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アリスベリア・レディカーナ女史

 また夕暮れがやってくる。エノールはレガルドのコテージの前でお別れをする。

 

「ありがとうね、レガルド」

 

「ううん、キツかったらいつでも頼ってね?」

 

「ありがとう、本当に」

 

 今度は昨日のように苛烈なことはせず、エノールはひしとレガルドにハグした。

 

 首元に腕を回して、エノールはその小さな唇から小さく耳打ちする。その声は妖精のようだった。

 

「貴方の匂い、私は好きよ」

 

「えっ」

 

「じゃあね」

 

 離れて、エノールは昨日とは違いゆっくりとさった。そんな気力はもうなかったからである。

 

 エノールは今日のお礼に何か喜んでもらえる言葉をかけようと思って、咄嗟に言った。深く考えている余裕がなかったのだ。

 

 しかし、レガルドは呆然とエノールの後ろ姿を見ていた。幼い令息にはぶち刺さったのである。

 

 今日彼は、きっとエノールを思って人目を忍んで己を慰めることだろう。抱き抱えた感触と、耳をくすぐる吐息、それから天使のような声を反芻しながら。

 

 青い息吹がベッドに散るわけだが、それはまた別の話。

 

 エノールはとぼとぼとコテージに帰ろうとして、足を止めた。

 

 ギャーヴェがいる。その取り巻きも。その光景を見てエノールはついにため息をついてしまった。今までの彼女なら呆れといった感情をおくびにも出さなかっただろう。

 

 それはエノールが佐藤健の記憶を根幹とした独自の人格形成を始めたということである。佐藤健ならこういう時、『可愛いなぁ……』などと呑気にギャーヴェの健気さに胸を打たれていただろう。

 

 ギャーヴェが問う。

 

「どこにいくのかしら?」

 

「……さあ?」

 

 エノールの反抗的な態度に眉を顰めた。以前の彼女ならここまで露骨になることもなかったはずだ。

 

「随分と顔色が悪いのね、そんなに辛いの?」

 

「貴方も顔が青いけど、それは地なの?」

 

「お前、ギャーヴェ様になんてことを!」

 

 取り巻きが吠え始める。その様子にエノールは嘆息した。

 

「はぁ……貴方達の顔がどんな色かなんて、いつも見てないわよ」

 

 その言葉にギャーヴェは嗜虐的な笑みを浮かべた。

 

「貴方の居場所なんてここにはないわよ」

 

「そう」

 

「……」

 

「……」

 

 沈黙が落ちる。それを先に破ったのはギャーヴェだった。

 

「恥ずかしいと思わないの?」

 

「貴方はどうなの?」

 

「はあ?」

 

「すぐに沈黙に耐えられなくて口を開くその忍耐力のなさ、交渉の場じゃ致命的よ。恥ずかしいとは思わないわけ?」

 

 エノールは煽った。段々と余裕がなくなってきて、攻撃的な部分が出てくる。

 

 それは佐藤健の意識に眠っていたものでもあった。エノールはそれを佐藤健よりも早いタイミングで取り出す。

 

「ふん、交渉なんて男にさせればいいんだわ。あら、なら貴方は男のようね。男子達のコテージにでも行ったら? 無理でしょうけど」

 

「このなりで男と誤解するなら貴方は医者に診てもらったほうがいいわよ? 目じゃなくて頭だけど」

 

 取り巻きが罵声を浴びせる。ギャーヴェも眉をさらに顰め、エノールもまた初めて顔を崩した。

 

「何? 間違ってる? 見えないならまだしも、認識からおかしいなら頭の医者じゃない? 最も、この国に脳外科医なんているわけないけど」

 

「そうやって難しい言葉を使って賢ぶって、恥ずかしいと思わないの?」

 

「あら、ごめんなさい? 貴方より賢いから、素が出てしまったわ」

 

 それは雑な煽り方だったが、ギャーヴェを腹立たせるには十分だった。

 

「貴方達」

 

 取り巻きはそれだけでエノールに近づく。エノールはそれを聞くと──


「いいけど、私に触らないでね?」

 

「……」

 

「……」

 

「そう」

 

 一斉に二人がエノールに飛びかかる。しかし、エノールは左によけて、左からつかみかかってきた生徒の左腕を掴んだ。そのまま勢いのままに自分の横に誘導する。

 

