第22話 借り物競争
そんなこんなで日は進み、体育祭当日となった。今日は天候のわりにはあまり暑くないし、体育祭日和と言えるだろう。開会式も終わり、スムーズに競技が進行していく。
そして、俺と琉奈が出場する二人三脚も無事に終わった。コツを調べ練習したおかげで、それなりの結果だった。琉奈が転んで怪我をしたり、恥をかかせることになったりせず良かったと思う。
ちなみに、おれのほうはなんか男子からの視線が痛かった。もしかして、感情受信体質という副作用に目覚めたのかなと思うくらいだった。
そのあとも、体育祭は順調に進み、これからおれが出場する借り物競走が始まる。さて、グラウンドに向かおうと思ったところで龍心に声をかけられた。
「なあ、日希。あの司会の女の子なんか良くね?」
「お前は体育祭でもいつもどおりだな……」
「よし、決めた。オレ、この体育祭が終わったらあの子に告白するんだ」
「おいやめろ」
お前、それ死亡フラグじゃねえか。だがDEAD ENDフラグだと考えればおることは可能なはずだ。しかし、今はやることがあるので、おれは改めてグラウンドに向かう。おれの出番は最初なので借り物競争のお題の傾向がわからないが、面倒じゃないといいんだがなあ。
なんか、こんなことを考えているとおれにもフラグが立った気がするんだが、どこかにフラグをおれる能力者とかいないかな。おれのほうはいいから龍心のほうのフラグをおってやってほしい。
「さーて、この借り物競走の司会兼判定員は私、栗栖が担当します。皆様よろしくお願いしまーす」
元気で明るそうな声がマイクをとおしてグラウンドに響いた。さっき龍心が好きになったあの子は栗栖さんっていうのか。
「では、位置について、よーい」
その声のあと、一拍おいてピストルの音が響き、おれを含めた選手達がスタートを切る。少し走ってお題の紙が置かれた場所まで来たが、いったいなにが書かれているのか。そう思いながら、紙をひとつ取り内容を確認する。
………………うーん、難易度としては『美人だと思う人』以上『大切な人』未満といったところか。いや、『大切な人』の場合は、家族や友人でもいけるだろうし、これはけっこう厄介だな。まあ、一番困る『好きな人』とかじゃないだけマシだと言えるだろう。
しかしこれが、『生徒会長』や『やせ型の男子』だったら、どちらの場合でも生徒会長を連れていけばいいんだけどなあ。と、思ったけどうちの生徒会長がやせてるかかどうか知らないな。
さて、このお題はどうしたものか。真っ先に思い浮かんだのは琉奈だが、ざっと見た感じ、このお題に該当する女子生徒はある程度いるな。そう考えると、琉奈以外でもいいんだが、他の女子生徒を連れていくのはなんか気が引けるなあ。そう思い、おれは観客席にいる琉奈のほうへと向かい声をかける。
「すまん、姫宮さん。ちょっと来てもらってもいいか?」
「え、わたし? ……うん、もちろんいいけど……」
おれは琉奈の手を取りグラウンドへと戻る。ふと、お題の紙が置かれたほうを見ると、一人の男子生徒が困ったように立ちすくんでいた。どうやら、そうとう厄介なお題を引いてしまったらしい。
だが、今は他人を気にかけているときではない。そう思い、おれは琉奈とともにゴールのほうへ向かう。
「ねえ天方くん。お題がなんなのか訊いてもいい?」
「…………あー、これだ」
お題が書かれた紙を琉奈に見せる。正直、恥ずかしいのだが、どうせあとで分かることだから少し早いか遅いかの違いでしかないしな。
「…………うん。ありがと……」
おれの後ろで走っている琉奈が今どんな顔をしているか気になるところだが、恥ずかしいので確認できない。と、ここで司会の栗栖さんがおれ達のほうを見て声を発した。
「あーっと、あの生徒はこの学校随一の美少女と呼び声が高い姫宮琉奈だー。いったい借り物の内容はなんなのか? 可愛い子か? 好きな子か? それとも、まさかの恋人かー!?」
栗栖さんのその言葉に観客席がざわつく。おいやめろ。そんなこと書かれてないから誤解を招きそうな発言はやめてくれ。
「あ、ちなみにさっき言ったお題を用意したのは私でーす。んん? そういえば、あの二人って二人三脚でもペアだったよね? なんだなんだー、学校行事にもかかわらず、見せつけてるのかー! リア充爆発しろー!」
だから違うから! そんなんじゃないから! まじでやめて! またもや男子からの視線が痛いんだけど!
