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王家からの手紙

 青い果実というのはエネルギッシュだ。

 

 まだ熟れていないので、食べ頃とは少し違うが、青い少女と少年の性が絡み合うのは、張り裂けるようなエネルギーがある。

 

 エノールとレガルドは、王子にあったその晩に燃え上がった。出発する前もエノールが『私に刻み込んで……』とおねだりして情事に耽ったというのに、お盛んなことであった。

 

 王子は二人にとって効率のいい当て馬だっただろう。彼と会うだけで、二人は二度も盛ることができるのだから。

 

 ここまでくるとカクレアスが可哀想だ。何せ、エノールは鼻からレガルドにしか矛先を向けていないのだから。

 

 近づこうとすればするほど二人の仲はよくなっていく。そのことを知ってしまった王子は一体どんな顔をするだろう。一つ言えるのは、きっと女性がトラウマになるということだ。

 

 それはストーリー的に困るのでしないが、それでもこの状況は実は王子にとってあんまりよくなかった。

 

 頭が良くて、生まれが良くて、確かに能力もある王子なのに、エノールは見向きもしなかったのだ。もはや完全にレガルドルートまっしぐらである。

 

 あまつさえ、他のフラグをエノールから叩き折っている始末なのだ。ヒロインからフラグ管理するラブコメなどあってはならない。

 

 それさえもレガルドのためなのだから、カクレアスはこの世で一番哀れな男だろう。

 

 好きな女の子と仲良くしようとすれば、それだけその子は別の男子と仲良くなってしまう。純愛というか殉愛だ。王子目線で見れば脳破壊ものである。NTRでもBSSでもないが、真実を知った王子が鬱になってもおかしくない。それも困るので、やらないが。

 

 カクレアスにはもう恋愛上の勝ち目はない。誠に残念だが、彼のラブコメは始まる前に終わっていたのだ。唯一の正ヒロインにはもう心に決めた人がいて、しかも他に振り向く気が一切ないのである。

 

 エノールの心の揺るがなさは絶対的だ。徹底的に、確実に、あらゆる手段を賭してレガルドと結ばれようとしている。その決意は富士山が如し。

 

 あらゆる不測の事態と誤差と想定外と過ちとその他諸々を最大限削り切っている。何をしても真にエノールの心が王子に向くことはないだろう。王子が彼女の好感度を稼ぐには、今すぐに潔く身を引くしかない。

 

 どこまでいっても王子には残酷な世界である。

 

 しかし、それでも王子は強力なエノール達の敵だ。もう敵判定されているのが可哀想で仕方ないが、二人を不幸にする悪役なのだ。エノール達は、ちゃんと準備して迎え撃たなくてはならない。

 

 レガルドが勝てそうな試合をフェアに見せて整えて、全力でエノールはレガルドを応援する。不平等極まりないが、これは二人と王子の戦争なのだ。元よりそれは王子も承知していた。

 

 正々堂々勝負しろと言ったものの、王子も真に公正な試合ができるとはあまり思っていない。自分がエノールの立場ならわからないように小細工すると踏んでいる。

 

 二人にはやることがある。しかし、とりあえず今やるべきことは王子対策をすることではない。

 

 王子とのやり取りでボヤのように燻ったお互いの火を、互いにぶつけ合うことなのだ。愛を育むことが二人にとって急務なのである。

 

 そう、王子は二の次なのだ。エノールもレガルドも、もはやお互いのことしか見ていない。王子のことなんて当て馬にも思ってさえいないのだ。

 

 可哀想なカクレアス。

 

 ──戦いの後、男が生存本能から種を残そうとするのと一緒だ。アドレナリンを利用したセックスによって効果的にドーパミンを分泌し、脳内のホルモンバランスを整えようとする。

 

 エノールは日中の馬車の情事だけでは飽き足らず、レガルドも同様だったため、彼を全力で誘惑した。

 

