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エノールの悩み

 エノールには悩みがある。それは王子のことではない。

 

 絶賛宣戦布告中だが、眼中にもしてもらえない可哀想な王子……ではなくて、エノールは今、女として大変な危機に陥っている。

 

(レガルドが私に飽きたらどうしよう……)

 

 少し気の早い悩みだったが、パートナーがいる女性にとっては極めて一般的な悩みと言えるかもしれない。最も、この時代でそんなことで悩める女性はかなり少ないのだが。

 

 女として求められたい。逆に、求められなくなったら最後とも言える。股はスカスカになり枯れた人生を送ることになるだろう。

 

 エノールはすでに危機意識を持っていた。今のところそんなそぶりはないが、所謂『マンネリ』『レス』と言うやつを十五歳の段階で心配しているのである。

 

 とても考えすぎな気がする。エノールも果たして思春期真っ盛りのレガルドが我慢できるのだろうかと疑問を抱きたくなるが、そうやって若さにかまけてすべきことを果たしていなければ、最終的に老いに勝てずバカを見ることになる。

 

 だから、エノールには戦略的作戦が求められていた。

 

 それは愛する夫がいる女性全てが抱える悩み、それをお嫁さん駆け出しの、それも十五歳のエノールが抱いていたのだが、エノールは自分の中で脳内会議を開いていた。

 

 エロい格好をすればいいかというと、そうではない。佐藤健の記憶では、自分の妻の本気が感じられる格好に少しばかり気押された記憶がある。女の考える本気の格好が=男の興奮に繋がるわけではない。

 

 女性ばかりが雰囲気を大事に考えるが、男もまた割とそういったものに左右されるのだ。男もがっつきすぎたり焦ったりして無視しがちだが、絶対的な状況下での興奮というのは筆舌に尽くし難い。

 

 しかし、女として誘惑する方法なんてエノールが知るわけない。せめて佐藤健の記憶から自意識を引っ張り出してきて、同じ男として興奮する方法を逆算して考えるぐらいだが、条件が色々違うのだ。

 

 価値観も文化も常識も悉く違う。例えば佐藤健なら、学生服で迫ればイチコロだ。しかし、レガルドが同じ趣味を抱えているかというと、分からない。

 

 そもそも制服に興奮するという性癖自体、日本人特有のものなのだ。海外だと珍しいとインターネットで見た記憶がある。しかも、国どころか世界が違うのに通用するなどと楽観的に考えてはいけない。

 

 エノールが最も恐れるのは、蝋燭を灯しながら何日もその蝋燭が無駄に燃え続けることなのだ。段々と頻度が高くなり四六時中燃え盛っている蝋燭に対して、いくら待っても開かれない扉。考えただけで恐ろしい……

 

 それは、今が幸せの絶頂期だとわかっているからこその不安であった。どうにかして、未来のレガルドの心を掴みたい。それはまさに雲を掴むようなものだ。

 

 王国貴族の間では淫らに肌を見せるのははしたないとされている。素足を見せるなんてとんでもないし、だからタイツなどが流行っている。

 

 レガルドは一体どういう女性に魅力を感じるのだろうか。知りたいのは山々だが、彼の口から別の女性の魅力的な部分を聞かされればエノールは三回死ねる自信がある。

 

 よって、本人に聞くわけにはいかなかった。こういうとき便利なのがアイシャである。

 

「はい?」

 

「だから、例えば、男性に求められるにはどうしたらいいのかしらって……」

 

「それを、今だに浮いた話がない私に聞きますか?」

 

「……ごめん」

 

 役に立たなかった。

 

 そうなるとエノールは弱ってしまう。母に相談するわけにもいかないし、そうなると相談相手がいない。エノールは云々唸った末に、その晩も蝋燭に火を灯した。

 

 レガルドは、その晩も廊下を彷徨った。一直線に目的地に向かって、蝋燭が立っていることに息を呑む。そのまま扉を開けた。

 

「あ、レガルド……」

 

 今晩は随分としおらしい。普段の彼女とは似ても似つかない。

 

「エノール……」

 

「あ、あのね。その……」

 

 エノールは椅子から立ってこちらに向き合っているのだが、どこかもじもじとした様子だ。何か問題があったのかとレガルドは近寄る。

 

「どうしたの? もしかして、相談とかがあって火を立ててた感じ?」

 

「あ、いえ、そうではなくて、誘いのつもりだったんだけれど……」

 

「……そう」

 

 レガルドは顔を赤らめて俯いた。

 

