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四人の伯爵 3

「──これはこれは、マルベク伯爵」


 エノールは振り向いた。いつのまにか背後を取られていたのだ。それに何故だか悪寒がする。

 

「やあ、アイコット伯爵。いや、レミングと言ったほうがいいかな?」

 

「それ、エルガード伯爵に言ったら怒られますよ」

 

「そうか、それは気をつけないと」

 

 エノールの後ろにいたのはエノールよりも長身の男だった。

 

 碧色の長髪は綺麗に切り揃えられていて、切長の目が色白の肌の上で時折パチクリと瞬きをする。豪奢で高価そうな衣装に身を包んだ彼は、伯爵というよりは大商人といったところか。

 

 宝石のような、それでいてどこか淀んだ目がエノールを射抜く。彼の端正な顔はまさしく美形だが、エノールは全くそそられなかった。それどころか薄寒いとさえ思える。

 

 マルベク家今代当主は大仰に礼をした。

 

「ご機嫌麗しゅう、奥様。私はシェルバ・マルベク、四つある伯爵家のうち、マルベク家を率いる領主にございます」

 

「……挨拶が遅れて申し訳ありませんわ。私はエノール・アルガルド、同じく四つある伯爵家のうち、アルガルド家の長でございます」

 

「これはどうもご丁寧に。我が家の慣習に則っていただきありがとうございます」

 

 挨拶の仕方、儀礼・礼節・マナーに関しては五つ種類が存在する。

 

 伯爵家は元々大諸侯の家系だ。故にそれぞれが元は国を収める王家のようなものであり、それぞれが少しずつ違った礼儀作法を有していた。

 

 王国に再編され、王国共通のマナーができてからはそちらに準拠するようになったが、今でも伯爵家の人間は誇りとして自分の家系に伝わる礼儀作法を実践する。それが王宮の伯爵家に対する不信感の原因の一つだ。

 

 子爵以下は力がなく、侯爵以上は王宮に与するため自分独自の礼儀作法などを奏さなかったが、伯爵だけはその文化を連綿と受け継いでこれた。それが王国における伯爵が特別視される理由の一つだった。

 

 故に伯爵家に対し、相手の礼儀作法に則って挨拶をするというのは最上位一歩手前の礼儀作法なのだ。

 

「何やら面白い噂を聞きましてね。今朝方王子に求婚された方がいらっしゃるとか」

 

「え、ええ。私が王子に挨拶に向かったところ開口早々結婚してくれなどと言われまして……一応、その求婚相手ということになりますわね」

 

「遊牧民の人間にも略奪婚で攫われそうになったと聞きますし、エノール様は男を寄せてしまう体質なのですね」

 

「「なっ……!」」

 

 シェルバの言葉に反応したのはレミングとレガルドだ。二人はその件について知らない。遊牧民が伯爵を攫うなどあってはならないのだ。

 

 対して、エノールもまた動揺していた。どこから漏れたのか。バルターとアイシャには固く口止めしていたし、あの場にいた人間は少ないはずだ。まさか、あの場にいた誰かが漏らした……? あり得る話だ。なにせ、遊牧民スパッティオによる求婚は面前で行われたのだから。

 

 聞いていた人は少なかったはずだが、そこから情報を得たのか。だとすれば凄まじい情報収集力である。エノールは自分の喉元に手をかけられている錯覚を覚えた。

 

「……なんのことだかわかりませんね。確かに遊牧民の方とはお会いしましたが」

 

「ええ、そうですよね、そうですよね。是としてしまえば王国と遊牧民との間でまた戦争が起こります。その被害を一番被るのはアルガルド領でしょうから、無かったことにしておきたいでしょう」

 

「どういうことだマルベク伯爵! 遊牧民がアルガルド伯爵を攫った⁉︎」

 

「伯爵ではありません。彼女が伯爵になる前、七歳ほどの頃に起こったことなのですから」

 

「だとしても由々しき問題だ! すぐに王国に報告せねば──」


「あー、しかし、なんだか勘違いだった気もします。そうですよね、アルガルド伯爵?」

 

「……貴方の言っている意味がわかりません。私は誰にも攫われていないのですから」

 

 事実、あれを攫われたとは言えないだろう。攫うとは奪って独占するということだ。しかし、杖のあったエノールにとってはなんら不自由のない状況だったのだから、あれを拉致などとは呼ばない。

 

 しかし、客観的に見ればあれは誘拐で、確かに彼らの住居まで連行されたのだ。それを『攫った』と捉える人もいるだろうし、真実を話して説明するわけにもいかない。

 

 レミングはエノールに詰め寄ったが、エノールは首を振った。

 

