第38話 姫宮姉妹の料理
リビングへと向かう途中、莉奈さんに気になったことを訊いてみることにした。
「そういえば、さっき琉奈が部屋に入ってきたときにおれの服以外は気にしてませんでしたけど、琉奈は自分のグッズが作られてるのを知っているんですか?」
「もちろん知ってるわよ。お姉ちゃんとして、妹が嫌がることをする気はないわ。だから、琉奈ちゃんグッズを作るときはちゃんと本人に許可を取ってるわよ」
「そうですか……」
つまり、琉奈はあの部屋にあるものをすべて容認しているのか……。まあ、莉奈さんは昔からこんなだから、琉奈にとってはこれが日常であり慣れてしまったのかもしれない。ゴブリン退治のために匂い消しの血を付けるのを、「慣れますよ」と言ってしまう女の子も世の中にはいるからな。ただ、その女の子は目が死んでたけど……。
*****
現在、姫宮家のリビングには三人の人間がいる。
まず、一人目は琉奈であり、普通の格好をしている。いや、よく見たらやっぱり普通ではない気がする。というのも、琉奈が着ている服は家の中で着るにはずいぶんと可愛らしい服に見える。まあ、それはおいておこう。問題はここからである。
次に、二人目は莉奈さんであり、明らかに普通の格好をしていない。普通ではなく、お姉ちゃん特製・琉奈ちゃんの笑顔Tシャツを着ているのだが、姫宮家ではこれが普通なのかもしれない。
しかし、普通という言葉は人によって定義が異なるので、意外と厄介な言葉である。例えば、「職場にいい人はいないのか」と問われたら、「公務員で休みの日には田んぼを手伝ってくれて、それでちょっとオシャレでイケメンだったらそれだけで充分、普通が一番だよー」みたいなことを答える人もいるからなあ。
そういうわけで、もしかするとこの家では普通の格好をしているかもしれない三人目は、どうもおれです。なぜ、おれはお姉ちゃん特製・『I ♡ 琉奈』Tシャツを着てしまっているのか……。
ああ……、まじで今からでも着替えに戻りたい。だって、さっきから琉奈が恥ずかしそうにしながらこちらをチラチラ見てくるけど、目は合わせてくれないんだもん。そりゃそうだよ、こんな格好をしていたら普通は目を逸らすよ。
しかしというか、やはりというか、おれと莉奈さんのこの格好は明らかに一般家庭のそれではない。アイドル姫宮琉奈のライブ会場に、二人のファンが推しのTシャツを着て参戦していると言うほうがどう考えても自然である。
ただ、その場合はファンが少なすぎるのだが、武道館いってくれたら死ぬと言われるほど推されている某アイドルも、実質一人しかファンがいないような状態なので、別に少なくてもおかしくはないだろう。
さて、おれがそんなことを考えている間に、琉奈が作った料理を持ってきてくれたようだ。
「……えっと、じゃあこれ、どうぞ」
「おお、ハンバーグか。うまそうだな」
もし、おれが戦士であり今日が誕生日なら、馬鹿みたいにでかいハンバーグが出てきたかもしれないが、そういうわけではないので普通のハンバーグである。
「じゃあ、いただきます」
そう言って、おれはハンバーグを口に運ぶ。見た目は普通のハンバーグだが、味は普通ではない。――極上だ。そのあまりの極上さに、夢中でハンバーグを食べてしまった。
「とっても美味かったよ。ありがとな」
「ううん、こちらこそ」
おれが美味かったといったのが嬉しかったのか、琉奈は笑顔でお礼を返してくれる。というかよかった、今度はちゃんと目を合わせてくれた。もしあのまま、目を逸らし続けられたら、おれの気分はどん底のぞこであり、タイムリープして過去を変えようとしたかもしれない。
「あ、そうだ。お姉ちゃんが作ったデザートもあるからどうぞ」
琉奈は冷蔵庫からプリンを出してきてテーブルに置く。こちらもありがたくいただくことにする。そしてその味は、――極上だ。さすがは万能超人である莉奈さんが作っただけはある。こちらもあっという間に食べきってしまった。
「こっちも美味かったです。ありがとうございます」
「これはお礼だから気にしなくていいわよ。それより、どっちのほうが美味しかった?」
「「!」」
……な、なんて厄介な質問をするんだ、この人は。この質問は普通に考えれば、どちらを答えても角が立つに決まっている。どうするべきかと思い、おれは二人の様子をうかがう。
まず、言い出しっぺであり料理の腕も圧倒的である莉奈さんだが、自信に満ちあふれた表情をしていた。どうやら、おれがどちらの名前を答えるかなど分かりきっている、と言わんばかりのようだ。
次に、琉奈だがやはり姉には勝てないと思っているのか、下を向き不安そうな表情をしていた。だがそれと同時に、自分の名前を答えてほしいという一縷の望みにかけているような表情も混じっているように見えた。
少し考えたが、やはり誤魔化したり嘘をつくのも良くない気がするので、ここは正直に答えるべきだろう。
「美味しかったのは、……琉奈のほうですね」
おれのその答えに、琉奈はバッと顔を上げこちらを見る。
「ほんとに? ほんとにほんと?」
「ああ、本当だよ」
「……そっか。うん、ありがと。とっても嬉しいよ……」
その言葉のとおり、琉奈はとても嬉しそうに笑顔を浮かべていた。まあ、莉奈さん相手に勝てるとは思っていなかっただろうしな。勝因としては、やはり料理である以上、食べる側の好みの問題があるだろう。
……それと、おれの個人的な感情により、味にバイアスがかかっていた可能性も否定できない。料理は愛情という言葉があるが、作る側だけではなく、食べる側の感情でも変化があるのかもしれない。
そんなことを考えながら莉奈さんのほうを見ると、顔を下に向け身体をぷるぷると震わせていた。この震えは、おれが莉奈さんと答えなかったがゆえの怒り、
「でっしょーーー!! やっぱり、琉奈ちゃんのほうが美味しいわよねーーー!!」
――では、もちろんなかった。
「ほーんと、どう考えても琉奈ちゃんの料理の方が美味しいわよね。それなのに、琉奈ちゃんったら、何度言ってもお姉ちゃんのほうが美味しいって言うんだもの。まあ、琉奈ちゃんはとっても優しい子だから、姉の威厳を保つために遠慮してるのは分かってたんだけど。だから、別にお姉ちゃんに気を遣わなくていいのよって言ったんだけど、やっぱり答えは変わらなくて。でも、そんなところも可愛くて大好き!!」
威厳のある姉の姿か? これが……。もはや、バイアスしかかかっていないのではないかと思わせる姉の姿だった。
そんな姉が嬉しそうにしながら、同じく嬉しそうな妹に抱きついて幸せそうにしているのを見て、姫宮家でのお礼の食事を終えた。それにしても、今こうして目の前に広がるこの百合百合しい光景、――極上だ。
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