四人の伯爵 2
ヒューズは、エノールが自分が除け者にされている状況にも動じないことに獰猛な笑みを浮かべた。この娘は少なくとも対人の場じゃやるぞ、と。
「エノールと言ったか」
「伯爵とお呼びにならないんですの?」
「……アルガルド伯爵、少し聞きたいことがあるのだが」
エノールはヒューズの様子にクスクスと笑った。レミングももらい笑いしてしまう。
ヒューズは二人が自分を指して笑っていることに不快に感じつつも、今は質問を優先した。
「聞いた話だが、王子が貴殿に求婚したと言う噂が流れているそうじゃないか。それはよもや本当なのか?」
「ええ、そうですね」
「……本当か?」
「どうしたんですの? そんなに疑わしいのですか?」
「いや、だがな……」
ヒューズはたじろいだ。こないだ成人したばかりだという十五になりたての娘に返されて、四十になるヒューズはたじろいでしまった。
「その、どういう経緯でそうなったんだい?」
「分かりません。王子の元にご挨拶に伺ったら、言葉を交わす前にいきなり結婚してくれと言われたんです」
「……何かよからぬことをしたのではあるまいな?」
それはとても迂闊な発言である。もしそれが本当だとすれば藪を突きかねない。
レミングはヒューズの質問に眉を顰めた。エノールの反応を中止する。
「そう言われましても……そもそも私には婚約者がおりますし……」
エノールはレガルドを見て、そういえば彼のことを紹介していないと気づいた。
「紹介が遅れました。こちらは私の婚約者、レガルド・マルデリアです」
「どうも、エルガード伯爵、アイコット伯爵」
「マルデリア……公爵家のマルデリアかな?」
「はい。父はユレグニス・マルデリア、現公爵をしております」
「まさか公爵家の子息と婚約なされるとは。それも何か種があるので? アルガルド伯爵」
「いいえ、合縁奇縁というやつですわ。レガルドとは偶然、ね」
「ええ、私の元にも突然縁談話が舞い込んで、そのままとんとん拍子に」
「それだけで公爵家との縁談を設けるとは、王子のことと言い随分と男泣かせのようですな」
レガルドはヒューズの発言に眉を顰める。
「そうですね、レガルドを泣かせられたら随分と愉快そうだとは思いますが……」
「エノール……」
「ただ、王子に関しては全くの想定外ですわ」
「それじゃあ、レガルド君とは想定外ではないのかな?」
アイコット伯爵の茶々に、エノールもまたヒューズと同じく猛禽類のような笑みを浮かべて言う。
「そうですね、途中から」
「え、エノール⁉︎」
「これの心をどう落とそうかとそれはそれは胸を高鳴らせて……まあ、その最中に私の方が堕とされてしまったのですけど」
レミングは二人の様子を見て得心がいく。
「なるほど、つまり君にとって今回のことは本当に埒外のことというわけだ」
「そういうことになります。まあ、こういうのは初めてでもないのですけれど」
「初めてじゃない?」
「……」
エノールは以前にも遊牧民のスパッティオから同じように求婚され、彼女はそれを断っていた。
首を傾げるレミングに対して、ヒューズはまだエノールのことを信じていない。
女は必要であれば簡単に嘘をつく。男は誇りを大事にするが、女にはそう言った感覚があまりない。
そう思うヒューズは探りを入れることにした。
「そういえばご学友を随分と屋敷で召し抱えたと聞きましたが、あれも本当ですかな?」
「ええ、経済に精通しているものを何人かと、志望する男子学生の方を……アルガルド家は人材が不足していますから、騎士になるしかない次男以下の男性がうってつけでしたの」
「何でも、法衣貴族となるはずだった子女まで引き抜いてしまったとか。宮廷でも噂になっていると」
「そうですわね。ですが、彼女達が決めた道ですもの。長女、長男の方はお断りしていますわ。エルガード伯爵もよくご存知でしょう? 嫁に行けぬ女はそのまま家を追い出されることもある。彼女達が確実な食い扶持を求めるのはある意味当然ですわ」
「そのために王宮の運営が傾いてしまっても?」
