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バカな勝負の後は


「良かったのかい?」

 

「何が……?」

 

 エノールは、レガルドと一緒に王宮で用意された部屋に帰ると当然のように服を脱ぎ出す。

 

 少しはだけてセクシーな格好でレガルドと抱き合っていた。

 

「王子、あれだとエノールに反感とか抱くかも」

 

「その時はその時よ」

 

 暖炉の焚かれた室内はちょうど良い温度に保たれている。窓の外は粛々と日が沈み、辺りは暗くなっていた。

 

 それに合わせて気温も下がっていく。そんな中、貴族の部屋だけが人に快適な気温を提供する。

 

「王子との個人的なつながりを持つのが今回の目的の一つじゃなかったの? あれでも次期国王だし」

 

「もちろん蔑ろにしているわけじゃないわ。毒も薬も使いようっていうでしょ?」

 

「言うけど、それが……?」

 

 二人はゆらゆら揺れる。入り口のそばでレガルドが壁に背を預ける形でエノールを抱き、エノールもレガルドの首元に手を回す形で二人は抱き合っている。

 

 そのまま体を押し付け合っていた。船を漕ぐかのようにゆらりゆらりと緩急をつけて、体表面に圧力をかけ合っている。二人なりの愛情表現だ。

 

「好きの反対って嫌いだと思うでしょ?」

 

「うん」

 

「違うのよ。好きの反対は無関心、嫌いって好きと矛盾しないの」

 

「どういうこと?」

 

「好きな人を嫌いになったとしても、好きって気持ちがなくなるわけじゃないのよ」

 

 エノールはそう言って、扇状的に唇を寄せると、レガルドの頬にキスを落とす。

 

 レガルドはそれにくすぐったそうにして、すぐにお返しした。彼の返答に、エノールは薄く笑みを浮かべる。

 

「おんなじように、嫌いな女をそれでも憎からず思うこともある。むしろ、好きも嫌いも関心を持っているという意味では同じなのよ。だから、嫌いに少し細工をすれば──好きに変えることもできるわ」


「恐ろしいね。まるで人心掌握の術だ」

 

「あら、嫌い?」

 

 挑発的に、彼の首元に手をかけたエノールが聞く。

 

 それにレガルドは「まさか」と返答してエノールの胸を揉みしだいた。

 

「あっ。その女を口説き落としたのが貴方なのよ、レガルド」

 

「……そんなつもりなかったんだけど」

 

「なら無意識なのね。とんだ光源氏だわ」

 

 事実、レガルドは本来光源氏になれた男である。最も、彼がもう少し擦れた性格で、なおかつエノールと合わなければという話だが。

 

 レガルドはエノールの情熱的な口上を前に、彼女を押し倒した。

 

 優しくベッドのクッションで衝撃を緩和させて、彼女の上に覆い被さる。その光景を、エノールは下から蛇のような視線で眺めていた。

 

「王子を……どうするつもりなの?」

 

「あら、知りたい?」

 

「……言いっこなしだよ」

 

「んふふ、そうね。もう私と貴方は一心同体、協力者だものね」

 

「パートナーだよ」

 

「そうよね、そう……」

 

 二人は今日、本来の意味で結ばれる。否、結ばれたが正しいか。

 

 レガルドが勝ったことによって、エノールの婚約者は正真正銘レガルドとなったのだ。

 

 思えば王子の騒ぎはこの半年間だけのことだったが、彼らの仲を発展させるには十分なスパイスだった。レガルドの中で成長した独占したいという思いは、躊躇なくエノールの体に手を伸ばさせる。

 

「君が欲しい、エノール」

 

「私もよ。貴方のものにして」

 

 冬の室内に夜半中灯りが灯っていた。

 

 

 

 

 

 レガルドが勝利するための条件は「引き分け以上に持っていくこと」だった。

 

 エノール達には王子に対して戦力的アドバンテージとルール的アドバンテージの二つを有していた。

 

 しかし、戦力的アドバンテージはそのまま王子の方に移動し、ルール的アドバンテージもまた相殺されていた。

 

 はずだった。

 

 ルール的アドバンテージはなくなったわけではない。中立的な観衆がいるものの、依然として勝者を宣言するのはエノールであり、審判の立場にいる。

 

 ここが王子の誤解の一つ目だった。

 

 王子は伯爵達を招待したことでエノールの不正を完全に防ぎ切ったものだと勘違いしていたのだ。性格にはそれは間違っている。なにせ、観衆のわからないように不正をすればいいだけなのだから。

 

