第42話 愛の力
計画通り。……こんな言い方をしたが、別に新世界の神になるとかいう大層な話ではなく、鬼咲さんと由を二人きりにすることが出来たというだけである。ただ、その副産物として、おれも琉奈と二人きりになったのだが、別に狙っていたわけではなく偶然だ。
そう、たまたま偶然知人から、『攻撃・守備が最高の、なかなか手に入らない超レアカード』をゆずり受けたレベルの偶然だ。この言い方だと、全然偶然に聞こえないなあ……。
さて、由と鬼咲さんはもういないので琉奈と手を繋ぐ必要はないのだが、そうはなっていない。まあ実際のところ、こんなに人が多いとはぐれる可能性はあるし、さらにスマホも繋がりにくいと聞いたことがある。
本当にはぐれてスマホが繋がらず、「スマホの力を過信したな」と言い出さないためにも、手を繋いだままのがいいだろう。
「あの二人、上手くいくといいな」
「うん、そうだね。あ、そういえば、今日はわたしのほかの友達も来てるんだ。……それで、その友達もちょうど鬼咲さんと同じような状況なの」
「……そうか。じゃあ、そっちも上手くいくといいな」
「うん、そうなるといいなあ……」
琉奈と同様、おれも成功を祈っておこう。しかし、鬼咲さん以外にもそんな子がいるのか。この夏祭りでほかにも同じことを考えている人はいるだろうし、おれもその人達のことを見習うべきかもしれない。
琉奈は、金髪君(これは仮名であり、名前は知らない)のことが気になっているのは知っている。だが、おれと琉奈も最近はいい感じな気がするし、告白すればおれにも可能性はあるのではないだろうか? ……まあ、だからといって、
「日希……やるんだな!? 今……! ここで!」
「あぁ!! 勝負は今!! ここで決める!!」
というわけにはいかないし、まずはすべきことをしよう。となると、次は莉奈さんに言われた通り、琉奈を楽しませないといけない。そして、もちろん帰る前におれの可愛い妹にお土産を買うのは忘れていない。
「じゃあ、とりあえずなにか食べるか」
「うん、そうしよっか。それで、お姉ちゃんから聞いてると思うけど、今日はわたしがお金を出すからね。正確には、お姉ちゃんなんだけど」
「ああ、ありがとな。でも、足りないようなら、残りはおれが出すから言ってくれ」
「ありがと。でも、全然大丈夫だと思う。かなりの金額を渡されたから……」
「そうなのか。……ちなみにいくら渡されたんだ」
「……その、十万円くらい」
「そんなに!?」
いやいや、いくらなんでも多すぎるだろ! 二人なら一万円でもおつりがくるだろうにその十倍かよ……。まあ、妹が大好きな莉奈さんらしいし、おれも可愛すぎる妹を持つ身としてその気持ちは分かるな。
「……まあ、莉奈さんも遠慮しなくていいって言ってたし、ありがたく使わせてもらうか」
「うん、そうだね」
おれ達は屋台を見て回り、たこ焼き、焼きそば、かき氷などを食べる。なぜかはわからんが、やはりこういう場所で食べる物は不思議と美味しく感じるな。雰囲気の問題だろうか?
それと、かき氷って色と香りが違うだけで、実は全部同じ味ってホントなの? 実際に食べると違う味に思えるんだけどなあ。
そんな感じでお腹を満たしたあとで歩いていたら、琉奈がとある屋台の前で足を止めた。その目線を追うと射的屋さんがあり、さらにキャティさんのぬいぐるみがあった。夏祭りの中でもこうして働いているとか、やはりキャティさんには頭が下がる思いだ。
あと、そういう意味では、こうやって夏祭りで屋台を出してくれたりなど、祭りの最中に働いてくれている方々がいるおかげでおれ達は楽しむことができているので、それらの人達にも感謝の思いを忘れてはいけない。
おれがそんなことを考えている間も、琉奈はキャティさんのぬいぐるみに視線を向けていた。これは、どう考えてもそういうことだよな。
「もしかして、あのぬいぐるみがほしいのか?」
「え? あ、うん。でも、こういうのはやったことないから取れる気がしないなあ。日希くんはやったことあるの?」
「そうだなあ……。実はおれ、ハワイで親父に射撃を教わったことがあってな」
「えっ、そうなの!? すごい!」
冗談のつもりで言ったのだが、やはり当然のように信じられてしまった。しまった、こんなことなら、琉奈に劇場版名探偵コンナンの初期の作品を見せておけばよかった。おれのバーロー。
さて、真面目な話、どうしたものか。さきほどから、琉奈が目をキラキラと輝かせ、期待に満ちた眼差しでおれを見てくるので、いまさら冗談だとは言いづらい。ここは、思い切ってやってみるしかないか。そう思い屋台に向かうと、その屋台のおっちゃんが声をかけてきた。
「おっ、なんだ兄ちゃん。もしかして、彼女のために挑戦するのか?」
「いや、別におれ達はそういう関係では……」
「なーに言ってんだ。これ見よがしに手を繋いでおきながら」
そう言われると、確かに傍から見たらそう思われるのも仕方ないか。
「いいねえ、青春してるなあ! 俺の若いころを思い出すぜ! 俺も学生のころ、そうやって彼女とデートしたもんだ」
「そうなんですね」
「ちなみに、その彼女が今の嫁さんだぜ!」
「マジですか! それはすごいですね!」
「だろー、がっはっは! ……っと、悪い悪い。つい、自慢話をしちまったぜ。射的をやりにきたんだったな」
おれは屋台のおっちゃんに代金を支払い、射的銃を受け取る。さっきは琉奈にあんなことを言ったが、実際は射的すらやったことがない。そんな素人のおれがたった三発で上手くいくとは思えないし、こうなったら願うしかない。狙撃の島のそげきングの親友のライップ君、オラに力をわけてくれ!
