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貴族と護衛

「あのガキ、貴族だからって調子に乗りやがって……」

 

「これだから貴族は駄目なんだ。ガキまで調子に乗る」

 

 進み始めた馬車の近くで、先ほどからリーダー格以外の二人が愚痴を言い合っていた。

 

「おい、お前ら」

 

 リーダー格のゴードンが二人を諌める。

 

「いい加減にしろ。金はもらったんだ。それも安くない」

 

「どうしたんだよ、ゴードン。お前もあのガキに唆されちまったのか?」

 

「お前のほうこそ牙抜かれてどうすんだよ」

 

 二人の言い草にゴードンは腹を立てるが、それを押し殺して低い声で唸る。

 

「……雇用主って言ってんだよ。この世のどこに、雇用主の陰口をいう下っ端がいるってんだ」

 

「……」

 

「……」

 

「相手を見極めろ、文句を言っていい奴じゃねえ」

 

「あのガキが?」

 

「おいおい、冗談だろ?」

 

 二人はバカにしたような態度を取る。

 

 二人をこの業界に引っ張ってきたのはゴードンだ。しかし、ゴードンのように幼い頃からこの業界に入り浸ってきたわけではない。この業界で生き残るために必要な『鼻』を持ってはいなかった。

 

「……お前らには分かんねえんだろうさ」

 

「おいおい、出たよ。ゴードン得意の『お鼻』が」

 

「そのままニョキーって伸びて、呪いにでもかかるんじゃねえか?」

 

 一人の頭を引っ叩いてそのまま喧嘩になる。後方の喧騒が馬車の中にまで伝わって、バルターはため息をはいた。

 

「あいつら、大丈夫でしょうか……」

 

「心配ないわ。護衛とは関係のない失態だもの」

 

「……」

 

 四十にもなる自分が慌てて、七歳の少女がこんな泰然とした姿でいるのはどういうことだろうかとバルターは首を捻る。

 

「ちっ」

 

 ゴードンは二人が理解してくれないことに不快感を示す。

 

 あの少女の仕草は……普通ではない。

 

 ゴードンは抜け目ない。依頼を受ける際には、基本的にその相手のことを徹底的に調べだす。住んでいる街で聞き込みして、有名人ならば片っ端から噂を集める。

 

 エノール・アルガルド、アルガルド伯爵家に生まれた齢七歳の少女という噂だ。見た感じ、その情報に間違いはない。

 

 ゴードンが最初見た時、ぬるい仕事だなと思った。お貴族様の依頼だから依頼料も高いだろうし、なにせあのバルターが持ってきた依頼なのだ。裏はないだろう。

 

 依頼人の情報が間違っていることも、依頼が罠であることもない。道中の賊は気になるが、やばくなったら逃げればいいのだ。そう考えていた

 

 しかし、エノールの一言でもう引くに引けなくなった。ゴードンはその状況を理解しているが、二人は理解していないのだ。あの少女にバカにされたまま終われるかとムキになるだろうし、そもそも自分たちのメンツにかけて、ここまでバカにされて依頼を放り出すなんて選択肢はない。

 

 嵌められたのだ。正々堂々と。騙し討ちなんかじゃない。交渉で誘導されて、退路を絶たれたのだ。

 

 気持ち悪いと思う。所詮籠の鳥、蝶よ花よと育てられた箱入り娘だと思っていたのに、その実とんでもない化け物だったのだ。

 

 どう育てたら『あんなの』が育つのか、伯爵家での教育法を聞いてみたい気分だった。

 

 



 

 私たちはしばらく歩いて、休憩を取る。馬も人も、歩いたら休まなければならないのだ。何かあった時に疲れていますでは話にならない。ひとまず休憩を取った。

 

 バルターは昼食に豪華なものを用意しようとしていたが、いちいち食事に旅に街をかけずっていては手間がかかりすぎる。護衛達と同じ食事でいいとバルターに命令して、渋々と買いに行かせる。

 

「へえ、お貴族様も俺ら庶民と同じもんを食べるんだな」

 

