保証人
エノールはレガルドに屋敷の中の案内をしていた。エノールが思い出と共に部屋を紹介している。
「ここが私の部屋よ」
「へー! ここがエノールの過ごしていた部屋か」
「あっ」
エノールは自分が大事なことを忘れていたことに気づく。
「ん、どうしたの?」
「あ、いや……」
エノールが言い淀む。視線の先にはベッドがあった。
「……? どうしたんだ?」
「いや、その、ほら……」
エノールがいいずらそうにする。
「……ほら、女性が寝室に男性を招くのは、その──」
「あ、ああ! そっ、そうだね。悪かった、すぐ出ていくよ」
「ま、待って!」
エノールはレガルドの手を掴んだ。
「ちょっとぐらい、いいでしょ?」
「……そう?」
エノール達はしばしベッドに腰掛けて肩を寄せ合った。きっとパーティではゆっくりできないだろう。だから、二人は今のうちにとエノールの自室で恋人の時間を過ごした。
次にやって来たのは屋敷の庭、中心には井戸がある。
「よくここで使用人に遊んでもらったのよ。私、五歳の時には一度両親と離れたから」
「その……屋敷に置いてかれたんだよね。大丈夫だった?」
レガルドの言葉に苦笑いした。
「私も置いてかれたんだと思って泣いた時もあったわ」
「……」
「けど、後になってそれが勘違いだったことがわかったの」
「勘違い?」
「私の領地、ひどいでしょう?」
「まあ……」
レガルドは否定しなかった。屋敷を巡る中でエノールが領地の問題を語ったのである。
「あの頃は本当にひどくてね。だから、父は私に少しでもマシにして領地を受け渡そうとしたのよ。兄弟がいなくて嫡子だった私のために」
「だったら、どうして男児を作らなかったんだい? 本来エノールは家督を継がなくていいはずじゃ……」
「私が生まれた後にね、子供が産まれなくなったんですって」
「……」
「これ、他の人には言っちゃダメよ?」
エノールは少し悲しげに笑った。
「……言わないよ」
「だから、両親は王都に発ったの。幼かった私を置いて、少しでもマシな状態で渡すために。女当主でアルガルド領の領主なんて、荷が重すぎるでしょ?」
「けど、エノールはやり遂げようとしている」
「それは結果論よ。お父様達の決断は間違っていなかったわ。私だって同じ立場なら同じ決断をしたと思うし」
「……」
「だから、この屋敷は私の家族みたいなものだった。使用人がいて、みんな可愛がってくれて。子供みたいに可愛がってくれるの。だから、みんな大切な家族よ」
「……エノールは家族思いなんだね」
「見直した?」
令嬢が笑う。今日この少女は、少女ではなくなり、令嬢でもなくなり、成人した伯爵家の当主となる。
そして、レガルドの婚約相手になるのだ。
「ずっとだよ。ずっと前から見直し続けてる」
「んふふ、ありがと」
エノールがレガルドの手を引っ張る。
「遊びましょ? 学園の時みたいに、一緒にいれなかった時を取り戻しましょう」
「ああ、いいね。それ」
レガルド達は春の芝を駆けた。
「伯爵家の当主様は随分と幼児心を持たれているようだな」
公爵は窓の外を見てアイジスに言った。
「……きっと、学園では大変だったんでしょうから、あまり遊ぶ時間がとれなかったんだと思います」
「レガルドからも聞いている。男児に混じって座学を受けて目覚ましい成績で卒業したそうじゃないか。女子と男子の中で両方で首席、誇らしいのではないか?」
「自慢の娘です」
「だろうな。その間に領地のこともやっていれば遊ぶ時間なんてとれやしないだろう」
「……」
「お前の無能で、どれだけ娘に恥と苦労をかけさせる気だ」
「……ですから、今日を持って私は伯爵の地位を返上いたします。エノールの方がうまくやるでしょうから」
「当然だ。このユレグニス・マルデリアが見込んだんだぞ。女だろうがもはや関係ない。アルガルド家には我が派閥に入っていただく」
「……家督引き継ぎの後、エノールとご相談ください」
「ふん、あくまで娘頼りか」
しばらくしてマルデリア公爵夫人のジャニュエル・マルデリアが馬車より屋敷に現れる。夫人が現れたとなって、ミラルダもまた駆り出された。
続々と人が集まっていき、全員が参加となったところで一足早くパーティの開催となった。寄子の家、商会の長、侯爵家に公爵家の面々など豪華な参列が皆一堂にエノールの誕生日を祝うために集まった。
アイジスが音頭を取る。