「……その、こういうのは、どう?」


「これは……」

 

 エノールが羽織っていたものを取る。

 

 そこに現れたのは王立学園の制服を着たエノールだった。結局、彼女はこの手段しか思いつかなかったのである。

 

「あ、貴方と出会った時もこの服を着てて、これを着るとあの頃を思い出すっていうか」

 

「……」

 

「あ……」

 

 レガルドは優しく唇を重ねる。その仕草にエノールの瞳はとろんとした。

 

「……どうしたの?」

 

 レガルドは、本来なら気づかず無視してしまいそうなエノールの違和を感じ取っていた。好きな人の変化には目ざとく気づくのがレガルドなのである。

 

「な、何が?」

 

「いや、なんだかいつもと違うから」

 

 エノールは顔を真っ赤にした。キスだけでそこまでバレてしまったのかと、まるで心を丸裸にされた気分だった。間違ってはいない。

 

「……貴方にね、求められたくて」

 

「俺に?」

 

「うん。今は、大丈夫だけれど……いつか、貴方は私の体に興味をなくすのかなって、そう考えたら……」

 

「そんなことあるはずない! エノールはいつも綺麗で、君の代わりなんか……」

 

 エノールはフリフリとその土色の毛並みを揺らす。

 

「何年も、何年も肌を重ねるうちに知るところがなくなっていって、段々と当たり前になって、飽きちゃって、あの蝋燭に火を灯さなくなったり、無駄に蝋がなくなっていく日が来るのかなって考えちゃって」

 

「……」

 

「ごめんね……! 何考えてんだって感じだし、私、私っ……」

 

 レガルドは静かにエノールの背中をだいた。制服越しに彼女を抱くのはこれが半年ぶりだ。

 

 エノールのいう通り、制服に染みついた懐かしい匂いに釣られてレガルドも昔を思い出す。

 

「エノール」

 

「……ぐすっ、うっ」

 

「その時は何遍なんべんも恋をしよう。君となら、何回だって恋に落ちれる」

 

「うぐっ……うっ……」

 

「俺が冷たくなったら、君も冷たくして。そしたら俺、追いかけるから」

 

「だけどっ、それで二人とも離れちゃったらって考えて、そんなのできるはずなくて──」


「大丈夫だから、俺を信じて。君のことを必ず追いかけるよ。誓う」

 

「ひぐっ…………追いかけてくれなかったら、私から追いかけるから……っ」

 

「ああ、そうしてくれ。ついでにどつき回してくれ」

 

「……本当にするからね?」

 

「いいよ、そんな俺はどつかれるべきだ」

 

「うぐぅ、えぐっ……!」

 

「よしよし、いつもお疲れ様」

 

 エノールはレガルドの胸でたくさん泣いた後、恋人繋ぎのままベッドに入って、また鳴いた。

 

 いつか終わりが来るかもしれない。それは止められないかもしれない。

 

 人は未来に干渉することなんてできない。だから、その悩みは一度抱えてしまうと絶対に解決できない。

 

 けれど、その終わりを『今でなくする』ことはできるから。

 

 エノールは、レガルドがして欲しいことを全力で理解して、今彼に求められることに注力しようと考えた。

 

「……バカだなぁ、エノールは」

 

 レガルドは寝顔を浮かべているエノールに囁く。

 

「俺がどれだけ好きなのか、もう少し見た方がいいよ……」

 

 一人の女性にずっと恋できる男もいるものだ。

 

 

 

 翌日。

 

「その……ね、レガルド」

 

「ん? どうしたの?」

 

 二人でエノールの寝室で着替えている最中、エノールが申し訳なさそうに話す。

 

「私さ、あの……イっちゃうとさ、ぐったりするでしょ?」

 

「そうだね」

 

「その、できれば終わった後に私の体とか拭いてくれると助かるなって……」

 

 エノールの目線の先にはタオルが置かれている。それをみてレガルドは青ざめた。

 

「……頼めないかな?」

 

「ご、ごめっ! 俺、全然気づかなくて!」

 

「いいのいいの! 知らなくて当然だし、むしろレガルドが女の子遊びしたことないんだってわかるし……」

 

「そんなのしたこと……じゃなくて、本当にごめん! あ〜、やっちゃった〜!」

 

「そんなに気にしなくてもいいのよ……?」

 

 エノールは、頭を抱えるレガルドの背中にぽすんと頭を預ける。その仕草にレガルドも動きを止めた。

 

「……貴方に愛されて嬉しかったわ」


「……俺も」

 

