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眼には目を

 エノール達は王子との一件が終わってもいないのに二人でイチャコライチャコラ一生飽きずにやっているが、決してそれは王子を蔑ろにしているわけではない。

 

 というか、そもそも王子は二人にとってはそこまで大事ではないのだ。

 

 無論、王子に勝てなければ二人はバッドエンドルートまっしぐらだ。しかし、だからといって時間を費やしても勝てるわけでもない。

 

 必要なことを必要なだけ行う。すると、必然的に王子のことを考える時間は少なくなるわけだ。

 

 レガルドが警備隊の訓練を始めると、エノールは安心して造幣局の労働者を募集した。

 

 三年間の短期雇用、女性に限りだがかなりの高給を提示した。

 

 当然、面接会場に人は押し寄せ、それらを女中長マリエッタの協力のもと捌いて行った。

 

 屋敷に勤める女中の募集と採用判断をしているのもマリエッタなのだ。というわけで、彼女の協力のもと信頼できそうな人物を洗い出していった。

 

 一方のレガルドはというと、まずは基礎訓練から始めさせ、舞台で上官という立場に立ち、信頼関係を構築することから始めた。その結果──


「おはようございます!」

 

「おはよう」

 

「おはようございます!」

 

「おはよう」

 

「……」

 

 エノールは一度首尾を確認したいと警備隊の様子を見に来たのだが、レガルドと一緒にくると兵士たちに次々挨拶されていた。見るからに上下関係の構築に成功している。

 

「レガルド、貴方すごいのね……」

 

「父に頼んで騎士団の教育隊を見学させてもらったからね。その人に色々と聞いて、兎にも角にも信頼関係の構築が大事だと教わったんだ」

 

「……」

 

「見直した?」

 

 エノールはその笑みに、真っ赤になって頷いた。いつも上から目線の彼女は、下から突き上げられることに慣れていない。その仕草を見てレガルドは柔和な笑みを浮かべていた。

 

「──今日は君たちの雇い主であり、盟主でもあるエノール・アルガルド伯爵が来てくださった!」


「「「はっ!」」」

 

「全員、気合い入れろ!」

 

 エノールは圧倒されるままに警備隊の訓練を見る。

 

 レガルドの施した訓練は実に本格的だった。

 

 体力作りから始め、練度に合わせて素振りや熟練者による指導、実践訓練なんかも行っている。

 

 部隊内で実力を分けた上で、下位のもの達を効果的に成長させる訓練スケジュールを組んでいた。特に熟練者による指導は部隊内での信頼を育むのに丁度いい。

 

 そう言った狙いがあるのだとレガルドは解説した。

 

「……やっぱり、貴方を選んで正解だったわ」

 

「けど、王子に勝てるかは微妙なところだけどね」

 

「そうなの?」

 

 エノールは不思議そうにする。

 

「これだけできたら大丈夫なように思うけど……」

 

「王子は歴代でも屈指の天才って有名だから。まあ、それ以上に放蕩王子として名を轟かせすぎちゃってあまりその面が注目されないんだけど……王家の充実した教育を受けて、その上で悪名がありながら勇名を轟かせているのは、素直にすごいことだと思うよ」

 

「……そうやって、レガルドが素直に王子を褒めるの、気に食わないわね」

 

「俺はただ実力を正しく評価しただけだ。負けるつもりはないから」

 

 エノールのことをまっすぐ見る。

 

「だって、君は俺のお嫁さんだから」

 

「レガルド……」

 

「旦那様! 各自訓練終わりました!」

 

「いいだろう! それでは実践訓練に入る!」

 

 本来、戦いは一対一ではなく集団対集団で行われる。その上で必要なのは個の力ではなく連携なのだ。

 

 怪我をしないように布でぐるぐる巻きにされた件や槍などを皆が装備していく。そして、造幣局前まで移動した。

 

「今やってるのは想定訓練だね。エノールの予想が正しければ敵の数は多くて三十人、普通なら十人前後だから、それを想定して守備側と攻勢側に分けているんだ」

 

「本当に実践的なのね……」

 

 二つのグループが互いに睨み合って、牽制を掛け合っている。

 

 出る杭が打たれるように誰かが先走れば、その人間から徹底的に攻撃されるのだ。故に攻撃は点ではなく面で行われる。

 

「防御側は下手に打って出る必要はない。必ず数的優勢を確保している上、目的は施設の防備だから。相手が突っ込んでくるのを迎え撃てばいいんだ」

 