 相手の背中に手を添えて、二人が一直線上にきたところで一人の背中を押してもう一人にぶつける。その拍子にドレスを着ていた二人は転んでしまったが、エノールは平然としていった。

 

「あら、どうしたの? 急に走ると危ないわよ? 何もないところで転ぶなんて、淑女のすることとは思えないけど」

 

「お前……!」

 

「ダンスもしたことないようね。嘆かわしいわ……アルベレット先生が見たらどう思うかしら」

 

「教師の腰巾着め!」

 

 また飛びかかるが、今度もまた腕を掴んで走ってきた方に少し引っ張って、見えないようにさりげなく足をかけながら転ばせた。もう一人がつかみかかってきたところで腕を掴む。

 

「力、つよっ!」

 

「きゃー! 助けてー!」

 

「⁉︎」

 

 エノールは突然大声を出した。すぐに教師が集まってくる。

 

 エノールは声を出す前に背中を地面につけた。つかみかかってきた生徒と一緒に倒れて、彼女に覆い被される態勢となる。

 

「なっ、君たち!」

 

「エノール君から離れなさい!」

 

「なっ、私は──」


「ギャーヴェさんが私の制服を破りなさいって! 私、怖くて!」

 

「「「──⁉︎」」」


 エノールは早い者勝ちと言わんばかりに有る事無い事吹聴した。すぐに教師達は三人をエノールから引き剥がす。

 

「君達! これはどういうことだ!」

 

「なっ、私は──」


 ギャーヴェが弁明しようとするが、それをすぐにエノールが抑える。

 

「歩いてたら急にやってきて、貴方の居場所はここにはないって……逃げようとしたら、私の服をビリビリになさいって……」

 

「嘘つくんじゃないわよ!」

 

「私、昨日もコテージの人に誰かの血をなすりつけられて……」

 

「血……?」

 

 男性の教師が考えて、すぐに思い当たる。女子達がいじめで使える血など、考えつくとしたら一つしかない。

 

「ま、まさか、君達……」

 

「ちっ、違っ!」

 

「コテージの人は『ギャーヴェ様に楯突くからこうなるんだ』って、私、それでコテージに戻れなくて……」

 

 エノールは顔を塞いで泣き真似をする。声をか弱くして、限りなく同情を誘う仕草で。

 

 男性教師達はエノールの言葉に信じられないような目でギャーヴェを見た。王国では生理の話題は忌避される。それがとりわけ経血なら不浄の証として呪い扱いされたりもするのだ。女性が呪いを孕む穢れ達だとさえ謳う人もいる。それも一定数いるのだ。

 

 ましてや経血をいじめで使うなど……いくら何でも考えることではない。なんて悍ましいことをするんだと男性達は青ざめた。

 

 周囲に生徒達が集まってくる。エノールの声を聞いて真っ先に飛び出す生徒もいたのだ。女子達もあつまってきて周囲が騒然となる。

 

「私、怖くて、二人に掴み掛かられそうになって……!」

 

「なんて奴らだ!」

 

「女子の恥晒しー!」

 

「お前ら女じゃねー!」

 

 声を上げたのは男子達だった。エノールに危害を加える男子がいればたとえ友人でも殴るのである。それがまさかエノールの仲間とも言える女子達だとは……たとえ女子でも容赦はない。

 

 罵声がギャーヴェ達に浴びせられる。周囲はうるさかった。教師達が抑えようとするが、エノールのピンチとなって男子達の勢いは収まらなかった。女子達も同情的である。

 

「私、見たよ。窓の外でギャーヴェ様とその二人がエノールさんと何か話してて……途中から二人がつかみかかってた」

 

「何⁉︎ その話は本当か⁉︎」

 

 男性教師に詰め寄られて、女子生徒は恐る恐る頷く。

 

 すぐさま教師達の怒りがギャーヴェ達に向いた。男子達の罵声もさらに強くなった。女子達も……ギャーヴェの恐怖による圧政に多少の反感があって、風向きはエノールに向いていた。

 

 そんな中、ギャーヴェは己の無実を晴らそうとする。

 

「なっ、貴方達! 誰にものを言っているの! 私がエノールさんになんて……それに、私たち程度で服を破れるわけがないでしょ⁉︎」

 

 それはもっともな話だが、だからと言って状況が変わるわけはない。

 

 コテージにいた全員がギャーヴェの指示のもとエノールをいじめたのは本当だし、エノールが制服を不浄の血で汚されたのも本当だし、二人がつかみかかったのは本当なのだ。

 

