表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

78/91

現状確認

 アルガルド領の改革も順調に進んでいる。

 

 農業に関してはジャイナの治水工事はまだ終わっていない。人の手が空くのは秋と春頃だが、洪水も冬にまばら、春にそこそこ、夏に頻繁に起こるのだ。

 

 その度に工事は中断となり、まともに工事が進むのは秋の間だけなのだ。工事が終わるのは来年の春頃と予想されている。

 

 農学者が手を入れた畑に関しては実りが良くなっているものの、いかんせん進捗が遅い。測量もまだ全体の半分しか終えていないし、エルガード家に農学者を派遣できるのはもう三年はかかるだろう。

 

 事業経営についてはネルコがエノールの指示通り、保険業と運送業を領地規模に拡大している途中だ。ネルコは経営方針が堅実な方なので、勢いに乗るだけの事業拡大をあまり好まない。

 

 十年後、二十年後にその地域で業界を引っ張るリーダーとなれるよう事業計画を練って進出する。そのため、羽振に対しては拡大速度はイマイチだが、堅実な分将来的に領地の運送業を独占するというエノールの公共事業化計画に沿う形となっている。

 

 ──独占というのはメリットとデメリットがある。


 メリットは一社で独占する分、規模の経済性が顕著に発揮されることだ。

 

 規模の経済性とは何らかの商品・サービスを生み出す上で、生産規模が大きいほど単位コストが下がる現象のことである。

 

 デメリットは業界がこれ以上発展しなくなることだ。完全独占によりその会社が市場の相場を決めてしまうプライスメーカー化するため、不当な価格操作を行う危険があるのである。

 

 しかし、これは裏を返せば『業界としてこれ以上発展が見込めないのであれば、一社に独占させ政府がこれをきちんと管理すれば、独占のメリットが最大限高まる』というわけだ。

 

 佐藤健の住んでいた日本で例を挙げるなら、水道・電気・ガスなどの提供サービスがそれだ。これ以上技術革新などが見込めないため、数えるほどの企業に独占を許し、提供価格を法的に管理する。

 

 統括原価方式などが管理法の一例だ。供給に要する総括原価に対し、正当と見られる利潤率を上乗せした額を価格の上限として設定する。

 

 運送業は実務面で非常に単純なため、適正な利潤率を算出しやすい。しかし、同時に不当な事業規模の水増しや過剰な設備投資を誘引してしまうだろう。

 

 過剰な設備投資は人口増加の局面では増加する需要に対応してくれるが、逆に人口減少の局面では経営における非効率性を露わにしてしまう。

 

 今のところアルガルド領では人口増加による不動産需要の高騰が見込まれているので、その影響によって好景気が訪れると予想される。好景気によって更に人口が増加し、好循環が続くことだろう。

 

 しかし、いつかはインフレが止まるように、好景気もまた終わりを迎えてしまう。そして、その時が人口増加の終局であり、少子高齢化と人口減少の到来なわけだ。

 

 放置していると脆弱になった経営体制は非効率的な側面を露呈することになる。

 

 よって、エノールが望んでいるのは『ネルコ一人による独占』ではなく『伯爵家による独占』なのだ。寡占と言い換えてもいい、ネルコを含めた伯爵家の傘下に入っている事業化による価格競争の蠱毒、それがエノールの目標だ。

 

 アルガルド家を取締役として伯爵をCEOとするアルガルド運送グループを立ち上げて、アルガルド領及び運送グループに属する領地での運送業を独占させる。

 

 規模の経済性によりコストダウンが見込まれつつ、グループ内で競争を行わせることで適切に引き締めを行う。事業を肥大化できるのは外敵の脅威がなくぬるま湯に浸かっていられるからだ。

 

 遊休資産の多い肥え太った豚のような企業は、経営のスリム化を行い洗練された企業に食い潰されてしまう。まるで丸太のように太った豚と機能美さえ感じさせる狼のように。

 

 まさに『伯爵家の独占』であって、『一事業主による独占』ではないのだ。

 

 少ない事業家に業界を支配させ、同じだけの資本力を持つ彼らに競争させる。その狙いは彼らに組織的な側面で革新を起こさせることだ。

 

 エノールは実務的な面での革新は見込めないが、一定以上の規模を持つ事業における経営の効率的な経営体制の確立に関してはまだ発展の余地があると考えている。

 

 DVDショップがサブスクの運営事業に淘汰されたのと一緒だ。やっていることは同じ映像の提供、しかし、実際的な方法は違う。映像を見せる技術は何も変わっていないのに、提供の方法には技術革新の様相が見て取れた。

 

 同じことをさせるつもりなのである。あばよくば風変わりな事業が参入してくることを期待して、そうでなくともある程度の規模を持った事業主がどのように事業をスムーズかつ低コストに抑えるか、頭を悩ませてより最適な事業形態を開発するように促す。

 

 経営体制というのは一種の芸術に等しい。自由度が高いのだ。

 

 なぜかといえば、事業の規模が拡大すればそれだけ組織の『摩擦』は大きくなる。スリム化の余地が大きくなるわけだ。そして事業規模が拡大し、携わる人が多くなればなるほど事業の形態も多様なものとなっていく。

 

 そこに革新の余地があるとエノールは睨んだ。

 

 馬ではなく人の管理に目を向ける。競争に参加する事業主はある程度の資本力を持って経営してもらわなくてはならない。故に有力な事業プランには伯爵自ら融資する。

 

