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寄子と金融業

 ジャイナは町長から手紙を受け取ると早速工事を開始したようで、エノールはその報告を聞きながら領地を出た。数ヶ月後の自分の誕生日パーティに向けて寄子の家に根回しを済ませておかなければならないのである。

 

 西の子爵領から順に寄子の家を回っていく。エノールは屋敷に着くと歓待されるが、相手の瞳にはみくびりと動揺の二つの色が混じっている。どうやら落ち目のアルガルド家でもいきなり訪問されると怖いようだが、それと同じように侮りもあるようだった。

 

 エノールは極めて自然な笑顔を浮かべて前座を話す。

 

「もうすぐ私の誕生日があるんですの。十五歳の誕生日パーティ、その時が私の社交界デビューになるんですの」

 

「それは、おめでとうございます」

 

「子爵にも是非とも参加していただきたいですわ」

 

「いやぁ、しかしこちらも忙しく……」

 

「聞けば、私の父のパーティの時は三家しか来てくださらなかったそうじゃないですか。私は悲しくて悲しくて……来てくださいますよね?」

 

「いや、しかし──」


 エノールはここで最初の殺し文句を使う。


「私の縁談相手であるレガルド・マルデリアのご実家、マルデリア家のご当主様も来られるんですの」


「ま、マルデリア家ですか⁉︎」

 

「はい。公爵とは仲良くさせて頂いて……それが、当日になって参列が少ないなどという醜態は晒したくありませんわ。子爵も分かりますわよね」

 

「え、ええ……しかし、マルデリア公爵がいらっしゃるんですか⁉︎」

 

「ええ、他にも領内の商会の主だった長の方達が。確か、ピレライン侯爵も来てくださるんでしたっけ」

 

「こ、侯爵まで⁉︎ しかし、二つの家は政敵だったはず。何故同じパーティに……」

 

「少々の縁があってピレライン家ともおつき合いさせて頂いてるんですの。侯爵にも情けないところを見せるわけにはいきませんわ」

 

「……」

 

「来てくださいますわよね?」

 

 エノールの笑顔はそれはそれは美しかったという。

 

 だからこそ、不気味だ。

 

「も、勿論!」

 

「それでは子爵殿? 誕生日パーティの来訪、お待ちしておりますわ」

 

「え、ええ。招待状を楽しみに待っております」

 

「では」

 

 子爵は恭しく頭を下げる。それを尻目にエノールは次の領地へと向かった。

 

 こうやってエノールは次々に寄子を取り込んでいった。中には伯爵家をどこまでもみくびっている輩がいるのだが、そういうときには脅迫まがいのこともした。

 

 もう一つの子爵家などがいい例である。

 

「──あら、私、あなた方を助けるために病の大変な時に食料援助しましたよね?」

 

「それは……」

 

 子爵は言い淀む。黒死病蔓延の時に伯爵家には多くの食糧支援と融資を受けたのだ。今更それをなかったことになどできない。

 

「それなら、利息をつけて返していただけますか? ああ、そうそう。貴方の先々代が、私の家に借りた借金も残っております。そちらもお返しください」

 

「な⁉︎」

 

「全部で金貨1000枚です」

   

 エノールは屋敷にあった資料を洗わせて、寄子の子爵家や男爵家がこれまで借金を踏み倒してきたことに気づいたのだ。それらはもともと大した額ではなかったが、踏み倒し続けた結果、とんでもない額になっている

 

「そんなの出鱈目だ!」

 

「出鱈目じゃありません。きちんと文書に残っております。ほら」

 

 バルターが契約書を見せる。

 

「貴方の家の家紋が刻まれたサインがばっちりと。ねっ?」

 

「っ! この──」

 

「──あら、いけません。契約書は大事に扱いませんと。これ一つしかないのですから」

 

 もう一人の子爵が契約書を奪い取ろうとするが、それを執事が阻止する。最初からこういうことも想定済みだったのだ。

 

 子爵は青い顔になって契約書を見ている。その契約書は先祖が残した黒歴史でしかない。

 

「年利5%、よくもまあ収入のなかったアルガルド家がこれだけ健全な借入を許したものです。本来なら10%でもおかしくないのですから、そうなれば借金の額はとんでもないことになっていましたよ?」

 

「この、金の亡者め!」

 

「あら、貴方の家が散々踏み倒してきた結果ですのに、これを聞いたら公爵家はどう思われるでしょうね」

 

「なっ、なぜここで公爵家が──」


「あら、聞いていませんか? 私、マルデリア家の三男の方と婚約するんですのよ。15歳のパーティで宣言させていただきますわ」

 

「アルガルド家の娘風情が、公爵家となんて……」

 

