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第一王子カクレアス

 王国では五年に一度、王城でパーティが催される。

 

 王宮は五という数字を大変推しているようだ。王立学園の入学式も五年に一度だったし、王城でのパーティも五日間と決まっている。おそらく四人の大諸侯と王が集まって王国ができたからだろう。王の存在が重要なのだと喧伝したいのだ。

 

 ちなみに世間一般的には四の方が一般的だ。四英雄とか四傑とか、理由はおそらく四人の大諸侯から来ている。そう言うこともあって王宮は五という数字を強調して対抗していた。

 

 王様は普段は王宮に住んでいる。本来住居であるはずの王城は式典や緊急時の籠城などにしか使われない。ほぼ儀礼用みたいな代物だった。

 

 そもそも王様が城に住むという文化自体、初代王の時代に廃れようとしていたものだ。次第に住み心地などの利便性の面を考慮され、王宮が建てられた。王城を建てたのは王国が権威を示すのに必死だったこともある。

 

 王宮は豪華さを、王城は尊大さと堅牢さを示す建物だが、その王城でパーティが催されるのだ。王宮でないことを考えれば目的はただ一つ、貴族達への牽制である。

 

 王立学園を介した人質制度やパーティによる参勤交代まがいの忠誠の誓わせ方を見るに王国の躍起加減が見て取れる。貴族達が怖いのかもしれない。だからこそ定期的に忠誠を誓わせて子供を人質として預かり、学園の運営によって力を削ぐ。

 

 つい最近になって伯爵に就任した私の元にも招待状は届けられた。パーティは出身や身分によって参加の日時が異なる。私は伯爵なので四日目の参加となっていた。

 

 アルガルド家の伯爵として招待されているのでレガルドを伴っていいか怪しいが、まあ、婚約者だぞとゴリ押そう。断られたらそのまま帰ってやる。

 

 招待状が来たことをレガルドに知らせつつ、一緒に来て欲しいと頼んだら即答で承諾されてしまった。大丈夫だろうか。アルガルド家の人間として衆目の前に立つ意味を分かっているといいのだが……

 

 まあ、あまり疑っても信頼していないことになる。レガルドのことを信じよう。私も恥ずかしくない格好で登壇する必要がある。パーティ予定会場は王座の間だった。入学式の時といい、二十二歳に予定している処刑場所とつくづく縁があるのはなんなんだろうか。私に死ねと言ってるんだろうか。言ってるかもしれない。

 

 何せ『運命』から直々に死ねと通告を受けたのだ。『運命に死刑を望まれた女』。うん、かっこいい。当事者じゃなければ響きだけではしゃいでいたところだ。当事者だからそれどころじゃない。吐きそう。

 

 執事長に王都でも通用するドレスが伯爵家にあるか確認した。あんまり芋臭いと馬鹿にされるかもしれない。芋臭いという自覚はないが……こういう場合、大抵は自覚がないものだ。

 

「……そうですね、買い換えたほうがよろしいかもしれません」

 

「そうよね。成人を迎えたことだし、伯爵としてのドレスが欲しいわ。ただ、今から注文となると……」

 

「オーダーメイド品は時間がかかります。ただ、既製品となると見抜かれた場合要らぬ恥をかいてしまうかと」

 

「そうなのよね。たぶん、王都に精通してる女性方とかファッション関係にはめざといから……」

 

 すると、ドアがノックされる。入室を許可すると入ってきたのはミラルダ(お母様)だった。

 

「エノール」

 

「お母様、どうしたんですか?」

 

「ごめんなさい、執務中に。貴方にこれをと……」

 

 一緒に女中メイドが入ってきて廊下から移動式のドレスハンガーを押してくる。

 

 豪奢なドレスが掛けられてあった。丁寧な衣装に、精細な色付け。明らかに王都でも腕利の人間が手がけたのだろうとわかる。優美さを兼ね備えながら当主としての貴賓や厳格さも感じられるような衣装だった。

 

 思わずお母様に尋ねる。一体これはどうしたのかと。

 

「お母様、これは一体……」

 

「貴方のために作っておいたのよ。貴方が十歳の時、王都に来て入学前に家督を継ぐって言った時にアイジスが必要だろうって」

 

「お父様が?」

 

