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非公式会談

 一方、王宮はてんてこ舞いになっていた。

 

 どうして王宮がてんてこ舞いなのかと言えば、それは王子とエノールの婚約騒ぎが広く王都に流布されてしまったからである。

 

 噂を流したのは王子だ。既成事実を作ることによってエノールとの婚約を不動のものにしようとしたのだ。

 

 それによって、元々王子に婚約者を用意していた王家は衝撃を受ける。

 

 そして、噂は婚約者候補とされていたジャニュエ・リーダバルカ公爵長女の実家であるリーダバルカ家の耳にも入ってしまった。そのせいで、当主であるリーダバルカ公爵がカンカンに怒ったのだ。

 

 マルデリア公爵からも説明を求める手紙が相次ぎ、リーダバルカ公爵からも怒りの手紙が届いて王宮は踊り狂った。なにせ、二人は王宮派閥をまとめる双璧なのだから。

 

 穏健派のリーダバルカと急進派のマルデリア。両者は互いに対立し、王宮派閥を二分していた。

 

 そんな派閥の2TOPが同時に王家に苦情を入れてきたのである。マルデリア公爵からの手紙はすぐに途絶えることになるが、問題はリーダバルカ家とのことだ。

 

 リーダバルカ家とは内々に縁談話が進められていた。王宮派閥内でのいざこざに際し、横槍を入れられないようにするためだが、それが裏目に出た。

 

 大々的に公表していなかったばかりにジャニュエ・レダ・リーダバルカとカクレアス第一王子との関係は正当なものと見做されないのだ。婚約もまだ交わしてさえいない。

 

 そして、両者の婚約を進めてきた国王は非常に微妙な立場に立たされてしまった。

 

 そんな中──


「なぜあのものがここに……」


「アルガルド家の当主が王宮に足を踏み入れるなど……」


「あの婚約話のことでは?」

 

「陛下からの呼び出しよ……!」


「いえ、今日はそんな予定なんて聞いて……」

 

 ──エノール・アルガルドが手紙をよこしてきた。


 王宮にとっては願ってもないことだ。エノールから噂は偽りだという旨の言質を取ればすぐに事態を収まる。むしろエノールなくして今の事態は収まらない。

 

 彼女が自分から接触を図ってくるのは彼らにとって行幸であった。故に──国王の非公式面談。


 それは王宮の歴史においてもイレギュラーなことだ。国王と面会する際には必ず予約を取って然るべき場所で合わなくてはならない。

 

 非公式面談とは国王が知己に対して行うもの。つまり、それはアルガルド伯爵を王宮にとって『親密なる者』『隣人』と認めたに相応しい。

 

 王宮からの歓待であり、礼儀・好意の表れだった。

 

 我が物顔で王宮の廊下を歩くエノールに、周囲の使用人達は渋い顔をした。王宮に使える使用人は、ただの使用人ではない。立派な立場を持った貴族達である。

 

 だからこそ差別意識も高いのだ。

 

 あの王族殺しの末裔、王弟を手にかけた裏切り者が、よもや自分達が毎日掃除しピカピカにしている尊い王宮の廊下を闊歩するなどあってはならない。

 

 エノールは案内を受けて、ある部屋に通された。

 

「失礼します」

 

 案内がノックして、ドアを開ける。

 

「やあ、アルガルド伯爵。先日ぶりだ」


「ご機嫌麗しゅう、国王陛下。今日はこのような場にお招きいただきありがとうございます」

 

 エノールは恭しく最敬礼した。

 

 そこにいたのはカピレニウス・アルファート現国王、私服姿でソファに座っていた。

 

「堅苦しいのはよそう。とりあえず座ってくれ」

 

「陛下のお心遣い、感謝いたします」

 

 エノールは国王の前に座った。

 

「あの夜は突然呼び出した申し訳なかった。教皇達がうるさくてね」

 

「いえいえ、私も領主として領民が聖女だなんだと騒ぎ立てていることは知っていましたから。それを抑えきれなかったのは私の不得ですわ」

 

「アルガルド伯爵が懐の広い人で実に良かった。して、今日は話があって貴殿を呼び立てた」

 

「第一王子の件でありましょうか?」

 