 レガルドもまたその誘惑にこれ以上ないほど乗せられて、彼女の上で獣になった。

 

 二人の獣性が、普段以上に顕著となって盛り合う。

 

 攻撃的な性衝動は次第に過剰なまでのドーパミンを分泌させ、二人の様子は二匹の獣から一つの塊のようになった。ドロドロになりながら、お互いを抱き寄せる。

 

 唯一不足したセロトニンによってお互い感情を抑止しきれず、燃え上がるような恋情は大海のような愛情と愛欲に変化してしまった。泥沼のような性交渉が行われる。

 

 バルターは二人の関係に変化があったことを知っていた。しかし、彼は何も言わなかったのである。それはエノールが先日漏らした言葉に起因する。

 

『私がねぇ、星見の儀式で見たのは領地で佇む自分の姿なんかじゃない、王城で、騎士に組み伏せられて国王の面前で首を刎ね飛ばされる姿よっ!』

 

 バルターは、気づかなかった。当たり前のことだが、エノールが打ち明けるまでそんなことつゆほど考えもしなかったのだ。

 

 危険なのはアルガルド領だけだと思っていた。しかし、そうじゃない。星見の儀式が正しければエノールはあと七年後に処刑されてしまうのだ、おそらく王国に名を残すような重罪人として。

 

 一体どんな気持ちだったんだろうか、幼い頃から自分の諸兄の未来を知っているというのは。

 

 エノールのこれまでの行動を見れば、彼女が抗っていたことは火を見るより明らかだ。それでも、もしかして自分たちのために置き土産を残そうとしているんではないかと考えてしまう。

 

 その万一の可能性に思いを馳せる度、バルターの胸は痛んだ。

 

 七歳だ、七歳の頃からエノールはそれを知っていた。星見の儀式の後、いきなり大人びた言動をするようになり、生き急ぐように領地の改革に勤しんできたのである。

 

 恐らくは処刑を回避するためだろう。

 

 一体どれだけの恐怖と重圧がエノールにかかっていたのか。考えるだけで恐ろしい。何が恐ろしいかって、自分を含め周囲の誰もそれに気づけなかったことだ。

 

 レガルドというエノールにとってのイレギュラーが現れるまでは、それを周囲に気取らせなかったのだ。

 

 その隠蔽能力、執念、どれをとっても恐ろしい。幼いエノールにそんなことをさせてしまったのだから。

 

 エノールは、天才だった。過剰なまでの能力を有し、これまでアルガルド領を引っ張ってきた。でも、それはエノールの危機本能からくる当然の産物だったのかも知れない。

 

 七歳の頃から死の重圧をかけ続けていれば、エノールのような子は生まれて然るべきだろう。彼女の有能さは、そのまま周囲の罪の重さと等価である。

 

 執事は宿の一室で考え込む。先程まで部屋の隣は随分とうるさかったが、今は逆に静かだ。

 

 二人の情事の音を、バルターは罪悪感を持って聞いていた。レガルドが現れるまで、誰もエノールを癒せはしなかったのである。彼女が頼ってもいいと思える人間が、彼以外にいないのだ。

 

 なればこそ、二人が結ばれるのをどうして止められようか。レガルドは今、バルター達にできなかった仕事を、尻拭いをしているのだ。本来なら両親であるアイジスやミラルダ、ずっとそばに仕えて来たバルターの職務だというのに。

 

 バルターはレガルドを『大旦那様』として迎え入れることを決断した。アルガルド領の屋敷に置いて一番偉いのがエノール、二番がレガルドだ。三番と四番がアイジスとミラルダ、次が自分であろう。

 

 であれば、バルターは二人の決断に何も言うまい。彼らがそうするべきと判断したのだから、執事はそれに従うのみだ。

 

 だから、アイジス達も説得した。エノールが星見で見たのは伯爵になった自分の姿などではなく、処刑される未来なのだと言うことを伝え、エノール達の契りを黙認するように求めたのだ。

