第27話 お帰りなさいませ
海希から頼まれた買い物を終え、帰宅した玄関にて。
「お帰りなさいませ、ご主人様♡」
「…………なにやってんだ、海希」
「見てのとおりメイドさんですよ、ご主人様♡」
ふむ、妙なタイミングで買い物を頼まれたと思ったら、これをやりたかったからか。メイド服姿というのは確かによいものだと思うが、相手が妹であるせいか、「唆るぜこれは!」みたいな感想は出てこない。
だがもし、海希が高校生になったあと、メイドカフェでバイトしたいとか言い出したら断固反対しようと心に固く誓った。
「なにか感想はないんですか、ご主人様♡?」
「ああ、そうだな。世界一かわいいよ!」
「心がこもってないように感じますよ、ご主人様♡」
「いや、そんなことはない。ちゃんと可愛いぞ海希」
「やっぱりシスコンなんですね、ご主人様♡」
「いや待て。おれはシスコンではない」
なぜおれは海希にシスコンだと誤解されているのか。家族相手でもこうなってしまうあたり、人間が互いに理解し合うというのは難しいものだと痛感した。こんなときに、おでこぱしーを使えればこうはならないのだろうが、残念ながらおれも海希も宇宙人ではない。
「そういえば、新人の子が入ったんですよ、ご主人様♡」
「新人ってなんだよ。うちはいつからメイドカフェになったんだ?」
「まあ、そんなことはいいのでどうぞこちらへ、ご主人様♡」
海希はまたしてもおれの背中を押してくる。ていうか、毎回ご主人様って言ってるけどこれは正しいのか? もはや、語尾が『ご主人様♡』になってるんだが、変な語尾はやめるザウルス。
と、進んださきで新しい人影が見えた。あくまでも人の影であり、卑劣な影でもなければ七つの陰でもない。
「……お、お帰りなさいませ、……ご、ご主人様♡」
「…………………………」
頬を赤く染めて恥じらいながら挨拶をするその新人メイドさんを見て、おれは思わず言葉を失った。そこにいたのはメイド服を身にまとった琉奈、いわば姫宮琉奈(メイドのすがた)だった。
最初に妹が出てきておれが油断したところで琉奈が出てくる、これが隙を生じぬ二段構えというやつか。
「……な、なんで琉奈までそんな格好をしてるんだ?」
「……どうせ着替えるなら一緒にこれを着ましょう、って海希ちゃんが」
「なるほど。……ちなみにほかにもなんか言ってた?」
「えーっと……、『お兄ちゃんはこういう格好が好きだから』って言ってた」
嫌な予感がしたので確認してみたが、ホントなにを言ってくれんだ、おれの妹は! これでは、またしても琉奈におれが変な趣味を持っていると誤解されてしまうだろうが!