 嘲りの言葉、しかし今のエノールには絶好のカモでしかない。ネギを背負って鍋まで背負ってきたのだ。美味しくいただくほかはない。

 

「それを聞いたらマルデリア公爵はさぞ悲しまれることでしょうね。自分の縁談相手の家が、寄子風情に舐められていると」

 

「っ……」

 

 今、エノールの後ろにあるのは威光だ。彼らも認める公爵家と侯爵家の二家の名声が、エノールの元に彼らを集まらせている。アルガルド家の派閥は今まさに纏まろうとしていた。


 エノールは飴と鞭、擦り寄ってくる家は食中植物のように甘く拐かして誘い込み、反発してくる家は徹底的に調教して屈服させようとしていた。

 

 接近と離反、どちらを選んでも結末は一緒だ。そうなるようにエノールが仕向けている。現在でも七家の男爵家と一家の子爵家、残りは六家である。

 

「ま、待ってくれ! 悪かった、ちゃんと返すから!」

 

「悪かった? なんのことだかはわかりませんが、ご安心を。私は怒ってなどいません」

 

「そ、それなら……!」

 

「食糧支援の費用と融資に利息を合わせて、金貨1300枚、以前に貯めていた借金の方からお支払いください」

 

「っ……そんなの無茶苦茶だ!」

 

「無茶苦茶? 支払えるでしょう。コツコツと節制をして支払れば毎年金貨百枚で三十年、金貨百十五枚なら二十年です」


「っ……我が家から搾り取る気か! この悪魔め!」

 

「口には気をつけてください? 貴方を王国に訴えればどうなるかわかりますよね」

 

「ぐっ……」

 

「よくてお家の取り潰し、悪くて処刑……貴族の間で約束は必ず遵守されなければなりません。金を借りておいて支払いもしない子爵家に味方するところがあるとでも思いますか? ……まあ、しかし金貨百枚を捻出するのは大変でしょう。今回は食料購入分と融資の方を先に支払っていただいて構いません。金貨八十枚で三十年、金貨七十枚で四十五年返済となります」

 

「っ……金貨三十枚ならどうだ」

 

(どこまで自分の世代で負担したくないんだ……)

 

「あら、別にいいですけどそれだと借金が膨らむ一方ですよ?」

 

「な、なぜだ⁉︎」

 

「なぜと言われましても、年利5%という極めて健全な利息でも、もうここまで膨れ上がっては金貨六十枚以上でないと膨らむ一方なんですよ。返済するより増える勢いの方が強くて……どうします? 金貨百枚なら二十年で完済しますが」

 

「っ……そんなの──」


「払えますよね? 我々が何も知らないとでも? 貴方の領地規模なら支払える額です」

 

「我が家は最近になって病の打撃を受けたばかりだ! それを──」


「いいえ、支払えます。子爵個人の取り分から差し引けば、十分支払える額です」

 

「なっ、私にこの家を捨てろというのか⁉︎」

 

「そうは言ってません。だから、屋敷の運営が最低限可能な金貨七十枚、継続四十五年です。いかがですか?」

 

「ぐっ……」

 

「一度でも返済が止まればズルズルとまた借金が増えますよ。もし返済意思がないと私が判断すれば貴方の家を王国に訴え、取りつぶしを求めます。貴方の領地があれば完済には十分ですから」

 

「この、悪魔!」

 

「今の心的外傷も慰謝料として上乗せしていいですか?」

 

「馬鹿げたことを言うな!」

 

「貴方の家はすでに伯爵家の手中にあることをお忘れなきよう。それでは」

 

 エノールは肩を震わせる子爵を背に立ち去ろうとする。

 

「ああ、そうそう。誕生日会もお願いしますね? 招待状を送りますから、来てくださらなかった場合、返済意思なしと見て王国に訴えます。次は法廷で会いましょう?」

 

「分かった! 分かったから、支払う。支払おう! 百枚で二十年だったな! 絶対だな⁉︎」

 

「えぇ、コツコツ返済すれば七十枚でも四十五年、百枚なら二十年です。頑張ってくださいね? 私も計算が大変だったんですから」

 

「くそっ……」

 

「それでは子爵、良い日を」

 

 ──そうしてエノールは寄子の家を順々にまわり、彼らの手綱をアルガルド家に残されていた莫大に膨らんだ債権によって握ることとなった。

 

 

 

 

 元から私が狙っていたのは寄子の家の内部懐柔、金銭による束縛だ。

 

 アルガルド領が大変な時でも多額の融資や食糧支援を行なったのはこの時のためだ。寄子の家が寄親である伯爵家を軽んじているのは知っている。たとえ有償にしてもこちらを軽んじて言わない限り踏み倒してくるだろうと踏んでいたのだ。