 しかも、現場の目撃者がいて、真っ先に来た教師もその一人で、その上教師達も男子達もエノールに感情面で味方している。コテージの件が問い詰められれば、さらに状況が悪くなるだろう。

 

 詰みだった。ギャーヴェはこの状況をどうにかできないと悟る。ふとエノールを見ると、覆い被せた手を少しだけ上げて、口元が見えていた。その口角が笑みに吊り上がっている。

 

「──」


 ギャーヴェはすぐにそれを訴えたが、男子達の罵声にすぐにかき消された。後に教師達に訴えもしたが、ギャーヴェのこの件に関する第一印象は最悪で、何せ証人が多数いるのだ。学園関係者内で巻き上がっているエノールを潔白とする風潮も大きい。

 

 ギャーヴェたちはその晩に尋問され、彼女に協力したと見られる生徒たちもそれぞれ教師に事実確認をされた。その末にギャーヴェたちはとりあえず課外授業の間はコテージで謹慎するように言い渡されたのだった。

 

 

 

 

 

 人は一番最初に見た光景を信じる。

 

 二番目にそれを否定する情報が出ても、信用性の上で特に差がないと一番目の材料が重要視される。

 

 人を騙す一番良い方法はできる限り嘘をつかないこと。九割の真実に一割の嘘を紛れ込ませるのだ。

 

 そして、最も大事な部分は真実で塗り固めること。そうすれば虚構を作り出すのは容易い。

 

 いい加減飽きていたのだ。佐藤健は傍観を選んだ。しかし、私はエノールなのだ。決して日本に生まれた男ではない。

 

 ギャーヴェたちを陥れるならコテージの件があった時点で対処は可能だった。それは徹底的に根回しをしてギャーヴェ派閥以外対ギャーヴェ派閥を作ること。それが一番手っ取り早かった。

 

 私が戦う必要はない。公爵家であるレガルドはきっと味方してくれるだろうし、そうなればあとは数の勝負だ。経血をなすりつけられたとあれば男子生徒は懐柔できる。教師たちも男女それぞれが思い思いに味方してくれるだろう。

 

 後は女子たちだったが、ギャーヴェはいい感じに地雷を踏んでくれた。先に手を出したという既成事実を教師たちの前で晒してくれたおかげで、女子側も私の方に加勢したのだ。淑女としては恥ずべき行いである。

 

 問題は佐藤健の意識が最後までそれに反対していたことである。

 

 訳がわからない。『健気で可愛いだろ』って? 冗談じゃない。それでいじめられているのは私だ。なんでいじめられて仏のような顔をしていなければならないのか。

 

 決めた。これからはやられたらやり返す。それが私だ。エノール・アルガルドだ。アルガルド家の次期当主として、お父様たちに顔向けできるような立派な人間になってみせる。

 

 とりあえず、かの侯爵令嬢ギャーヴェさんは、更に上位の公爵令息レガルドに大いに怒りを買い、父に報告すると息巻いていた彼を見て大層青ざめていた。

 

 私はどんな騒ぎになるかわからなくてそれを宥めようとしたけど、周囲からどんどん私の被害についてあることとないことが伝えられて、カンカンに怒ってしまった。私のために怒ってくれるのはありがたいけど、それで事態が大きくなるのは困る。

 

 しかし、ここまでくれば落とし所をつけないといけないのかもしれない。そもそも私の縁談相手であるレガルドが怒るのは無理ないし、彼女の行動はマルデリア家に喧嘩を売ったのも同然なのだ。それが事実である以上、マルデリア家としても対応せざるを得なくなる。

 

 ピレライン侯爵家にも擁立している公爵家があるから、代理戦争化するかも知れない。同じ派閥だが、大丈夫なのだろうか。内輪揉めを引き起こせばタダでは済まないと思うのだが……何か考えがあるのかもしれない。

 

 私は先生たちに聞き取りをされて、状況を事細かく話した。経血に関するいじめについては大層軽蔑したようで、話が終わると男性教師の方から特に慰められてしまった。

 

 アルベレット先生はというと血相変えて私の元に来て、何ともないことを伝えておいた。私がギャーヴェに直接手を出されたと聞いて気が気でなかったらしい。悪いことしたな……後で本当のことを教えておこう。

 

