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化け物エノールの策略

「──結局、ギャーヴェは状況がわかっていなかったのね。エノールさんに手を出したらどうなるかなんて考え付かなかったのかしら」


 レガルドとエノールの話を聞いて、アリスは嘆息する。レガルドは呆れたように言った。

 

「政治・交渉は男の領分だと豪語していたらしい。派閥のことにも疎かったとか……色話ばかりにうつつを抜かして、芸事をするぐらいしか能のない奴だと取り巻きだったやつからは恨まれていたよ」

 

 ピレライン家は何か打算があってエノールに喧嘩を売ったのではないのだ。そもそも、一連の全てはピレライン家の一令嬢であるギャーヴェ・ピレラインが勝手に引き起こしたことなのだ。父親はその尻拭いをさせられた形になる。

 

「今日密告があったそうだよ。ギャーヴェが侯爵に見捨てられたと広まって、仲間だった生徒から『葬儀の花束』はギャーヴェの仕業だと証言が出たらしい」

 

「うわっ、また厄介ごとが増えるじゃない。どうするの……? 侯爵はカンカンに怒ってたし、勘当宣言もしたのにまた娘の不祥事が出てきたら……」

 

「また対応を迫られるだろうね。今度は侯爵の切れるカードが少ないから……『不浄の血』をつかったいじめに葬儀礼の冒涜、あまりにも目に余る。もしかしたら今度こそ退学になるかもね」

 

「むしろそれだけで済んだらいい方じゃない? すごい声で叫んでたらしいけど……今度は娘を轢き殺しちゃうんじゃないかしら」

 

「可能性はあるね。そうしないともう侯爵家では処理できないし──」


 レガルドとアリスは見識を深めて、隣に愛しい平和主義者がいることを失念していた。

 

「……」

 

「あっ、でもこっちから何か要求すれば不問になるんじゃないかな? 相当大きなやつを……」

 

「そんなの、今のピレライン家に支払えるの? 金でも物でも……家を開け渡さないと今回の不祥事は補填できなくない?」

 

「だ、黙ってよ馬鹿アリス! 今何とか解決策を探してるところじゃないか!」

 

「ばっ、バカって! 確かに私はバカだけど、淑女になんて口の聞き方──」


「君が淑女ならこの世の女性は全員淑女だよ!」

 

「なにー!」

 

 取っ組み合いの掴み合いになって、エノールが深くため息を吐いた。びくりと二人が肩を震わせて──エノールの口の端が高く釣り上がっているのを認める。


「え、エノールさん?」

 

「使えるわね……」

 

「何をする気なの、エノール」

 

「……レガルド、貴方の縁談相手はね、商人を言いくるめるほどの商売人なの」

 

「……」

 

「残念かもしれないけど、使えるものは何でも使うわよ」

 

 エノールは状況の良さにニタリと笑った。

 

 

 

 

 エノールは十五歳までに伯爵としての家格を取り戻さなければならない。

 

 それには今までのアルガルド家の汚点を払拭する必要がある。

 

 アルガルド家の汚点は二つ、財政の小ささと領地の酷さだ。

 

 財政の小ささは領地での事業を軌道に乗せて、解決に向けて動き出させるだけでいい。それだけでエノールの当主としての資質に箔がつく。落ち目の家を復興させたやり手だと。

 

 では注力するべきは領地の酷さだ。病気には現在進行形で手を打っている。あと残るのは犯罪者と『ベティクート』、そして停滞した経済圏だ。

 

 犯罪者を取り締まるには金がいる。財政の小ささと一緒にひとまとまりの問題としてみれば問題ない。治安の悪さと収入の少なさは一緒に解決できる問題だ。

 

 残る『ベティクート』と経済圏の活発化は現在対応中である。『ベティクート』の対策方法も、経済圏を活発化させるのもそれなりの知恵が必要だ。

 

