食い物の恨み
オレは学生の頃、母ちゃんに弁当を作ってもらっていた。
でかいおにぎりが二つと、おかずが二品入った弁当箱、それが定番だった。
おかずはハンバーグと卵焼きだったり、肉団子とホウレンソウ炒めだったり、唐揚げとポテトサラダだったり、わりと豪快で食べがいのあるものが多かった。
おにぎりは、ラップに包まれた手のひらサイズの、ふりかけがまぶされたやつだった。
俺は味のついていない白いコメが嫌いだった。
海苔や色のついた炊き込みご飯も嫌いだったので、ふりかけおにぎりにしてくれと頼んだ。
母ちゃんは、毎日違う味のふりかけでおにぎりを作った。
おそらく飽きっぽい俺を意識して、いろんな味を取り入れていたのだろう。
いつも、パックに入ったふりかけセットを買ってきては使っていた。
たまご、さけ、たらこ、青しそ、かつおのセット。
のりたま、すきやき、ゆかり、やさい、カレーのセット。
いりこ、ごましお、うめかつお、とりそぼろ、海苔のセット。
特売の関係なのかなんなのか、いろんなふりかけセットを買ってきては弁当に使っていた。
五種類も味があると、嫌いなものが一つは入っているものだ。
俺はしそ全般がキライで、黒ゴマが入っているやつが好きではなかった。
マズいふりかけのおにぎりが二つ入っていると、テンションが下がった。
そんな日はいつだって、帰宅早々文句を言った。
俺が食べたくないと言ったふりかけは、母ちゃんが晩飯のときに食べていた。
ふりかけを豪快にご飯の上にぶちまけて、黙々と口の中に放り込む母ちゃんを見て、あんなクソ不味いもんよく食えるなと思っていた。
大学生になるとクソ安い学食があったので、弁当が要らなくなった。
就職先には無料の社食があったので、弁当は要らなかったのだが。
「食堂の改装があるんだ。…久々に弁当、頼めない?学生時代に作ってくれた、ふりかけおにぎり二つにおかず二品の簡単なやつでいいからさ」
俺はコンビニ弁当が嫌いなので…、母ちゃんに甘えてみる事にした。
「いいけど…ふりかけは自分で用意してね?母さん、食が細くなったし…あんなマズイもの、もう食べたくないから」
……俺は、全然知らなかった。
母ちゃんは、ふりかけが嫌いだった。
母ちゃんは、ふりかけそのものが嫌いな…白米大好き人間だったのだ。
俺がふりかけをかけろというので、ふりかけセットを買っていただけだった。
俺がふりかけを食べないので、余ったやつを食べる羽目になっていただけだった。
「わりとあのお弁当時代、地獄だったのよね。せっかくの炊きたての新米の香りがホント穢されて!余分にご飯食べると太っちゃうし、ウォーキングに行かないとカロリーが消費できないし、大変だったのよ?なのにアンタはこれはマズイ、アレはやめろ、毎日違う味でないとヤダ、わがまま放題で!ケンちゃんは何でも食べてくれたから楽だったけど…そもそもアンタはね……」
食い物の恨みは恐ろしいというが、ホントだったんだな……。
延々と昔話をされて、愚痴を聞かされて。
メシの最中も、口撃の勢いはとどまらず。
「炊きたてのお米なんて一日に一回しか出会えないのに、アンタはそのチャンスを週五で潰したのよ?食べ物を捨てるなんてできないし、お父さんは糖尿で御飯食べないし、ケンちゃんもふりかけキライだし、私しか食べる人いなくて!ヒドイと思わない?!しかもね……」
「兄ちゃんは昔からわがままだったからなあ…俺なんか高校から自分で弁当作ってたのに。そういう所がダメなんだよ、だからいい年をしても彼女の1つもできやしなくてさあ」
「シンイチは何もせんくせに文句ばかりだなあ、誰に似たんだ…爺さんかな?爺さんも嫁のきてが無くて苦労したんだ、あの当時は見合いが盛んだったから助かった面もあったけど、今はなあ…」
オヤジと弟まで参戦してきて、せっかくの甘めな肉じゃがが…しょっぱいのなんのって。
「今は美味しいご飯のお供も出てるみたいだけど、絶対に自己責任で買いなさいよ?腐らせたりしないでよね、片づけるのやだからね?!そもそもあなたは部屋の中も汚くて、なんでも出しっぱなしで!!この前なんか入り口に置きっ放しになっていた栄養ドリンクの瓶で転びそうになって!!怪我でもしたらどうするつもりだったの?!だいたいねえアンタは……」
……これ以上、無駄に恨みを買いたくない俺は。
白いにぎり飯を持っていくことを決めて……、味のしない米をかき込んだのだった。