 

 ドア・イン・ザ・フェイス、交渉術の初歩の初歩だ。利息の高い借金を後回しにした場合、借金の返済年数は更に伸びる。一度そちらを基準に返済目処の資産を出して、後から利息の高い借金を先払いした場合の資産を提示する。

 

 融資と食糧支援の代金については年利一割としていた。先祖が契約していた年利5%の二倍だが、一般的には安い方だ。まあ、佐藤健の世界(日本)じゃ1%台が普通だったけど。

 

 そうして利益と借金による束縛でアルガルド家を中心とする寄子派閥を形成し、地盤を固めることが目的だった。だが、それだけにとどまらない。この計画の先にあるのは経済的支配と内部懐柔なのだ。

 

 いくつかの家には既に話を通してあるが、まず伯爵家を中心とした派閥全体に渡る自由な経済圏を確立する。伯爵家が投資して寄子の領地を商売で発展させ、そこでの商人の存在価値を高める。

 

 その後に銀行の支店を置き、伯爵家が商人を牛耳れば実質的に寄子全てを支配できる。逆らおうにも彼らの経済の中核となる商人は伯爵家が手綱を握っているのだ。下手なことをして伯爵家が銀行事業を引き上げれば、商人の反感は領主に向く。

 

 佐藤健の世界でパンダの国もやっていた経済侵略だ。まさか自分が同じマネをするとは思わなかったが、間接的にあちらの財政を握ることになる。発展した商業は領地のインフラと言っても過言ではないのだ。

 

 これからの段取りとそれぞれの当主達の懐柔方法を考えながら、馬車に揺られて向かったのはアルガルド領の屋敷ではない。その前に活版職人のいる王都へと向かった。

 

「調子はどう?」

 

「ん……うお! 嬢ちゃんかよ、びっくりさせんな」

 

「ごめんなさい、それで首尾はどう?」

 

「出来てるぜ。たくっ……いきなりあんな大金置いてくんじゃねえ」

 

 バルターは後ろで眉を顰めていたが、私が敬語でなくてもいいと言ったのを覚えていたらしい。表立ってはおじさんの言葉遣いに文句は言わない。

 

「試し刷りだ」

 

 紙に独特な模様が施されていた。佐藤健の記憶の中にあった紙幣とはまた違うが、精巧な模様がびっしりと張り巡らされていて、これなら模倣しにくいだろうなと感じる。裏の模様も同様だった。

 

「点描、線描、他にも微妙に模様を変えている。インクは薄めのやつと濃いめのやつを使いな。文字とかそういうのは見えにくかったら困るのは濃いインクを使って、意味のない模様については模倣しにくいようにうっすいインクを使うんだ。もしこれを複製しろなんて言われたらきっと悲鳴をあげるぜ」

 

「まるで曼荼羅ね」

 

「なんだって?」

 

「こっちのセリフよ」

 

 さすが王国随一と謳われるだけはある。一般的な活版職人の技巧よりもよっぽど緻密で洗練されていた。

 

 頭一つ飛び抜けている、抜きん出いている、右に出る者がいない。そんな言葉が頭をよぎる。これなら大丈夫なんではないだろうか。

 

 いや、油断は禁物だ。特に偽札にかけては並々ならぬ熱意を注ぐ人もいる。私は職人に問いかけた。

 

「これを複製できる人はいるのかしら」

 

「適当な複製なら誰でも出来らあ。でも、俺だってこの模様は真似しようとは思わねえ。手元がぶれて偶然出来ちまった模様もあるからな。そういうのが一番模倣に困るんだ」

 

「へえ……」

 

「エノール様はお前のために金貨百枚も支払ったんだぞ、それが満足いかない仕事を出すとは何事か⁉︎」

 

「えっ」

 

「ぶれたっつっても俺もプロだ! この道で食ってるし、だったら執事様には俺がどこら辺でミスったのかわかるのかよ⁉︎」

 

「それは──」

 

「バルター、よしなさい」

 

 流石に執事を手で制す。バルターは忠誠心が高いが、時たまそれが暴走することがある。護衛を雇う時もそうだった。

 

「大体、偶然出来た模様があった方がよほど面倒だよ。俺と同じ腕があって最短で二年──」

 

「聞きましたか⁉︎ こちらは最低で五年もたせろと言ったのに、この男は──」


「話を聞けよ! 確かに俺と同じ腕があって二年と言ったが、それは最短だ! そもそもこの国に俺以上の版画職人はいねえ! いるんだったら連れてきて欲しいぐらいだ!」

 