「ええ。婦人のドレスとしても申し分なく、伯爵が着ても勇ましく見えるようなもの。それがアイジスの注文よ。貴族の服って場合によっては何年もかかることがあるから、できるだけ早く作らせたの。安心して。五年前から仕立てさせたものだけど、流行を汲んでるっていうよりはスタンダードなものを一段気品良くしたものだから、流行遅れになることはないわ。当主の正装は長年使うものだしね」

 

 お母様の説明を聞きながら、私はドレスに吸い寄せられる。確かにお母様のいう通り、華やかさの中にも男性に着る紳士服のような鋭さや真っ直ぐさのようなものが見て取れる。

 

 学園の制服は女性服もどこか軍服のようだったけれど、少しそれに近い。キャピキャピした王都のガールズファッションというより、貞淑的な婦人服だった。

 

 私はお母様を見上げてお礼を口にする。まさかこんなものがうちにあったとは。

 

「ありがとう、お母様。すっごくうれしい」

 

「あらあら、『ございます』が抜けてるわね」

 

「あっ、ごめんなさい……」

 

「謝らないで。その言葉が聞きたくて用意したんだもの」

 

「お父様は?」

 

「少し王都に用事が。じきに戻ると言っていたわ」

 

「私、王城のパーティに招待されたんですの」

 

「ええ、聞いているわ。だから必要だろうと思って持ってきたの」

 

「ありがとうございます、お母様。これで堂々とパーティに参加できます」

 

「ええ、いってらっしゃい」

 

 お母様はしばらくして部屋に帰ってしまう。あまり私の邪魔はできないということだった。同じ理由でお父様が引退なされてからは、二人は屋敷の二階で暮らされている。あまり顔を見せることはない。

 

 それがどこか寂しくもあった。だけれど、今は私が屋敷を掌握している最中だ。まだこの屋敷の当主として身が染まりきったわけではない。板につくまでは『娘』に戻ることは控えなければならない。

 

 正装も手に入れたことで私は王城でのパーティの準備が整った。

 

 

 

 

 

 王宮の歴史は外国の脅威から始まる。

 

 目と鼻の先に帝国が興隆したことでかつて王国の地を統べていた諸侯勢力は危うくなっていた。一つ一つでは帝国の軍事力に勝てず、大諸侯と呼ばれる三つの勢力にしても同様だった。

 

 そこで近くの騎士と諸侯を束ねて、新たに頭角を表した当時のエルメケル・アルファートによって王国建国の提案が各地の諸侯になされた。

 

 王とはまさしく象徴の仕事であり、その立場についても権力を得られるわけではない。むしろただの枷でしかないと判断した大諸侯はエルメケルの提案に賛同して、自ら王になろうと名乗り出た彼を支持した。都合のいい神輿が担ぎ上げられたのだ。

 

 かくして王宮の歴史が始まった。まず諸侯達は自分たちが精強な国を建国したことを知らしめるために王宮周りを整備した。王の周りを手厚く支援することにより国力を示そうとしたのだ。

 

 エルメケルの領地は次第に発展し、王としての勝手が分かってくるとエルメケルは諸侯達に命じて王城の建築を支持した。諸侯達にしても帝国の脅威にさらされており、一刻も早く抑止力を欲したためにこれに協力した。

 

 王が自らの城を持つというのは少しもすれば時代遅れになり、当時においても段々と時代遅れの兆しが見えていたが、異国情勢に疎く周りの見えていない彼らは城を完成させた。すぐに王に必要なのは城ではなく宮殿だと感じて建築を急いだ。

 

 戦時における備えとして城を建築して堅牢さを誇示するよりも、宮殿の豪奢さや建築技術によって国力を示す方が当時においては有効だったのだ。事実、城は基礎や石材には時間がかかるが、人手と物資があれば建造できる。対して宮殿というのは芸術方面の技巧が施されており、建築技術も高度なものが要求される。

 

 建築難易度が高いわけではないからこそ建築家のセンスが求められるのだ。それは国の歴史や国力を示す絶好の指標なのである。かくして、本来は王の住まう住居とされるはずの王城は式典と緊急時にのみ利用されることになり、するに宮殿に引越しとなった。王城はあまり使われていないのである。

 