「マルベク伯爵は何かと勘違いしておられるのでしょう。そんな事実は一切ありません」

 

「そうですそうです、そんな事実は一切ありません。私の勘違いでした」

 

(こいつ……)

 

 自分でバラしておきながら、今度はわざとらしく加勢してくるシェルバにエノールは苛立ちを覚えた。レガルドもまたエノールがおちょくられていることに気づく。

 

「マルベク伯爵──」


「ああ、そういえば君がレガルドくんだね」

 

「っ……はい」

 

「噂はかねがね聞いているよ。アルガルド伯爵と婚約されたそうだね」

 

「ええ、そうです」

 

 レガルドの瞳は戦意に燃えている。エノールを小馬鹿にする態度が許せなかったのだ。

 

 どうにも隣にいるエノールはレガルドのことを心配してしまう。マルベク伯爵にしてやられないかと。

 

「遊牧民に公爵家、それに国の王子か。随分と幅広い交友関係があるようだね。アルガルド伯爵は傾国の美女にでもなるんじゃないかな」

 

「滅多なことをおっしゃらないでください、マルベク伯爵」

 

「おっと、これは失礼したね。婚約者殿(・・・・)?」

 

 『傾国の美女』というのもこれまた逸話がある。アルファート家は一度、たった一人の美女に国を傾けられそうになった──というより傾けられて現在の王国が出来上がったという話がある。


 なぜ国が傾いて今日まで王国が現存しているかといえば、その美女を王家に迎えることでなんとか内乱を抑えたんだそうな。それが真実かは別として『傾国の美女』という存在は王国でも恐れられている。

 

 だからこそ、王の側室の面々は「唯一無二の美人」ではなく「代替可能な美姫」が好まれた。どこにでもいるような顔の美人、希少価値というものに人は焦がれるからこそ王宮はそう言った女性を遠ざけているのだ。

 

 エノールが大逆人になりそうだと言われたレガルドは眉をひそめて怒りを露わにし、そんな彼に対してシェルバは愉快そうに薄ら笑いを浮かべた。

 

「マルベク伯爵、その辺に」

 

「おっと、これはすまなかったね。悪気があるわけじゃなかったんだ」

 

「……」

 

「マルベク伯爵、少しお時間よろしいでしょうか」

 

「何かな?」

 

「……いえ、やっぱりなんでもありません。失礼しました」

 

「そうかそうか、私はしばらくここにいるから、何かあったら呼んでくれたまえ。では」

 

 シェルバは王座のある奥の方へと去っていった。

 

「……」

 

「……エノール?」

 

「アイコット伯爵、お話があります」

 

「何かな?」

 

 

 

 

 

 パーティも終わり、私は王城の自室に帰っていた。

 

 さて、そろそろ寝ようかという段になって、いきなり部屋が開け放たれる。

 

 使用人の喧騒と、突然押し入ってきた騎士達が雪崩れ込んだ音に私はベッドに上がりかけていた足を止めて、入り口を見た。

 

「エノール・アルガルド伯爵とお見受けする」

 

「……そうよ」

 

「国王より召集がかかっている。着いてきてもらおうか」

 

「……分かったわ」

 

「エノール様!」

 

 向こうを見るとバルターもまた騎士に取り押さえられていた。抵抗してしまったのかもしれない。

 

 私はなるべく笑顔を取り繕って気休めの言葉をかけた。

 

「大丈夫よ。すぐ戻ってくるわ」

 

「っ……」

 

「さあ、行きましょう」

 

 私は騎士達に連行された。

 

 

 

 

 

 どうしてこうなった?

 

 頭の中ではそればかりが駆け巡る。なぜこうなってしまったのか。

 

 星見の儀式で見た夢では、私の処刑まではあと七年の執行猶予があるはずだ。それが今夜に繰り上がってしまったというのか。それほどまでにバタフライエフェクトの影響は強かったか?

 

 未来を「変えられる」ということは、未来が「変わってしまう」ということでもある。私が未来を予知したことによって行動が変わり、自ずと導かれる結果も変わってしまったのかもしれない。

 

 バタフライエフェクトというのは、ある場所で蝶が飛んだら、そのせいで地球の裏側では竜巻が起こっているかもしれないとする現象だ。要するに小さな変化が大きな変化をやがて生んでしまうということだ。

 

 時間軸にもたらされた変化は時間を追うごとに元の世界線と乖離していく。私が夢を見てからすでに八年の歳月が経過してしまったのだ。運命を大きく変えてしまうには十分な時間である。

 