 それでもあからさまに不正はできなくなる。それで十分だと王子は考えていた。

 

 二つ目の誤解は、レガルドが王都の騎士達を使うと考えていたこと。

 

 これによって、レガルド達の内部崩壊は阻止されて、王子達は予定外にも真っ当に戦うことになってしまった。

 

 それでも手だれを集めた王子陣営は動揺することなく動いたが、さらにイレギュラーが発生する。

 

 三つ目の誤解は、エノールが用意した手勢を過小評価していたこと。

 

 これはむしろ、エノールの用意した手勢が未知数だったことに禁するため、そもそも彼らに王都の騎士達を使わせられなかったことに起因する。それさえできれば防げたことなのだ。

 

 それにより、一人の男が戦線を突破し、王子の元まで辿り着いてしまった。

 

 だから、色々と誤解があったのだ。それらが積み重なり、相乗効果を発揮した結果、王子は敗北した。

 

 王子は引き分けに近い状況など考えてもいなかったのだ。元々、レガルド側では内部崩壊する予定だった。それを殲滅する簡単な仕事だったはずだ。

 

 それが、レガルド達は王都騎士を使わなかった。

 未知数な戦力でもって固められた。

 一人の男が包囲を突破してしまった。

 彼を倒して、王子は頭に血が登ってしまった。

 

 いや、最後は英断だったかも知れない。なにせ、あのままでは動揺した王子陣営は押し返されていただろう。人数差が縮まれば縮まるほど守勢に回っている方が強くなる。

 

 だからこそ、あの一瞬に全てをかけた王子の判断は間違いではない。間違っていたすれば──


 もし、レガルド達が内部崩壊をしていたなら、彼らの戦力を事前に偵察できていたのなら、エノールによる不正は起こり得ないと過信していなければ、こんな事態にはならなかったのだ。

 

 エノールは事前にレガルドに説明していた。

 

 拮抗の末、引き分けにも見える状況に持ち込めたのなら、エノールはレガルドの名を呼ぶ。

 

 それがエノールの言う『手段を選べない』の正体だった。引き分け以上ならばレガルドの勝利とする。

 

 それは非常に微妙なラインだ。何せ、引き分けに近しい状況などそうそうない。そのアドバンテージはあってないようなものだ。


 だからこそ、エノールはレガルドを騎士ナイトと呼んだ。今回、エノールができることは限られていたのだ。精々が根回しをして引き分け以上をレガルドの勝利にすることぐらい。

 

 エノール達が勝利するには、レガルド自信がそれを掴み取る必要があった。エノールは勝敗が決するまで何もできぬ無力なプリンセスであり、レガルドは全てを託される騎士ナイトだったわけだ。

 

 そして、王子はまんまと引っかかった。その『勝負』をチェスと同じく公平なものと勘違いしていたのだ。

 

 平等でなくとも公平ではある戦いだと、勝利条件を満たせば必ず勝利者となり得るものだと勘違いしていた。微妙な差であった場合、その差が意図的に覆される可能性など考えもしていなかった。

 

 王子は、戦力的アドバンテージを有しておきながら、レガルドに引き分けに近しい状況まで持ち込まれからこそ敗北したのだ。

 

 レガルドはその夜に眠る彼女を見る。

 

 月の光に照らされて、エノールの肌は瑠璃色を反射していた。

 

 自分が手に入れた女を、先ほどまで好きにしていた胸を、自分の腰を打ちつけた尻を見る。

 

 そうして手に入れたと実感するからこそ、思うのだ。

 

「愛してるよ、エノール」

 

 男は満たされれば、それほど愛情を抱くものである。

 

 

 

 

 

 王子とエノールの婚約破棄は何らかしらの仰々しい手続きを踏むものではない。

 

 そもそも、彼らの婚約自体が一切の人間に保証してもらわない単なる口約束に過ぎなかったのだ。まさに子供の言い分である。

 

 故に、エノールはレガルドを隣に据えて、二人ですぐさま帰途に着いた。帰り際、伯爵達と対面する。

 

 エルガード伯爵にはお礼を言われる。仕事の斡旋に関しては小規模しか可能ではないが、代わりアルガルド家は低利子での融資を申し出たのだ。

 

 ヒューズはその利子の低さに目を剥き、また裏があるのではないかと勘繰ったが、仲良くしてくださいというエノールの一言に折れた。彼女が少々困り顔を浮かべていたからだ。

 

 アイコット伯爵とは移民政策の話し合いをする。未だアイコット領では過密問題が片付かず、移民の数もそれほどいないからだ。

 

