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商会連盟と治水

 一週間がたった後、商会長達はある町に集められていた。

 

 バルワルド商会、一番最初にエノールに懐柔された商会であり、その会議室に同じく丸め込まれて忠誠を誓った商会長達が居座っている。

 

 そんな中でエノールは意気揚々と現れた。

 

「あら、みなさん、ご機嫌よう。元気にしていましたか?」

 

 白々しく始まった商人会議だが、そこでエノールは三つの提案をした。

 

「──皆様にはまず我が伯爵家が特別顧問となる商会連盟に参加していただき、麦の取引規制と領札の導入について可決していただきます。最終決定権は我々が持ち、あくまで議題提案と議論を皆様がしていただく形となります」


 突然のことに商会長達は慌てふためていたが、エノールのことだ。また何か裏があるに違いないとエノールの言葉を待ち、それをみて彼女も執事に全員分の資料を見せた。

 

 そこには事業計画が載ってあった。商会連盟の発足から銀行の立ち上げまでの全ての計画が載ってある。それによってもたらされる商会と経済全体の利益も書いてあった。

 

「金利水準を全体で一割から五分に引き下げ……⁉︎」

 

「この『長期的に安定した経済成長』とは一体なんですか⁉︎」

 

「見ての通りです。領札を導入することによって我々が経済に介入し、貨幣の量を操作することによって経済の好不況の揺れ幅を安定させます。皆様も一度は経験したことがあるんじゃないですか? 大きなインフレとデフレの波を」

 

 その言葉に商会長達は息を呑んだ。長く商売を続けている人間ならば誰しもが経験したことがある。その揺れ幅こそが店を持つ商人達の一番の天敵であった。

 

「我が伯爵家が金融操作によって貨幣相場の安定化を図り、必然的に好景気と不景気の差を小さくします。突然、飛ぶように売れるような事態にもならなくなりますが、代わりに閑古鳥が鳴くような事態に陥ることも少なくなるでしょう。皆様には安心して経済活動に勤しんでいただきたいのです」

 

「しかし、これでは金貸し達が文句を言うんじゃ」

 

「いいますね、それが?」

 

「「「……」」」

 

 エノールの言葉は有無を言わせないものだった。

 

 否、たとえそうでなくても商会長達は何も言わなかっただろう。最近の金貸し達の行動は目に余るし、とんでもない利息を要求してくるのだ。資金繰りには大層苦労する。

 

 元から金貸し達に対する心象は悪いのだ。エノールが何かをして彼らに被害が出たとしてもそこまで親身になる必要はない。エノールは商人達のことを考えて行動してくれるし、金貸しと貴族、どっちに味方するかなんて明白だった。

 

 それもエノールに協力すれば金利が一割以下となり、しかも、無限の資金力によって事業にふさわしい金額をそのまま融資してくれるときた。それは商人にとって夢のような話だ。基本的に事業がまともかどうかでそのまま融資額が決まるなどあり得ない。

 

 金を貸す側にしても限界がある。そこまで融通できないこともあるし、これまでの個人的な信用も大事になってくる。それが商会全体で利用できる無差別な資金先が手に入るのだ。もはや資金繰りには困らなくなったも同然である。

 

 目の前には多くの餌があった。経済安定化による『景気の死の波』の消失に、とんでもない融資先の獲得。これだけでも垂涎するには事足りる。麦取引の規制も課程に含まれているが、エノールの話を聞いても規制は合理的だ。はっきり言って仕舞えば地主達のことなどどうでもいい。

 

 そして何より、その先にあるのが『アルガルド家の寄子である貴族領を含めた大規模な経済圏の確立』であることが大きい。それはつまり新たな市場を手に入れるチャンスということである。

 

「如何ですか? 私に従えばこれら全てが手に入ります。自分たちに金を融通してくれない金貸し達や自分たちの商売に関係のない地主と私、どっちの手を取りますか?」

 

 それはこの状況における殺し文句だった。

 

 かくして商会達は商会連盟を発足して、伯爵家を特別顧問に引き入れた。実権をエノールを代表とする伯爵家が握ることとなり、彼らを使って領内に新たな紙幣を導入することが決まった。

 

 これから麦の取引規制など伯爵家の市場介入についても、商会連盟が受け入れたとなれば大義名分ができる。

 

 つまり、エノールは簡単に使える『免罪符メーカー』を手に入れたのだ。

 