 私の運命にセットされていた時限爆弾が、バタフライエフェクトによって予定時刻を大幅に縮めてしまったのかもしれない。生きようとする私の意思は逆に自分の寿命を縮めたことになる。

 

 今は夜だとか、貴族のいくらかはもう帰ってしまったとか、まだ私は二十二歳ではないとか、もはや夢と乖離する点を挙げても意味がない。何せ規定通りの未来がやってこないという可能性に私はベットしたのだから。自分の全てを、七歳から二十二歳までの十五年間をすでにチップとして載せているのだから。

 

 だから、今宵、この場所で処刑される可能性もあり得るのだ。私を殺す理由が今日になって浮上してしまったのかもしれない。

  

 私は重い足取りで王座の間へと向かった。扉が重々しく開かれて、そこにいたのは国王と神官の人間たちだった。

 

(夢と様子が全然違うな……)

 

 今となっては処刑場がイメチェンされたぐらいの認識でしかない。未来の変更は参加者と日時と会場の雰囲気さえも変えてしまったというわけだ。

 

「貴殿がエノール・アルガルドで相違ないな?」

 

「はい、国王陛下。私が現代アルガルド家当主エノール・アルガルド。国王陛下の命により参上いたしました」

 

 薄暗い王座の間はシャンデリアの灯で照らされている。シャンデリアとは元々蝋燭を大量に立てられる燭台みたいなものだ。佐藤健のいた世界の、あの時代のシャンデリアとは違ってそこまで明るくない。あっちでは電球が使われていたのか。

 

 国王陛下は私の口上に頷く。すると、神官を一瞥して言った。

 

「まず、こんな夜更けに卿を参集したことを詫びよう。すまなかった」

 

「そんな、顔をおあげください。陛下に呼ばれたとあらば、いつでもこの身、参上いたします」

 

「うむ。そんな卿にはある容疑がかけられている。今宵はそれを晴らすため、もしくは糾弾するために馳せ参じてもらった。よいな?」

 

「……かしこまりました」

 

 国王陛下の言葉には有無を言わせぬ威厳があった。

 

「では、始めたまえ」

 

 国王陛下が今一度神官を見ると、最も偉いと思しき神官が声を張り上げる。どうやら裁判が始まるようだ。

 

「エノール・アルガルド! 貴殿は自分の領地、アルガルド領において民たちに自分を「聖女」と崇めさせていることに相違ないな⁉︎」

 

「……違います」

 

「我がアルトラ教は王国の国教に指定されている。そのいと誉高き名を口にするのは、国家転覆にも相違ない! 貴殿は国逆の意図を持ってその噂を流布した、相違ないな⁉︎」

 

「違います」

 

「あまつさえ、各地に「聖軍」などという自警団を発足させ、自らを神の代行者としている。これは立派な神に対する不敬罪だ! 陛下、この者の厳罰を要求します──」


「徹頭徹尾、違います」

 

「……」

 

 今、私は睨まれていることだろう。顔を上げていないからわからないが、このまま見ない方が良さそうだ。

 

 どこでもれた、などとはもう言うまい。漏れて仕方ないことだ。しかし、「聖女」云々の騒ぎで私は処刑されるのか? あまりに杜撰がすぎる。いくらでも言い逃れができよう者なのに、私は本当にこの場で殺されるのか?

 

 あまねく疑問を押し込めて、私はとりあえず勝ち筋を組み立てる。教会に糾弾されることを恐れていたが、なるほど、このタイミングで仕掛けてきたのか。

 

 しかも、国王在籍の宵の間で臨時裁判を開くとは、思い切ったことをする。私も負けてはいられない。

 

「……アルガルド伯爵、申し開きがあるなら聞こう」

 

「はっ」

 

 私は顔を上げて弁明を開始した。

 

「まず、私は聖女などではありません。また、聖女などと自称したことも過去・現在・未来においてたった一度もありませぬことを我が家名と国王陛下への忠誠に誓って、約束させていただきます」

 

「この者を民たちが崇めているという情報は教会の各地から出てきております! 今、伯爵は陛下の目の前で虚偽を話されました!」

 

「陛下もご存知だとは思いますが、人というのは無責任な噂話を好むもの。特に市井のものはそれが顕著です。何かの間違いか、与太話だと思われます」

 

「ありえない! 各地で「聖軍」を名乗る組織が発足されたこともまた事実! その名を認めたのは伯爵ではありませんか!」

 

 声を荒げるお爺さん。年齢で言えば五十代ぐらいだろうか。

 

 大丈夫? こんな夜更けに大声を出したら高血圧で倒れない?

