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勝負 前編


「レガルド……」

 

 時刻となった。準備が整い、二陣営が立ち会う。

 

 勝負が今始まらんとしていたとき、不意に文句の声が上がった。

 

「どういうことですか!」

 

 叫んだのはレガルド側にいた騎士達の一人だ。全員不服そうな顔をしている。

 

 彼らに対し、レガルドは言った。

 

「貴方達は使いません。ここで見ていてください」

 

「何故ですか! 我々がいなければ勝てませんよ!」

 

「勝てると判断したから言うのです。貴方方は必要ありません、不参加で」

 

 その騒ぎに、エノールがいち早く声を上げた。

 

「どうしました!」

 

「今日の勝負に名乗りをあげるレガルド・マルデリア! この者らの不参加を要求したい!」

 

「何故ですか!」

 

「数が多すぎる! 王子側に対し、二倍もの人数がいるではないか!」

 

 そのやりとりに、王子はすぐにやられたと思った。

 

 すぐに声を上げる。

 

「今日の勝負に名乗りをあげるカクレアス・アルファート! その必要はない! 第一王子として、その程度の戦力差などひっくり返してみせる!」

 

 焦りが出て、捲し立てるように叫んだが、エノールとレガルドのやりとりは予定調和のように進んだ。

 

「なりません! 今日の勝負を司るエノール・アルガルドの名の下、レガルド・マルデリアの進言を許可します! 正々堂々、死力を尽くしなさい!」

 

 一連のやり取りを聞き終えて、王子はレガルドを睨む。

 

 やられた、バレていた、仕込みを予想されていた。

 

 これで内部崩壊は起きない。王子とレガルドの手勢は真正面からぶつかることになる。

 

 しかも、エノールが用意した手勢は素性がしれない。不確定要素が強いということだ。これは戦いにおいて、強者と戦うことよりも難しい。

 

 人は目に見える刃物より、一寸先の闇を怖がる。それは何が飛び出してきてもおかしくないからだ。

 

 知らないからこそ怯える。王子は冬の風に、季節に似合わぬ汗を攫わせた。

 

 レガルド側にいた騎士達は、王子の方を見ながら、後ろ髪を引かれるように舞台から退場する。

 

 王子は内心舌打ちをした。そんなあからさまな態度をとって通牒の嫌疑をかけられたらどうするつもりかと。

 

 そうだ、考えてみれば一番手っ取り早いのは騎士達の通牒を告発することだ。たとえ自白させられなくても、王家を味方につけているはずのエノールなら勝負を一度白紙に戻すことぐらいはできる。

 

 それをしないのは、何か策があるに違いない。

 

「ははっ、いいね……」

 

 王子は強がりの笑みを浮かべた。本気でこの状況を楽しんでいるのである。

 

 この、自分にとってピンチかもしれない状況を。

 

 勝負は二人の名乗りの後、エノールによる宣言を持って開始される。段取りについては一応事前に取り決めがなされていた。仮にも国王の御前でままごとのようなものを見せるわけにはいかない。

 

「この地に武勇を響かせたい者はいるか!」

 

 エノールが声を上げる。広い庭に彼女の理髪な声が響き渡った。

 

「──マルデリア家三男、レガルド・マルデリア! エノールが婚約者として、同じくのカクレアス・アルファートに勝負を挑む!」


「こちらアルファート王国第一王子、カクレアス・マルデリア! エノール・アルガルドが婚約者として、その勝負受け入れる!」

 

 先に名乗りを上げた方が挑戦者チャレンジャー、それを受ける方がチャンピオンの立場になる。

 

 そして、戦の場を挙げて、それを見届けるのがエノールだ。

 

「アルガルド家伯爵、エノール・アルガルド! 両者の婚約者として、この戦いの行く末を見届ける!」

 

 開戦の準備となる。レガルドの手勢も、カクレアスの手勢も、双方が自らの主人を守るように陣形を組んだ。

 

 レガルド陣営は円陣を組み、王子陣営は横隊を組んでいる。それぞれ防御と攻撃に長けた陣形だ。特に王子側は本来相手の内部崩壊を前提としていたために、速攻で終わらすための陣形を予定していた。