「皆様、此度は我が娘エノール・アルガルドのためにお集まりくださり誠にありがとうございます」
「我が娘か。鳶が鷹を産んだんだろうに」
どこからともなくそんな声が聞こえてくる。きっと商会長の誰かだ。寄子はまだエノールの恐ろしさを知らないが、それ以外は皆エノールが怪物だと知っている。
ミラルダは夫と自分への悪口に瞠目しじっと耐えていた。
「今日は娘の成人式、どうか楽しんでいってください」
アイジスの言葉が終わるとまた周囲の喧騒が戻る。公爵はピレライン侯爵と話しつつ、機を見て商会長達にも話しかけていた。
「エノール様」
ドレスを着たエノールが商会長に話しかけられる。現れたのはバルワルド商会を率いるジークニスを筆頭とした面々だ。
「此度はご成人おめでとうございます」
「ありがとう、よく来てくれたわね」
「エノール様のお招きとあっては行かぬわけには参りません」
その場にいた他の面々も頷く。
「それで、活版の方はいかがですか?」
「もう原版は出来上がっているわ。複製も済ませて、あとは造幣局の建設、人材の募集と警備体制の構築ね。建設はもう進んでいるから夏か秋には終わるわ。その間に各町に警備兵の募集をかけて人材も募集するわね」
「あまりことを大きくするとよからぬ輩が入り込むのでは?」
「だから、造幣局の労働者は地元の人間を、局長は立場ある人間を選ぶつもりよ。失うものがある人間……町長か、商会長の誰かなんてどうかしら」
「そんな、滅相もない!」
「もうそろそろ定年の人とかいるんじゃない? 遠慮しなくていいのよ? 快適な老後を用意しているわ。局長といっても労働者の管理と庁舎の戸締りだけだから」
「……商会連盟には話を通しておきます」
「お願いね」
商会長たちは去っていく。
「今度は何してるんだい?」
「領札発行の準備」
「りょ、領札だって⁉︎」
「前話したでしょ? 金融学の話、貨幣量のコントロールによって経済を安定化させる。これはそのための下準備よ。王国の通貨を偽造するわけにはいかないから、印刷が容易い紙幣を利用するの」
「王国が許すかな……」
「許すわよ。何せうちで勝手に刷ってる紙で、領内の人は価値があると妄信してるだけなんだから」
「……」
「来たわよ、次」
今度は寄子の家々がやってくる。
「エノール様、これはお久しぶりで」
「ごきげんよう、みなさん。お元気でしたか?」
「ええ、そりゃあもう」
「ところで、例の件は考えてくださった?」
「その件なら、我々としてはありがたいことこの上ないのですが……」
子爵・男爵の面々は顔を見合わせる。
「我がアルガルド家を中心とする大規模な経済圏を開く。借金がある皆様にとってはまたとない話では? 経済規模が広がれば我が家も利益が見込める。貴方方も経済活動に税をかけて収入が増える。Win-Winの関係ですよ」
「そういうことでしたら、我が家は協力させていただきたいのですが……」
他の家も次々に手を上げる。エノールは満足げに頷いた。
「我が家は皆様の領地に最大限の人・物・金の支援をさせていただきますわ。一緒に発展していきましょうね?」
寄子の家は皆顔を見合わせていたが、すぐに元気よく「はい!」と返事した。
後はなんでもない会話を経てエノールが辟易しながら、彼らが去っていく。レガルドは隣で笑顔を浮かべているエノールを見て、訝しげな視線を向けた。
「一体、何をしてるんだい?」
「あら、人聞きが悪いわね。まるで私が悪巧みしているみたい」
「違うの?」
「違うわ……今はね」
「……」
レガルドはエノールが時折恐ろしいことをするのだと理解しつつあった。
また商会長がやってきた。今度は麦の取引規制に関する影響だとか、今のところ商売の売り上げはどうだとかそんなことを話しにきた。
経済政策というのはすぐに効果が出る物ではない。国が総力を上げて全体的な所得は伸びないことが多いのだ。
エノールは佐藤健の記憶によってよくそれを理解していたから、商会の売り上げがあまり上がらないことについても予想済みだった。
商会連盟の中ではエノールの働きが商会の利益につながることに懐疑的な意見が出ていたが、そもそもエノールは『全ての商人の味方』であって『協力してくれる商会だけの味方』ではない。
エノールや伯爵のできることは限られているし、母数が多くなればなるほど享受する恩恵が薄まるのは道理だった。エノールは最初の言葉を引用する。