「それだけの自信があるってことね?」

 

「おう! 俺だって王国一とか言われてんだ。半端な仕事はしねえよ」

 

「……見るところ、他の版画と組み合わせて重ね刷りしているようね」

 

「ああ、どうしてもな。いくつかのインクを組み合わせて薄めた緑や黄色なんかを使えばよほど解析は難しくなるはずだ。刷るときゃちょっと面倒だがな……複製するなら線画をとって、彫り出して、染料の特定もしなきゃならん。それを何枚もやるんだ。複製の依頼なんかされちゃあ、その活版職人が音を上げるぜ」

 

「そういうものを貴方は作ったのね」

 

「賭けてもいい。五年以内に複製されたら俺はこの仕事を降りる」

 

「そんなもの、賭け金にも──」


「いいわ。満足した」

 

「エノール様⁉︎」

 

「貴方、うちのお抱えにならない? というか、その方がいいわよ?」

 

「どういうことだ?」

 

 職人は首を傾げた。あまり紙幣のデザインを手掛けるという意味合いがわかっていないようだ。

 

「私が領札を印刷したことは知れ渡るでしょう。そして、これほどの彫り物をしたとなればまず誰もがあなたの元を訪れる。貨幣の偽造の闇は深いわ。貴方の元を訪れて、同じものを作れと言ってくるかもしれない。でも、そんなことはさせない。あの前金は口止め料も含んでるんだから」

 

「……分かってる」

 

「すると、貴方は断る──正確に言えば断るしかないから当然向こうは強硬手段に出てくるわ。貴方の職場を襲ってでも貴方に複製させようとしたり、最悪の場合は貴方が拉致されるかもね」


「なっ……」

 

「そういう仕事なのよ。言ったでしょ? 大口って、大口の依頼を受ければ当然注目は買う。それ相応の立場を得てしまう。はっきり言ってこのまま王都にいるのは危険よ」

 

「おいおい、どうすりゃいいんだよ」

 

「だから、言ったでしょ? 伯爵家うちに来なさい。私は貴方に継続的に依頼をするつもりよ。貴方が引退するまで注文を出し続ける。だったら、私の庇護下に入って、伯爵家の元で働きなさい。固定給を出してあげるから、活版職人にとってはまたとない話でしょう?」

 

 活版職人は依頼がなければ金が入らない。彼は名声こそあるが、依頼料に関しては基本的に低いものばかりだ。ある程度の年収はあるが、王都での暮らしは難しい。

 

 エノールほど金払いがいい顧客もなかなかいないのだ。貴族でも活版職人のことは見下して、それほどの額を支払ってはくれない。

 

「……他の版画も作っていいんだよな?」

 

「お前──」


「いいわ。ただし、うちの注文が最優先よ。貴方が適当な仕事をすれば、その度に紙幣を交換して貴方は働かなきゃいけなくなる。常に次の紙幣の原版をストックしてもらうわ」

 

 エノールはバルターを手で宥めながら職人の目を見た。彼は俯いて、しばし考えた後に答える。

 

「……分かった」

 

「決まりね」

 

「ただ、俺はもう歳だ。最近になって目もどんどん悪くなってる」

 

「後継はいるの?」

 

「……息子が一人。女房は出て行った」

 

「その息子さんも危ないわね。貴方の息子だからと狙う輩も出てくるわ」

 

「匿っちゃくれねえか?」

 

「勿論よ。元々私が巻き込んだ話だし、渡りに船ね。その息子さんとやらに貴方の技術を叩き込みなさい。貴方が引退したら貴方の息子に、今度は紙幣の活版制作を依頼するわ。死ぬ気で教えることね」

 

 エノールの言葉に職人は肩をすくめた。

 

「分かったよ。あーあ、王都で楽しくやるはずだったのに」

 

「紙幣の活版を作り終えれば、次回の依頼までは好きに仕事をとってくれて構わないわ。貴方の名声なら依頼したいっていう物好きも来るでしょう」

 

「そうかよ」

 

アルガルド領(うち)にいらっしゃい。王都はちょっと危ないわ。貴方には屋敷をあげるから、警備もつけて、必要なものがあれば言いなさい。全部用意してあげる」

 

「まったく、とんでもないものに捕まっちまったな」

 

 バルターは職人の言い草にいちいち腹を立てているようだったが、二人はお互いに笑みを浮かべる。

 

「エノール・アルガルドよ、次期伯爵」

 

「アイビス・エレドゴンドだ。よろしく」

 

 これがアルガルド領札発行の礎となる活版職人との出会いである。

これで難しい話(経営関係)は終了です! お付き合いいただきありがとうございました。まだ三章終了はもうすぐです!

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