 『ベティクート』の対策方は罠という話で進んでいる。現在検討中だ。経済圏のアプローチは三つ、土壌研究による農業の発展、経済政策による商業の発展、手工業など見込みのありそうな新規事業の立ち上げだ。

 

 最後の手段は堅実だが牛歩だ。二つ目は専門性が高すぎるし、経済圏のメインを担う都市に犯罪者が蔓延っている。治安の悪さが領内全体の商売の不活発さを招いているし、財政の小ささに直結している。一つ目に関しては単純に専門外だというのが大きい。

 

 しかし、ここで侯爵の手を借りられるとしよう。どうしたら一番利益になるか。何を要求すればいいか。ギャーヴェはエノールと敵対していたが、別にエノールはギャーヴェが懲らしめられても一銭の得もない。だからこそレガルドに頼んで向こうに恩を売る方向で進めたのである。

 

 空手形をもらって終わりかと思えば、今度は長期間使える空手形に普通の手形までもらえそうだ。この際だから最大限要求してしまおう。その方が侯爵にとってもありがたいはずだ。

 

 『ベティクート』による被害は王国が手をこまねいている問題なので助力を求めても旨みがないだろう。しかし、農業の発展、経済の発展、新規事業の立ち上げは人材がいればいい。そう、専門知識を引っこ抜くのだ。

 

 エノールが訪れていたのはマルデリア公爵家の屋敷だ。しばしの休みを学園にもらってレガルドと一緒にやってきた。

 

 屋敷に足を踏み入れるとまるでもう婚約が決まったかのように歓待される。さらさら流す気のないエノールは佐藤健の知識で男心をカンニングしてがっちりレガルドの心を掴みに行っているので杞憂だが、一切の不安を感じさせない使用人の振る舞いは公爵家の大きさを物語っている。

 

 使用人の質も高かった。一番はハウスメイドの姿がないことか。

 

 自分は気にしていないが、貴族の屋敷と見た時にアルガルド家の屋敷はラフすぎた。たった一人残されたエノールがそれを求めたこともあるが、ほこり一つない屋敷はこの家の偉大さを物語っている。

 

 レガルドがいたおかげですぐに執務室に通された。本来は客室だが身内扱いということだろう。

 

 エノールは優美に挨拶をした。レガルドもまたそれに倣って挨拶をする。

 

「お久しぶりです、マルデリア公爵」

 

「戻りました、父上」

 

「まるで瓜二つだね。夫婦になる準備はできたのかな?」

 

 二人しててれてしまった。しかし、今回は浮ついた話をしに来たのではない。

 

「公爵、この度はピレライン家との一件について話し合いをしたく、やって参りました」

 

「聞いているよ。あのバカ娘さんが随分と舐めたような真似をしたそうじゃないか。で、どうするんだい?」

 

 エノールは公爵の目を見て言う。

 

「人材をいただけないかと」

 

「ほう、人材か」

 

 公爵は唸った。

 

「我が家の問題はいろいろあります。財政が小さいこと、犯罪者が跋扈していること、獣害で畑が広がらないこと、商業の舞台である都市に犯罪者が蔓延っていること」

 

「失礼だろうがね、本当に酷いね。君の領地は」

 

「父上」

 

「いいのよ、レガルド……全くもってその通りです。私は子供の頃にそれを聞かされて絶望しました。これは無理だと」

 

「そうか、それで君は公爵との縁談に乗ったと」

 

「いえ、我が領地の問題はあと三年……いえ、卒業になる二年弱の間にある程度片を付けるつもりです」

 

 その言葉に公爵は目を丸くした。

 

「……ほう? 今のを二年弱か」

 

「はい。その上で必要な人材がいます」

 

 エノールは身振り手振りで説明した。

 

「まず、治安の問題は財政の小ささに直結します。金があれば取り締まることは容易でしょう。なので問題が一つ減ります」

 

「そうだな」

 

「最終手段もありますが……今はいいでしょう。病の問題は現在対応中です。できることはやっているので、あとは運の問題かと。どれだけ対策しても流行る時は流行りますから」