「その程度で崩れるほど王宮の体制は柔ではないと存じておりますわ」
「それに、そもそもアルガルド家にそれほどの人手が必要なのですかな? 貴方の領地で──」
「ええ、それはもう! ひどい有様で私、初めて聞いた時には倒れそうになりましたわ!」
「「「……」」」
「ですから、人手が必要なんですの。あの領地をどうにかするための人手が」
「風聞で聞くだけでもどうにかできるとは思えんが」
「風聞で聞くだけなら、そうでしょうね」
ヒューズはムッとした。その機微にエノールは気づいておきながら不敵な笑みを浮かべる。
「そういえばエルガード伯爵、貴方の領地では私兵を抱えていらっしゃるんでしたね」
「……そうだな」
「なんでも維持が大変だとか。高い練度を保つために常備軍として保持するのはさぞ金銭がかかることでしょう」
「我が家は王国の矛だ。必要があるから金を割いている」
「しかし、このところ支出が多く赤字続きと聞きます。なんでも不作が続いているとか──」
「何が言いたい?」
「……」
「私はまどろっこしいのが嫌いだ。要件があるならさっさと言え」
ヒューズ・エルガード、実直で質実剛健な性格。あれこれ策を弄し搦手を用いるよりも正々堂々相手と真正面からぶつかる方を得意とする武人だ。
商人のような迂遠な話の持って行き方も好かなかった。単刀直入に聞くヒューズにエノールは方をすくめ、けれど本題に入る。
「貴方のところの私兵をいくらか貸してはいただけないですか?」
「断る」
「労働力として」
「……どういう意味だ?」
「言葉通りの意味です。貴方のところの私兵は、普段は建設現場や道路工事に従事させることによって財務を賄っていた。しかし、ここ最近その収入源が減っている。不動産需要に対しあらかた供給を終え、道路も主要なものはほとんど整備してしまったからですよね?」
「……」
「農業に投入しても、労働力がそのまま稼ぎにつながるわけではありません。既存の農地ではすでに人材が足りているでしょうし、新たに耕作をさせようにも兵士たちにはそんなノウハウなどない。多くの私兵を抱えるエルガード家にとっては頭の痛い問題かと存じますが」
「だからと言って他領に自分の兵士を預けるなど言語道断だ。ありえない」
「預けるというのは少し誤解を招く言い方でしたね。すいません。こちらに出稼ぎに向かわせないかということです」
「……何が目的だ?」
エノールはその言葉に薄く笑った。魚が釣り針に食いついたのだ。
「私のところはこれから住宅需要が高騰すると商人達は睨んでいます。しかし、地元の労働力は限られており、伯爵家も人を雇って道路工事などを進めていますが進捗は牛歩と言っていいでしょう」
「ふん、だろうな」
「別に道路工事に関しては牛歩でも構わないのですが、不動産市場に人手がないのは困ります。人口も一朝一夕で増えるものではありませんし、むしろ増えるからこそ住宅需要が生まれるのです。そこで、将来的に見込まれる不動産市場の好況に際して、貴方のところの兵士たちを労働力として出稼ぎに出す気はありませんか? 我々は労働力を得られてハッピー、貴方のところは無賃で兵士を維持できてハッピー。Win-Winな関係じゃありませんこと?」
「……話がうますぎる。何を企んでいる?」
ヒューズは訝しげにエノールを見た。しかし、エノールの方はその言葉に困ってしまう。
「何を企んでいると言われましても……今のが私の企んでいたことですし……」
「その動揺、やはり何か隠しているな?」
「いえ、何もないのに何かないかと疑われて困惑していると言いますか……」
どうやら話が渡りに船すぎたようである。ヒューズの疑念を買ってしまった。
「まあ、いいだろう。出稼ぎに出せるという話なら、一部の兵士を寄越してやってもいい」
「ありがとうございます。どの程度工事能力はありますか?」
「その前に、俺の召集に際してはすぐに兵士たちは引き上げる。それでいいな?」
「ご随意に」
「ふん、工事能力だったか? 道路工事と住宅建設はやらせたことがある。土木家達の下でだったがな」
