第33話 もうすぐ夏休み
「さっき海希に頼まれたんだが、そこのパン屋で買う物ができたから付いてきてもらっていいか?」
「そうなんだ。うん、いいよ」
琉奈と一緒に近くのパン屋へと入る。さすがに店の中にいればさきほどのようなことにはならないだろう。それに、ここは広い店でもないから琉奈が見えなくなる心配もないしな。
「じゃあ、ちょっと待っててくれ」
「うん」
入り口の近くで琉奈に待っていてもらい、おれは海希に頼まれた物と父さん用のパンを買う。手早く買い物を済ませ、琉奈と一緒に店を出た。
「そういえば、なにか見たい物とか買いたい物とか思いついたか?」
「うーん、何かあったかな?」
琉奈は頬に人差し指を当て、顔を少し傾けて考え始めた。
「…………あ」
「思いついたか?」
「……えーっと、もうすぐ夏休みだよね?」
「そうだな」
「夏休みと言えば、海とかプールだよね?」
「……まあ、そうだな」
ほかには夏祭りや花火大会、あとは帰省とかがあると思うが琉奈の意見はなぜか限定的だな。それ以外にもなにかあると思うが、おれはインドアな人間なのですぐには思いつかなかった。
「というわけで、水着を見ようと思うんですがどうですか?」
なんで敬語なんだろう? それと、声が少しうわずっている気がした。
「……いいんじゃないか」
なにやら不自然な会話だった。そもそも琉奈は泳げないはずなので、海やプールに行きたがるとは思えない。さっきの不自然な会話から察するに、友達あたりに妙なことでも吹き込まれたのか?
……はっ、まさか例の気になる人を海やプールに頑張って誘うための前準備だったりするのか? 海やプールで水着姿の琉奈と一緒に遊べるとかうらやまけしからんので、思わずそいつを一発ぶん殴りたい気分になってしまった。……いや違う。きっと女友達に誘われたんだろうと、ここは都合よく考えておこう。
そんなことを考えながら、琉奈のほうを見ると小さくガッツポーズをしながら、「うん、上手く誘えた」と言っている気がしたが、いったいなんのことだろう。さきほどのおれとの会話はお世辞にも上手いとは言えないし、おれの聞き間違いかもしれない。
「じゃあ、あのお店に入ろっか」
「ああ、分かった」
というわけで、二人で店に入る。案内板を確認すると、この店は六階まであり、服だけでなく本屋や飲食店、雑貨やクリニックなど色々とある。初めて来たのでよく分からんが、こういう場所を駅ビルというみたいだ。
おれ達はさきほど見た案内板に従い、服屋の水着売り場へ到着する。早速、水着を手に取り眺めている琉奈の横で、おれは悩み事をしていた。それがなにかというと、服屋ということは当然女性用と男性用のエリアに別れているわけで、そんな中でおれは女性用の水着売り場にいていいのだろうかということである。
水着であって下着じゃないから大丈夫か? というかそもそも、露出度だとそんなに大差なかったりするのになぜ下着はアウトで水着はセーフなんだろう?
そんな悩みをしていると誰かの視線を感じ、そちらを見ると店員さんと目が合った。このままポケモンバトルを仕掛けられるということはないだろうが、店員さんの巧みな話術で買うつもりのないお高い商品を買わされる可能性はある。あの店員さんがこちらへ来る前にいったんこの場を離れた方がいいだろう。
「なあ、琉奈。ちょっと向こうに行かないか?」
「え? あ、うん、いいよ」
そうして、おれはさきほどの店員と逆方向を向く。
「お客様、水着をお探しですか?」
「!?」
ば、馬鹿な!? そう思いおれは後ろを振り返るが、さきほどの店員はやはりすでにいなくなっている。どういうことだ、この店員あの一瞬でおれの後ろに移動したのか!?
なんだ? 分身を生み出す能力か、それともゴリラと自身の居場所を入れ替える能力か? くっ、おれとしたことが凝を怠ったか。まあ、真面目に考えると、さっきの店員の双子の妹とかそういうことだよね? ホントに同一人物じゃないよね?
「あらー、彼女さんの水着をお探しなんですね? いやーいいですね、青春って感じです」
「いや、別に彼女というわけでは……」
「それではこちらの商品はいかがでしょう?」
駄目だこの人、こっちの話を聞いてない。強引に押し売りでもするつもりか?
その店員が出してきたのはビキニタイプの水着だった。
「どうですか、彼女さんこちらの水着は?」
「あ、あの別にわたしは彼女というわけでは……」
「まあそんな細かいことはおいといてどうですか、こちらの水着?」
「……えっと、さすがにこれを着るのは恥ずかしい……ですね」
「あらー、そうですか。では彼氏さんはどう思いますか。彼女さんがこの水着を着ている姿を見たいとか思いません? 思いますよね? 思うに決まってますよね? 『はい』か『イエス』で答えてください」
いや、そりゃ着ている姿を見たいかどうかなら正直な話見たいとは思う。だが、そう簡単に『はい』や『イエス』と答えられる質問ではない。かといって、『いいえ』と答えた場合、琉奈は自分に魅力がないのかと捉えかねないため、そう答えるのもそれはそれで問題だ。となると………………、
「……その、よく似合うと思うので見たいとは思いますね……」
この言いかたなら変な意味には思われないだろう。琉奈のほうにちらりと目をやると、肩がピクッとはねたように見えたが不快に感じている風ではなかった。この回答で大丈夫だったようだ。
「あらー、彼氏さんはどうしても見たいということですよ、彼女さん。これはもう着るしかしかありませんね」
いや、そこまでは言ってないんだけど。しれっと人の発言を改竄しないでほしい。
「ささ、試着室はこちらになります」
そう言って、おれ達二人の背中を押し、強引に試着室の前まで移動させられた。この人、押しも力も強いな。
「では、あとは若いお二人でごゆっくりどうぞ」
いや、どう考えてもここはごゆっくりする場所じゃないでしょ。なにを言ってんだ、この人。まあ、いなくなってくれて助かったからよしとするか。
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