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四人の伯爵 1

 エノールは昼食をとって三時ごろにまた会場に向かったが、すぐに王子に見つかってまた騒ぎとなってしまった。周囲の貴族からはもう顔を出さないでくれと言われてしまった。

 

(確かに私にも原因がある……無いな。何だこの扱い。君らちょっと失礼じゃない? 失礼だよね? 何で私が君たちの言うことを聞かなきゃならんのだ)

 

 しかし、別に場をかき乱したいわけでもないので大人しく従うことにした。他の伯爵家も見当たらなかったので、夜にまた顔を出して、それでもダメなら大人しく帰るつもりでいる。

 

 一方、王子はというとお付きのジークニスに大層怒られながらエノールのことを考えていた。

 

「聞いていますか! 王子!」

 

「ああ、エノール。すぐに君を迎えに行くよ……」

 

「だから! 伯爵家にはちょっかいをかけるなとあれほど──」


 恋は盲目、暖簾に腕押し。ジークニスは日頃の鬱憤を晴らさんばかりに怒ったが、カクレアスは全く聞いちゃいない。そのことも長年の付き合いであるジークニスは気づいていた。

 

 恋する男の顔になってしまった王子に、ジークニスは内心ため息をつく。伯爵家を引き込むと聞いて少しばかり信用していた左大臣だが、これでは伯爵家に引き込まれたようなものである。

 

 なぜ左大臣が王子の御付きなんかをしているかといえば、左遷されたのだ。要するに政治闘争で敗北して閑職とも言えるようなこの立場に追いやられてしまったのである。

 

 しかし、壮年ですでに野心などないジークニスは敗北を受け入れ、この立場に殉じていた。王子とは長い付き合いで、彼が彼なりに国のことを考えていたのは知っているから任せてみたが、逆に骨抜きにされては言葉も出なかった。

 

 不意にそのエノールのことがよぎる。彼女が『傾国の美女』となるんだろうか。そんなことをふと考えながら手のつけられない王子を見る。

 

「ジークニス、エノールとの婚約は可能か?」

 

「不可能です」

 

「二重婚約を禁止した国の法律はない」

 

「法律云々の話ではありません。道徳の……いえ、そもそも相手には婚約者がいるのでしょう?」

 

「だから、同じ立場に立って追い落として仕舞えばいいのだ。婚約状態なら、結婚にはまだ至っていないのだろう?」

 

「結婚したも同然です。予約状態なのですから」

 

「だから俺が婚約者になって追い落とす」

 

「はぁ……」

 

 この破天荒なものの考え方がもしかしたら国を変えるかもしれないと予感していたジークニスは、しかし、悪い方向に転んでしまったと頭を抱える。

 

「どうしてこんなことに……」

 

「考えたんだがな、エノールは自分は当主だから結婚できないと言っていたのだ」

 

「当然です。男兄弟がいない以上家督を継ぐしかないのですから、そうなれば嫁入りなどできません」

 

「考えたんだが、家ごと嫁入りに来ればいいんじゃないか?」

 

「はあ?」

 

「今の不敬な態度は不問としよう。何、簡単なことだ。アルガルド領を王領にして仕舞えばいい。そうすれば身内同士の結婚ということになる。異論なかろう?」

 

「い、いえ……しかし」

 

 ジークニスは案外いい考えではないかと思わされた。伯爵達を真に配下にするのは王宮の悲願、アルガルド家を切り崩せばパワーバランスが崩壊して王宮側に傾く。

 

 今は公爵・侯爵の同盟が成立してでさえ拮抗状態となりパワーバランスの終末点が見えていないが、そうなれば勝ち筋が見えてくる。もしかすればこの国全てを王領とその寄子領に出来るかもしれない。

 

 案外いい案に思えたが、それは結局案外止まりだ。

 

 ドヤ顔でこちらを見てくる王子にすげなく首を振る。

 

「そうなれば他の伯爵家がどう出てくるかわかりますまい」

 

「変化を拒むのは愚者のすることだ。私が国王となって伯爵家の一つであるアルガルド家を従える。それが何を意味するのかわからぬジークニスではないだろう」

 

「それは……そうですが」

 

「一つ従えば二つ従うのではないか、風潮的に王宮側に傾く。そうなれば他三つも容易に切り崩しやすくなるというものだ」

 

「で、ですが……」

 

 そこまでのビジョンは見えていなかった。カクレアスはジークニスより先の、自分が国王になった瞬間を見据えていた。

 