 そして、話は私の寝床のことになっていた。元のコテージには謹慎中の生徒が押し込められているので当然戻れないとして、このまま他のコテージに移動させていいのだろうかと議論になった。

 

 下手に他の女生徒がいるコテージに入れてまた今回のようなことが起これば、学園側はもう揉み消せない。そうなった時にまず間違いなく学園は蜂の巣をつついたような大騒ぎになるし、侯爵以上か法衣貴族の子息が関係していれば今度こそ王宮を巻き込んでとんでもないことになる。

 

 慎重にならねばというのが教師の方々の共通見解となって、昨夜はどこで寝たのかという質問にアルベレット先生のところで寝ましたと答えると、であればそのまま先生のところに預ければいいのではないかという話になった。

 

 アルベレット先生は注目されると『わかりました』と言って、私の身元引受人となってくれた。先生には感謝してもしたりない。尻拭いをさせる結果となってしまったし、後できちんと真実を伝えなければ。

 

 そうして私たちは、私以外同じ寝床で夜を越すこととなり、明日になれば私が元いたコテージに犯人とされる人たちが押し込められることとなった。今回の処分については被害者である私に逐一許可や確認を求められたので、私は全てに頷いてことを終わらせた。

 

 最後に先生方は受けた屈辱は想像して余りあるとしながらも、どうか穏便に済ませてはくれないかと申し出てきた。きっと厄介ごとは困るのだ。アルベレット先生は私を連れてコテージに戻る道中にそういった事なかれ主義の教師人に辟易した様子を見せていた。

 

「まったく……」

 

「……アルベレット先生、少しいいですか?」

 

「なんですか?」

 

「……」

 

 道中で話そうとしたのではない。真実を伝えるなら周囲に誰もいないコテージの、万全を期すなら寝る前がいいだろう。木陰に人の姿を認めて、その人がこちらを窺ってきているのだ。どうやら私と話がしたいように見える。

 

 先生に視線でその子の方を指し示して、話してきていいですかと聞くと、アルベレット先生はため息をついてここで待っていると言ってくれた。

 

 私は急いでその子の方に向かう。見覚えがある……確か一年前にアルベレット先生に説教されていたアリスベリアさんだ。私が返事をしなくて泣かせてしまった子でもある。

 

「ごきげんよう」

 

「ご、ごきげんよう」

 

「どうしたの?」

 

「……」

 

 アリスベリアさんはアルベレット先生と私の方を交互にチラチラと見回して、私の方に視線を戻す。

 

「あ、あの……」

 

「……」

 

「ごめんなさい」

 

「……へ?」

 

 私はアリスベリアさんが黙ってしまったところで何を言われるのかと身構えてしまったのだが、飛んできたのは謝罪の言葉だった。予想外の事態におかしな声を上げてしまう。

 

「あの、一年前のこと、ずっと……謝りたくて」

 

「……それだけ?」

 

「うっ……ごめんなさい」

 

「あぁ、違うの!」

 

 私は必死で弁解した。

 

「ごめんなさい、ちょっと、色々あって気が立ってて……」

 

「そっ、そうですよね、ごめんなさい、私、気づかなくて……」

 

「ううん、いいの。だって、わざわざ謝りに来てくれたんでしょう? ありがとう」

 

「あっ、えっと、それだけじゃなくて……」

 

「……?」

 

「…………あ、あの、友達に、なってください」

 

「……」

 

 アリスベリアさんは随分と可愛らしい様子で申し出てくる。

 

 えっ、可愛すぎか? 仕草といい、その顔といい、申出といい、全部が満点の可愛さだった。何この子……抱きたい、性的な意味で。

 

 ああ、だめだ。生理のせいでおかしな思考になってる。そうじゃなくて……ああ、可愛い。黒髪の綺麗なショートヘアの女の子が私の目の前で可愛い顔してる……ペットにしたい。

 

 あっ、ダメだ。返事しないと、また泣かせちゃう。

 

「……」

 

「……本当にいいの?」

 

「えっ……」

 

「本当に、私と友達になってくれる⁉︎」

 

「は、はい……私が、なりたいから」

 

「う〜〜」

 

「う……?」

 

「──やったー!」


 私は飛び上がって喜びを表してしまう。アリスちゃんは私の様子に驚いたようだった。

 

 ちょっとテンションがおかしい気がするけど、私は可愛い女の子と友達になれて喜びを爆発してしまった。思わずぴょんと跳ねちゃって、またアリスちゃんの手を取る。

 

「アリスちゃんって呼んでいい⁉︎」

 

「え、あ、うん、いいよ……?」

 

「やった! やった!」

 

 もうぼっちじゃないんだ! レガルドとタメはれるんだ!