「でも、相手が走ってやってきたら立ち止まったままだと勢いを殺しきれなかったりしない?」

 

「そういうときは前のめりで攻撃するように指示してあるよ。そのためにスタート位置を睨み合いの間合いと少しはなれば場所の二つに分けて訓練してるから、相手が一直線にやってくれば急に止まるのも難しいだろうしね」

 

「よく考えてあるのね」

 

「俺が何も考えてないと思った?」

 

「いいえ、感心してるの」

 

「……ありがと」

 

 今度はレガルドが不意を突かれた。

 

 守備側に訓練目的が偏っているせいか、攻勢側の動きも略奪というよりまとまった動きが多い。きっと、足の動きとしては物足りないものがあるだろう。

 

 本物の賊はもっと攻撃的で野生の獣のようだ。それをレガルドは指摘した。

 

「攻勢側はもっと大胆に! お前らは賊なんだから、もっと頭を使わずがむしゃらに攻めろ!」

 

「防御側はもっと密度を濃くしろ! 門だけ守ればいいんだから、そんなに散らばるな!」

 

「敵が攻撃してきたらこっちも反撃! 常に『後の先』を狙え! 後手に回って先んじろ!」

 

 レガルドは簡単に言っているが、難しい。

 

 施設を守る役として訓練されてきた警備兵達が、施設を略奪せんがための族の動きをそう簡単にできるわけでもない。

 

 密度を濃くというのも、密集すればその分だけ小回りが効かず、動きづらくなる。

 

 後手に回って先んじるのも初心者がそう簡単にやれるわけもない。

 

 それでも、『できないわけではない』のだ。だからこそ、レガルドは部下を信じて声をかける。そして、兵士たちもまた──


「おい! もっと集まれ!」

 

「攻撃くるぞ!」

 

「オラオラ来ないのか!」

 

 期待に応えようとするわけだ。

 

 その日は実践訓練で終了となった。エノールは普段の訓練スケジュールを見て感嘆する。

 

「これ、レガルドが全部考えたの?」

 

「俺が考えたってわけでもないけどね。騎士団の人から学んだことをそのまま生かしているだけだよ、ある程度アレンジはしてあるけどね」

 

「でも、すごいわ。私ならこうはいかないもの。きっと烏合の衆になっていたでしょうね。本当に、貴方がいてくれてよかった」

 

 レガルドは溢れそうになった笑みを噛み殺した。その上で、自信をつけた様子で胸を張る。

 

「あの施設がどれだけ大切なものかも、俺ならわかる。だから、俺に任せてくれて嬉しかった」

 

 造幣局の警備隊というのはアルガルド領の防波堤に等しい。そんな大事な部隊を、レガルドの得意分野だからと任せてくれたことが何よりも嬉しいのだ。

 

 余談だが、その夜は随分と燃え上がったという。

 

 

 

 

 

 『聖女エノール』についての噂は行商人などによってアルガルド領から各地に伝えられていた。

 

 まるで伝染病のように広まるその噂は教会の耳にも入り、『聖女』という存在を神聖視する彼らにしてみれば神の名を騙る異端者だ。即刻罰するべきだと教会内でも話がついていた。

 

 しかし、裁判に告発者として教皇が参加したものの、結果は国王による無罪が言い渡されることとなり、教会は下手に手出しができなくなった。

 

 内部からは教皇や枢機卿らに対する不信や不安が飛び交っている。エルトラ教はやはり外様であり、古参である伯爵には勝てないのかと。

 

 それらを払拭するべくエルトラ教の中枢は動く必要があった。

 

「これはこれは、エルトラ教の枢機卿自らご足労いただけるとは、感慨の至りです」

 

「これはご丁寧に、マルベク伯爵。このような歓待、我が神もさぞ喜んでいることでしょう」

 

 枢機卿の一人であり、ついこないだまで教皇の御付きとして使えていたヴェラルダ・ニア・ベルシーズは恭しく頭を下げた。

 

 教皇の御付きというのは次の教皇候補のポスト、ヴェラルダは出世街道をひた走るエリートなのである。

 

「立ち話もなんですから、早速奥へ」

 

「感謝いたします」

 

 教会としては伯爵であるエノールに一泡吹かせる必要がある。

 

 しかし、国王自ら彼女を許したのだ。これで私刑など与えては彼らの方が都合が悪い。

 

 それに、エノールもあの落ち目のアルガルド家とはいえ腐っても伯爵、エルトラ教とて陥れるには一筋縄に行かないのだ。

 