 確かに、王子としてではなく国王として伯爵家を従える意味、それは大諸侯の王国に対する恭順を表す。時代が変わったのだと民達に思わせることができるのだ。

 

 よもやそれをきっかけに本当に中央集権を実現できるかもしれない。今の連邦状態の国内を一つにまとめ上げることができる。それは外国へ手足を伸ばす布石になるだろう。

 

 以前の帝国のように他の従えて……そこまでの風景が想像できたジークニスをもう一度王子が真剣に覗き込む。

 

「どうだ?」

 

「……策はあるんでしょうな」

 

「ないさ。無くても作る。無理な壁はぶち壊す。それが俺のやり方だ」

 

「はあ、まったく。私が御付きで良かったです。でないときっと過労で死者が出ていたことでしょう」

 

「気をつけろ、お前はもう歳なんだ。俺のやることでびっくらこいてショックで死んじまうかも知んないぞ?」

 

「そう思うなら、もう少し慎みを持ってください」

 

「断る」

 

 第一王子のために用意されていた部屋で決意を固めた二人は、この後国王を受けることとなる。

 

 が、まだそんなことは知らない。

 

 

 

 

 

 この王国には四つの伯爵家が存在する。

 

 数多くの私兵を持ち、私設軍を敷いている質実剛健のエルガード家。

 

 広大な経済圏を持ち、王国内では最も領民を抱えたアイコット家。

 

 海に接し、港湾により莫大な財を築き上げているマルベク家。

 

 そして、そこに並ぶのは『王を裏切った一族』『王族殺しの末裔』で知られるボロボロの領地と大量の犯罪者を抱えたアルガルド家である。

 

 元々はここまで差があるわけではなかった。むしろアルガルド家は大諸侯時代、四つの大諸侯の中で最も力のある勢力だったとアルガルド家の書物には記載されている。

 

 それがアルガルド家による都合のいい歴史改変なのか、それとも真実なのかは定かではない。しかし、最初からエノールが生まれた時のような惨状でなかったことは確かだ。

 

 当代エルガード家当主、ヒューズ・エルガードは午後の暗くなる時間帯になってから姿を現した。

 

 王城の王座の間には豪華なシャンデリアが吊るされてある。そのおかげで城内は夜でも明るいのだ。

 

 吹き抜けとなって二回構造となった王座の間は、客席のように上階が左右に分かれている。王座から入り口まで伸びる一本の広い階段の道は王座の間を左右に分けていた。

 

 王座の間への来賓の姿を上階から眺めることのできる仕様となっている。

 

 ヒューズは一階の正面入り口ではなく二階から会場に入ると、久しぶりの王座の間を眺めた。

 

「全く、どうしてこんな無駄遣いをしたいのか分からん」

 

 質素といえばマルベク家が一番に思い浮かばれるが、実際に一番質素なのはエルガード家であろう。彼は兵士たちを食わせるために自らも屋敷で節制に励んでいた。

 

 法衣貴族達がシャンデリアの元で優雅に話し込む姿に侮蔑の眼差しを向ける。わざわざ夜に開催しなくとも、昼までパーティを終わらせればいいのだ。

 

 ではなぜこの時間帯に現れたかというと、それは貴族達の擦り寄りがうざいからに他ならない。ヒューズのロジックは割と自分勝手なのだ。

 

 そこにもう一人の伯爵が現れる。アイコット家当主、レミング・アイコットである。

 

「やあやあ、エルガード伯爵。お元気そうで」

 

「ふん。お前のその軽薄そうな挨拶はどうにかならんのか」

 

「あはは……きついですね。そんなに軽薄そうですか」

 

「軽薄以外の何物でもない。最も、更に軽薄な奴もいるがな」

 

 その視線の先にいたのはシェルバ・マルベク、マルベク家の当主だった。

 

 彼は下の階で法衣貴族の面々と話している。それが情報収集を目的としていることをヒューズは知っている。

 

 レミングはそうだと言わんばかりに話を振った。

 

「聞きました?」

 

「知らん」

 

「会話する前から拒絶しないでくださいよ……」

 

「何だ」

 

「自分勝手だなぁ……そういえば第一王子が今朝、この王座の間で求婚したそうですよ」

 

「ふん。あの『馬鹿王子』か」

 

「ここは王城です。控えてください」

 

「事実としてもか?」

 

「事実としてもです」

 

「いいだろう。で?」

 

「本当に自分勝手な……それが求婚相手が伯爵の人間だそうでして」

 