「でしたら、地元の土木グループに人材募集をかけさせて私がそれを仲介するという形でよろしいですわね。我が領地で何か問題があった場合にはこちらの領法で捌かせていただきますが、それでよろしいですか?」
「俺の兵士たちに何かしたらただじゃおかんぞ」
「そう凄まれましても……こちらとしても犯罪に手を染めていただくわけにもまいりませんし」
「俺の兵士たちが犯罪を起こすとでも?」
「駐留の際の事件など前例に欠かないのでは?」
「……」
「なら、それでよろしいですわね。実際に人手が足りなくなればまたお手紙を出させていただきます」
「ふん、勝手にしろ」
「それからエルガード領では農業に少々手こずっていらっしゃいましたよね?」
「だからどうした?」
「よろしければ、私の屋敷に仕えている農学者達を派遣させましょうか。今はまだ領地の改革の途中ですのでしばらく先の話にはなりますが、こちらの手が空き次第そちらに送るのもやぶさかではないのですが──」
「何が目的だ?」
ヒューズは今度こそと言わんばかりにエノールを睨んだ。それにエノールは笑みで返す。
「目的などありません。ただ、エルガード家とも仲良くできれば、と」
「ふん、我がエルガード家を用心棒代わりにする気か」
「とんでもない。ただ、我が領地で本格的な軍を持つのは先のことになりそうですので」
「各地で自警団が名乗りを上げたと聞いたが?」
「町に常駐する自警団と私設軍では物が違う。そうではなくて?」
「少しは話がわかるようだな」
「では、如何でしょうか?」
ヒューズは顎に手を当てる仕草をする。彼の考える時の仕草のようだ。
「……少し考える。大体、先の話だろう? まずは出稼ぎの件だ。それを反故にされても困る」
「そのようなこと何故できましょうか。ですが、わかりました。その時にまた手紙を差し上げる際に打診申し上げますわ。色良い返事を期待しています」
「ふん、勝手にしておけ」
ヒューズはたまらずその場から立ち去った。エノールに会話の主導権を握られすぎたのが気に食わなかったのだ。
「それじゃあ、俺もこれで……」
「ああ、お待ちください。アイコット伯爵」
「……何かな?」
レミングは訝しんだ。
この少女、只者ではない。レミングでも相手をするのに苦労するヒューズに対して優位に事を運んだ。そのことを新参だからとても軽んずるほど機微に疎くはない。
警戒する伯爵に対してエノールは困ったような顔をした
「そこまで警戒なさらなくても……」
「それほどの男という事だよ、彼は。頑固で偏屈、私の話を聞こうともしない」
「あら、アイコット伯爵も一度お誘いしたことがあるので?」
「一度じゃない。何度もだ、もう諦めてるけどな」
「つまり、エルガード伯爵が私の口車に乗ったことが面白くないと。しかし、農学者達の派遣は断られてしまいましたよ」
「『後の上乗せ』」
「……」
「私が知らないとでも? 冗談を、私も商人相手にこれまで領地経営してきた身だ。交渉術ぐらい知っている。『本命の要件を通すために、後から更に要求を入れることによって前段階の話を確実にする』、確かそういう手管だったかな?」
「考えすぎですわ。私はただ出稼ぎの件と農学者達の派遣を打診して、後者の方を断られてしまっただけですもの。なんの他意もございませんでしたわ」
「拒否というよりは保留だがね……それで? 交渉上手のエノールくんは次にどんな提案を私にするのかな?」
「最近、伯爵の領地では人口の増加が顕著だと聞きます」
エノールは『何を期待されているかは知りませんが……』と前置きする事なく、レミングの釘刺しに対して本題で切り込んだ。それにレミングも少し面を食らう。
「……そうだね」
「商人の数が増え、経済圏が拡大したことは好ましいけれど、自分の手に余るようになってしまった。違いますか?」
「根拠は?」
「商人達からアイコット領の都市は汚臭がひどいと聞きます。おそらく人口の増加、都市の過密化によって生活問題が発生しているのでしょう。商人も多くなり過ぎれば税や法の穴を突いて闇市場や密売などを行います。おそらく維持などに金がかかって、返って収入は減っているのではありませんか?」