 それから何百年か経った。帝国は滅び、かつて帝国があった地には小国が乱立している。どうやら戦国時代に入ったようで一つ一つの勢力は王国に遠く及ばない。そのため王国には平和が訪れている。

 

 最初は威厳もなかった王宮だが──王宮はしばしば王と王の持つ勢力をさす言葉だ──歴史を積み重ねたことで今は立派な権威者となっている。諸侯達に支援された王領は立派で、その一つである王都は王国屈指の都市だ。


 人口と規模はアイコット領の大都市の方が上だが、王都はその緻密さにある。広さのアイコット、密度の王都といったところか。王は数百年で王に相応しい収入を得るまでになった。

 

 そのおかげで王宮は幾度も改修され、その度に最先端の外見へと変貌を遂げた。多くの貴族達が自らの屋敷を建築するときの参考にした。王が貴族達を牽引する最も典型的な例だ。

 

 芸術方面で牽引している王宮側だが、そこまで良いことばかりではない。王宮での暮らしは金がかかるのだ。毎月数百枚という金貨が宮殿の運営に消えている。

 

 そのため各地に税をかけて金を集め、定期的に今回のようなパーティや王立学園への運営によって資金を得ている。ついでに大諸侯の直系である四つの伯爵家を牽制する意味合いで金銭的に出費を強いる狙いがあったようだが、実際のところ王宮の財務を支えているのは公爵家の面々が中心だ。

 

 皆、出世に目が眩んでいるのである。何せ公爵家は王族扱いなのだ。故に王家との結婚が許されている。別に王家の人は結婚に何かしら制限があるわけではないのだが、前例では大抵の場合、侯爵家から嫁や婿をもらっていた。自分の家から王家の内縁者を出せば名誉なことなのだ。

 

 名誉だけしか得られないのか、と疑問に思うかもしれない。もうそれぐらいしか勝ち取るものがないのだ。どうやっても王国は王国全土を完全に掌握することは難しい。

 

 フランスの絶対王政なんかがあったが、そもそも絶対王政とは王国という形態を取る国で初めて中央集権を成し遂げた例だ。大抵の場合、王家というのは外交カードや政略傀儡にされがちなのだ。佐藤健が生前の頃、本で読んだので知っている。

 

 要するに公爵達も諦めているのだ。領地拡大もあまり見込めないから、奪い合える残りのものは名誉だけということである。平和がなせることだった。これがもう少し時代が荒れると国取りとか改革という話になる。

 

 王国の人たちにとっては王国が世界の全てなのだ。外国に脅かされたりしないので、貿易も盛んでないうちは国際的な視点に欠けている。それが天動説的な知見の狭さを生んでいる。最も平和なことはエノールにとって都合がいい。

 

 さて、王族の馬鹿話というのは歴史のつまみみたいなものだ。要するにたくさんある。

 

 ジャンヌダルクのおかげで王様になれたフランス王の一人、シャルル7世の母は淫乱王妃と呼ばれた。たくさん浮気をしたからだ。

 

 バイエルン(後のドイツ)の王様はノイシュヴァンシュタイン城というなんとも立派なものを建設しようとして、財政難を起こして退位に追い込まれてしまった。

 

 ハプスブルク家は血筋を守ろうと近親婚に走り最終的に家を断絶させてしまった。

 

 王家の放蕩話というのは古今東西、幾星霜どこに行っても変わらない。歴史を積み上げ王国の名に恥じぬ威光を手に入れた王宮だったが、その代償は大きかった。

 

 アルファート王国の第一王子は名君とも呼ばれた現王カピレニウス・アルファートの息子であり、今の所王位継承権の筆頭であるが放蕩癖が激しかった。

 

 十歳の王子に妙齢の使用人が女を教えたが、それが良くなかったようで度々女性がらみの問題を起こすようになった。

 

 王からの叱責があった後は王宮の使用人に手を出すことはなくなったが、代わりに娼館から人を呼んだり、自ら娼館に出向くことまであった。売春が卑しいとは王宮の言だというのに、王子が売春行為を肯定してしまったのだ。これには王宮に振り回されてきた貴族も顔を顰めた。

 

 その他にも散財が多く、歌劇や劇場、踊り子などを宮廷内に招いたり、酒や博打にものめり込み、王宮史に数ある放蕩王の名を継ぐと思われていた。

 