「なんだ、お前のとこの娘か?」

 

「違いますよ。だとしたら今頃ここにはいません」

 

「だろうな。お前のことだから王子の元にすっ飛んで行ってる」

 

「じゃなくてですね、それがあのアルガルド家の当主だというんですよ」

 

「……女か?」

 

「だそうです」

 

「ふん。バカがバカにバカな真似をして、バカ騒ぎしているだけじゃないか」

 

「バカバカバカバカ、よくそんなに言えますね。噛まないんですか?」

 

「お前は舌を噛んでしまえ」

 

「ひどい」

 

「死ね」

 

「訴えていいですか?」

 

「冗談だ」

 

「旗色が悪くなるとすぐこれだ……」

 

 レミングは肩をすくめた。

 

「それにしても良くもまあ箝口令を敷かなかったな。王家なら揉み消したいだろうに」

 

「もう諦めてるんじゃないですか? あの王子ですし」

 

「お前も言うな」

 

「私は何も言ってませんよ? ただ、少し動きがおかしいようでして」

 

「何?」

 

 ──今日まで何の戦がなくともエルガード家が大諸侯の末裔として家を残してこれたのは、一族に受け継がれる類稀なる『鼻』のおかげだ。


 それは大諸侯時代もエルガード家を支え、いつだって戦況の悪化を予見してすぐに部隊を撤退させてきた。時流を読む力に優れていて、虎視眈々と攻め時を伺う。

 

 だからこそ戦争主義のエルガード家は大諸侯として成り上がってこれたのだ。これがそこいらの英雄ならどこかで討ち死にしておしまいである。

 

 ヒューズの勘が囁いた。これは何かあると。

 

「何でも、王家の方からあまりストップがかけられていないようで……」

 

「どういうことだ?」


「噂話ですが、もしかしたら王家はその話に案外乗り気なのではないかと──」


 その時、王座の間の二階にもう一組の人間が現れた。

 

 いつの間に来たのか、すでにアイコット伯爵の姿を認めて近寄ってきていた。

 

 土色の髪、土色の瞳、肌は陶磁器のように白く透き通っていて、その姿は威厳がありなあらも人形を思わせる。

 

 端正な顔立ちに若々しい立ち姿、そして隣にいる少年と青年の境に佇むような男のことをヒューズは見た。

 

「マルデリア家……」

 

 彼の来ていた服の紋章はマルデリア家の家紋だ。その男に連れられている(・・・・・・・)のではなく、連れている(・・・・・)少女は入り口の比較的近くにいたレミングに声をかけた。

 

「ご機嫌よう。貴方がアイコット伯爵でよろしいかしら」

 

「え、ええ、そうだが」

 

 レミングはいつものポーカーフェイスが若干崩れていた。

 

「私はエノール・アルガルド、先日父であるアイジス・アルガルドから家督を継いだアルガルド家の現代当主でございます。若輩の身故、どうかよろしくお願いします」

 

「ああ、よろしく……」

 

「ほう……」

 

 ヒューズは呟いた。彼のエノールを見る瞳は好奇に染まっている。

 

(エノール……)

 

 商人から確かそんな名前を聞いた覚えがある。何が何やらで覚えていないが、確か商人達が狼狽えていて、自分がその話に呆れたことだけは覚えていた。

 

 鼻から信じていなかった噂であるが、しかし、ここに来て信じていいかもしれないと思った。少なくとも『そういう雰囲気』はある。

 

 つまり、このエノールは伯爵でありながら公爵家の男を侍らせているのだ。一体どうやったのかご教授いただきたいところである。

 

「そちらはエルガード伯爵でいらっしゃいますか?」

 

「そうだ」

 

「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。先輩となる皆様方には早めに顔を見せておこうと思ったのですが、午前はお姿をお見かけせず……」

 

「いい、どうせ部屋で寝被っていたしな」

 

「ヒューズさん、いったい何時まで寝ているんですか……」

 

「お前に名前で呼ばれる筋合いはない。ここは伯爵と呼んでもらおうか」

 

「ここには伯爵が三人いますよ? ややこしくないですか?」

 

「む」

 

 そこはヒューズも盲点だった。

 

「一々エルガード伯爵などと畏まった言い方をするのも面倒ですし……」

 

「いちいちうるさい細かい奴だな。そんなんじゃモテないぞ」

 

「もう嫁がいるのでモテなくて結構です」

 

 二人で話し込んでしまうが、エノールはそれをニコニコして聞いていた。

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