 

 一切、その件を直接話題に出さずして黙認させたのは流石執事長の手腕と言える。

 

 エノールがあれほどまでにレガルドと契りたがったのは、ある種の防衛本能なのだ。ストレスで壊れそうな心をどうにかしようとする生存本能。それを自分は蔑ろにしていた。

 

 壁の向こうではきっと二人が裸で抱き合っているだろう。それに思いを馳せながら、バルターはただ一心に主人の幸せを祈るのだ。

 

「神よ、どうか……」

 

 バルターは人生で初めて神に祈った。

 

 

 

 

 

 屋敷に戻っても当然二人の関係は続いた。

 

 それが黙認されたのはバルターによりもたらされたエノールの予定訃報によるところが大きい。

 

 アイジス達が黙っていたのは、死を前にした病人に自由を与えたり、好きなものを食べさせたり、はたまた刑の執行を直前に控えた死刑囚に希望の食事を与える最後の晩餐に近しいだろう。

 

 特にミラルダは大いに動揺した。アイジスはせめてと婚前交渉を許したのだ。生きている間でないと幸せになることはできない。

 

 さて、屋敷がある種のお通夜ムードに包まれる中、当のエノールといえば一才死ぬ気がなかった。処刑の未来も『どうにかなるでしょ』といった感じだし、むしろレガルドと仲良くなれてルンルンなのだ。王子の出現に感謝さえしている。

 

 処刑の未来とか今更なのだ。もう泣いても笑っても事態がどうにかなるわけでないことはエノールが一番よくわかっているし、未来を変えるためのヴィジョンを見据えているのが精神安定の上でかなり大きい。

 

 アイジス達とエノールの違いは、その未来を変えられると信じているか否か、そして、その手法が考えつくかの差だ。

 

 エノールはレガルドと散々ラブラブしながら、領地のことを進めて、王子のことを半ば放置していた。

 

 後から手紙をくれればいいよと王子が余裕のある態度を見せてきたので、存分にそれに甘えることにした。そもそも、領札導入の件でエノールはもともと忙しかったのだから。

 

 旧聖軍改め「警備団」の人間から士気の高い人間を引き抜き、造幣局警備隊を組織。周辺に建設された警備隊駐屯地を拠点に組織編成を行い、警備ローテーションを組む。

 

 王都から届いた商品を地元の土木家と一緒になって設置し、まだもぬけの殻の造幣局を早速警備させることにした。リハーサルのようなものである。

 

 アイビスの引っ越しを準備させると地元から住み込みで働く女中を三名募集し、見事ゲット。造幣局長には商会長の一人がそろそろ引退だと言うことで希望してきたので、彼を採用することとなった。人柄やこれまでの実績を考慮して問題ないだろうとされた人物が採用されている。

 

 全ての準備が整ったので、バルワルド商会に武器防具類の注文を行い、警備隊の訓練に注力した。すぐに労働者を集めて領札生産を開始しなかったのは、商会と足並みを揃えるために領札の生産準備が整ったことの周知と、警備隊は稼働当初からある程度の練度を確保しておきたいというエノールの慎重さに起因している。

 

 アルガノドの町でも自警団を組織させ、門兵を雇うこととなった。

 

 ・行商

 ・地元民

 ・その他

 

 で分類し、見慣れぬ行商やその他外部者がいた場合、伯爵家に報告する。また、アルガノドを領内で一番治安のいい街にするという宣言の元、こちらも規模の半分ほどを「警備団」より引き入れた人間で組織し、周辺に怪しいものがいた場合これを取り締まることとなった。

 

 最も、もともと平和な町なので危機意識は低い。警備団から来た人間は土木事業やゴードンのような傭兵まがいのことをさせることとなった。伯爵家が仕事を斡旋することで安定した収入を担保し、警備兵の族化を防ぐ。

 