 グループに参加する際は他の参加事業主から顧客を奪えるだけの事業プランか資本力を提示してもらい、ストラテジーゲームのように一つ一つ事業地域を支配してもらう必要がある。

 

 経営には『ナッジ』と言われる概念が存在する。人は『変化することに抵抗がある』という心理を利用した誘導方法だ。同じだけのサービスを提供しても、それだけなら顧客はこれまでのサービスを利用する。顧客を別の場所に動かすには今までより『良い』サービスであることを示さなくてはならない。

 

 脆弱で無駄の多い経営形態の事業家をグループ内で淘汰する。カルテルが発生する可能性もあるが、それに対する対抗措置として新規参入を認めるのだ。脆弱な経営体制では合理的な経営体制に負けるし、資本力で落ち潰そうにも伯爵家が融資によってバックアップするのだ。

 

 不当な新人潰しを阻害して、正々堂々、事業として殴り合いをさせるわけである。あまり舐めたことをすれば逆に融資が打ち切られ、領内での営業権を失うことになるのだ。

 

 懸念が一つあるとすればネルコと対等に渡り合える事業家が現れないことだろう。

 

 このままとんとん拍子で事業を拡大されると困る。ネルコが苦戦する相手が現れたところで、その人間を引き入れて運送グループの立ち上げを始める予定なのだ。

 

 ネルコ一強状態で独占が認められる運送グループなんかを立ち上げれば、一足飛びで独占が進んで余計にネルコの経営肥大化を誘発させてしまう。

 

 エノールは彼に比肩する相手が、この領内に現れることをただただ祈るばかりなのだ。

 

 ただし、このことはネルコにも伝えられていない。全てはエノールの頭の中、ネルコのこともそこまで信用していないのである。ここでも彼女の懐疑主義的な側面が見て取れた。

 

 領地の経済についてはエノールによる麦の取引規制によって人々の生活が安定化し、手工業をはじめとした第二次産業が全体的に緩やかな業績アップを見せているようだ。

 

 全体的に小さな効果なので目立ちにくいが、こうした効果が最も望ましい。むしろ経済政策においては理想的と言える。全体的に緩やかな好景気、誰しもが望むものだ。

 

 それはアルガルド領において経済基盤が確立されたということである。これまでは穴の空いたザルのように資本を投下してもそこまでの経済効果は見込めなかったが、これからはそうではない。

 

 全体的に余裕が生まれたことで市民の購買意欲と、特に購買に対する意識が強まり出費傾向が高まっている。伯爵家を通した各町での公共事業の雇用によって金銭をばら撒いているが、乗数効果さえ望めるかもしれない。

 

 乗数効果とは、伯爵家による支出が、再循環することで更なる経済効果を生むというものである。お金を得た人がまた使い、それによってお金を得た人がまた使う。

 

 お金を得た人がどれだけのお金を支出に回すかの支出率をcとして、c倍の等比数列の無限和によって求まるので「乗数効果」というわけだ。

 

 乗数効果は投下した資本と1ーcの逆数との積、つまり支出率が高ければ高いほど乗数効果は高くなる。これまではまともに市民に行き渡らなかったために乗数効果も発揮されなかったが、経済基盤が高まればその限りではない。

 

 富の集積に乗数効果は阻害されるため、市民が力を持てば財務政策による効果も高まる。格差是正が全体的な経済活性化につながるわけだ。

 

 そのために麦の取引規制を行った。経済基盤をしっかりとした上で、新規事業を起こしやすくすれば、彼らは事業拡大の間、取引相手と雇用した労働者に金をばら撒くことだろう。

 

 つまり、新規事業が起これば起こるほど市民に金が行き渡るようになるというわけだ。

 

 エノールは職業訓練施設の開設によって徹底的に市場における商品としての人材の流動性を確保してきた。全ては新規事業に一番必要な労働力を確保しやすくするため。しかも、伯爵家はどこにどんな人材が眠っているのか把握しているのである。

 

 伯爵家が有力だと睨んだ事業には有望な人材を派遣することができる。また、中央銀行を開設して無差別な融資を行えば、更に経済が活性化されることだろう。

 

 それによって市民の力は強まる。そうなるように仕向けているのだ。全てはエノールの掌の中、着手しているあらゆる事業が一本の筋を通して同じ方向に向いている。

 

 ちなみに、エノールの目指す年間3%のインフレは、王国通貨に対して領札を安くすることになるので、必然的に王国通貨を領札に交換する動きが強まる。

 

 円安によって日本からの輸出が増えて外国通貨が流入するのと一緒だ。年間3%のインフレは伯爵家に王国通貨を更に集積させることだろう。それも領地規模で出回っている王国通貨の量を考えれば膨大である。

 

 さて、水面下でいろいろな計画が進行しているが、エノールの計画の全容を知るものは実はいない。いつも一緒にいるバルターでさえ、エノールの狙いを理解しきれないのだ。

 

 ネルコやロンダーあたりなら理解しきれるかもしれないが、彼らに計画の全てが明かされることはない。エノールは疑り深く用心深い。レガルドにさえ打ち明けていないのだ。

 

 エノールは領地に関する様々な執務をこなしながら、レガルドと一緒に王子対策のための文献集めに勤しんでいた。レガルドはやれることも少ないのでエノールがいない間も頑張っている。

 

 アルファート王国の歴史について紐解いているのだ。正確に言えば、王国における婚姻の歴史と王家の歴史について。

 

 王子からの求婚を跳ね除け、婚約をなかったことにし、二人だけの結婚を実現させるために二人は夜遅くまで頑張っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