探索一日目: ダンジョン
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「なにがどうなっているのか…。悪いが、引き返す。話は道すがらするので急いでくれ」
駆けながら戻ってきたフォルガーは、促すように五人を元来た道へと押し返す。小走りのまま、口を開いた。
「ここは昨日我々が辿ってきたルートかもしれない」
「え?でも、敢えてそことは違う方から通ってきたんじゃ…」
「あぁ、間違いなく別の道に入った。あの奥に見えた出入り口は上り階段になっていて、その先は…おそらく一階層で、ここへ来たときに見た覚えのある光景が広がっていた。だがここは三階層だ。こんなところに、一階層に続く階段があるはずはない」
「ショートカット用の別の階段である可能性は…」
「実際に上ってみたが、一階分の高さしかなかった」
「実はそこは二階層で…一階層と似たような場所があったとか…」
「…それを確かめるためにも、一度戻って別の道も見ておきたい」
支離滅裂な話をするフォルガーに、一体何が言いたいのかと上総は言葉を返していくが、額に汗を滲ませて焦ったようなその顔を見れば、嫌な予感から胸騒ぎがしてきていた。
一同は無言となって、来た道を駆け足で戻って行った。
分岐点まで戻ると、フォルガーは神殿側から向かって正面にある出入り口の方へ行きたいと逸って進み入ろうとする。だがそこは来た道を戻ることになるので避けていた方面だ。
疑念が頭に過ぎるが、異変を確認するために必要なことなのだろうと思うようにして、余計なことは言わずに皆黙ってついて行くことにした。
入った先は、先ほどと変わらないような造りの通路に見えた。
フォルガーは歩く速度を落として、じっくりと周囲を確認しながら進んで行く。
しばらくすると今回はすぐに通路が途切れてしまい、その先は一面石壁となって進めなくなっていた。途中に分岐もない一本道だったので、そのまま引き返すしかない。
フォルガーは行き止まりとなった壁を見つめて、呆然としている。
「昨日はここを通ってきたはずなのだが…道がなくなっている…」
「…つまり、これってどういうことですか」
「この地下遺跡は迷宮と思ってはいたが、まさかダンジョンになっていたとは…」
「ダンジョン?」
「迷宮が生きている…つまり、建造物全てが魔物化しているってことだ。ダンジョンには色々あるが、内部構造が変わる場合、中に閉じ込めて衰弱させた生物を喰らうタイプのものかもしれない」
「じゃあ、もう出られないってことですか」
「本体を討伐しない限りあるいは…」
『…』
五人が真っ先に思い浮かんだのは、ホラーハウスだ。
上総は震える声を抑えられない。
「それであの…ただ道が変化するだけなんですか?襲ってきたりとか…」
「業を煮やせば、何かけしかけてくる可能性は否定できない」
「何かって…」
「このような古い場所の場合、よくあるのはアンデッド系の魔物が現れ—」
「あの!早く戻りましょう!また道が変わっちゃうかもっ」
「あ、あぁ…そうだな。念のためもうひとつのルートも確認しておきたかったが、一度戻って攻略法を考えてみよう」
千田が今にも泣き出しそうな顔をしていて、声を荒らげて訴える。
どこか切迫したその様子に、フォルガーは気圧されるかのようにして同意した。
急いで分岐点へと引き返して、そのまま神殿方面に向かう。
この事態に一同は顔を青褪めさせていたが、千田はその比ではなく真っ青になってガタガタと震えていた。先ほどから武石の腕にしがみついて離さない。
「…歩きづらいんだけど」
「何かあったらすぐに言ってね!ほんとに、本気で無理だからっ」
「いたた…わかったから、ちょっと離して…」
さらにぎゅうぎゅうと腕を締め付けてくる千田に、武石が呻く。その無様な姿を見て逆に気が抜けてきた鏑木が、呆れたような目を向けた。
「千田って、幽霊とかダメな感じのやつ?」
「は、はぁ?幽霊なんているわけないし。な、なに言ってんのぉ?」
「いやいや…そんなあからさまに怯えておいてお前こそ何言ってんだ」
「見えないものは信じてないの。ただ、戻れなくなると大変だから—」
「ゴーストのことであれば、あれは魔物だからな。目に見える存在だが…」
フォルガーの発言で、ビタっと立ち止まって動かなくなった千田。
鏑木は不思議に思って何気なく尋ねた。
「魔物って?どんな見た目してるんすか?」
「そうだな…。青白いモヤのようなものが薄ら発光していて…実体がないのが厄介なんだ。ダンジョンにいるようなゴーストは、そこで犠牲となった亡骸から魂を奪って魔物化されてしまったものだと言われている。他にも、亡骸そのものが魔物化すればそれはスケルトンと言って—」
「あ、あぁ…っ」
千田が絶望に打ちひしがれるかのように、膝から崩れ落ちた。前傾姿勢で俯いたまま、下ろした腕の震えはもはや振動の域だ。
「…それ、やっぱ危険なやつっすよね」
「危険だな。生者を等しく憎んでいるので、遭遇すれば必ず襲ってくる」
「その場合、どうしたらいいんですか」
「回避するのが一番無難ではある。討伐するなら、光魔法か聖魔法で対処するしかないが、滅多に使い手はいないので通常はそれらが魔法付与された武器やアイテムを使う。スケルトンであれば骨を全て砕いてしまえば無力化できるので打撃だけで倒せなくもないが、ゴーストは実体がない分そうもいかない」
「そいつら…何してくるんですか」
「ゴーストは精気を吸い取って弱体化を、スケルトンは死者が身につけていた武具をそのまま使って物理攻撃をしかけてくる」
その時、千田が無言のまま徐に立ち上がって武石の腕に再び絡みつき、ズンズンと先へ進み始めた。虚ろな目つきで、ぶつぶつと何事かを呟いている。
「大丈夫だいじょうぶ…まだ一日しか経ってないもん。さっさとここから出てしまえばいいわけなんだし」
「……なんか寒い…いや…冷たい…?」
武石は周囲の気温が急に低下したように感じ、ぶるっと身を震わせた。
フォルガーは千田の有様を見て、痛ましそうな目を向ける。
「…彼女は、その、大丈夫なのだろうか。アンデッドはその辺に溢れているようなものではないが、その存在は誰もが知るところだ。君たちはこれまで魔物を見たことがないのか?」
「実は、はい…その通りで。本当に平和で、そういったものとは無縁の生活を送ってました」
「そうか…そのようなところもあるのだな。それではさぞかし恐ろしいことだろう。もし遭遇したとしても、対策用のアイテムをいくつか持っているから出来るだけ何とかしてみよう。私からあまり離れないようにしておいてくれ」
「はい、助かります。ありがとうございます」
鏑木は先に行ってしまった武石と千田にそのことを伝えて、皆の歩調を合わせさせた。しかし武石の後ろに隠れてキョドキョドとしている千田の耳には、何も届いていないように見える。
そのまま特に何事もなく順調に進んでいたが、違和感を持ち始めた上総がぽつりと言った。
「もうそろそろ広間の扉が見えてきてもよさそうなんだけど…え?」
奥の方に、扉ではなく出口が見えてきた。出発時には閉扉していたはずだが、開けて待ってくれていたのだろうか。
「…え?」
通り抜けた先は、先ほどまでいた分岐点の空間だった。