 

 咄嗟に変えることも考えたが、その上で横隊のままにしたのである。それはカクレアスの強気の現れだ。

 

 対して、レガルド陣営の円陣はまさに彼の堅実さを表している。王子には彼が率いる手勢の練度や実力などを見ただけでは判別できなかったが、少なくとも──素人ではない。


 表現が難しいが、持っている獲物の素人ではあるかもしれないが、少なくとも戦いの素人ではないはずだ。このような場所に来て、領主の婚約者を守るために立ち上がった平民など、想像に難くない。

 

 傷つき、傷つける覚悟を持った暴力を前に、王子は空気のひりつき加減を感じ取っていた。

 

「堕ちた!」

 

 エノールが開幕の合図、どちらかが飛んでいる野鳥を撃ち落として、それから戦が始まるという王国の伝統にならった台詞だ。

 

 開始の瞬間、王子側の手勢は王子を置いて一気に突撃する。それに備えていたように、レガルド側はさらに密になりこれに待ち構えた。

 

 王子側の手勢は、見窄らしい服にブーツだが、決して戦いの上で不利にならないような格好をしている。

 

 獲物は両者ともに非殺傷の槍や剣、レガルド側はもっぱら槍が多い。それに比べて王子側は剣が多い。明らかにレガルドは戦を意識した装備、対して王子側は平和の中で戦うことを想定したものだ。

 

 戦時と平時で好まれる装備は違う。剣とは拳銃のようなものだ。護身用の装備としては心強いかもしれないが、それはあくまでライフルなんかの戦争用の武器を携帯しないことを前提とした条件下での話だ。

 

 拳銃なんてのは5mもすれば当たらない。剣も一緒だ。一足一畳の間合いになんてのは、槍に対してはあまりに短すぎる。

 

 槍使いと剣士が戦ったのなら、槍使いが素人で、なおかつ剣士が苦労とない限り剣士は勝てない。むしろ、それだけの技量差があっても剣士は負けることがある。

 

 それだけのアドバンテージをリーチという者は有している。しかし、槍というのは携帯するには向かない。要するに本気で人を殺すときに持ち出すものだ。

 

 だからこそ、戦時には槍、平時には剣なのだ。時と場合によって、獲物というのはリーチや携帯性というのを鑑みて選ばれる。

 

 その上で、今日日人気なのは剣だ。なにせアルファート王国はここ数百年国内の小競り合いぐらいしかない。槍というのは持ち出すと物々しいため、もっぱら剣での対人戦闘が教えられている。

 

 そう、王子側が揃えていたのは引退した騎士に、素性を隠した覆面騎士、それから何名かのごろつきというエノールが予想した通りの人選だった。

 

 王子が用意した手勢は、レガルドの部隊の間合いに入る直前に急激に減速する。いくら平和ボケした中で生き抜いてきた彼らでも、槍の間合いに入ることが不味いのは知っている。

 

 槍は強い。大規模な部隊に持たせるのなら一に弓、二に槍だ。三から四を飛ばして五に剣、むしろ格好をつけるだけで実際には使われないことが多い。

 

 だが、リーチの長さとは取り回しのしづらさに直結する。だからこそ、槍部隊は囲まれれば──


「弱えッ!」

 

 一人が叫んだ。

 

 王子側は寄せ集めもいいところ、連携なんかまともに取れたもんじゃないが、すぐにその認識は共有していた。

 

 槍は囲まれると対処が難しい。十分に兵数を揃えて面での攻撃に徹すれば近接戦闘最強と言えるが、生憎と今回は少数精鋭の戦いである。

 

 だからこそ、剣の方がアドバンテージがあるのだ。

 

「っ」

 

 一人が槍を落とす。囲まれた後に、王子側の一人に打ち落とされたのだ。

 

 その瞬間にレガルドは叫ぶ。

 

「武器交換、用意!」

 

 すぐさまレガルドの周囲の男達は槍を落とす。

 

 無論、その隙を逃す王子側でもない。

 

 すぐに腰に据えていた木剣に持ち替えようとしている敵に向かって切り掛かるが、レガルド側もまたそれを見越したようにカバーし合う。

 

