王家のパーティ
招待の日が迫り、秋に差し掛かる直前に私たちは屋敷を出た。
馬車にゆられて何日か経つと次第に見慣れた景色が見えてきて、遠くの方に王都の入り口が見えてくる。
王都はいつ見ても活気があった。まるでお祭り騒ぎである。佐藤健の記憶にある日本の東京と比べても人通りは引けを取らない。
お母様達に用意してもらったドレスを身に纏って、レガルドと一緒に入城する。王城には客室も用意されていて、パーティの期間中はそこで寝泊まりするようだった。
使用人は執事長に侍女、その他数名の女中を連れてきている。アイシャは私が家督を受け継ぐと同時に側付き女中から侍女に昇格となった。お給料も上がったようである。
『ようである』というのは使用人の扱いに関してはバルターに一日の長があるから、彼に結構任せているのだ。女中長には例に漏れず留守中の屋敷を任せている。何かあればすぐに手紙が飛んでくるはずだ。
本当は領地を離れるわけにはいかないところだが、まだ領札の導入は初めていないし、屋敷を離れられない理由というのもなかった。アイビスの屋敷と併設になった造幣局の建設はまだ進んでいて、進捗率にすると八割は達成しているらしい。
この分で行けば冬には造幣局の建設が終わるので、それから人材の募集をして紙幣を刷って、各地に両替所を設けて、領札の浸透が進んでから銀行業務に移れる。金融政策の道は長いのだ。
一度始まれば数年間は屋敷に拘束されるだろうが、その間にアリスにみっちりと覚えさせる。そうなれば後はいくらでも……ただ、処刑まで後七年しかないので効果がどれだけ出るかはわからない。正直微妙なんじゃないかと思っているが、私は二十二を超えても生きるのだ。先のことを考えたら必要である。
そんなわけでこのパーティに参加することができた。王城の中は城というからぼろっちいのを想像していたが、案外中は綺麗だった。流石、王の居城として建設されていただけはある。五年に一度、貴族達が泊まることもあって寝泊まりする場所としては申し分なかった。
「案外綺麗ね」
「そりゃあそうだよ、なんてったって公爵達も泊まるんだから」
「貴方のお父様も来ているの?」
「ああ、四日目の招待なんだけど、四日目にも顔を出してくるかもしれないね。父はエノールにたいそうご執心だから」
「あはは……」
思わず苦笑いをこぼしてしまう。
「それでエノール、俺の寝床はどこなの?」
「え? ここよ?」
「……」
「……」
部屋から出ようとするレガルドの腕を引っ掴む。
「あら、どこに行くのかしらレガルドさん」
「エノール、目が笑ってないし笑えないよ……」
「あらあら、冗談じゃないのだけれど」
「冗談じゃないよ。父は喜ぶと思うけど、同衾なんて……」
「婚約者同士が寝屋を共にするのはそんなに変?」
「変だよ!」
バルター達は黙っていた。まだレガルドが言い返せたからだろう。
「な、何かあったらとか思われたらどうするのさ!」
「ダメなの? 結婚を予定しているのよ?」
「婚前なんてふしだらだよ!」
「あら、私の国じゃ普通だったわよ?」
「エノールの出身は王国でしょ⁉︎」
「ええ、半分はね」
もう半分は日本なのでOKです。
「意味がわからない、というか、本当にダメだって!」
「なんで? ここが王城だから? 大丈夫、すぐにそんなこと忘れさせてあげる」
「お、俺が本気になったらどうするのさ」
「え? 受け入れるけど?」
「ダメだよ! 自分は大事にしなよ!」
「……」
面倒なのでレガルドの指にカブついた。
「え、エノール……⁉︎」
「んん……」
甘噛みだ。指をガシガシする。
「……この上なく私は私を大事にしているわ。その結論として、もうここで貴方を押し倒して仕舞えばいいと思ったのよ」
「エノールらしい大胆な即決、惚れ惚れするけど今はダメだよ! その……歯止め効かないから、たぶん」
「あら、歯止めなんて効かなくていいのよ? 貴方の全てを見せてちょうだい。全部受け止めてあげるから」
