第29話 初めての同士
さて、海希はいったいなにを言うつもりなのか? まさか由に一目惚れしたとか言わないだろうな?
いかんぞ、確かに由はいいやつだと思うが鬼咲さんのこともあるし、それになにより、そんなにあっさり相手を決めるのはお兄ちゃんとして認めるわけにはいかない。せめて、もっと相手のことをよく知ってからにするべきだ。
「あの人とお兄ちゃんってどういう関係なの?」
「由とはクラスメイトで友達だな」
「ということは由さんは高一か……」
どうやら、海希は由の名前やおれの友達だと言ったのを聞き漏らしていたらしい。そして、学年を気にしているということは、つまり年齢差を気にしているということなのだろうか? こういうとき、お兄ちゃんとしてどうすればいいんだ?
「あたし、初めて同士に出会った気がする……」
おれが悩んでいると、海希がなにやらぼそっとつぶやいた。加えて言うと、胸に手を当てながら。……あー、さっき由を見てたのはそういうことかあ。余計な心配をしてしまったが、けどまあそういう話じゃなくてよかった。
でも、残念ながら由は男子なんだよなあ。だが、嬉しそうに涙を浮かべる海希を見ていると、真実を伝える気にはなれなかった。世の中には知らないほうがいいこともあるからなあ。
あとは、とある失言王が言っていた、高校に入ったら胸がおっきくなるなんてうわさを信じるしかない。
「えっ、天方さんやっぱり泣いてるの!? 大丈夫?」
気付くと由がすぐ近くまで来ていた。今の言葉から察するに、海希が泣いているように見えて心配になり様子を見に来てくれたのだろう。
「あはは、大丈夫です。ご心配をおかけしてすいません」
「そうなの? それならいいんだけど……」
ふむ。海希が泣いていた理由を知られたくはないし、ここは話を逸らしておこう。
「そういえば、由はなにしに来たんだ。やっぱり、自分の服を買いに来たのか?」
「ううん、違うよ。姉さんに服をプレゼントしようと思って買いに来たんだ」
「へー、由は姉がいるのか?」
「うん、二人いるよ。ぼくは末っ子なんだ」
なるほど。姉も由とそれなりに似ているだろうし、香和家美人三姉妹ということか。あっ、間違えた、香和家美人三姉弟だな。でも、字面的には美人三姉妹より美人三姉弟のがおかしいんだよなあ。と、そんなことを考えていたら海希が話に入ってきた。
「じゃあ、その手に持っている服を買うんですか?」
「うん、そのつもりだよ」
「そうなんですか。いい服ですね」
「うん、ありがとう!」
「でも、その服って由さんにも似合いそうですね。もし良かったら、着ているところを見せてもらえませんか?」
「おい、海――」
「うん、いいよ」
判断が速い。男子である由は女子の服を着るのは抵抗があるだろうと思い止めようとしたのだが、当の本人は海希のお願いをあっさりとOKしていた。本当にいいのかと思っているうちに由は試着室の中へと入っていく。
「あれ、そういえば由さんってさっき自分のことを『ぼく』って言ってなかった?」
「……あー、それはあれだ。由はボクっ娘みたいなもんでな」
「それって、お兄ちゃんが見てるアニメにたまに出てくる一人称が『ぼく』の女キャラみたいな感じ?」
「……まあ、そのイメージでだいだい合ってる」
由が実は男子だとばれないようについ誤魔化してしまった。だが、海希が真実を知ってしまえば、さきほどとは比べ物にならないほどの涙を流すかもしれないので、お兄ちゃんとしてここはそうせざるを得なかった。
「うーん、姉さん用のだからちょっと大きいんだけどどうかな?」
そんな声とともに着替えを終えた由が試着室のカーテンを開けた。そして、そこにいるのは、どこに出しても恥ずかしくない美少女だった。いや、美少女にしか見えないけど美少女ではないんだよなあ。
「わー、やっぱりすっごい似合ってます!」
「……ああ、そうだな。よく似合ってる」
「そっか、二人ともありがとう!」
そう言って、由は満面の笑みを浮かべた。そのせいで、より美少女度合いが増す。やはり、由は女子なのでは?
「わざわざお願いを聞いてくださってありがとうございます」
「ううん、これくらい全然いいよ。じゃあ、ぼくはこの服を買ってくるね」
「あ、おれも行くわ。海希はそのへんで待っててくれ」
「分かった。ありがとう、お兄ちゃん」
海希の服までお金を出すおれに対し、海希はとても素敵な笑顔でお礼を言う。よし、お金と可愛い妹の笑顔でちゃんと等価交換になっているな。いや、意外と安い服だったしおれがもらいすぎかもしれない。まあ、それはそれとして、
「悪かったな、海希が変なお願いして」
「ううん、全然大丈夫だよ。慣れてるし」
「えっ、慣れてるのか!?」
「うん、ぼく昔から姉さん達によく女物の服を着させられたりしてるから」
「あー、そうなのか」
「ただ、その影響かぼくは見た目とかがちょっと女の子っぽくなっちゃったんだけどね」
由は自分の髪をいじりながらそう言う。いやー、ちょっとってレベルじゃないんだけどなあ。むしろ、男の子だと判断できる要素がちょっとしかないレベルである。なんなら、ちょっともあるかどうか怪しいまである。
*****
そして、買い物を終えたおれ達は店を出て、あとは帰るだけとなった。
「では、由さん、またどこかで会いましょう。あたしはぜひともお会いしたいです」
「うん、そうだね。また、どこかで」
「はいっ!」
「じゃあ、ぼくはこれで。二人ともまたね」
由は笑顔で手を振りながら去っていった。それに対し、海希も手を上に上げて大きく振りながらそれを見送る。どうやら、初めての同士に出会えて海希はテンションが上がっているらしい。
とりあえず、あとで由に連絡して上手いこと説明し、海希に男子だとバレないようにしてもらわなければ。
そんな懸念事項を残しながら、本日のおでかけは終わった。そして、次のおでかけが始まるのです。
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