第34話 魅惑的な姿
「さて、どうするか。あれだぞ、別にわざわざ試着しなくてもいいと思うぞ」
「………………で、でもせっかくだから着てみようかな。……ちょっとそこで待っててね」
そう言って、琉奈は試着室へと入りカーテンを閉めた。……着るのか。まあ、本人が着てみたいなら止める理由もないな。そう思いしばらく待っていると、琉奈がカーテンから顔だけ出して口を開く。
「……えっと、着替えは終わったんだけど……」
「どうかしたのか?」
「……せっかくだから見てもらおうと思ったんだけど、……その、恥ずかしくて……」
「……おう、そうか」
まあ、そりゃ恥ずかしいよなあ。特に琉奈のような女の子なら、なおさらそうだろう。
「……ちょっと待っててね。心の準備をするから」
そう言って、琉奈は深呼吸を始めた。別にそこまでしなくてもいいと思うが、せっかく着たからには、やはり誰かの感想が欲しいのだろうか?
それはそれとして、そんな琉奈の姿を見ているとなんかおれまで緊張してきたので、おれも深呼吸をして落ち着こう。ヒッヒッフー、ヒッヒッフー。いや、これは深呼吸じゃないな。
いかん、どうも冷静さを失っているようなので、まずは冷静にならないと。Be CooL……、Be CooL……! ……私は……、常に冷静だ……!
「……ご、ごめん、もう少し待ってね」
琉奈のほうはいったん深呼吸は終わったが、まだ心の準備は終わらないらしい。
「いや、別に無理しなくてもいいぞ」
「でも……、あっ、日希くん隠れて」
「うわっ!」
おれは琉奈に急に手を掴まれ、試着室の中に引きずり込まれた。
「なんだ、どうしたんだ?」
「同じクラスの人が見えたからまずいと思って」
そういうことか。まあ、もしこの状況を見られたら変な誤解をされるのは間違いないので、確かに隠れたほうがいいか。ただ、それならカーテンを閉じて琉奈だけ隠れれば良かった気がするが、急にそこまで頭が回らないだろうしな。
とりあえず、靴を脱いで……、試着室の前に靴が二つあるところを誰かに見られたらまずいかもしれないし、試着室の中に裏返しで置いておこう。そのあと、なにげなく琉奈のほうに目をやった。
「うおっ!」
「え? あっ!」
そうだった。今の琉奈は水着を着ているんだったが、そのことを忘れてつい驚いてしまった。琉奈もそのことに気付き、恥ずかしそうに体をよじっていた。
「………………えっと、ど、どうかな?」
「えっ? あ、ああ、…………よ、よく似合ってると思うぞ」
「……そっか。ありがと……」
琉奈は嬉しそうに微笑んだが、恥ずかしいためか頬は赤く染まっている。かたや、おれのほうはつい、とある一部分に目がいってしまった。これが、万乳引力の法則か……。さすが乳トン先生だな。
とはいっても、このままというわけにはいかないので、無理矢理にでも意識と視線を逸らさないといかない。なので、思い切って自分の頭をぶっ叩いてみた。
「いってえ!」
「ええっ!? なにやってるの!?」
「いや、ちょっとね……」
「大丈夫!? 頭にこぶとかできてない?」
琉奈はおれに近づき、手を伸ばして気遣わしげにおれの頭の上のほうに触れる。そして、その影響でおれの視線は下へと向けられる。そのため、さきほどまでつい見てしまっていたものを、さきほどよりも至近距離で見ることになってしまった。
「うーん、大丈夫そうかなあ。まだ痛かったりする?」
「………………」
「日希くん?」
「えっ!? ああ、大丈夫大丈夫」
いかん、完全に意識を奪われていた。というか、琉奈さんあなた今自分がどんな格好しているか忘れてません?
そうやって、人の心配をしてくれる優しいところはとても魅力的だと思うのですが、違う意味で魅力的、いや魅惑的な部分が文字どおり目の前にあるので離れてほしいんですが。だって、もうちょっとでも近づけば、おれの体にそれが触れそうなんですけど。
「わ、顔が真っ赤だよ。熱でもあるんじゃない?」
「いやいやいや、大丈夫だから」
今度はおれの額に手を当てて熱を測ろうとしている。そりゃ、この状況だと顔も赤くなるだろうが、このままというわけにはいかないしどうしよう。ここで、目をつむったりしたら、変に思われるだろうからそれはだめだな。ようは、下を向いているのがまずいので、顔を上げればいいのか。
「「あ」」
おれが顔を上げると、視線の先にちょうど琉奈の目があった。そのため、お互いに見つめ合う形になる。こうして間近で見ると、やはり綺麗な目をしているなと思う。いや、綺麗なのは目だけではなく、非常に整った顔立ちをしており、とても可愛い女の子だと改めて思い知らされる。
そして、この状況でもうちょっとでも近づけば、さきほどとは違う魅惑的な部分に触れてしまいそうだ。この状況に、おれは硬直して身体が動かなくなってしまったが、そんな身体とは裏腹に心臓の鼓動はどんどん速くなっていった。
「ご、ご、ごめん! 近づきすぎたね」
琉奈は後ろに下がりながらそう言う。見ると、その顔は真っ赤に染まっていた。たぶん、いや間違いなく、おれの顔もさきほどよりも赤くなっているだろう。
「…………ま、まあ、顔が赤いのはあれだな。ほら、こんな狭いところに二人でいるから暑いんだよ、きっと。あとは空調が届きづらいとか……」
「……そ、そうだね。確かに暑い気がする」
「じゃ、じゃあ、おれは外に出るから」
「う、うん。分かった」
カーテンから顔を出し、琉奈が見たクラスメイトやほかの人が近くにいないことを確認して外に出た。……はあ、さすがにさっきのは心臓に悪いなあ。琉奈の着替えが終わって出てくるまで座っていよう。
それから、しばらくして試着室から琉奈が出てきた。けっこう時間がかかっていた気がするが、きっと琉奈のほうも落ち着く時間が必要だったのだろう。
「ごめん、待たせちゃったね」
「いや、全然大丈夫だから。それより、このあとどうする? まだ見たいものとかあるか?」
「……うーん、疲れちゃったからもういいかな。だから、この水着だけ買ってくるね」
「えっ、それ買うのか?」
「え、だめかな?」
「いやだって、あんなに恥ずかしそうにしてたから人前じゃ着れないだろうし、ほかのにしたほうがいいんじゃないか? ……そうだ、もうすぐ莉奈さんが帰ってくるなら、あの人に選んでもらうのはどうだ?」
莉奈さんなら、もっと露出度の低いタイプの水着を選んでくれるだろう。それにおれとしても、琉奈にああいう格好を人前でしてほしくないしな。
「……うーん、そうはまあ、そうなんだけど……」
なにやら歯切れが悪いな。人前で着るつもりではないと思うが、それはそれとして買いたいみたいだ。となると、おれは余計なことを言ってしまったみたいだ。ならば、琉奈が買っても不自然じゃない理由を提示しなければ。
「……もしかしてあれか。水着を着たまま入れる温泉とかあるし、そういうところに家族で行ったときに着るとかか?」
「! う、うん。そのつもり。だから、買ってくるね」
そう言って、琉奈はレジカウンターへと向かっていき、買い物を終えて戻ってきた。
「じゃあ、帰るか」
「そうだね、帰ろっか」
こうして、琉奈とのデート(仮)は終わりを迎えた。そして、もうすぐ夏休みがやってくる。
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