「うう……」
「こほん」
もう少しのところでバルターが邪魔に入る。くそ、いいところだったのに。
「エノール様、まだ日も高いですのでその辺に……」
「あら、夜ならいいのね?」
「そういう意味ではありません」
「どうどう、エノール」
「私は馬じゃないわ!」
私はバルターが『じゃじゃ馬……』と呟いたのを聞き逃していない。この執事、どうしてやろうかしら。
「ならバルター、私の邪魔をしたんだから何か私を興じさせなさい? 暇になったら私、レガルドを襲ってしまうかもしれないわ?」
「そのようなことをおっしゃらないでください。ここには貴族も多いですから、コネクション作りに励んではどうですか?」
「たくっ……あっちでもこっちでも仕事ばかり、やになっちゃうわ」
私はレガルドから体を離す。そのまま使用人達が控える扉に向かった。
「そういうことだから、私は出かけるわ。レガルドはどうする? 着いてきてもいいけど面白いことなんて何もないわよ?」
「俺がいると邪魔になるだろうから、エノールだけで行っておいでよ」
「……絶対そんなことないのに」
私はほおを膨らませてあてがわれた部屋を出た。
扉が閉まって、部屋にはレガルドと使用人達だけとなる。バルターとアイシャはエノールについて行った。
「……エノール様をお嫌いにならないであげてください」
使用人の一人がいきなりレガルドに言う。
「え、俺が? エノールを? ないない、そもそもが釣り合ってないのに、嫌うなんて……」
「エノール様はずっとお忙しい身でしたから、七歳の頃から働き詰めなのでございます」
「七歳……」
「息つく暇もなく……レガルド様はそんなエノール様にとっての癒しなのでございます」
「……光栄な話だね」
「どうか、我々のご主人様を愛してあげてください」
それは小さい頃からエノールを見守ってきた使用人達の総意であった。
「……言われなくてもそうするよ」
レガルドはエノールの人間性の片鱗を見た気がした。
パーティは五日間に渡って開催される。
最初の一日目と二日目は方々の男爵家が参加し、領地の場所によって東西南北の四つに分けられる。男爵はそれで帰路に着くので子爵以上が参加するパーティには入れない。
三日目は子爵、四日目は伯爵・侯爵・公爵、五日目は公爵と王家をはじめとする王族にゆかりのある人間専用のパーティとなる。身分が高ければ高いほどパーティに残る時間は長いので、下の階級のパーティに参加したり王城に残っている人間と談笑することが慣例的に許されている。
王様は四日目にチラッと顔を見せて、五日目に本格参加となるらしい。代わりに王子や王女の方が参加する。エノールが参加する四日目のパーティは王宮の第一王子、カクレアス・アルファートが場を仕切るようである。
王家の人間が必ず五日にわたって開催されるパーティのそれぞれを開催するのだ。だから、これは王家によるパーティというわけで来ないという選択肢はない。後になるほど高貴な人が開催者となるのだ。
一日目は第二王女、二日目は第二王子、三日目は第一王女、四日目は第一王子、五日目は王様という具合だ。
王子は三男以下もいるそうだが、こうした式典に顔を見せるのは稀だそうだ。私は四日目まで暇なのでコネクション作りに勤しむことにした。
未だ会えていないのが他の伯爵家の面々、質実剛健で知られるエルガード家、私兵の精強さで知られるアイコット家、現当主の質素さで知られるマルベク家だ。
話を聞く限りマルベク家の党首が質素というのは疑わしい。正直、自分の財力をカモフラージュするためのカバーストーリーのように聞こえる。商人の気質があれば自分で稼いだ金だからこそ堂々と使うものである。
アルガルド領はマルベク領から塩を輸入しているのだ。こちらは海に面していないからどうしても頼らざるを得ない。それは対外関係において不利に働く。