「……そ、それでどうかな? この格好?」
恥ずかしそうにもじもじしながら、感想を求められた。まあ、それはもちろん、
「……よく似合」
と、言いかけてやめる。琉奈は間違いなく恥ずかしいと思いつつこの格好をしているのに、おれのほうは恥ずかしいという理由で、「よく似合っている」とだけ言うのは駄目ではないだろうか? となると、やはりここは、
「……よく似合っていて可愛いぞ」
「っ! ……ありがと」
琉奈はさらに頬を赤くしてうつむいてしまい、おれのほうも恥ずかしくなり横を向いた。だが、そんな中で一人恥じらいを感じさせない声が響く。
「昼食の用意ができているのでこちらへどうぞ、ご主人様♡」
海希に席に着かされ、おれの前に皿が置かれる。そこには、おそらくメイドカフェでは定番と思われる料理であるオムライスがあった。
「こちらはわたくしの手作りなんですよ、ご主人様♡」
どう見ても冷凍のオムライスを温めただけなんだが、まあ楽しそうだからツッコミはやめておこう。
「せっかくですしお絵かきのほうは新人さんにお任せしましょう。では、琉奈さんお願いします」
「え、わたし? ……ど、どうすればいいの?」
「そうですねえ……。まだ新人ですし、ここはシンプルにハートマークでいきましょう」
「ハ、ハートマーク!?」
「そう、ハートマークです。では、どうぞ」
「は、はい」
海希の勢いに流されるままに、琉奈がケチャップでオムライスにハートマークを描く。琉奈が描いたハートマークだと思うとなにやら妙な気分になるな。
「では、おいしくなるおまじないをかけます。琉奈さんは私のあとに続いて復唱をお願いします」
「は、はい」
「いきますよ。ぴゅあぴゅあ~るなるな~萌え萌えきゅん♡ オムライスちゃん、おいしくな~れ♡」
「……ぴゅ、ぴゅあぴゅあ~るなるな~萌え萌えきゅん♡ オ、オムライスちゃん、おいしくな~れ♡」
以前、琉奈と一緒に夕飯を食べにいったときに似たようなことをしてもらったが、あのときとは破壊力が段違いだ。メイド服を着ているのに加え、かなり恥ずかしそうにしているのが大きいのだろう。好みの問題だとは思うが、個人的には恥じらいは大切だと思いましたまる。
「では、冷めないうちにお召し上がりください、ご主人様♡」
おれは言われるがままにオムライスを口に運ぶ。うまい、言うなればケチャップの程よい酸味とソースの甘さが溶け合い温かな家庭を感じる味だった。
「それでは、本日の代金なんですが十万円となります。あとで、お支払いをお願いしますね、ご主人様♡」
「そんな可愛いポーズをとっておねだりしても千円くらいしか払わんぞ」
祈るように手を組み、その手と顔を少し傾けながら笑顔で不当な金額を提示した海希の要求をつっぱね、妥当そうな金額を提示した。
別にこれは、おれがシスコンだからとか、琉奈のメイド姿が見れたうえお給仕をしてもらえたのでそのお礼とか、そういうのでは断じてない。
*****
しかし、今が令和の時代でよかったと思う。もしこれが、1999年の秋葉原だったらメイド戦争に巻き込まれていたかもしれない。と、そんなことを考えながら琉奈とともに勉強を再開していた。なお、まだ服が乾いていないため、姫宮琉奈(メイドのすがた)は継続中だ。
「やっぱしんどいなあ。期末テストまでこうして勉強漬けだもんなあ」
「うーん、確かに大変だよね」
「やはり、こういうときは自分へご褒美が必要だな」
「あ、いいかもね。なにか欲しいものとかしたいこととかあるの?」
今、おれの目の前にはメイド姿の琉奈がいるため、またそのうち琉奈のメイド姿が見たいと、つい考えてしまった。だが、そんな願望を言えるわけがないので、他のことを考えないとな。
「そうだなあ…………。ああ、そういえば、期末テストのあとあたりで、ちょうど見たいアニメの映画があるんだった」
「そうなんだ。なんていう作品?」
「五等分できない花嫁だ。琉奈も見たことあるだろ?」
「あ、それならわたしも見たいな」
「なら、一緒に見に行くか」
「うん、行きたい」
と、ここまできて気付いたが、これはもしかしてデートなのではないだろうか? そう考えたら急に恥ずかしくなってきてしまった。見ると琉奈も下を向いているので、もしかしておれと同じことを考えているかもしれない。
「じゃ、じゃあ、そういうことでよろしくな、琉奈」
「…………………………」
「……あ、あの、琉奈さん?」
「……そ、その、よろしくお願いします、ご主人様♡」
思わず、琉奈さんと読んでしまったためか、メイドさん口調に加え先ほどの海希と同様、祈るように手を組みその手と顔を少し傾けながらの笑顔でそう返された。
……もうメイドさんは終わったと思って油断していた。隙を生じぬ二段構えだけに二回飛んでくるというわけか。
27話を読んでいただきありがとうございました!