 カピレニウスは重々しく頷く。

 

「ああ、あのバカ息子が、よもや貴方と婚約したなどと噂が立っているようでね。伯爵としても深い極まりないだろう。すぐに噂は誤りであることを公式に──」


「あら、噂は本当ですわよ」

 

「……なんだって?」

 

 エノールが読み取れた国王の表情変化は──焦燥・衝撃・驚きといったところか。


 しかし、これから先はどう転ぶかわからない。

 

 国王の怒りを買うのか、それとも自分の思い描いた通りのシナリオに進むのか。

 

 博打の時だった。

 

「確かに私はカクレアス様に求婚されました。それは陛下もご存知ではないのですか?」

 

「それは……しかし、それだけで婚約には──」


「私は王子の求婚に許諾しました」

 

「な、何故?」

 

 国王は動揺を見せる。

 

 淀んだ水にインクを垂らすように、エノールは今後の会話の方向性を決定づける一言を発した。

 

 ──ダイスは投げられた。

 

「カフェテリアで王子と二人きり、そんな状況で王国貴族として王子の求婚を断れる方が一体どれだけいらっしゃるでしょうか。それも、第一王子という王位継承権筆頭候補の方の求婚など……」

 

「そうか……そうだな、すまなかった。重ね重ね謝罪する。うちの息子が……」

 

「いえ、問題ありませんわ。ご安心ください」

 

「……どういうことだ?」

 

「我がアルガルド家はカクレアス様が国王となられた暁には、王家に対し全面的な支援を約束させていただきます」

 

「っ……⁉︎ それは、どういうことだ……?」

 

 今、国王の頭に渦巻いているのは未知。未だ知らぬと書いて未知だ。

 

 不明瞭さは不安定にその場を左右する。理由のわからぬ支援は、国王にはパンドラの箱のようにも見えた。

 

 自分の息子、カクレアスは一体何をしでかしたのかと。

 

 いや、何と手を組んでしまったのかと。

 

「聞いての通りですわ。カクレアス様の野望のため、アルガルド家の主人として協力を約束させていただきます」

 

「カクレアスの野望……? それは一体──」


「王国の一枚岩化、それは王家の悲願だそうですわね」

 

「え、あ、いや……」

 

「カクレアス様はそれをお望みです」

 

「っ⁉︎」

 

 国王は青ざめた。

 

 伯爵に対しその野望を語るなど愚の骨頂だ。敵対行為にも等しい。伯爵はこれまで何百年もの間、この由緒正しき王国でその独立を保ってきたのだから。

 

 こと王国の一枚岩化にあたっては伯爵家は王家の政敵にも相応しい。一番のネックであり、そんな相手に弁慶の泣き所晒している。

 

 国王は自分の息子のやっていることがさらにわからなくなった。

 

「いや、それはだな、アルガルド伯爵──」


「そう怯えずとも良いではありませんか、陛下。私は、それを聞いて支援を決めたのですから」

 

「ど、どういうことだ……?」

 

 国王の伺ってくるような顔色には一抹の恐れが滲んでいる。

 

 いい具合だ。自分のペースに巻き込めている。

 

 エノールは思わず笑みをこぼしてしまった。

 

「お喜びください、陛下。貴方のご子息様が王家の悲願を叶えるのです」

 

「そ、それはつまり……」

 

「ええ、我がアルガルド家は王家の一枚岩化政策を支持します」

 

 それは名君とも呼ばれさまざまな政争に関わってきた国王をして、金槌で頭を叩かれたようだったという。

 

 王家の悲願、王国の一枚岩化、真の国王。

 

 傀儡と囁かれてきたアルファート王家にとって、全ての貴族の頭を揃えて従わせるのは夢のまた夢の話だった。

 

 シャンバラやエデンのように、絵に描いた餅だったものが、目の前に質量を持って実現しようとしている。

 

 目の前にいるエノール・アルガルドという少女がその運び手であった。

 

「そうか……遂に伯爵家が、王家に……」

 

「我々は全面的に王家と王国に迎合し、貴族としての忠を尽くすべく動こうかと存じます」

 

「しかし、なぜ其方はそこまでしてくれるのだ? こう言ってはなんだが、旨みがないように見えるのだが……」

 

