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エノールの成人式

新章突入です! 引き続き応援よろしくお願いします!

 社交界にはある一つの噂がある。

 

 それはアルガルド家で誕生した新たな領主についてものものだった。

 

 エノール・アルガルド、女の身でありながら男兄弟がいないため家督を継ぎ、わずか十五歳にして伯爵となった少女である。

 

 それを聞いた貴族は陰で笑った。醜い伯爵家の娘が醜い姿を晒しているぞと。

 

 しかし、アルガルド領について少し詳しいと噂話は一変する。

 

 それは流行する病を抑え込んだとか、ほとんど被害が出なかったとか、家督を継ぐ前のエノールが現地を訪れて回って、聖なる炎で病を浄化したとか。

 

 アルガルド領について更に詳しいと、エノールの名を聞いたものは僅かに青ざめる。

 

 今まで反抗的な商人達を丸め込んだとか、商会連合を組織してそのトップに君臨しているとか、とにかくエノールを褒め称える内容ばかりを聞くのだ。

 

 言うことを聞かなかった騎士達を破産させて領地全体の実権を握り直したとか、中央銀行を設立して金貸し達を撲滅したとか、そんな話も聞く。

 

 エノールの領内での名声は著しい。特に病から救われた地域では尚更だ。

 

 麦の相場が安定し人々の生活が安定したとか、エノールが考案した公共事業によって食うに困らなくなったとか。

 

 肥溜めのかき回しや草刈りの仕事、ため池や河川工事などの治水業や道路工事によって、人々の生活は最低限保障されるようになった。職業訓練施設なるものが人材を育成し、見出された労働者が市場に進出し始めている。そんな話を聞くのだ。

 

 新たな風が巻き起こり伯爵家の事業家を筆頭として新規事業が起こっている。物流の流れがよく、伯爵が有望な事業化にはのべつ幕なしに金を貸しているようで、町の景観が変わりつつあるとも聞く。

 

 町では月に一度、聖女エノールの名の下、街を綺麗にするべく清掃活動が執り行われているとも言うのだ。ボランティアだが領民達の参加は多い。町が綺麗になったことで住みやすくなっているようである。

 

 医療が無償で提供されているとか、法整備によって犯罪者が厳しく取締られているとか、エノールを君主とする『聖軍』を名乗る自警団が各地に存在するとか、とにかくいろんな噂を聞く。

 

 どれもこれもがエノールの実績と功績を称えるものばかりで、周辺の貴族はその話に戸惑うものだった。しかし、エノールの成人祝いである十五歳の誕生日パーティでは商会長らの出席によって彼らから言質が取られ、彼らはエノールの凄さについて幾夜も語り明かしたという。ただの噂話というわけではないようだ。

 

 学園での人気も男女ともに高く、男子生徒の授業に混じっていたとか剣と馬術の才能が並外れているとか、猟師として類い稀なる才を見せたり、釣り師として専念に一人の逸材だなどともてはやされたとか、どれもこれも信じがたいものである。しかし、妙に真実味を怯えている話だ。

 

 現に七人の生徒が法衣貴族の道ではなくアルガルド家に雇われに行ったようで、宮廷貴族の間では噂になっていた。

 

 誰もが首を傾げたくなる。果たしてそんな人間がいるのかと、彼女が成した噂話はどれもこれも真実のようで現実からひどく乖離していた。まるで英雄譚でも聞かされているような、それを離す人間達はひどく不気味に思えた。まるで狂信者である。

 

 『人材好きのエノール』『青田刈りのエノール』『遊牧の姫の生まれ変わり』『深窓の姫』『俺らの理想』『ジャンヌダルク(戦乙女)』『経済の女神』『商売の神の代行者』『農業の先駆者』『金融の開拓者』『学問の神に愛された少女』『医者太公』『ヴァルキュリエ(戦女神)』『衛生の宣教師』『改革の鬼』『金貸しを恨んだ女』『化け物』『怪物』『聖女エノール』『白の聖炎に選ばれた乙女』