 誰かが襲われれば、その周囲の誰かが即座に踏み込んで蹴りを入れた。そんな判断を一朝一夕でできるはずもない。凶器を持って襲いかかってくる人間を相手に、冷静に無手の間合いに入ったほうがいいと判断できる人間はいくらいるだろうか。

 

 ことごとく王子側は絶好の機会を逃す。それに王子は舌打ちを鳴らした。

 

「ちっ!」

 

 王子は今、誰も警護をつけていない。全力で攻勢に転じているのだ。だから、レガルド側の誰かが一人でも王子の元に行けば、それで勝負は終了となる。

 

 しかし、それはあくまでもできればの話だ。

 

 王子の下に向かうまでに、守勢の一人が抜けたことでレガルドが討ち取られれば逆に敗北することになる。少なくとも今の状況では誰も手が離せない。

 

 そうなるように指示をしたのだ。圧力をかけ続け、レガルドが完全に守利に入らなければいけない状況を作り続ける。それが王子側の活路だった。

 

 レガルドもまた、なぜ最初から剣を持たせたのか。

 

 こうなるのであれば最初から剣を持たせた方がいい気もする。

 

 しかし、王子はおそらく騎士を手勢に加えるだろう。そうなった時、王都で正規訓練を受けた相手に剣で叶うだろうか。

 

 レガルドは否と判断した。

 

 故に武器のアドバンテージに縋った。たとえ、取り囲まれればすぐに県に切り替えなければいけないとしても、その瞬間に決定的な隙ができるとしても、それでも槍に頼らねばならなかった。

 

 レガルド側にあったもう一つのアドバンテージ。それは戦力の優位性だ。

 

 元々、王都の騎士を使うのはレガルドの側だった。それが騎士団長と王子の共謀によって潰えた。

 

 それどころか、トロイの木馬を仕掛けてきたのである。エノールとレガルドの冒頭の小芝居によってそれは防げたが、結局王子側が一方的に王と騎士を使える状況は変わっていない。

 

 元々レガルドにあった戦力アドバンテージが、そのままカクレアスの方に移っている。

 

 観客によるエノールによる不正を抑止し、騎士団長との共謀によって戦力的優位を確保する。不利なのはレガルドの方であった。

 

 国王ははらはらと目の前の光景を見ていた。レガルドが一方的に攻撃されていると思ったからである。

 

 無論、それは正しいだろう。防戦一方と言って差し支えない。

 

 だが、物事にはいつも逆が存在する。攻撃に対しては“カウンター”というものがあるのだ。

 

「うっ!」

 

「おい!」

 

 王子側の一人が倒れ込み、もう一人が叫んだ。

 

 今のレガルドの防戦一方状態は、無理やりレガルド達を取り囲み、包囲して全方位から圧力をかけ続けているからである。

 

 どこか一点でも崩ればこの方位は突破される。穴が空いた風船のように中身が出るはずだ。

 

 もう一人が前を見る。路地を根城にするごろつきに一太刀入れたのは、一人の男だった。

 

「やっぱし、守勢は性に合わん!」

 

 その男は叫んだ。

 

 男らしからぬ長髪、まともに髪も洗っていないようで、汚い脂艶を放っている。

 

 年齢にして三十か四十か、そんな男に隣にいた味方がやられ、しかも踏み込んできている。

 

 もう一人は咄嗟に切り込もうとした。

 

 しかし、その判断は悪手だったと言える。一足一畳の間合いでは、既に剣を振りかぶっていたならまだしも構え直すところから始めるのであれば、徒手に切り替えた方がよっぽど早い。

 

 実際に、汚らしい男の方は彼の髪を引っ掴んで、鳩尾の方に蹴りを入れた。

 

「そっち! 行ったぞぉ!」

 

 蹴られた拍子に尻餅をつき、鳩尾に鋭い蹴りを突き入れられ咳込みかける覆面騎士は、けれどもその席を押し殺して叫んだ。せめてと自分の失態を知らせて。

 

 王子陣営の全員の視線が走り抜けるその男の方に集中する。もしあの男が王子の下に辿り着けば、その時点で勝敗は決まってしまうだろう。

 