 

「そうだな」

 

「財政の小ささに関して罠も仕掛けております。発動すれば我が家は騎士達から領地の実権を取り戻すことでしょう。では、問題は二つ。『ベティクート』と経済圏の停滞です」

 

「君の『最終手段』や『罠』に関しても気になるがね。いいだろう、話を聞こう」

 

「ありがとうございます。我が領土にいる『ベティクート』は私が解決することでしょう。王国でも手をこまねいておりますから、助力を求めてもしようがありません」

 

「そうだな」

 

「では、経済圏の発展。我が領土は一に農業、二に商業、三に細々とした手工業です。それらを主軸に対策をするとしたら土壌研究による農地の発展、領地全体の経済政策、見込みのある新規事業の立ち上げの三つが考えられます。しかし、土壌研究に関して私は専門外で、経済政策もその舞台となる都市に犯罪者が蔓延っております。容易ではありませんし、求められる知識もより専門的となります。見込みのある新規事業の立ち上げは私であれば確実に成功するでしょうが、時間がありません」

 

「全くもって頼もしい限りだ。新規事業を必ず成功させられるとは、商人が聞いたら泡を吹くな」

 

「私には商人達がついていますから」

 

「それで? 結論を聞こうか」

 

 公爵の言葉にエノールは笑みを湛えて──


「農学者、経済学者、事業家、この三種類の人材をあちらには求めようかと」

 

「なるほどな」

 

 公爵は顎に手を当て、椅子をくるりと回した。

 

「領地経営において専門知識を持つ人間は命綱とも言えます。それを差し出せと言うのは家の根幹を差し出せと言うにも等しく……屋敷の外の領内から領民を引っ張ってくるにしても、有望な人材であれば彼らも欲しいところでしょう」

 

「それを代価に要求するわけか」

 

「今回の問題点は二つ、一つはギャーヴェさんが葬儀を冒涜してしまったこと、二つがこの問題はすでに片付いたものとされていたこと。そのために、ピレライン侯爵家を含む向こう側は事実確認を怠ったという責を問われます。こちらから指摘しなかったことと言っても、誤魔化せはしないでしょう。罪を償うことは別個の問題です」

 

「このままだとピレライン家は取り潰しになるか、あの娘が首を刎ねられるか……あの当主なら後者を選択しそうだな」

 

「しかし、派閥としては向こうは前者を選択してくるでしょう。もはやピレライン家に利用価値はないものとみなされてしまいます。いても派閥を汚すだけ、しかし、私はせっかく恩を売って空手形を切ってもらったのに、このまま取り潰されては面白くありません」

 

「なるほど。だから、家の命とも言える人材を要求して生殺しにするか……あの当主であれば時間さえあればもう一度家を建て直すだろうしな。今度はもっと恩も売れるわけだ」

 

「その通りでございます、公爵閣下」

 

「かしこまるな。君は将来マルデリア公爵家(うち)の身内になる人間なんだからな」

 

 エノールとの既成事実を作ろうとする公爵、その雰囲気を感じ取るエノール。


(手放したくなくなったか……)

  

(この娘はあまりに優秀だ……本当にレガルドをくれてよかった。お釣りが来てあまりある。まったく、長男がやれんことが本気で惜しい……)

 

 お互いの思索がぶつかり合う中でレガルドもまたこの場の雰囲気に驚嘆していた。

 

(父上はこの場で何度「なるほど」と言ったんだ……?)

 

 マルデリア公爵は歴代のマルデリア家でも才覚があり、派閥内でも有力な家の一角だ。普段は相手を翻弄し、決して談話のペースを逃しはしない。

 

 その父親がエノールの話を真剣に聞いている。まだ齢十二歳、学生の身でありながら自らの話によってあの公爵を何度も唸らせ納得させている。レガルドにとっては驚嘆すべきことだった。

 

(こんな人と結婚していいのだろうか……?)