 

 呼び名は数あれど、そのどれもが一概に一つのことを指し示している。

 

 エノール・アルガルドは只者ではないと──


 

 

 

「はぁっ──!」


 エノールは自室で飛び起きる。

 

 アルガルド領の屋敷、エノールは王立学園を卒業したあとすぐに屋敷に帰ってきていた。

 

 今日はエノールの誕生日、寄子の家と縁談相手の公爵家を招いてのパーティとなる。

 

 エノールは様々な改革に着手し、職業訓練施設の開設や治水工事の賃金支払い、医療の無償化やアイビス達活版職人の屋敷建設に造幣局建設など、伯爵家は様々な出費に悩まされいくら収入が倍以上になったと言っても限度はあった。

 

 資金面的に不安なところがあったが、そこは今日パーティに出席してもらう商会の一同がエノールのために資金を提供してくれたのだ。なんと無償で、である。

 

 エノールは何の間違いかと思ったが、商人達の手紙を読んで彼らにしてもエノールに貢献して出席するであろう公爵家の覚えをよくするのも大事なのだと勘付いた。寄子の家にしてもエノール達にとってはいい商売相手である。これからは相互に取引をして発展が遅れているところには資金を投じたいと言う話でまとまっている。

 

 エノールは寝巻きの服を抑えた。最近になって星見の儀式で見たあの夢が反芻されるのである。

 

「……忘れるなって言いたいのね」

 

 二十二歳の夏、エノールは王城で処刑される。入学式の時立ったあの場所で、エノールは騎士達に組み伏せられて跳ね首となるのだ。一体何をしたらそんなことになるのだろう。


 それこそ国家反逆でも企てない限りそうはならない。

 

 エノールは準備した。朝から忙しいのである。使用人に言いつけて、バルターを読んで着替えを済ませた。

 

 朝から使用人達がバタバタと走り回っている。掃除を一からやり直し、客人をもてなすための料理を作り、パーティの舞台を整えている。

 

 アルガルド家の屋敷は相応に広いが調度品が少ない。一つ一つ年月をかけて売り払ってしまったのだ。対面を保つためになんとかメイド達が取り繕おうとしている。

 

 朝から来客がやってくるのだ。遠くからやってきて時間ちょうどに現れるのは難しい。パーティは夜からだが、朝からやってくる来客をそれまでもてなすのも仕事であった。

 

 エノールは次期当主として、今回のパーティの主役として着飾って客人をもてなした。商会長から寄子の家の当主達、公爵家はまだ来ていないが、代わりに侯爵家が一足早くついた。

 

「お久しぶりです、ピレライン侯爵」

 

「エノール殿もお元気そうですな」

 

「いえいえ、それはもう大変で」

 

「……」

 

 言わずともわかる。目線で『うちの人間を使ってだろう?』と責め立てているのだ。しかし、エノールは涼しい顔で受け流す。

 

「まだパーティまでには時間があります。手狭ではありますが、どうかお寛ぎください」

 

「そうさせてもらおう」

 

 広い居間へと通す。エノールがいた頃は多くの使用人が一緒になって食事する場所であったが、今回のパーティ会場となっていた。続々と人が集まり、思い思いに談笑している。これから人が増えるにつれ喧騒が重なっていくことだろう。

 

 そうして、ひっきりなしにやってくる客のために前座の料理を準備しつつ、ハウスメイドも駆り出されて客の相手をしていた。どうやらアイジスが事前に気を利かせてメイドの教育をしたようで、何ら恥ずべきない対応で客達を通していく。

 

 アルガルド家の男性使用人の少なさは恥の一つだ。しかし、付け焼き刃の人材を招き入れるわけにもいかない。下手なことをするよりは堅実にメイド達にもてなさせるのがよかった。

 

 エノールが話し相手となり、商人達も寄子の家と大いに盛り上がって時間は過ぎていく。昼になると一度会食となり、それから午後になってようやく公爵家が登場する。

 

「レガルド」

 

「エノール」

 