 バカにしたような言葉。聞けば、リーダーに任じた彼はゴードンと言うらしい。

 

「私は、貴方達にも名前があることに驚きだわ」

 

「……俺らにも名前ぐらいはあるんだぜ」

 

 ゴードンはどこか悔しげに言う。ああ、これは駄目なやつだ。

 

「悪かったわ。今の冗談はないわね。失礼したわ。でも、貴方もいけないのよ。お貴族様なんて、私に皮肉を言うから」

 

「……本当に七歳かよ」

 

「ええ、七歳よ」

 

「伯爵家ってのはどう言う教育の仕方をしてんだ? 呪いかなんかでもやってんのか?」

 

「そんなのじゃないわ。金に物を言わせた、無粋な教育よ」

 

 本当はそんなんじゃないけど。

 

「けっ、どこも金かよ」

 

「ええ、本当に──」


 目を細める。

 

「人間は不平等だから」

 

「……」

 

「さて、そろそろ行きましょうか。貴方達も休憩したでしょ?」

 

「分かったよ」

 

 ゴードンは二人を呼んでくる。すると、向こうのほうから執事長がやってきた。

 

「エノール様! 何をしているのですか、外に出ないでくださいとあれほど!」

 

「護衛がいたからいいじゃない。ちょっと歩きたい気分だったのよ」

 

 休憩している三人のうち、顔を覚えていたゴードンに声をかけて、私がついてくるように命じたのだ。


 『お嬢ちゃんはここで襲われるとか考えないのか?』とか聞かれたから『貴方達が襲おうと思えば、いつだってやれるでしょ?』と答えるとそのままダンマリになってしまった。

 

「ほら、そろそろ行くわよ。もう買い物はいいでしょ?」

 

「あっ、お待ちください!」

 

 執事をせかして、護衛がいることを確認すると馬車を進ませる。

 

 馬車がまた進み出して、他二人はゴードンの肩を叩いた。


「ゴードンも大変だよな。子供のお守りなんて」

 

「俺なら茂みに連れ込んでぶち犯しちまうな」

 

「やめろ、お前ら」

 

 ゴードンは二人に腰抜けになったと呆れられていた。

 

「……」

 

 

 


 確かに、少女のいう通りだ。

 

 少女は、アルガルド伯爵家の嫡子であり、次期当主という立場に立っている。


 わざわざ騎士を訪問するということは領地経営にそれなりに関わっていくんだろうし、もしかしたら当主となることが確定したのかもしれない。そういえば、今時期は星見の儀式をやっていたはずだ。

 

 そうなると、エノールの身には莫大なものがのしかかっている。もしエノールに何かしよう物なら、護衛を受けた自分達は真っ先に疑われ、下手人として指名手配されるだろう。

 

 懸賞金をかけられ、生死は問わないとして命を狙われる。今度は同じ業界で働いていたやつらにだ。

 

 一時の気の迷いで今の生活を手放すほどゴードンも愚かではない。分かってる。理屈の上では正しい。

 

 それでも、七歳の少女が、あんなガキが帯剣した大人を前にして『襲われるのが怖くないのか?』なんて言われて、普通冷静でいられるか? 危機感ってものが欠如しているとしか思えない。

 

 いくら大事に育てられたとはいえ、そこまで勘が鈍っちゃいないだろう。貴族の子供を攫ったことがあるという奴がいるが、子供でも恐怖を見せて抵抗したらしい。その真偽はともかく、ゴードンもそう思う。

 

『襲おうと思うなら、いつでも襲えるでしょ?』だって?

 

 正気じゃない。たとえそうだとしても、七歳のガキが吐く言葉じゃない。確かにそうだが、それだけで素性の知れない奴に背中を預けるか? 背を見せて、平然と歩けるか?