「はー、私もああいうことを好きな人としたくて二人三脚を男女混合にしたのに、結局上手くいかなかったんだよなー。…………あれ、もしかして今のマイクにのってました? ……いや、違うんですよ。……あの、先生方、そんなに怖い顔しないでください。今は楽しい楽しい体育祭の最中ですよー!」
ふむ、二人三脚を男女混合にするよう要望した体育祭実行委員のとある女子生徒はこの人だったのか。どうやら、先生や体育祭実行委員会の人達を上手く言いくるめたらしい。だが…………マヌケは見つかったようだな。
しかし、二人三脚を男女混合にした理由が個人的すぎるだろ。こうなると、栗栖さんのこのあとが心配ではあるが、言いくるめたということは言い訳は病的に上手いんだろうし、大丈夫だろう。と、そんなことを考えているうちにゴールが見えてきた。
「お、ここでゴールする選手が出ました。では、お題を確認しましょう」
おれは栗栖さんにお題が書かれた紙を手渡した。
「ふむふむ。えー、お題は好きな髪型をした異性でしたー。では、答えをどうぞ」
「ええ……。いやいや、見れば分かるでしょ……」
「駄目です。自分の口で言わないとゴールは認めないというルールです」
ホントにそんなルールあるのかよと思うが、相手が判定員である以上は従わざるをえない。まあ、さっき言ってたとおり見れば分かるのでちょっと恥ずかしいくらいだしな。
「…………く、黒髪ロング……」
「はいっ、別の髪の色は訊いてないんですが、ありがとうございましたー! 無事、ゴールでーす!」
うあああああ! しまったあああああ! 確かに色は書いてねえ! うあああああ! やらかしたあああああ!
「……! と、ここで次の選手がゴールです。……って、あれ? 特になにも持ってないし、人も連れてないですね? …………え、まさか? ……と、とりあえず、お題を確認しましょう」
今ゴールしてきた男子生徒を見て栗栖さんが動揺している気がする。そういえば、この男子生徒はさきほどお題の紙が置かれたところで困ったように立ちすくんでいた人だな。
その男子生徒は少し逡巡したあと、お題が書かれた紙を見せ、そこには『好きな子』と書かれていた。男子生徒は栗栖さんのほうを向いて宣言する。
「俺の借り物はく、栗栖、お前だ。……お、俺はお前が好きだ!」
「…………え? ……ほ、本当に? ……う、嘘でしょ? ……こ、こんなことってあるの……?」
「嘘じゃない、本当だ。……だから、そ、その、返事を聞かせてくれないか?」
「……っ! ……はい。……わ、私もあなたのことが……好きですっ!」
そう言って、栗栖さんはその男子生徒に抱きついた。急に抱きつかれた男子生徒のほうは動揺のためか少しの間、両手を空中にさまよわせていたが、そのあとしっかりと栗栖さんを抱きしめた。
グラウンドのほうは突然の告白への驚きで数秒の静寂が訪れ、そのあとぽつぽつと拍手の音がし始める。その音は次第に数と大きさを増していき、やがてグラウンドには大音量の拍手と歓声が沸き起こる。おれと琉奈もたった今誕生したカップルに祝福の拍手を送っていた。
しかし、これは借り物競争だというのに、この男子生徒は借りるどころかとんでもないものを盗んでいきました。それは栗栖さん、……あなたの心です。
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