「これはこれは次期当主殿、今日はお美しゅうございますな」

 

「堅いことはよしてください、マルデリア公爵。私たちの仲ではございませんか」

 

「……そうだな」

 

 その会話に周囲の寄子は青ざめた。本当に公爵と繋がりがあるのである。

 

 ユレグニスは周囲の反応を見てエノールの言葉の真意を察した。権力を傘にきられたわけであるが、その程度で動揺するようでは公爵の器足りえない。最上位貴族であればこういうことはいくらでもあった。

 

「エノール、今日はすごく綺麗だ」

 

「ありがと、レガルド。貴方も立派よ」

 

「ありがとう、父には馬子に衣装だと笑われてしまったがな」

 

「当たり前だ。お前はまだ未熟だからな」

 

「あら、お厳しい。マルデリア家では随分と英才教育をなさっているようですわね」

 

「ふん、そちらの家ほどではないさ。なあ、エノール君?」

 

 ユレグニスは不敵に笑い、エノールは済ました笑顔で受け止めた。レガルドはそんな二人を見て苦笑いが出る。

 

(どうしてエノールは我が父と張り合えるんだ……父も父で大人気ないぞ)

 

 少年心を燻られた公爵はそのあとエノールとの言葉の応酬を繰り広げるが、その全体を把握しているものはきっとレガルドだけだっただろう。半分も理解している者は少ない。

 

「さて、パーティだったな。どっちだ?」

 

「こちらでございます。私が案内させていただきましょう」

 

 エノールが父と息子を案内する。ユレグニスはアルガルド家の使用人たちを見て言った。

 

「メイドが多いな」

 

「何分収入が足りませんからね。大半を改革に費やしてしまいました」

 

「家格も大事だぞ、次期伯爵」

 

「心得ております。しかし、実を伴わぬ名は張子の虎です」

 

「確かにな……だが、これはアルガルド家の蓄積でもある」

 

「……」

 

「私は、この家に君のような傑物が生まれたとは信じられない。どうしてウチに生まれてこなかったんだ? 今すぐにでも養子になるか」

 

「父さん!」

 

「お前は黙ってなさい」

 

「ご冗談を。私はアルガルド家の当主になる女です。王国でも珍しい女伯爵が今宵誕生します」

 

「……そうか」

 

 ユレグニスは口惜しそうに言った。

 

 エノールが使用人に言伝を頼み、公爵の来訪を聞いたアイジスはすぐさま玄関に赴いた。

 

「これはこれは公爵、遠いところから」

 

「御託はいい。いつパーティは始まるんだ?」

 

「三時ごろからとなっております。盛り上がってくれば婚約に関しても発表に……」

 

「すぐにして欲しいものだな」

 

 父親達の応酬を見て、レガルドはエノールに向かって言った。

 

「父は気が気でないんだよ。エノールがいつ心変わりするかってね」

 

「まあ、そんなこと気にしなくてもよろしいですのに」

 

「たとえ万が一でも、だよ。だから、父は安心が欲しいのさ。外堀を埋める既成事実がね」

 

「私がレガルド以外の男を婿に取る気はないわ」

 

 エノールが言い切ったことにレガルドは満足そうな表情をする。

 

「エノール、レガルド殿を案内しなさい。私は公爵の相手をする」

 

「ふん、お前の娘に頼んだ方がいいんじゃないか? 口も立つだろう」

 

「……」

 

「マルデリア公爵、我が父も四人いる伯爵の一人。飽きさせはしませんわ。それに、私が公爵のお相手をしてはいくら今日の主役といえど力不足でしょう」

 

「エノールにそう言われるとなかなかに責任重大だな」

 

 アイジスが笑う横で『全くだ……』と公爵がこぼした。

 

 父が娘に気を遣ったのである。エノールがレガルドを好きなことは二人の様子を見れば一目瞭然であった。

 

「それじゃ、行きましょ。レガルド」

 

「ああ、君の屋敷を案内してくれ」

 