 

 

 

 

 紙幣というのは偽造されてはならない。

 

 金貨・銀貨・銅貨が貨幣として安定しているのは、それそのものが価値を持つからだ。原材料自体価値が高い上、金属加工の技術は限られている。偽造されても大抵同じかそれ以上のコストを払うことになる。

 

 しかし紙幣は導入しやすく、偽造しやすい。そのためデザインには特殊な印刷と技巧の凝らされたデザインが必要となる。

 

 エノールは商会と話をつける前に、すでにバルターを使ってその候補を調べていた。

 

 王国でも随一の版画技術を誇る印刷所、そこの版画職人に『模倣が最も難しい活版』の制作依頼をした。

 

 職人がエノールを前にして渋る。彼女の口から飛び出た『模倣が最も難しい』というのがあまりに突飛だったからだ。

 

 版画は確かに精細な絵を何枚もするためにあるが、模倣が難解なものを作るために職人がいるのではない。それはまさしく専門外の相談だった。

 

「嬢ちゃん、それはいくらなんでも……」

 

「口に気を付けなさい。この方は次期伯爵となられるお方です」

 

「じ、次期伯爵⁉︎」

 

「バルター、およしなさい。こちらから頼んでいる身です」

 

「しかし……」

 

 エノールは白髪頭の活版職人に向かい合った。

 

「インクの色を変えて模様を重ねるのでも構いません。全ての版画を模倣するのに五年以上かかるような業物を作っていただきたいのです」

 

「……本気です、か?」

 

「敬語でなくても構いません。しかし、本気です。模倣するのに時間がかからなければかからなくなるほどまた貴方に依頼する頻度が増えるでしょう。商売としてはそちらのほうがいいのかもしれません。その上で、お願いします。貴方をして、模倣するのに五年以上かかるだろうという活版を作ってはもらえませんか?」

 

「……いくら出す?」

 

「版画一枚金貨十枚以上。それだけで五年稼げるというなら金貨百枚は出しても構いません」

 

「ひゃ、百枚ですか⁉︎ エノール様、いくら何でも──」


「ガッハッハ! 嬢ちゃん、言うねえ! 久しぶりの大口客だ。やろうじゃないか」

 

「本当ですか⁉︎」

 

 エノールは珍しく身を乗り出した。職人が鷹揚にして頷く。

 

「ああ、そこらの奴らじゃ到底真似できないようなの描いてやる。金貨十枚以上、言ったな?」

 

「ええ、私を唸らせれば本当に百枚出しても構いません」

 

「おっし、分かった。期日はいつまでだ」

 

「いつまでかかりますか?」

 

「かけた分だけ模倣は難しくなるだろうが……そうだな。一枚を三ヶ月で仕上げるとして、最低でも半年、五年以上模倣されないとなると一年以上必要だ」

 

「分かりました。なら期日は一年です。死に物狂いで作りなさい」

 

「ひでえこと言うな」

 

 職人はエノールの要求に笑った。

 

「私を納得させられなければ金は払いません。これは貴族としての依頼でもあり、伯爵家の面子をかけた文字通りの大口なのです」


「いきなり態度がデカくなったな」

 

「前金はここに置いておきます。それでは」

 

 執事を伴ってエノールが去っていく。

 

「……これ、金貨百枚あるくね?」

 

 活版職人は額の多さに青ざめた。


 

 

 

 

 王都から帰るとエノールは早速、麦の取引規制に関する情報を町で公布した。

 

 数量規制については騎士が地主のサイロを確認して、おかしな目減りがないかをチェックすることになっている。

 

 価格規制については麦商人の場合、町や村で売ることになるため違反があればすぐに見つかるし、地主の場合、麦商人が密告することになる。麦商人にしても卸売価格が抑えられるのはいいことなのだ。両者の共謀も原理上難しい。

 

 地主がカルテルを形成した場合は、釣り上がった市場相場に伯爵家が介入する。市場に十分量を供給し、『限定売買』の布告を出すのだ。

 

 『限定売買』は普段より釣り上がった相場で売った麦を周辺の地主から買い戻す取引だ。『限定売買』による麦のやり取りは数量規制の範疇外となるので地主達はこぞって在庫を持ってくる。

 