一回目の狙撃。残念ながら、弾はぬいぐるみの上のほうを飛んでいった。
二回目のそげき。ぬいぐるみの耳に当たったが、当然それでは倒れなかった。
三回目のソゲキッ。幸運にも、ぬいぐるみの頭の上のほうに命中した。
……なんだよ、結構当たんじゃねぇか。そして、三回目のソゲキッはクリーンヒットだったようで、見事にぬいぐるみを倒すことができた。ありがとう、ハワイの親父とライップ君。
「おおっ、やるじゃねえか、兄ちゃん! これが愛の力ってやつか、がっはっは!」
そんなことを言いながら、屋台のおっちゃんはおれにキャティさんのぬいぐるみを渡してくれた。いや、別に愛とか関係ないから、恥ずかしいセリフ禁止!
「……えーと、じゃあ、これ」
「……あ、うん、ありがと。えへへ、嬉しい……」
おれが手渡したぬいぐるみを抱きかかえ、琉奈は嬉しそうに微笑んだ。
「かぁー、見せつけてくれるねえ、兄ちゃん達。おっ、そうだ。いいもんがあったんだ。ちょっとこっちに来てくれるか」
おれと琉奈は、言われるがままに屋台の後ろへと回る。ここなら、通りの人達からは見えづらいので、なにか内緒話でもしたいのだろうか?
「実は、このあとの打ち上げ花火を特等席で見れるチケットをツテでもらったんだが、残念ながら余ってるんだ」
「そんなものがなんで余ってるんですか?」
「それなんだがよ、本当は花火が始まる前に店を閉めて嫁さんと見ようと思ったんだが、『バカなこと言ってねえで働け!』って一蹴されちまってよ」
「……そ、そうですか」
「そこでだ。こいつを特別に譲ってやってもいい」
「えっ、いいんですか!?」
「ただし、条件がある。お前達の愛を俺に認めさせることが出来たらだ!」
いや、そもそも恋人ですらないんだが、それはそれとしてそのチケットは欲しい。さきほど、おれは告白のことを考えたが、その特等席でならそういう雰囲気になれるのではないだろうか?
そういえば、琉奈はそのチケットをどう思っているのかと思い様子をこっそりうかがうと、琉奈もそれが欲しそうに見えるので、とりあえずこのまま話を訊いてみよう。
「……具体的にはどうすればいいんですか?」
「そうだなあ……。キス、と言いたいところだが俺に見られてたら恥ずかしいだろうし、ハグでどうだ?」
「なっ!?」
いや、それも充分恥ずかしいしそれ以前の問題だ。まあ、男であるおれのほうは別に構わないしなんなら嬉しいのだが、女の子である琉奈のほうはそうはいかないだろう。残念だが、チケットは諦めるしかないかと思いながら、おれは琉奈のほうを見る。
「………………ん」
琉奈は頬を赤く染めながら、両手を広げおれのほうへと向けていた。えっ、いいの!? いや、このポーズはやっぱりいいってことだよな。だとすると、その恥ずかしそうな表情のまま待たせるほうが悪いだろう。そう思い、おれは思い切って琉奈を抱きしめる。
「……その、大丈夫か? い、嫌だったりしないか?」
「……うん、平気…………」
この位置関係では顔を見て確認することはできないが、声のトーンから判断するに本当に嫌ではなさそうだ。そして、こうして抱き合うと、琉奈の身体の温かさと柔らさが伝わり、おれは心地よさと幸福感に満たされた。
「よーし、合格だ! ほらよ、兄ちゃん」
その状態で何分たったかは分からないが、その声でおれ達は距離を取り、おれはおっちゃんからチケットを受け取る。そのあとで、気になって琉奈のほうを見ると顔が真っ赤に染まっていた。
……まあ、この暑い中あんなことをしていたら、よけいあつくなるよな。おれも今すごくあついのは、そのせいにしておこう。
「いやー、いいもん見せてもらったよ! ようし、俺も今日の仕事が終わったら、改めて嫁さんをデートに誘うぜ!」
「……そうですか。あ、じゃあこれ、ありがとうございました」
「おう、いいってことよ。じゃあ、特等席で花火を楽しんでこい!」
そして、俺と琉奈はその場を離れ通りへと戻る。そのとき、おれ達はごく自然に手を繋いで歩き出せた気がした。
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