 幾人かが撤退の機微を見せた途端に、レガルドは叫んだ。

 

「攻勢用意!」

 

 レガルドの手勢達は、その指示の意図をすぐさま読み取った。

 

 騎士や実力者の多い王子陣営からして、非殺傷の剣で斬りかかられたとしても対処は容易い。己の獲物で受け止めるか、受け流すだけだ。

 

 だが、それは対処せねばならないことを指し示している。今ここで背中を見せれば、その瞬間に前線は崩壊するだろう。

 

 その攻勢は敵を縫い止めるためのものだった。

 

 男が疾走する。彼は一瞬、観客席の方を見た。

 

 一番豪華な椅子に座っているのはこの国の国王か。その隣にも二人ほどいる。国王の隣に座ることを許されているとなると相応に偉いのだろうが、国王とは違い醜いものを見るような視線をこちらに投げかけていた。

 

「はっ」

 

 汚らしい男が自分の息子に迫っているというのに、視線に軽蔑は感じない。それに男は国王の威厳というものを感じて、薄く笑った。

 

「っ──」


 王子は焦っていた。自分の手勢が抜かれた。最悪のシナリオが今ここにある。

 

 王子側はレガルド達の縫い止めに失敗し、一人がこっちにやってきてしまった。後数秒もすれば間合いに入る。その瞬間に勝敗は決するだろう。そうなれば、後は王子の敗北だ。

 

 単なる勝負における敗北ではない。彼は一切の発言権も得られぬまま、周囲のなすがままになってしまう。それは王子にとっての最悪の末路だった。

 

 自分の味方はレガルドの機転によってこっちに来れない。やるしかない。

 

 ──自分がやるしかないのだ。


「うぉおおおおおおおおおおお!」

 

 雄叫びを上げた。滑稽なことだ、叫んだって強くなれない。

 

 けれど、それは自分への鼓舞であり、凝り固まった体をほぐす儀式であり、相手への威嚇でもある。今この場できる限りのことを王子はしたのだ。

 

 男はギョッとする。国王の前で、どうやって王子に恥を欠かせずに剣を突きつけるか考えていたからだ。

 

 間合いからして王子が優勢、カクレアスが踏み込んでくるなど考えもしてなかったのだ。

 

 そのせいで、振りかぶったカクレアスの間合いに、男の方が先に入ってしまう。咄嗟にブレーキをかけたが、一畳一足たらずという微妙な間合いにいた。仕切り直さなければ男の方が不利である。

 

 けれども、男は引かなかった。それは半世紀も積み重ねてきた剣の道に、自分としても信頼と自信があったからだ。

 

 果たして、その自信は正しかった。決して驕りなのではなかった。

 

 間合いにおいて王子優勢、機先を制したのもカクレアスだ。男はまともに構えてもおらず、素人ならそこで勝敗は決まっているだろう。

 

 男は、冷静に、最小限の動きでそれを受け流した。打ち落としなんて芸のないこともできたが、咄嗟にやるには時間が足りない。

 

 再び男が踏み直す。今度は男の間合いだ。王子は咄嗟にガードこそできるだろうが、これで終いである。

 

 けれど──


「うあああああああ!」

 

「なんと!」

 

 王子は諦めたくなかった。苦し紛れに懐に入り、男の腹目掛けて仕掛けたタックルは、男の意表をついたのだ。

 

 まさか、この土壇場に来て戦意を失っていないとは思わなかったのだ。彼から見ても王子はまだ子供、多少の防御程度はできるだろうが、そこは彼の得意技で防戦一方にして獲物ごと縫い付ける。

 

 次元流の絶え間ない猛攻によって、簡単に剣を打ち落とし勝利を手にできるだろうと予感していた。

 

 それが、目の前にいたのは子犬ではなく、その実狼だったのだ。気高い志を携えた一人の男であった。

 

「っ……」

 

「見事──!」


 男は大地に寝そべって、剣を離した。

 

 これが実戦であったなら、男は油断しなかっただろう。

 

 しかし、これが実戦であったのなら、今の時点で男は死んでいるのだ。

 

 だからこそ、勝利者への敬意として獲物を手放した。横たわる男に目もくれず、王子は走り出す。

 

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