 早い者勝ちにすれば『限定売買』に期間限定性が生まれて更に価値は高まる。『限定売買』の制度は必ず『不正を犯さなかった地主』が儲かるため、同じ地主の手によって市場の不正操作が阻まれるのだ。

 

 売買を取りやめた地主は麦商人からの信用を失うだろう。伯爵家が介入すれば市場には十分量が供給されるため、犯行側は麦を買い叩かれることになる。むしろ買ってもらえずに在庫を処理できなくなるかもしれない。

 

 地主は麦の在庫を売って生計を立てているのだ。それが買い取ってもらえなくなれば瞬く間に収入源を失ってしまう。必ず買い手は現れるだろうが、そんな人間は足元を見られて二束三文で買い叩かれるだろう。価格規制は下限を設けていないので無惨に在庫を略奪される。

 

 無論、そんな場合に備えて救済措置は用意している。伯爵家はいつでも買取に応じるとしているのだ。伯爵家に対する卸売なら数量規制の範疇外としている。

 

 それならどの地主もこぞって伯爵家に売りに来るだろうと思うかもしれないが、基本的に『限定売買』でなければ『数量規制で本来決して到達しないはずのレート』で買い取ることになっている。足元を見られてむしり取られるよりはマシだろうから、麦商人に買ってもらえないなら伯爵家に売るしかないという寸法だ。

 

 地主の在庫は地主の在庫で補う。売買の取りやめによって不満を募らせた地主達がストライキを敢行することも考えて、その時は他の地主達が足を引っ張るように仕向けた。

 

 市場の失敗を招く『自己利益の追求』原理を利用したのである。

 

 これを『麦の集団的自衛』と呼ぶことにした。ロンダーに説明すると『よくそんなこと考えますね……』とか言われたけど、『麦の不正取引』において市場の失敗を誘発するようなシステムを作っただけである。断じて私が考えたのではない。元から市場に存在したのだ。

 

 そんなことを説明しても言い訳にはならないので、というかロンダーに説明しても納得されないので黙っておくことにした。しばらく騎士や地主達に届ける手紙を書いていると屋敷に誰かが訪ねてきた。

 

 どうやら伯爵家の登用の話を聞いてやってきた人のようである。

 

 客室に行くと、待っていたのは身綺麗な男だった。一般庶民然とした服装だが、最低限身なりには気を遣ったようである。

 

 男は丁寧に挨拶をした。貴族の礼儀作法ではない。

 

「これはエノール様、こんにちは」

 

「ごきげんよう、あなたが募集の張り紙を見てくれた人ね」

 

「はい、私はジャイナ・ツヴェルケン。小作人をやっております」

 

(へえ、意外ね……)

 

 ジャイナはソファに座ったままだった。ここら辺が礼儀などに疎くて庶民然としている。

 

「それで、あなたは治水と道路工事、どっちなの?」

 

「私は治水を指導したことがあります」

 

「そう、どの程度の規模かしら」

 

「見渡す限りであります」

 

「……へぇ、じゃあ、その時の詳細を教えてくれる? 具体的に誰を使って、何人で、どれぐらいの期間で、何をしたの?」

 

 私は捲し立てるように聞いた。戸惑うだろうが、わざとである。

 

「えっと、率いている農民達を束ねて、数は……十人か二十人か」

 

「それで? どのぐらいの期間?」

 

「えっと、一年です」

 

「バルター、一年で十人か二十人、それで見渡す限りの治水は可能?」

 

「無理かと」

 

「ほっ、本当だ!」

 

「具体的に何をしたの?」

 

「えっと、ため池を作って、川を遊ばせて……」

 

「川を遊ばせるって何かしら」

 

「あっと……」

 

 ジャイナはしどろもどろとした。その仕草に私もバルターも訝しげな目線を向ける。

 

「その、川辺に……こう、一度水を遊ばせるところを作るんです。こう……」

 

「……? ちょっと書いてみてくれる?」

 

 バルターに紙と鉛筆を用意させる。それで、ジャイナは恐る恐る書き綴った。

 

「これが川で……」

 

「それで?」

 

「この辺りをこんな感じで……」

 

「……こんなの効果はありません。また川に水が戻るではありませんか」

 

「そんな! 本当に効果があったんです!」

 

 執事の言葉にジャイナは声をあげた。本当なら気持ちはわからなくもないけど、私たちに専門的なことはわからないのだ。わかるのは常識だけ。

 