 まだ伺うようなカピレニウスの視線に、エノールの毒蛇のような視線が返される。

 

 それに、国王は一瞬怯んでしまった。

 

「カクレアス様は、時代を変えるお方です」

 

「時代を……?」

 

「ええ、古今東西あらゆる場所で現れる『革命者』、彼はその部類でしょう。民を先導し率いるカリスマ型、己の知力と能力を持って事を構える指導者型、彼はもっぱら後者でしょう。従う部下がいなければその鮮烈さを発揮できぬもの。しかし、ただで終わるということはありません。ならば、私はその船に乗りましょう。船員を用意し食料を買い込み、必要であればオールも調達します。それでこの国を変えられるというのなら、その景色を特等席で見るために私は協力を惜しみません」

 

「そ、そうか……カクレアスがそんな──」


「とはいえ、このままでは難しいでしょうね」

 

「な、何故だ⁉︎」

 

「私はすでにマルデリア公爵家の三男であるレガルド・マルデリア殿と婚約しているのです」

 

「っ……」

 

「重婚を禁止する法も、明確に咎めるような風潮もございません。しかし、あまりに急進的な姿を見せれば必ず一定数はついてこぬというもの。それではあらゆる貴族を従えるという目的は達成できません」

 

「では、どうしたらいいのだ……⁉︎」

 

 食いついた。

 

 エノールはそう判断した。

 

「私と王子の婚約を破棄するのです。あれは殿下の気の迷いであったとすれば、これまでの噂から放蕩話がまたひとつ増える程度でしょう」

 

「そうか、それならすぐに──」


「お待ちください」

 

「なっ、まだ何かあるのか?」

 

「ええ、というのもですね、このまますぐに何もなかったことにするのは少々体裁が悪いのです。王子も納得しません、周囲も納得しません」

 

「なら、どうするのだ?」

 

「『勝負』を執り行いましょう」

 

「勝負?」

 

「ええ、子供じみた『勝負』です。あるでしょう? いつの時代も女を賭けて男達が勝負する出来事が。私、あれに結構な執着を持っていまして」

 

「……」

 

「そんな顔をなさらないでください。子供じみた、というのが肝です」

 

「どういうことかね?」

 

「此度の婚約話は側から聞けば放蕩王子の蛮行ここに極まれりというだけです。ならば、子供じみた騒ぎには子供じみた決着を与えて仕舞えばよろしい。レガルドと王子が勝負をして、レガルドが勝てば王子は潔く身を引く。なんとも英雄譚らしくて素晴らしいじゃありませんか、吟遊詩人も好んで語りそうです」

 

「しかしな、王族の婚約話を見世物にするというのは……」

 

「いいえ、陛下。こういうのは案外大事ですよ。注目を浴びるというのも、特に今の王子には必要です」

 

「どういうことだ……?」

 

 エノールは再び悪どい笑みを浮かべる。

 

 食いつき二段階目、そんな言葉が彼女の頭をよぎった。

 

「今の王子の評価はもっぱら『バカ王子』『放蕩王子』と散々です。これでは彼が国王になっても民の心は掴めませんし、当然真に支えたいと思う貴族も少ないでしょう。信頼できる腹心というのが王には必要ですから」

 

「そうだな……」

 

「このままでは元老院からも見放されてしまうかもしれません。しかし、どうでしょう。あの放蕩王子が一人の女を賭けて争った。相手はあのマルデリア公爵の三男、得ようとするのはアルガルド家の女伯爵、勝負の末に王子は敗北し、初めて知った屈辱が彼を新なる道へ導いた……どうでしょう? それらしく聞こえるではありませんか」

 

「それはそうなんだが……いささかできすぎていないか? そううまくいくか──」


「陛下、重要なのは実際にそうであるかではありません。『そう見えるか』です。どれだけ荒唐無稽なものでも面白ければ大衆は信じるというもの。そして、たとえ貴族であってもそれは一緒です。そんなバカみたいな話の真偽を本気で考える人が一体いくらいるでしょうか?」

 

「確かにな……」

 