 

 今の時点で将来有望、美人で気立がよく、努力家で闊達とした性格はどれをとっても皆が欲しがるに違いない。商売の知識に交渉の技術、それらを活かすことのできる頭脳に人を使う度量もある。内政・商売においてこれほど役立つ人材はいないだろう。

 

 たとえ貴族の出でなくとも女ながら主人に仕える従者ヴァレットとして色々な屋敷から求められただろうし、彼女が嫡子という立場でなければどこの家も懐刀として持っておきたいはずだ。とっておきの隠し球、彼女を屋敷に囲えば必然とそういう立場にならざるを得ない。

 

 けれど、レガルドにとっては婿にもらってもらう人で、屋敷を大きくするための土台などではなく初恋であって思い人なのだ。父親から突然決まったと告げられた縁談話でエノールの名前が出てきた時はこんな幸運あっていいのかと現実感がなかったほどである。

 

 家を出て父から領地をもらうか、騎士として王都に従軍するか、知識を生かしてどこかの屋敷に取り立ててもらうか、三男としてその道しかなかったレガルドに突如第四の道が切り拓かれたのである。常にドキドキしっぱなしのレガルドはエノールとの縁談は身に余ると思いながら、ひっそりとしたたかな部分も持ち合わせているのでこのチャンスを逃すはずもない。

 

 エノールは小さく息を吐いて言った。

 

「私としても同じ学園で一年以上共にした仲間を見殺しにするのは居た堪れません」

 

「平和主義者だな。して、何故ここにきた。今回の件はそちらの管轄だろう。私に話を通さなくとも──」


「いえ、公爵。此度の件はマルデリア公爵家のお力あってのものです。貴方がたがいなければ私は泣き寝入りすることになったでしょう。ならば、話を通しておくのは筋というもの。それに今回の件はそちら(・・・)での交渉にも使えるでしょう?」

 

「ふん、食えんな」

 

 公爵はエノールの面白くない返答に椅子を鳴らして背を向けた。公爵家としての利を考える。

 

「……此度は君が受けた被害に関するもの、我が家は君に合わせよう」

 

 その言葉はレガルドにとって信じ難いものだった。

 

(我が家が……エノールに合わせる? 父が⁉︎)

 

「ピレライン家が骨抜きにされれば擁立している我が家と派閥上敵対関係にある公爵の地も揺らぐであろう。それに、骨抜きにされたという事実が派閥に影響を与える。我が家としてもアルガルド家が最も利益を被るのが最も望ましい」

 

「分かりました、公爵。それではご随意に」

 

「ああ、レガルドともうまくやってくれ。長男はやれんがな」

 

「父上……」

 

「私は……気が急いてる話かもしれませんが、今のところレガルド様と以外結婚は考えていませんよ?」

 

 エノールの笑顔を見て、レガルドは心をまた射止められ、公爵はニタリと笑った。

 

「魔性の女め」

 

「あら、ひどい言い草ですこと」

 

「レガルド、先に席を外しなさい。これから次期伯爵と話がある」

 

「……承知しました」

 

 レガルドはエノールと目線を合わせて去っていく。別れ際にエノールはにこりと笑顔を向けた。

 

「……逃さんと言わんばかりだな。それは素か?」

 

「さあ、どうでしょう。我が師曰く、『腹黒くない女などいない』ということでしたが」

 

「はん、まあ、そうだな。それで、今回の訪問はこれだけではなかったのだな」

 

 公爵は受け取った手紙を指し示す。

 

「はい、避妊具の調整に参りました。人によって適切なサイズに差がありますので、お使いになる奥様と直接相談がしたく……」

 

「家内なら部屋にいる。従者に案内させよう」

 

「ありがとうございます」

 

「それはこっちのセリフだ」

 

 エノールが部屋に控えていた従者に連れられて去っていく。

 

「……ふぅ、全く仕事熱心だな」


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