「言ったでしょう? 恩恵を受けるのは経済全体、貴方達だけではないんです」
「しかし……」
「あくまで私は『人が頑張った分だけ評価される健全な経済環境づくり』を目指すだけ。その中でどれだけの利潤を被るかはあなたたち次第です。私は領内に発展をもたらすものの味方です。時代についていけぬ愚鈍なものに飲み干せる甘露はないでしょう」
「ぬぅ……」
「今までのやり方を貫いていれば利益拡大は見込めないかと。それに、言ったでしょう? 貴方方は私の領地経営を『手伝う』だけ。何もその行為で見返りを用意しているとはいっていません。何せあなた方自身が自分たちの環境を変える『担い手』なのですから」
「新しいことをせよ、と。我々にそう仰せか」
「いかにも、成長とは変革です。しかし、変化を嫌えば成長はやって来ません。没落も成長も変化の一形態に過ぎないのですから、今以上の利益を望むのであれば進みなさい。周囲はどんどん進みますよ。そうなれば停滞の先に待っているのは緩やかな没落です」
「……エノール様、銀行が設立すれば融資の件は──」
「あら、何か事業提案があるのでして? それなら今すぐにでも聞きますわよ? 伯爵家の財政を使って融資させていただきます」
「いやはや、それはありがたい……」
「……」
商会長たちは去っていく。その後も次々と今日の主役であるエノールに話しかけてきては商談やら領地の未来についての話となる。
レガルドは成人式は、いやパーティとはもう少し形式張った物だと思っていた。本音を言えばただ参加すればいいだけのもので、伝統的な行事でしかなく時間が過ぎ去るのを待つだけの行事だとそう思っていた。
しかし、自分の隣ではどんどんと商談が成立している。これが上流階級や商人が社交界に顔を出す理由だ。顔を突き合わせて覚えをよくしたり知り合いになってコネクションを築いたりと色々ある。何か頼み事をするにしても伝手があるのとないのとではやはり感触が違うのだ。彼らがこぞってパーティなどに参加したがる理由が、十五歳を控えた今になって分かった。
レガルドはやっと話し終えてしばしの休憩をとっているエノールに声をかける。
「エノール、よくそんなお金があるね」
「え?」
「だって、融資するほどの余裕があるんだろ? 今だって金貨三百枚は……」
レガルドの言葉にエノールは首を傾げる。
「あるわけないじゃない」
「えっ」
「他にもいろんな事業に手を回しているのよ。そんな余裕はないわ。もちろん伯爵家の財政は上向いて来たけど、それと同じように支出も増えたからね。今後も出費は予定しているし、他の商会から借りるだけよ」
レガルドは頭が疑問符でいっぱいだった。
「?? なんでそれならエノールが貸す必要があるんだ?」
「こういうのはね、信用なの」
「信用?」
「ええ」
エノールはレガルドに説明する。
「相手が返せるかの信用。相手が他の商会なら訝しむでしょうね、当然目も厳しくなるわ。でも、伯爵家なら膨大な年収がある。私が間に立つっていうのは彼の事業に保証を与えると一緒なの」
「だったら、エノールがお墨付きを与えてその商会に直接借金させればよかったじゃないか。わざわざ伯爵家が間に立つ必要はない」
「レガルド、こういうのをね。保証人っていうの」
「保証人?」
「ええ、厳密には違うけど保証人は借金をする側が返せなくなった時に、代わりに返済することを保証する人。今回の場合は私たちが代行するって形だけどね。いくら私がお墨付きを与えても借金が返せなかった時に被害を被るのは融資側だから、必然的に融資のハードルは高くなるのよ。そこで、私が間に立つことで融資側への被害を食い止めることができる。単純に保証人にならなかったのは私たちが代行して返済した方が返済額が減るからよ。事業が軌道に乗るまでは場合によっては数年かかるからね。手元に金貨三百枚の資金がなくても三年間で三百枚を捻出することならできる。これはそういう話だったのよ」
レガルドがエノールの話に感心する。自分のお嫁さんとなる人は頭が良くて聡明で、それでいて金勘定もできるのだ。これほど頼もしい人はいない。
エノールがレガルドの手を握る。ニコリと笑って言うのだ。
「ちゃんと、私を離さないでね」
「ああ」
二人の仲睦まじい様子は参列者たちの話の引き合いに悉く出された。