 少々過剰戦力に見えるが、アルガノドは造幣局の最寄り町。警戒しておくに越したことはない。

 

 そんなことをしているから、王子のことを考える暇なんてあんまりなかった。

 

 仮に敵が襲撃に来た場合、規模が大きければアルガノドの住民が一丸となって抵抗する。有事の場合は伯爵家の宣言の元、全ての住民が戦役の義務を負うのだ。

 

 任務は街を守ること、自分の街を守るためなら住民達も動く。

 

 そのために武器庫を街に用意し、そこをアルガノド警備団の人間に警備させる。盗難を防止しつつ、警戒意識を警備団に植え付けるのが狙いだ。

 

 そうなると普通に考えて五十人以上はよこせない。近くに町は少ないので、必ずゴードン達の街を通って、アルガノドへとやってくる。

 

 ゴードン達のいる町はよそ者が多いので検閲が難しいが、アルガノドなら普段は特定の人間しかやってこないのでよそ者はすぐに分かる。

 

 アルガノドを一つの防波堤・検閲所・アラーム代わりに使うのだ。造幣局には少数精鋭でくるしかないが、補給の兼ね合いで大抵の場合、アルガノドの検閲で引っかかる。それを掻い潜るためには更に人数を絞ることになるだろう。

 

 よって、造幣局の襲撃想定規模は極めて少数となる。なので無勢に多勢の戦いを教えるのだ。うまく連携して各個撃破を狙う。数的有利を前提とした訓練だ。

 

 エノールも軍事の授業で色々と学んだが、戦いとか戦争とか軍事とか、そういうのはあまり得意ではない。苦手分野だからこそ学生の時は時間をかけて克服しようとしたけれど、学んだこと以上のことができないのだ。それは実践するにあたって極めて重大な問題である。

 

 その点で言えば、レガルドの方が才能があった。教科書の知識を使いながら、きちんと思考できる。

 

 よって、ここはレガルドに任せることにした。レガルドの補佐があればエノールもまた突飛なことを考える鉄砲玉として頭脳面で役に立てることはあるのだが、エノールもエノールでやることがある。

 

 エノールは領札導入における全般を、レガルドは警備隊の指導を行った。なので、王子に割いている時間はあまりない。そのまま数週間が経過した。

 

「王子から催促の手紙が来たわ」

 

「早漏だね」

 

「ふふっ、そうね。貴方がそんな皮肉を言うとは思わなかった」

 

 エノールが笑うと、レガルドは不思議そうな顔をした。

 

「……え?」

 

「え?」

 

 どうやら、早漏の意味を『我慢ができないこと』だと思っていたらしい。

 

(合ってるけど……)

 

「もうちょっと焦らして、その後にお返事を書かないとね」

 

「大丈夫かい? 俺と王子を競わせる方法って考えるの結構大変だと思うけど……」

 

「あら、私が本当に何もせず領地のことだけにかまけてると思ったの?」

 

「……うん」

 

「貴方ねぇ……」

 

 エノールは大変不服に思った。

 

「そんな失礼なことするはずないでしょ?」

 

「その割には引き伸ばしたよね」

 

「だって、相手が勝手に余裕を見せてきたんだもの。存分に甘えないと損でしょ?」

 

「エノールは王子のことが嫌いだから、返事も書いてないんだと思った」

 

「あら、私は王子に感謝しているわよ」

 

「……なんで?」

 

 レガルドが怪訝な顔をする。彼としては王子など記憶にも入れたくない悪鬼羅刹の類なのだ。

 

 ただし、エノールは随分と良い笑みを浮かべる。それは果たして悪魔の微笑みのように蠱惑的だった

 

「貴方との仲を深めてくれたから」

 

「……うん」

 

「ふふっ、可愛い」

 

 うまく返事ができずに顔を赤くするレガルドを、エノールは存分にでた。

 

 やっぱり、王子は当て馬だった。可哀想なカクレアス。

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