「ふふ、何もなさすぎて驚かないでね」

 

 二人の様子を眺めて、父親達は屋敷の廊下を歩き出した。

 

「では、参りましょうか」

 

「……」

 

 ユレグニスがアルガルド家の屋敷を見る。

 

「調度品が少ないな」

 

「……代々の品々は時間をかけて売り払ってしまいました。少し前には金貨百枚相当のものもあったのです」

 

「貴族家に百枚物がないとは嘆かわしいな」

 

 百枚物とはもっぱら金貨百枚相当の芸術品や小物のことを指す。

 

 百枚物を持っているか否かが金持ちかどうかを分ける分水嶺となり、伯爵家が持っていないというのはありえないのだ。男爵でも無理をして持っていることがあるというのに、大諸侯であったアルガルド家が持っていないというのはその没落加減を示している。

 

「使用人も女ばかり、調度品もなくすっからかんではないか。とても伯爵家の屋敷とは思えんな」

 

「それをエノールが変えようとしています」

 

「その通りだ。アルガルド家の当主達が代々匙を投げてきた領地の問題を一挙に解決して、今では発展の兆しさえ見せているではないか。どのように教育したら『ああ』なるのかね?」

 

「……私も驚かされるばかりです」

 

「だろうな、なにせ五歳の頃に放り出したんだから」

 

 アイジスががりりと内頬を噛み切った。公爵に対してではない。過去の自分の行いについてだ。

 

 エノールを置いていくという判断についてアイジスは間違っていたとは思わない。

 

 アイジスは交渉ごとが苦手だ。特に商人の相手は厳しい。それでも男児どころか子供が産まれず、エノールがあの領地を継ぐのを座して待つよりかは、少しでもチャンスを掴むために行動した方がいいと決断したのだ。

 

 ミラルダがアイジスについて行ったのは、アイジスよりは交渉ごとに向いているからだ。今、ミラルダが屋敷内にいないのはミラルダの振る舞いが少々奇抜でフォーマルな場にそぐわないことも多いからだが、それでも交渉ごとに関しては定評がある。

 

 元々、ミラルダは商人の娘なのだ。貴族が商人の家と縁ごとを結ぶというのは珍しくない。しかし、伯爵家がただの商人の娘と結婚するというのはあってない話なのだ。その縁談が持ち上がった時も社交界でアルガルド家の没落が囁かれた。

 

 アイジスが王都に行くのならミラルダもついて行かねばなるまい。だからこそ、エノールを屋敷においていくという判断になったのだ。たとえ、寂しい思いをさせても。

 

 しかし、エノールがここまで立派に育ってくれるならもっと愛情を注いでやればよかったとアイジスは後悔している。そういうところが貴族らしくないのだが、アイジスが自分で気づくことはない。

 

「耳を疑ったぞ。あそこまでの麒麟児を抱えておきながら、貴殿の家は養子を取ろうとしていたのだからな。どういう神経なのか全くわからん」

 

「……返す言葉もございません」

 

「ふん、お前の娘ならばもう少し言い返しただろうがな」

 

「……」

 

 アイジスは俯く。劣等感も娘に対して抱いているのだ。やるせなさと相まって彼を蝕んでいる。

 

「この家はもうすぐマシになる。エノール嬢が家督を継いでな。全く、さっさとレガルドと婚約させて有象無象を黙らせておけばよかったものの、そのせいでエノールはわざわざ寄子の家に行って釘を刺して回らなければならなかったんだぞ」

 

「我が娘には迷惑をかけたと思っております」

 

「ふん、あれはあれでうまくやったのだろうがな」

 

「奥様はいらしていらっしゃらないのですか?」

 

ジャニュエル(家内)は馬車で休んでいる。人が多いからな、あれは交渉ごとに向いていないんだ」

 

「あはは、私と同じですね。私も商人の相手などはどうにも……」

 

「あれは女だからいいんだ。それに、お前の娘は商会を全て丸め込んだようだがな」

 

「……」

 

 アイジスの苦難は続く。

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