「なんとなく『それっぽい』と感じられたら、それでいいのでございます。これまでのイメージを払拭するために、王子の噂話にはターニングポイントが必要です。高い注目度は悪い方向にもいい方向にも作用しますから、これから王子が真面目にやればきっとそれは民に届きます」

 

「そうだな、しかし、あのカクレアスが真面目にやるか……」

 

「大丈夫でしょう。カクレアス様は何よりも自分の目的に忠実です。私はそういう方だと見抜きました。故にこうして、国王陛下の前で『支援を約束する』と公言したのですから」

 

「それもそうだな。実の息子だ。信じてみるのも悪くない」

 

「ええ、それにたとえなんらかしらの不慮によってレガルドが負けたとしても、馬鹿げた勝負ならいくらでも無効にできるでしょう?」

 

「なるほど、だから『勝負』な訳か」

 

「ええ、申し訳ないですが男性のお二方には『子供のように』私をかけて争っていただきますの。それでレガルドは一勝でもすればいい。“何度負けたとしても不屈の闘志で立ち上がり王子に立ち向かい、遂には婚約者を取り返した”、ああ、なんて素晴らしい話なんでしょうか!」

 

「……」

 

 国王は、やっぱりメルヘン気質があるなと目の前のエノールを見て思った。

 

「私としては王子との婚約解消、それからカクレアス様の代での王家に対する支援を提示させていただきます。如何でしょうか?」

 

「棚からぼたもちだ! まさか、こんな話になるとは!」

 

「喜んでいただけたようで何よりです」

 

「院から色々と聞かされていたが、切れ者というのは本当のようだな!」

 

「……どのような話を聞いたのでしょうか? 失礼ながら、王都で出回っている私の印象を知りたいですわ」

 

「ああ、確か……『病で商売をした領主』やら『病を鎮めた聖女』、それから『商売の女神である』なんて話も聞いたな」

 

「それは……」

 

 エノールは頭を抱えたくなった。身から出た錆というより恥である。

 

「元老院の者どもからは『気をつけたほうがいい』などと呼ばれていたが、これはひどいくたびれ儲けだった。伯爵は我が王家にとって王宮史に連なる拾い物だ!」

 

「恐悦至極に存じますわ。それで、陛下。私は先も言った通り、マルデリア公爵家と婚姻を結ぶ予定です」

 

「ふむ、リーダバルカ家と対立している家か……」

 

「はい。そのため、私はどうしてもリーダバルカ家と対立してしまうことになります。伯爵たちの切り崩しだけを考えて、王宮派閥を放置することも可能ですが、将来的な火種を残すのはあまり好ましくはないでしょう。下手をすれば中途半端にまとまった分、王国が二つに割れてしまいます」

 

「そうか……それなら王宮内も完全に一つにまとめなければならないのか」

 

「はい。少なくともリーダバルカ家を弱体化させることによって彼らを筆頭とした勢力を抑えられます。派閥争いというのはいつの世もありますからある程度は放置して構いませんが、現在の状況はあまり健全とは言えません。陛下に梯子を外させるような真似を願うのは畏れ多い事なのですが──」


「よい、分かった。元々、リーダバルカ家との婚姻も双方において利があったから進めていたこと。今回の件で彼の家とは関係が悪くなってしまった。再び婚約話を進めればこちらが下手に出ることになる」

 

「王家が不義理を働いたという事実を残してはいけません。それを大義名分に団結されては厄介ですから、今回の件について謝罪するにしろ知らぬ存ぜぬを通すにしろ、筋を通した対応が好ましいかと」

 

「では、そのように。リーダバルカ家からは一度手を引くことにする。その上でかの家からまた婚約話を持ちかけられれば切り崩しも容易であろう。家に泥を塗られてもなお下手に出れば求心力も落ちる。このままであれば──マルデリア家から娘をとることになるだろうな」


「私としてもその方が望ましいですね。ただ、権力の集中はお避けください。あくまでも次代ではカクレアス様が頂点に立たれますから」

 

「あい、分かった。今日は遠くから足を運んでくれて感謝する。王宮の全霊を持って貴殿を持てなそう」

 

「ありがとうございます、国王陛下」

 

 国王とエノールの非公式面談は、秘密裏に終わった。


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