 

 そういえば教会のヒエラルキーは教皇、枢機卿、大司教、司教、信者だったな。と言うことは彼が教皇か? なんだか偉そうな服を身に纏っている。

 

 私は平然とした口調で反論した。

 

「確かに各地に自警団が発足し、彼らの「聖軍」という名は私が制定しました」

 

「ほら! 見たことではないですか! 陛下、ここは何卒国境の威信にかけて──」


「しかし、そもそも彼らは勝手に「聖女エノール軍」や「神聖国王軍」などと分不相応な名前を騙る始末! 「聖軍」とするのが最も良い落とし所だったのであります」

 

「……だそうだが?」

 

 国王の問いかけに、教皇は顔を真っ赤にして答えた。

 

「その名前も伯爵によって流布されたものに違いありません! このような言い訳を並べ立てるためにわざと名乗らせたのかと!」

 

「しかし、伯爵よ。教会の報告によれば、貴殿は「白い炎を操って病に倒れる人々の鎮魂を見届けた」ことから聖女と呼ばれるに至ったというではないか。これに関してはどう言い繕うつもりだ?」

 

「今から一年も前ほど、我が領地では黒死病と名付けた病が流行りました。多くの者が死に、私はその対応に追われていたわけでありますが、事態を収束させるために私は現地へと赴きました」

 

「陛下、このような話があります! そこの大罪人は、聖女を模した格好をして各地を回ったと!」

 

「病地に赴く際、私は自らも病に侵されぬよう清潔な衣服を身に纏いました。屋敷にあったシーツなどを流用して即席で作った者ですから、白い布を身につけた私は、病に冒された人にとっては聖女に見えたのかもしれません。しかし、それは全くの勘違いです」

 

「この者は民たちに自らが聖女であることを刷り込むためにそのような格好をしたのです! そもそも、伯爵自ら病地に赴く必要は本来ありません!」

 

「私はあの地を治めるものとして、一度でもその惨状を目に焼き付けて置かなければと考えました。また、白い炎とありましたが、私は確かに病に倒れた人々の遺体を炎で焼くように命令しました。そのような死体は周囲の人間に毒を撒き散らかします。しかし、あれは全くの赤の炎であり、なんの変哲もない炎でした。白い炎だったというのは人々が流した流言か、もしくは病に犯されていた人の目が悪かったがために見た幻影だったのかもしれません」

 

「聞いてください! 国王陛下、この者は全て領民のせいだとしらを切り通しております。これが伯爵のやることでしょうか⁉︎」

 

 必死に演説するお爺さんに向かって、私は目を伏せながら言葉を返す。

 

「失礼ながら、そちらのご老人は王国貴族の在り方に疎いようですわね」

 

「何だと⁉︎」

 

「領民は領主のもの。領民が勝手を働いたからといって、周囲に迷惑をかけていなければ領主の負う責はございません。また、貴族が市井のものに責任を投じるのは当たり前のことです。やることなすこと全て所有者である貴族の責任にされてはたまったものではありません。もしそうなれば、陛下はこの国随一の犯罪人となってしまわれる」

 

「貴様⁉︎」

 

「ですから、私は領民がいかように流言を流したとて、私が関与していなければ無罪であると主張いたします。それこそ教育をろくに受けていない領民の勘違いでいちいち何らかの処罰を受けていては領地の治世がままならぬというもの。それではあらゆる支配者の人間が悉く処刑されねばなりません。この世に犯罪などなくなりはしないのですから」

 

「この、世迷言を──」


 国王は教皇を手で制した。

 

「よい……伯爵の言う通りだ。民の言うことなすこと全てを領主に責任を問うと言うのはあまりに無作法。卿の言う通り、そうなれば私の首が八回飛んであまりある」

 

「そんな、陛下が──」


「しかし、エノール・アルガルド。だというなら、卿は今回の嫌疑に関して一切関与していないと言うのだな?」

 

「誓って、一切関わっておりません。自ら聖女などと自称したことも、民たちに聖女として崇めさせようとしたことも、国王陛下に叛逆を志したことも我が生涯にかけてたった一縷の機会もございませんでした」

 

「よかろう。であれば、この件は不問とする」

 

「陛下!」

 

「教皇も、何らかの物的証拠や証言などはないのだろう? 単なる流言や憶測のみで伯爵を処分するわけはいかない。この国の威信にかかわる」

 

「っ……」

 

「では、アルガルド伯爵よ。だというなら「聖軍」はすでに撤廃してもらおうか」

 

「かしこまりました。直ちに敬意を伝え、名称を変更させていただきます」

 

「ほう、解体せぬと言うのか?」

 

 国王陛下の厳しい視線が私の体を貫いた。

 