 エノールはアルガルド領が彼らにとって魅力的になるのを待つ必要があると言った。それに対し、レミングはいつまで待つことになるのかと試すような嫌味を飛ばしたが、すぐにでもやってくるというエノールの言葉をひとまず信用することにした。

 

 最後にマルベク伯爵がやってくる。枢機卿のヴェラルダも付いてきていたため、エノールは面倒なことになりそうだと思った。

 

 予想通り、面倒な会話が続く。変に勿体ぶったような会話に、質問には煙に巻くように答えてくる。掴みどころがないと言うより、ここまでくるといやらしい。意図的につかみどころをなくしている気がする。

 

 意外なことにヴェラルダは何も言ってこなかった。エノールは一言ぐらいは文句を言われるかなと思ったが、そのまま二人と別れる。

 

 そのまま送迎もなく二人は王宮を出発した。連れてきた領民達を乗せて、アルガルド領へと向かう。

 

「レガルド〜」

 

「どうしたの?」

 

「んーん、なんでもない。んふふ」

 

「……」

 

 このところ、エノールはすごく機嫌がいい。具体的に言えば勝負が終わった翌朝からだ。

 

 馬車の中でもレガルドにベッタリで、レガルドの方がバルターに気を使ったぐらいだ。

 

 執事長の彼は瞠目している。主人の恥は見ないと言うことか。

 

 レガルドは内心「しょうがないなぁ」とか思いながら、エノールの髪を掬う。女性の髪を触ると言うのは王国では性行為の一つにあたるのだ。キスよりは重い。

 

「……俺、エノールの髪好きだな」

 

「そうなの? 茶色だけど」

 

「透き通るような土色で、本当に綺麗だよ」

 

 その言葉にエノールは嬉しそうに破顔するとレガルドに抱きついて、首元にキスをしてくる。

 

 首元は敏感な場所だ。それは男のレガルドにとっても変わらない。

 

 そんなところに接吻されるのはくすぐったくて、劣情をそそられるような、愛情が溢れるような気がする。彼女のふくよかな胸の感触が、レガルドの胸元に伝わってきた。

 

 エノールはレガルドに柔らかな肌を押し付けて囁くように言う。

 

「貴方に喜んでもらえて嬉しい」

 

「……エノールは本当に天使みたいだよね」

 

 その言葉に彼女は目を丸くする。流石に天使に例えられるとは思わなかったのだ。

  

「天使? 私が?」

 

「うん、女神か天使。俺にとっては両方だけど」

 

 思わず笑みをこぼしてしまうエノールに、レガルドは躊躇せずに断言する。そのまま彼女の後頭部に手を回して撫でつけた。

 

 さらりとしたエノールの髪が、レガルドの指に通っていく。

 

「……本当に」

 

 エノールは整った顔立ちな方だ。肉付きも悪くない。

 

 その上、王国では珍しい土色のロングヘアだ。ブロンドや、時たま黒髪はいるが、純粋な茶色というのは少ない。

 

 権力者というものは希少価値を好む。どこかで見たことのあるような顔の絶世の美姫は庶民の憧れの的だが、上位者はむしろ唯一無二の美女に惹かれる。

 

 たとえ、単純な美しさの上で頂点に立っていなくとも、立場ある人間としては絶世の美女など見慣れたものなのだ。であれば、絶世でなくとも見たことのない美女に惹かれるというもの。

 

 権力者は珍しい色物に惹かれるものなのだ。

 

 故にこそ、王国では『傾国の美女』という逸話があるため忌避されているが、もしそれがなかったとしたら。

 

 レガルドが、公爵家の三男という立場になくて、更にエノールとの縁談話が舞い込むという幸運がなかったのだとしたら。

 

 彼はその手に、この極上の女性を抱いてはいなかっただろう。

 

 だから──


「……俺だけの、エノール」

 

 彼は大切に大切に、彼女を抱くのだ。

4章終了です! そして、ストックも尽きました。プロットもここまでしか立てておりません。


と言うわけで、しばらくお休みをいただきます。リアルの生活がバタバタしているので、第三部以後のプロットを練って、きちんとストックを貯め直してから投稿を再開したいと思います。


自分が暇になるのは三月以後になると思いますが、下手すれば五月まで伸びるかもなので、それ以降に音沙汰があると思います。なかったら死んだか失踪したとか思っといてください。


感想・評価ポイント、すごく励みになります。やっぱりやる気ゲージの回復が違うので、「はよ書け〜」って方は感想や評価ポイントなどで念を送っていただければ幸いです。


それでは、また。

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