第39話 真のシスコン
夏休みのとある日、外出中に偶然出会った莉奈さんと立ち話を始めたが、暑いためおれ達は近くの喫茶店的な店に入り、話を続けることにした。
「――ということがあったのよ。やっぱり妹って最高に可愛いわよね!」
「理解るっ!」
莉奈さんとの、いもうとに関するトーク、略していもうトークで盛り上がり、おれは莉奈さんのその言葉にうなずいた。だが、おれは別にシスコンではないので、きっと莉奈さんの勢いに押され、つい同意してしまったのだろう。
実際、莉奈さんとの相対評価で考えれば、おれはシスコンではない。(ただし、絶対評価については考えないものとする)
「あ、そういえば、妹さんのとある発言のことで訊きたいことがあったんですがいいですか?」
「あら、なにかしら?」
「以前、『お姉ちゃんも日希くんは悪いことはしないから大丈夫』みたいなことを言ってたんですが、どうして莉奈さんはそう思ったんですか?」
「そのことなら理由はふたつあるわね。ひとつは、君のことは昔からよく知ってるので信用している」
そう言って、おれを見る莉奈さんの目はおれの内面まで見透かしているように思えた。……この目には見覚えがある。あれは確か、昔この人に異性の好みのタイプを訊かれたときだった気がする。
あのときは、上手く誤魔化した部分もあったはずなのだが、実は色々とバレてたりするのだろうか? ……まあ、あまり考えたくないので話を進めよう。
「そうですか……。じゃあ、もうひとつは?」
おれのその問いに、莉奈さんはガッツポーツを取りつつ口を開く。
「シスコンに悪人はいないわ!」
「…………………………はい?」
「シスコンに悪人はいないわ!」
「いや、だから聞こえてましたよ! 意味が分からなかったんですよ!」
ここで、「そもそもおれはシスコンじゃないんですが」と言いたいところではあるが、さきほど莉奈さんの発言に、「理解るっ!」と返してしまったため、否定は難しい。仕方がないので、このまま話を続けるしかない。
「すいません、おれにも分かるように説明してもらえますか?」
「そんなに難しい話じゃないわよ。悪いことをすれば妹に嫌われちゃうし、自分のしたことが原因で妹が被害にあう可能性もある。そう考えれば、悪いことなんてできないでしょう」
「た、確かに……。いやでも、悪いことをしてもバレなければいい、と考える人もいるのでは?」
世の中には、「バレなきゃ犯罪じゃないんですよ」という言葉もあるしな。
「そんなことを考える人間は、シスコンの風上にもおけないわね」
「そ、そうですか……。そういえば、莉奈さんってすごいですね。おれにはそうやって、自分をシスコンだと認めることができそうにないです」
「あら、そうなの? ちなみにお姉ちゃんは、シスコンであることに誇りを持っているわ!」
莉奈さんは胸を張ってそう言った。妹を持ち、妹を想うものとして、おれはこの莉奈さんの姿勢を見習うべきなのかもしれない。そうすれば、おれもいずれは堂々とシスコンだと名乗れるのだろうか?
「それで話を戻すけど、そもそも妹は常に自分達のことを見てくれているから、バレるに決まっているじゃない」
「えっ? どういうことですか?」
「妹は常に、ここにいるってことよ」
そう言って、莉奈さんは自分の胸に手を当てた。まさか………………。
「心……ですか?」
「そうよ。妹を強く想い、愛していれば、妹は心に宿るの」
「な…………………………」
おれはその言葉に強い衝撃を受けた。莉奈さんは、心の中の妹の存在に確信を持っているように見える。かたや、おれはどうだ? 残念ながら、心の中に妹の存在を感じ取れない。
なんてことだ……。おれは今まで、自分がシスコンであることを否定していた。だが、実際は違った。おれには、シスコンを名乗る資格がなかったんだ。
「あら、どうかしたの? 具合でも悪いのかしら?」
「……いえ、大丈夫です。ただ、莉奈さんはすごいシスコンだと思って……」
「まっ、お姉ちゃんは一流のシスコンだと自負しているからね。なんたって、お姉ちゃんは妹になら全てを、この命さえ捧げる覚悟があるわ。そう、お姉ちゃんは妹のためなら死ねる。いえ、むしろ妹のために死にたい!」
……すごい覚悟だ。莉奈さんからは、「全力でお姉ちゃんを遂行する」という気概を感じた。おれもこの人を見習い、「全力でお兄ちゃんを遂行する」人間を目指さなければならない。だが、そんなことがおれにできるだろうか?
「日希君、やっぱり顔色が悪いわよ?」
「……いやその、莉奈さんのシスコンとしての素晴らしさを見ていると、自分は駄目だなあと思いまして……」
「あら、そんなことはないわ。お姉ちゃんに言わせれば、日希君だって立派なシスコンよ」
「ほ、本当ですか、莉奈さん!?」
「ええ、本当よ。貴方からはシスコンの魂を感じる。だから、お兄ちゃんとして胸を張りなさい」
「はい! 莉奈さん、おれ頑張ります!」
「ええ、妹のためにともに頑張りましょう!」
おれ達は熱い握手を交わす。そして、おれは妹のために堂々とシスコンと名乗れる男、言わば真のシスコンになろうと決意を新たにした。
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