストを襲った。背後から不意打ちのかたちで攻撃されたゴーストは、何も反応できずにそのまま直撃した。
—-パキンッ…サァァ…
ゴーストの全身が氷漬けとなった瞬間、氷は粉々に砕けて散りとなって消えた。
そこにはもう跡形もなく、姿を現した千田が佇んでいただけだった。
『…』
瞬く間の出来事で、呆然としたまま言葉を失う一同。
千田は無反応のまま一点を見つめていて、様子がおかしいと気づいた沙奈が声をかけて近寄った。
「千田さん…?大丈夫?」
沙奈が千田の肩に手をかけるが、やはり反応がない。その顔を覗き込むように伺うと、焦点の合っていない目で硬直していた。
「これ……立ったまま、気絶してるのかも…」
千田の顔の前で手を振ったり、肩を揺らしても全く反応しない。
「あれ、千田がやったのか…?気絶したまま?」
鏑木がふたつの意味で、信じられないものを見たような目つきを千田に向ける。
「幽霊って凍るんだ…」
上総は混乱のあまり、不思議発見でもしたかのような言葉を溢す。
「千田…ごめん、思わず逃げちゃって…」
武石は己の行動を恥じて、悔やんだ表情を滲ませながら千田に声をかけるが、言葉は届いてなさそうだ。
「うーん…だめそうね。これでどうかな」
沙奈が千田の顔の前でフィンガースナップした。するとビクッと肩を揺らして、千田が顔を上げた。
「き、きゃァァァァ!!」
悲鳴を上げながら、顔を真っ青にして何もない前方を見る千田。
「え、今?」
「いやいや…お前がもう始末したんだって」
その様子に目を点にする上総。鏑木は呆れ返った突っ込みを入れる。
「…え?え、なになに。あれはどこ!?」
「さぁな…俺らも何がなんだか…こっちがお前に聞きてぇよ」
側にいた沙奈の肩を掴んでキョロキョロと見回し始める千田に、鏑木が溜め息を零した。