 

 自分なら、できない。少女には一切の警戒がなかった。平和ボケなどと言われても納得できやしない。あのガキは理性に基づいて信用したのだ。剣を持ってるどこの馬ともしれない自分を。


 自分が殺される意味も、この剣の意味も分かって言っている。それが殊更に恐ろしかった。

 

 どういう神経してんだ、本当に。七歳のガキだとしても、まだ右も左も分からない世間知らずだとしてもありえない。薄気味悪くて仕方がない。一挙手一投足が、まるで外見と食い違うかのようにチグハグだ。

 

 まるで悪魔にでも憑かれているような……

 

「気持ち悪い……」

 

 ゴードンは、エノールに用意されたという安宿(ほぼ飼育小屋)であまり寝られなかった。

 

「なんだよ、ゴードン。眠そうだな」

 

「ああ」

 

「貴族の女の子の護衛だからって緊張してるのか? うわー、ないわー」

 

 翌朝から仲間は騒がしい。ゴードンは昨日の疲れもあって適当に頷いた。

 

「ああ、そうだよ」

 

「「……」」

 

 それは二人にとって信じられない反応で、思わず顔を見合わせた。

 

「それじゃあ、行きましょうか」

 

 貴族の令嬢が、上等なドレスを着ながら三人に命令する。

 

「はいはい」

 

「あいよ」

 

「……」

 

「どうしたの、ゴードン。随分と眠そうね」

 

「……別に、なんでもない」

 

 子供のような言い草だった。

 

「……眠れないなら、明日からバルターにもう少しいい宿を見繕わせるわ」

 

 ゴードンは笑って──


「やめてくれ」

 

 そう言った。

 

「……」

 

「どうしました、エノール様。お加減が優れませんか?」

 

「いいえ、バルター。きちんと眠れたし、貴方の見繕った宿は最高だったわ」

 

「お褒めに与り光栄です」

 

 実際は屋敷のベッドより少しゴワゴワしていて湿気ていたが、ここら辺では上等なほうだった。

 

 部下に対するリップサービスもかかしてはいけないのである。

 

「あの護衛達のことが気になりますか?」

 

「少し寝不足のようだったから、どうしたのかと……」

 

「エノール様が気になされることはございません。下々のことは下々のものに任せればいいのです」

 

 エノールはバルターを見て信じられないような目をした。

 

「あなた、よくそんなことが言えるわね……」

 

「え?」

 

「貴方と彼の間に何があったのかは知らないけど……貴方もその下々のものだったのでしょう?」

 

「え、いえ、ですが……」

 

「そもそも、部下の……臣下のことをよく見ておくのは主人の勤めよ。小さな変化も見逃さない。このことを肝に銘じなさい。じゃないと貴方は──いずれ、足元から掬われるわよ」


「……承知いたしました」

 

 七歳の少女から相当なお説教をもらう。単なるお説教じゃない。バルターの職務に重要なお説教だ。

 

 エノールの年不相応な言動や行動にはもう慣れたつもりでいたが、あまりの正論がぐさりと胸に刺さる。

 

 まさか、七歳の少女に自分の職務についてお説教をもらうとは。

 

 バルターは少し自信を失いかけていた。

 

「次の街はどこだったかしら」

 

「……次は葡萄の街、メリッサです。葡萄酒の原材料となる葡萄を生産している街でして、規模はそこまでですが、領内で数少ない生産地となっております」

 

「分かったわ」

 

 ここまでで騎士一人と面会を果たした。この調子で諸侯が従えている騎士を除いた二十五名との面会を終わらせたい。

 

「ここには騎士を七名従えた諸侯がおります。規模としては小さいですが、領地では最大です」

 

「本当に、聞けば聞くほど我が領の不甲斐なさが見えてくるわね」

 

「……申し訳ありません」

 

「貴方に言ってるんじゃないわ。そもそも貴方は執事長であって、当主じゃないでしょ?」

 

「……左様でございます」

 

「これは私と父、そして歴代当主の問題よ」

 

「……」

 

 だけれど、バルターには負い目がある。

 

 前当主の時代からこの家に支え、領地経営についても自分は関わってきたのだ。ここ二年は完全に領主の言いなりとはいえ代行している。

 

 当事者意識があるだけにこの領内の問題は耳が痛かった。

 

 メリッサの街は、街というにはやはりのどかだった。

 