「恐れながら、私は自警団の発足を良きことと捉えています」

 

「ほう?」

 

「我がアルガルド領は長く混乱の最中にありました。それが、ようやく今になって領民たち自ら安寧と平和を取り戻そうとしています。これほど嬉しいことはありません。私たち貴族は確かに領民のやることなすこと全てに責任を持つわけではありませんが、しかし、出来うる範囲で自領の犯罪を抑止し、国王陛下から賜った国土を豊かに守るという義務がございます。その使命をようやく果たせる鍵となる存在の出現に、私はこの上なく嬉々を覚えているのです」

 

「よかろう。自警団の発足は許す。ただし、十日以内に名称を変更せよ。良いな?」

 

「かしこまりました」

 

「……」

 

 国王陛下の参集は三十分ほどして閉幕となった。教皇のお爺さんは何だか不服そうにこちらを睨んでいたが、素知らぬ顔をして私は自室に帰る。

 

 騎士に連れられて部屋に戻ると、すぐにバルターが心配したように駆け寄ってきた。

 

「おお! エノール様、ご無事でしたか!」

 

「ええ、なんとかね。あなたも早く寝たらよかったのに」

 

「何を言いますか! 主人の危機に眠っていられるほど、このバルターめは薄情ではありません!」

 

「ふふっ、そうね」

 

 すると、今度はアイシャの方が近づいてきた。彼女が自ら話しかけてくるのは珍しい。

 

「エノール様、よくご無事で」

 

「ええ、なんとかね」

 

「それで、国王陛下からはなんと?」

 

「「聖軍」ってあるでしょ? あの名前がいけなかったみたい。十日以内に変えろってさ」

 

「でしたら、すぐに手紙を出さねばなりませんな」

 

「ええ、流石に十日以内なら届くでしょうし、この機会だからばっちり経緯を書いて釘を刺しておかないと」

 

 二人と話していると、しばらくしてレガルドが飛んでくる。彼もまた寝巻き姿で起きていたようだ。

 

「エノール!」

 

「レガルド!」

 

「大丈夫かい、怪我はないかい?」

 

「ええ、大丈夫よ。ごめんね、心配かけて」

 

「いいんだ、君が無事なら」

 

「レガルド!」

 

「エノール!」

 

「「「……」」」

 

 使用人たちは二人の様子に影を潜めた。

 

「ねえ、レガルド。今夜は一緒に寝ない?」

 

 私は彼の耳元で誘うように囁いた。

 

「だ、ダメだよ……だって、俺たちはまだ」

 

「いいじゃない。一緒に寝るだけよ。ね? 今夜は寂しいの、だから──」


「エノール様、いけませんぞ」

 

「何、バルター。邪魔しないでくれる?」

 

 私の声は自動的にとても不機嫌なものへと変わった。しっし、お邪魔虫たちはさっさと就寝なさい。

 

「します。まだお二人は婚約の身なのですから、処女の儀までは……」

 

「そもそも、それいるかしら?」

 

「なんと! まさか、エノール様……!」

 

「いやいや、だってさ。婿に来るのはレガルドの方なのよ? 私じゃないのよ? 男女が入れ替わってるんだから、本来はレガルドが童貞か調べるべきだし、そもそもこっちはそんなの気にしないっていうか、調べたくても証明できなくない?」

 

「お、俺は童貞だよ!」

 

「はいはい、わかってるからね。ちゃんとベッドの上で奪ってあげる」

 

「……」


 レガルドはその言葉に少しだけ頬を赤らめた。

 

(可愛い)

 

「しかし、エノール様。処女の儀は王国では伝統な儀式でして……」

 

「でもそれ、嫁入りの場合の伝統よね? 婿入りの場合の伝統なんてあったかしら」

 

「それは……」

 

「大体、こっちは迎える側なのよ? なのに何でこっちが試されなきゃいけないわけ? 大体ね、私は屋敷の主人なのよ? 主人。主人が婚前に女の処女を散らしたとして、ギャーギャー言う使用人がいる? レガルドは私の男なんだから、どう扱おうと自由でしょ?」

 

「なりません! そんな、はしたない!」

 

「だから、男女逆って言ってるでしょ⁉︎ なんで分からないの⁉︎ 大体ね、レガルドは嫌? 私とするの」

 

「そ、それは……」

 

「私、一刻も早くあなたと触れ合いたいわ。貴方が嫌ならしないけど、嫌じゃないなら……」

 

「エノール様、おやめください! 社交界で不利な噂を流されたらどうするんですか!」

 

「ええい、鬱陶しい! お前ら全員、出ていけー!」

 

 エノールの叫びは宵の城内に響いた。

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