だから、どうにかして塩の輸入の安全を確保しておきたいのだが、どこにいるかわからない。王城にいる警備の人に聞いても安全保安上誰がどこにいるかは教えられないのだとか。話をしたければ自分で見つけるしかないということだ。
アルガルド家にない軍事力、アルガルド家にない経済力、アルガルド家にない商売力、それぞれの家がユニークなものを持っていた。対して弱点もある。
エルガード家は紙幣を養うために多額の支出を強いられている。当主が質実剛健なのはそのせいだ。つまり、金の工面によって付け入る隙はある。
アイコット家も経済力はあるが、それが裏目にも出ている。領地の維持が大変なのだ。商人から取り立てるのも一朝一夕でないし、新たな経済権の獲得には積極的だろう。経済侵略されない程度に市場を提供して、こちらは投資を受けるというWin-Winな関係を構築できる。
マルベク家は港湾を持ち交易によって財を成したが、領地として少し脆弱だ。軍事力もなく金の力にしか頼れない。農業も不安定で食料自給率は芳しくないだろう。ただ、こちらは相手が交渉ごとに長けていそうなのでそこまで食えそうにはない。
ただ、マルベク家には弱みを握られている。塩というライフラインだ。藪を突かない方がいいのかもしれないが、私は面倒事に蓋をするのが嫌いだ。忘れて放置して蓋を開けてみたら中が腐り切っていた、なんてのが一番厄介だからだ。
難易度にしてみればマルベク家との交渉が一番高いが、同時に優先順位も高い。一番交渉しやすいのがアイコット家と睨んでいるが、同時に必ず投資が必要なわけでもないのだ。何せ経済発展の地盤は整えている。
欲しいものがいい感じに手に入りにくかった。とりあえず伯爵達にあった時のことを考えて心構えを作りながら周辺の男爵や子爵達と交流したが、結局他の伯爵に出会うことはなかった。
そのまま三日が経過する。
四日目のパーティは十時から王子の宣言により始められる。その後、ダンスの場が設けられて昼食という段になり、豪華な料理が振る舞われた後で雑談の時間となる。
司会者である王子には一日のうちどこかで御目通りをしなくてはならない。それがパーティの主催者に対する礼儀だ。それが王家に連なる人間ともなれば尚更である。
空いた時間で社交を深めたり、王家側の自慢話を聞く。それを楽しそうに聞いて煽てるのだ。そういうのが大事なのだとアイジスから聞いた。
七時、日が登って大地が太陽に照らされる頃合いとなり私はパーティ会場である王座の間へと向かった。王子は王座に座っているという。
本来、王子であっても王座に座ることなど許されない。しかし、王城の王座が普段は使われないものであること、それから王子や王女は王の代わりに司会者を務め、その場に立つのだ。代理役であるからその日だけ王座に座ることが許される。
最も、座っていいのは王子だけで王女の場合は王座の横に立っていないといけないらしい。王子は王位継承権を与えられるが、王女は滅多なことがない限り王の座には立たないからである。
レガルドと服装を確認してお褒めの言葉をもらった。私は機嫌を良くしながら──内心で心の準備を作る。
アルガルド家として社交界に立つこと。それが何を意味するのかをお父様達にも習ったし、想像もできていた。
婚約者を連れ立って私は赤いカーペットの上を歩く。赤は権力と権威の象徴であり、古く人々に親しまれてきた最も発色のいい色の一つである。
原色の中で生産がしやすく、人の目を引いた色の最古のもの。青も人の目を引くが、大量生産がとても難しいらしい。だからこそ権威を塗りつぶすのは赤であり、飾るのは青なのである。
私はその権威の象徴で満たされた真紅のカーペットの上を歩く。この感じ、みたことがある。入学式の時が二度目、一度目は七歳の頃──星見の儀式で私が処刑される夢を見た時だ。
どうにも私はこの場所にゆかりがあるらしい。苦笑いしながら、レガルドと手を繋いで会場に入った。
「大丈夫」
「うん」
この人に大丈夫と言われると、本当にそんな気がしてくるのだから頼もしい。