 であれば、目には目を、伯爵には伯爵を。

 

 ヴェラルダは最も切り崩しやすいマルベク伯爵家の屋敷を訪れていた。

 

「さてさて、それでは本日はどうなされたのですか?」

 

「その前にこれを」

 

 枢機卿が共に差し出させたのは一つの小さな像だ。


「これは?」

 

「我々からのほんの気持ちでございます」

 

「……」

 

 シェルバがその像を手に取る。白い石からできた像は、見た目よりも随分と重かった。

 

 自分の想像が合っているのかどうか確認するために像を見回してみれば、ひっくり返すと底だけが色が変わっている。それは像が、その大部分を石ではない別の何か(・・・・)からできていることを示していた。

 

 像の台座は『金色の中身』が白い石で覆わられている形となっている。割れば簡単に中身が露出しそうだ。

 

「……神に使える人が割る前提の像を作るとは、驚きですね」

 

「いえいえ、像を割るなどとんでもない」

 

「では、他に使い道が?」

 

「割る前提などではありません……ただ、金に困ることがあれば家財を売ることもあるでしょうし、その中でうっかり(・・・・)割ってしまうことがあるかもしれませんね」

 

「なるほど」

 

 シェルバは極めて悪どい顔つきになって問う。片手に持っていた像はテーブルに置いた。

 

「それで、改めてお尋ねしますが、ご用件は何でしょう(・・・・・・・・)

 

「最近、アルガルド伯爵が世代交代されたことはご存知ですよね」

 

「ええ、なんでも娘に家督を受け継がせたとか」

 

「古来より受け継がれてきた高貴な伯爵の地位を、女子風情に譲るのはいかがなものか。養子でもなんでもとればよかったのにも関わらず、娘可愛さのあまり家督を譲るなどという愚行。しかも、現伯爵は自身を聖女と名乗り、領民に自身を崇めさせているようなのです」

 

「まあ、それはたいへんだ」

 

 もっとも、シェルバは事の顛末を仔細に承知している。塩の供給はマルベク家が一手に担っており、代わりに食料や燃料を各地から買い付けているために商人達による情報網はシェルバに多くの価値をもたらしていた。

 

 白々しい事この上ない。しかし、交渉の場においてはエノールであっても白々しく振る舞うことはある。

 

 シェルバは続きを促した。

 

「我々は事の追求を王に嘆願しましたが、悪逆な隠蔽工作によって国王はなんと伯爵を許してしまわれたのです」

 

「なるほど、だから、我が家の力を借りたいと」

 

「マルベク家にしてもアルガルド家の興隆は面白くないのではありませんか? 何やら、領内の経済に関してかなり横槍を入れているようですし」

 

「そうですね、噂を聞きます」

 

 本来ならこの言葉によってヴェラルダはシェルバの情報網の高さを訝しく思わなければならない。この男がどれだけ真相を知っているか、それによってはこの男の腹の中が決まるのだから。

 

 しかし、ヴェラルダはその『噂を聞きます』という言葉を聞き逃してしまう。自分の要件を続けた。

 

「聖女と自称する行いはエルトラ教において殺人と同程度の罪、エルトラ教が国教と定められている以上、それは王国において最も深い罪の一つといえます」

 

「全くもってその通りだ!」

 

「領地で勝手をし、他家と足並みを揃えないばかりか悪逆非道にまで手を染める。許し難い行為です。そこで貴方方マルベク家の力を借りたく参上したい次第でございます。いかがでしょうか?」

 

「……」

 

 重苦しい沈黙が流れる。ヴェラルダは会話の間隙に冷や汗を垂らした。

 

 先程まで乗り気であったシェルバは、しかし、そこで押し黙った。少々の時間の末、結論を導く。

 

「分かりました! 我々は全面的に協力しましょう!」

 

「本当ですか⁉︎」

 

「ええ! 一緒にエノール打倒のために協力しましょう!」

 

「え、ええ、よろしくおねがいします……」

 

 ヴェラルダとしてはアルガルド伯爵に政治的な舞台である程度泡を吹かせれば良かっただけなのだが、いつの間にかエノール個人の『打倒』になっていることに何も言えずにいた。

 

 彼がここにきているのは現状エルトラ教が王国内で伯爵以上の地位を確立しえていないからであり、同じ伯爵であるシェルバに否の答えは出せない。

 

 しかし、共に協力することを約束できたのは大きな進歩であった。


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