 彼が本当に嘘を言っていないとしたら、それなりの人材なのだろう。それでも私たちにその真贋を見定める術は少ないのである。

 

「……まあ、いいわ。つまり、あなたは農民を率いて治水工事をしたってことね」

 

「は、はい……」

 

「それなら私の治水計画を聞いてくれるかしら」

 

 ジャイナはギョッとした。まさかそんな話になると思っていなかったのだろう。

 

「うちの領地には大きな河川が一本、他は細々として使い物にならないわ。そして、洪水が起こるとしばしば下流域で洪水になる。けど、農地が広がっているのは下流域よ」

 

「そうですね……」

 

「私はこれをどうにかしたい。それで、貴方ならどうするかしら」

 

「えっ」

 

 ジャイナはキョロキョロした。バルターは疑い深げに見ている。

 

 私たちから疑いの視線を受けているとようやく感じ取って、彼は恐る恐る発言した。

 

「あの……下流域は、ため池を作るとか、さっきのやつを沿岸に作るしかないかと……」

 

「そう、でも限度があるわよね」

 

「はい……なので、上流の方でどうにかした方がいいかと」

 

「どうにかって?」

 

「えっと……水をどこかにやらなきゃいけないんです。使える川とかありませんか?」

 

「使える……? どう使うの?」

 

「使わない他の川に移して、洪水をそっちに流して仕舞えば……洪水の時だけ流れるようにすれば」

 

「そう、できる?」

 

「えっ」

 

「その工事、できる?」

 

「えっと、人がいれば何とか……」

 

「貴方の見立てだと、どの川を使えばいいの?」

 

「えっと、こっちの河川はあまり利用されていないんですよね?」

 

「ええ、山を迂回して草原に出てるから利用している村落は少ないはずよ」

 

「それなら、洪水をこっちに誘導しましょう。他と比べてかなり大規模になるんですけど……」

 

「というか、明らかに川のバイタリティが違うと思うけど、大丈夫なの?」

 

「無理矢理流し込みます。生贄みたいな物です」

 

「……まあ、仕方ないわね」

 

 こういった短慮な選択が後々の公害とか大きな被害をもたらすのだが、被害地域と救済地域を見比べて私は決断した。周辺に集落があったとしてもそれで穀倉地帯の水害が止められればより多くの人が救われる。

 

「成功すれば洪水の被害は半分になると思います」

 

「それ、本当?」

 

「えっと、普段の水量を見て、それを超えたら別の川に流れるようにするだけなので、放水路の幅を広くして、分岐点で既存の流れの方を少し石とかで盛り上げれば……はい」

 

「そう、なら貴方は採用よ」

 

「エノール様、いいんですか⁉︎」

 

「別に嘘は言っていると思わないし、どっちみち農民を率いていた経験があるなら合格よ。貴方にはその工事に着手してもらう」

 

「あっと、はい」

 

「時期は収穫が終わってからね。農民が暇になってから、私の方で人件費を出すわ。伯爵の名前を使って人を集めなさい」

 

「えっ! いいんですか⁉︎ 多分、伯爵様の名前を出せば農民達は協力すると……」

 

「これも事業の一環よ。これから最寄りの町に向かってちょうだい。そこで、近くの農民にでも混じって仕事して、ご飯でも食べさせてもらいなさい」

 

「はい……」

 

「収穫期が終わればこっちから手紙を出す。人を集めたら何人集めたかをすぐに報告なさい。町長に頼んで手紙を書いてもらうことね」

 

「はい!」

 

「そしたら私が騎士に毎月報酬を送らせるわ。商人が手渡してくることもあると思うから、よろしくね。きちんと全額あることを確認したら労働者達に配りなさい。貴方の分もあるから舐めた仕事はしないようにね。それじゃ、路銀は渡すから。いってらっしゃい」

 

「えっ、あっ……分かりました!」

 

 私の突然の指示にジャイナはついていけなかったようで、半ばたじたじで赴任地へと送られた。彼に路銀を渡すときのバルターは渋々と言った感じだった。

 

「大丈夫でしょうか、あのもの……路銀だけにぎって逃げてしまうのでは……」

 

「どっちみちあれは運賃ぐらいしかないわ。しばらく食いつなげる分は渡したけど、大丈夫でしょう」

 

 私は背伸びをして一度考えるのをやめた。

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