 エノールの計画では騎士と諸侯を見回る道すがら、主要な都市も巡り、各地の情報を自ら手に入れる。

 

 学園の入学まであと三年ある。それだって、学校に入ったからと言っていきなり事態が動くわけではない。動かなくては進まないのだ。

 

 八年という月日はあまりに短い。それまで伯爵領としての体裁をある程度立てたい。そうすれば周囲に言い訳も立つし、指を差されれば反論だってできるだろう。


 表面では対等に他の伯爵家とも接することができる。特に、この領地を建て直した立役者ともなれば一目置かれるかもしれない。

 

 諸侯はメリッサの町に邸宅を構えているということだった。諸侯としては業腹だが、酒の税で相当に私服を肥やしているかもしれない。もしかしたら税をちょろまかしていることについて後ろめたい気分を持ってくれるかもしれない。

 

 諸侯についての対応はまだ難しかった。


 こちらから一定の割合の金額を出して、税のちょろまかしが認められたら処罰するというシステムを考えたが、そもそもうちの領地ではまだ騎士や諸侯の替えが効かない。彼らに罰則を与えるわけにはいかないのだ。


 何かしら財産を徴収するというのも考えたが、反発が広がるのは考えるべくもなかった。今、伯爵家にはそれを抑えるだけの力はない。

 

 しかし、このままでは税の二割を取られてしまう。流石にそれはたかが徴税人にやるには多すぎる額だ。これから領の発展を考えるのであれば彼らを納得させた上で、税の中抜きをある程度抑えなければならない。

 

 搦手を使うか、それとも正々堂々権威を得た後に従わせるか。どちらにしても打開策は必要だった。

 

「……表に出てきていませんね」

 

「こちらから赴いたもの。仕方ないわ、呼んできてちょうだい。場合によってはこちらから出向くのもやぶさかではないわ」

 

「……分かりました」

 

 バルターは護衛に関する一件の後、エノールに対し口答えをしなくなっていた。何かあった場合遠慮せずに発言するように言ってあるので大丈夫だとは思うが、エノールとしても少し気がかりであった。

 

 扉を開けて、自分一人で外に出る。すぐに側付き女中に引き留められて、彼女には馬車で待つよう命令した。お守りをされていると考えられては困るのだ。

 

「バルターはいい含めさせているだろうけど、もう一度確認するわ」

 

 護衛の三人は何も言わない。

 

「貴方達は私の護衛、だけれど私の領民であって私の屋敷のものでない。場合によっては席を外してもらったり、馬車で待ってもらうことがある。それに関して異論はないわね?」

 

「ない」

 

 ゴードンは簡潔に答えた。

 

「そう、それはよかった。下手なトラブルは避けたかったの」

 

「そもそも、貴族の厄介ごとになんざ巻き込まれたくないんでな。そっちこそ、巻き込んでくれるなよ」

 

「分かっているわ、貴方達は心配せずとも『道中の賊への襲撃』に備えた護衛であってくれたらいいから」

 

「……分かった」

 

 ゴードンは考えた上で返事をする。この娘の前で下手にうんうんと頷くのは危険なのだ。

 

 すぐに言いくるめられて食い破られても仕方がない。

 

「……ゴードン、いいのか?」

 

「なんだ、お前らは付いていきたいのか? 貴族のわけわかんねえ話に」

 

「いや、そうじゃねえけどよ……」

 

「俺らは護衛、あいつは巡礼。それだけでいいじゃねえか。厄介ごとに巻き込まれねえのが俺らのやり方、違うか?」

 

「……」

 

「下手なこと言うと、あいつら、俺らを使い潰してくるぜ」

 

「そんな!」

 

「大声出すんじゃねえよ……モノの喩えだ。けどな、よく覚えておけ。あの嬢ちゃんは……ああ見えて、やろうと思えば俺らを乗せて、そういうことができる」

 

「……」

 

「けど、それならなんだってそんな危ない護衛なんかについてんだよ」

 

 仲間の一人が疑問の声を上げる。すると、ゴードンは笑みを浮かべて答えるのだ。

 

「金払いがいいからだ」

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