 名をカクレアス・アルファート、財務的におしまいだと言われていた王宮を建て直したカピレニウスを父に持つ二世である。

 

「王子、そろそろ勉強の時間でございます」

 

「いつものように」

 

「いつものようにと言われましても、家庭教師の待つお部屋に来ていただかないと困ります」

 

 カクレアスのお目付役であるジーナス・ベラレントは食い下がった。

 

「ジーナス、いつも言ってるだろう。私に勉学は必要ない。どうせ元老院の奴らに任せるんだ」

 

「それは困ります。確かに細かなことは我々が決めますが、王子には将来国を導いてもらわなければ。どうかお越しください」

 

「この国を、ねぇ。貴族にビクビクしてまともに奴らを動かせんというのに国を導くか……ジーナス、いつの間に冗談が上手くなったんだ?」

 

「冗談ではございません。このジーナスは本気です」

 

「ならば尚のこと笑えるな。いや、笑えないと言った方が正しいか。ジーナスにはこの国のことがよく見えてないらしい。あの踊り子を呼んでおけ」

 

「王子……」

 

「呼べと言ったら呼べ。元老院の奴らも王が傀儡の方が政治がやりやすかろう? 内輪揉め(・・・・)も含めてな」

 

「……」

 

 王子は家庭教師の授業を度々サボっているが、決して頭が悪いわけではない。

 

 カクレアスのいう通り、王にできることなんて少ないのだ。父であるカピレニウスも有力な貴族を味方につけたからで、それは公爵の一人を迎合したからにすぎない。

 

 アルファート王国の王など何の力もないのだ。ただの一領土を治める領主でしかない。貴族も必ず云々ということを聞いてくれるわけではないし、王宮の思惑通りにことが進んだ試しなどない。

 

 元から王に主導権などないのだ。だったら、自分が下手に掻き回すより自分より賢い者(・・・・・・・)に政治を任せた方がいい。国のことなどどうでもいいカクレアスであったが、真面目にそう思っていた。

 

 王になれば皆自分のことを用済みだと考える。王位に座らせれば後は色々と理由をつけて制限をかけられるのだ。放蕩も、自分が遊んでいられるのは今のうちだろうと思っての行動だった。

 

 ジーナスという壮年のお目付役もそれを知っているから見放すことはない。王子は王子で国のことを考えて、失望したのだ。もしもう少しマシな国であったなら、きっと王子は改革の鬼になっていたかもしれない。

 

 なまじ賢い分だけに諦めも早かった。

 

「……分かりました。なら、来週のパーティには参加してくださいませ」

 

「貴族の釘刺しパーティか? よくやるな、王宮の財政もかつかつだというのに全てこちらが費用を受け持つとは」

 

「その少ない財政を王子が使い果たしているのです」

 

「何のことだかわからんな」

 

「今年はアルガルド家の新当主も来席します。どうか顔をお出しください」

 

「新当主……? 早いな、確かまだ先代はまだ三十ほどだったはずだが」

 

「そういうことは覚えていらっしゃるのですね……アルガルド家の当主だったアイジス・アルガルドが家督交代を急いだようです。十五歳になる自分の娘に成人式で家督を譲り渡したと……」

 

「女か⁉︎ なるほどな、兄弟が生まれなかったか……プレゼントのつもりか。まったく、重荷なだけだろうに……」

 

 カクレアスはほくそ笑む。さぞ、その貴族の子女は途方に暮れることだろう。

 

「いいだろう。面白そうだ。パーティに出てやるよ」

 

「ありがとうございます」

 

「その女当主とやらはいつ来席する」

 

「……四日目にございます」

 

「四日目だな、分かった」

 

「王子、相手は伯爵。粗相はされぬよう……」

 

「分かってるさ。お前らの『嫌いな』伯爵家だろう?」

 

「滅相もない……」

 

 カクレアスは王宮が伯爵を特に煙たがっていることにも気づいている。それが大諸侯時代からの因縁だということも。

 

「安心しておけ、『粗相』はしない。ただ、そうだな……」

 

「王子? またよからぬことを考えてはいませんか?」

 

「まさか」

 

「……」

 

「ただ、お前らにとっても伯爵家が味方になると面白いだろう?」

 

「……ほどほどにしてくださいませ」

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