 その言葉に、エノールは思わず歯に噛んでしまう。

 

 そのままの体制で夜這いに来てくれたことに感謝を伝える。

 

「また来てちょうだいね」

 

「……善処する」

 

 その言葉には『毎回来ないように』という枕詞が落っこちていた。

 

 蝋燭が灯っていたらOKのサインだとはいえ、毎回来られると大変だろう。そんな風に女性の体をナチュラルに気遣えるのが、この男の光源氏な所以だ。

 

 最も、エノール以外さらさら抱く気がないのもまたレガルドだ。

 

 彼女に夢中というのは、彼女の体にも夢中ということだ。大切なのは『も』であって『だけ』ではないというところか。それも純愛なのだとレガルドなら主張し、エノールもフォローするだろう。

 

 さて、エノールは心配からそのような『お願い』をしたのだが、とどのつまりは『野暮』だったのである。

 

 レガルドには来すぎて呆れられないだろうかという不安しかない。その自分に対して来なさすぎを心配されるというのは一周回って不服な話だ。

 

 レガルドはしばらく、エノールを不安にさせないためにも彼女の寝室へ通い詰めた。






 レガルドが警備隊の訓練を軌道に乗せた後、エノールから王子に向けて手紙が送られた。

 

 カクレアスは時候の挨拶を読み飛ばしながら本題に目を通す。

 

『──さて、先日の件ですが、レガルド様とカクレアス様のどちらを選ぶかの選定方法については私から決めさせていただきました。勝負は『人間チェス』、どこかに舞台を設けましてそれぞれが人員を用意し、それを用いてお二方が指揮官として争っていただきます』


「ほう……?」

 

『ルールは凶器の持ち込み禁止、殺傷禁止、その他目潰しなどの危険行為の禁止のみとさせていただきます。また、人数には上限を設け、試合前に明らかに戦力差がある場合は私の判断で特定の人員を交換していただきます。勝利条件ですが──』


「なるほど、つまり、あくまでもフェアにやろうってわけか」

 

 しかし、本当にフェアになるはずもない。

 

 あの時、エノールが向けてきた戦意の目、あれは明らかにレガルドに加担したものだ。理由は彼を好いているから。となれば、エノールはレガルドに勝って欲しいはずだ。

 

 戦力差がある場合は特定人員を交換する。なるほど、人望を問いつつあくまでも指揮能力の差で決着をつけようというバランサー的ルールにも見えるが、それは逆にカクレアスのエースを一方的にレガルドの方に引き抜くこともできる。

 

 ミソなのは『エノールの判断で』というところだ。要するに、エノールがいちゃもんつけて戦力を偏らせない制度を逆の目的で利用することができる。カクレアス陣営にいる強そうな人間を、レガルドの方に引き抜くと言うこともできるだろう。

 

 本当にフェアに戦うつもりなのかもしれないが、エノールがたったそれだけの人間には思えない。となれば、カクレアスに求められるのは人望と戦力の隠蔽能力、指揮能力と──土壇場でのカリスマ性か。


 王子は、少なくともカリスマ性以外については定評がある。カリスマ性も王子の放蕩ぶりによって周りが煙たがっているだけなのだ。彼が本気を出せば今すぐにでも元老院程度なら取り込める。

 

 それはつまり、元老院を取り込むよりも王宮派閥を一つにまとめあげ、貴族全体を掌握する方がよっぽど難しいというわけだ。この国の分権度合いは半端ではない。

 

 王子は獰猛な笑みを浮かべる。エノールは鼻から自分を喰らうつもりだ。喉元に牙をたててそのまま肉を引きちぎるつもりである。

 

 ここで王子が負ければ王家はカクレアスを見放すだろう。レガルドが負けても、たとえエノールから提案してきた勝負内容だろうが、『人間チェス』で花婿を奪ったと知れれば王子に対する反感は少なからず積もる。そこを利用してこないエノールではない。

 

 負けても『もう一回』の芽を残しておく。どこまでも諦めが悪い。しかし、だからこそ喰らいがあるというものだ。

 

「いいだろう、全力で潰しに来い。お前らの張った罠を──尽く噛み砕いてその喉元に牙をたててやる」


 一匹の狼は張られた罠にものともしない曲者であった。


話が一辺倒というコメントをいただきました。すいません……一辺倒な話をまた投稿する予定です。


修正できればいいんですが、現在リアルが立て込んでて小説にかまけられそうになりません。


作者が忙しくなくなるのは三月以降なので、それまではストックを投稿していきたいと思います。

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