「……お手上げだね。それで?」
レミングは潔く負けを認めた。
「何にでも間引きというのは必要です。家畜を飼うにも数が増えるのは好ましいですが、牧地が広がり過ぎれば管理が行き届きませんし、家畜が逃げてしまうかもしれません。かといって狭い小屋に閉じ込めれば弱ってしまう……」
「で?」
「移民政策をこちらに送る気はありませんか? 我が領地はアイコット領からの移住者であれば受け入れたいと考えています」
「さっき言っていた労働力の確保か。君も色々考えるね」
「移住者が増えれば住宅需要は更に高騰する。エルガード伯爵にも貸しができて一石三鳥、いい考えだと思いますが」
「……こっちとしては移民の影響で君の領地がどうなろうが知ったことではないが、具体的にどうするのかな?」
「我が領地が移民を受け入れていること、具体的な所在地を紙に書いて町に貼り出すだけでよろしいかと。いっぺんにこられても面倒なだけですし、移民政策は十年単位で進める物ですよ?」
「しかし、それだと移住できるのは限られた市民だけだろう。私の領地から中産階級の人間が流れ出すことになるのだが?」
「先ほども言いましたように、ある程度の間引きは必要です。それは単純な人口の話だけでなく、商人に関しても。自分の裁量不可能なまでに膨れ上がれば、彼らは集まりよからぬことを考える。伯爵が目をかけている人材だけ、領地に残るよう引き留めておけばよろしいのでは? ある程度甘い汁を受けていればわざわざ移住するメリットはないかと思われます。流出するのは新天地を求めてアルガルド領を田舎だと思い込んでいる有象無象の商人達だけでしょうから」
「二つ、聞きたいことがある」
「何なりと」
「一つはそんな奴らを使って何をする気だ? 領地に抱えてもそれほど役に立つとは思えんが」
「我が領地には圧倒的に商人が少ないのですよ。経済を発展させる上で、彼ら事業主は必要不可欠です。領内で育成するには時間がかかりますから、他領から引き入れたかったのが本音ですね」
「もう一つ、アルガルド領は田舎ではないのか?」
その言葉にエノールは獰猛な猛獣の笑みを浮かべた。レミングの防衛本能が無意識にたじろごうとする。
「先ほども言いましたが、改革の最中なんですよ。まあ、発展する市場は商人達にとっても都合がいいでしょうし、『今は』田舎なので間違いではないのですけどね」
「つまり、『これから』は田舎じゃなくなると」
「そうしたいと考えております」
「なるほどな、なるほど……」
アイコット家には商人を通して幾つか具体的な話が流れていた。
エノールという伯爵家の娘が、アルガルド家を率いて領地に改革のメスを入れていること。
診療所を開設して一部の医療を無償で提供したり、言うこと聞かずだった商会達を多く従えていたり、何やら経済的に大きなことを成し遂げようとしていたり。
そういった話を耳にしたが、レミングもまた半信半疑だった。商人達がいうからには嘘ではないだろうが、かといって真実とも限らない。中には市場操作のために流されたフェイクニュースも紛れているのだ。
しかし、この少女を見て確信する。彼女は『本物』だ。あの噂に違わぬ人物だ。なんとなくそんな気がする。
全てが正しいかはわからない。しかし、まるきり虚偽というわけでもないのだろう。レミングは多少恵まれた商人の才を持ってして嗅ぎ分けた。この『船』には乗らねばなるまい。
「なら、どうぞよろしく」
「はい」
公爵と内縁を築き、商人達を従わせ、頭が切れる彼女は相当に力があるはずだ。そして、そのエノールが領地をこれから田舎でなくするというのだ。
早めに唾をつけておくのが商人というもの。
「ウチとも仲良くしてくれると助かるな」
「ええ、もちろん。いい同業者でありましょう」
「同業者、ね」
レミングは笑った。同じ階級の貴族をよもや同業者などと呼ぶ人間は彼女が初めてであろう。
エノールは辺りを見回した。最後の本命、残された伯爵の姿を探す。