 

 ……そう思うと少ないな。まあいい、私の友達は美少女だから! 美少女だから!


 アリスちゃんは私の勢いについてこれていないようで、距離の測り方に(というか私の距離の詰め方に)戸惑っているようだったけど、私が喜んでいるのを見て、突然彼女はじんわりと眼に涙を浮かべてしまった。

 

「えっ、どうしたの⁉︎」

 

「よ、よかったですわ……私、嫌われてるんじゃないかと思って……!」

 

「なんで? むしろ私の方が嫌われてるんじゃないかって……」

 

「ごめんなさい、あの時は、本当に──」


 アリスちゃんがおいおい泣き出して、私はそんな彼女を介抱した。アルベレット先生は随分とまたせてしまったけど、私たちの様子を静かに見守ってくれていた。

 

「良かったですね」

 

「はい、お姉様」


 アリスちゃんと一度別れを告げて、アルベレット先生の方に向かうと、先生は嬉しそうに笑ってくれた。思わず私も笑って頷く。

 

 辺りはもう暗くなっていて、アリスちゃんと話していた時も薄暗かった。もうすぐ日が落ち切って、そうなれば夜の世界が始まる。

 

 私はコテージに戻るとすぐに寝巻きに着替えた。先生からの聞き取りに多少時間がかかったのだ。

 

 寝巻きは貴族女性御用達のゆったりとした布地で、少し透けているのは気になるけど、男性に寝巻き姿を見せるのはそういうことだし、そもそもこの場にはアルベレット先生しかいない。お姉様も寝巻きに着替えていたので、私もすぐに制服を脱いだ。

 

 着替えていると私は体をまじまじと見られる。嫌な感じはしないので、私はお姉さまに尋ねた。

 

「どうしたんですか?」

 

「いえ……昨日も言いましたが、貴方最近背が大きくなってきましたね」

 

「そうですか?」

 

「ええ。見ればわかります」

 

 すごい、これが敏腕教師の力か、さすがお姉様。略してさすおね!

 

「綺麗な肌をしていますね」

 

「ありがとうございます」

 

「私は……あまり人に見せられたものではないですから」

 

 私は疑問を視線に込めてお姉様を見ると、仕方なさそうに寝巻きの一部をはだけさせた。

 

「お姉様、それ……」

 

「火傷をしました、料理の勉強の途中で……この跡が原因で婚約もなかったことにされてしまいました」

 

 婚約破棄、人生を変えてしまうような事態がたった一つのアクシデントで招かれてしまった。その事実に私は思わず息を呑む。

 

「だから、貴方が無理をするたびに私は生きた心地がしません……貴方はもう、一人の身ではないのです。レガルド様がいます。公爵家がいます。貴方はアルガルド家の伯爵としてお家を守るのでしょう? それなら、貴方はかすり傷一つさえ負ってはなりません。それがたとえどんなことであったとしても」

 

「……」

 

 アルベレット先生はおそらく嫁入りの話を体の怪我を理由に断られた。私の話とは性質が違う。私は逆に婿を取る方だから。

 

 でも、お姉様が普段から過保護なまでに私に無理をさせまいとする理由を知った今では、無茶なんてできない。お姉様の言う通りだ、私は一人じゃない。お姉様がいる。この、ちょっと不器用で面倒見が良くて、怖い時もあるけど尊敬できる寂しがりやなお姉様を、悲しませたくはない。

 

「……」

 

「……どうしました?」

 

 私は『そういえば……』と言わねばならないことを思い出す。さっきのさっきに自分の心の中で誓ったことを破らねばならないことに、私は深く瞠目した。

 

「先生」

 

「はい?」

 

 お姉様は私が「先生」呼びしたことに振り向く。

 

「……お話しすることがあります」

 

「……」

 

 今回の一件の事情を話すと、お姉様は沸騰するやかんのように私に説教した。いつものあの人らしくない、打算ではない私情がこもったお叱りに私は反省しつつも嬉しいなと思うのであった。

総合評価1000pt達成ありがとうございます! これからも評価ポイント等々よろしくおねがいします!

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