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遊牧民スパッティオ

手動投稿で引くほど伸びたのでしばらく続けます。0時までには投稿しているのでご安心ください

 遊牧民は古くから羊のような紡績に使える毛を生やす家畜や馬などの移動用の家畜を連れて草原を練り歩く民のことを言う。

 

 農耕民族と遊牧民族の関係は密接だ。農耕民族は遊牧民族に食糧を提供し、代わりに遊牧民は行商の役割を果たして異国の地の物品を売る。そうして文化を伝来させる。

 

 しかし、草原の中では食料がない。連れている家畜をいざとなった時に食べられる程度だが、食用の家畜はとんでもない量を食べて少ししか太らない。そのために、彼らは必然として交易をしたばかりの他の遊牧民と交易を行い、食糧を得る。

 

 それでも飢えて死にそうになることがあるため、しばしば彼らの間では戦いが起きる。騎乗を得意として流鏑馬などの技術にも優れ、馬上で敵を撃つ。王国でも乗馬の訓練をするが、戦闘はもっぱら下馬して行うものとされている。

 

 馬を持つ遊牧民は大抵そういった騎馬遊牧民であり、しばしば賊まがいのことをするため彼らの価値感覚はドライなのだろう。生きるために奪う。あまつさえ弱肉強食を是として何の戸惑いもなく食糧に飢えているわけでもないのに商人達を襲って、金品を強奪する。それらも交易に使い、結局食糧を得るために使うので生きるためと言えば生きるためなのだが……過酷な草原という環境で彼らは戦いと共にあった。

 

 王国ではしばしば遊牧民の討伐が組織され、その度に『間引き』され、ついに遊牧民はかつての栄光を取りこぼしてしまった。昔は相当に強かったと聞くが、その面影はもうない。

 

 しかし、ここで疑問なのが『なぜ彼らは草原で生きられたのか』ということである。

 

 家畜を連れた遊牧民は彼らが生息域と定める平原に立ち、絶好の獲物だというのにかつては栄華さえ誇ったそうじゃないか。佐藤健の記憶にある世界では『ベティクート』なんて訳のわからん魔物まがいの獣はいなかったが、こっちではどうなのか。彼らは『ベティクート』に出くわした時にどうしているのか。

 

 よくよく考えたら草原のど真ん中に引きこもっていれば彼らは餌がないので寄ってはこないだろうが、それでも遊牧民と交易は切っても切り離せない。『ベティクート』の餌がないのだから彼ら遊牧民の食料もないはずだ。だから交易が彼らの間で根付いたのだ。

 

 その疑問を解消するために私は遊牧民がいるという町に向かい、なんとか接触できたのだが──


「貴様らぁ! こんなことをして許されると思っているのかぁ!」

 

 バルターが叫んでいる。ここは彼らの移動式住居。ゲルとは少し違うけど、割と似たようなものだった。

 

 ──私は、遊牧民の人たちに拉致られていた。


 なぜこんなことになったかといえば、時は遡る。といっても、経緯は簡単だ。

 

「貴方が遊牧民の方ですか?」

 

「……」

 

「……あの、どうかしましたか? 申し遅れました、私、このアルガルド伯爵領を治めるアイジス・アルガルドの娘、現当主代理をしていますエノール・アルガルドと──」


「気に入ったッ!」

 

「……はい?」

 

 世にも珍しい銀髪をたなびかせ、他より恰幅もよく戦傷とおぼしきものを顔につけた、それなりに顔のいい青年は快活に叫んだ。

 

 なぜだか私は勢いよく手を掴まれてしまう。

 

「お前が欲しい! 嫁になれ!」

 

「……はい?」

 

 ──と、まあこんな感じだった。


 略奪婚、騎馬民族らしい堂々としたものだった。聞けばこの人──スパッピオ・エルタイヌさんは嫁を四人も抱えていらっしゃって、彼が家族を率いてるのだそうだ。


 遊牧民は家族を一つの単位として行動する。家族が分裂したり、融合したりするのは稀だそうだで、その長をやっているというのは彼ら騎馬遊牧民にとっての誇りなんだそうだ。一番馬の扱いが上手く、戦さに長けている男がなるのだという。

 

 私は彼らの住まうテント式の住居で座っていた。縛られてはいないが入り口は男の人に囲まれて、バルターは男性に組み敷かれている。執事服が土まみれだ。アイシャもまた女性に抑えられている。こちらは比較的手荒でない。

 

「私、バルターに何かされたら貴方のこと嫌いになりそうです」

 

「おい、怪我させるな! 丁重に扱え!」

 

 そのまま帰してくれないだろうか。

 

 騎馬民族はどうしても欲しいものを奪い取るんだそうだ。随分と世紀末な考え方をしているが、これが不思議にもモンゴルという国でもあったんだそうな。凄いなぁ……

 

 やはり世界が変わっても文化はあまり変わらないらしい。人の欲が変わらない限り、闘争もまた形が決まり、それに発展した文化も固定化される。まあ、何が言いたいかといえばこのスパッピオさんは人の話を聞かないということだった。

 

「私と結婚するのは無理があると思いますよ。王国も伯爵も黙ってはいません」

 

 私は案の定、杖を握りしめていた。こういう時、この杖は必ずそばにいる。

 

 何か危険がある時はまるで最初からあったように私の手元にあるのだ。持ってきた記憶がない時でさえ……周囲に聞いてもし『え? エノール様が持ってきていましたよ?』とか言われたらとんでもないから聞いていない。

 

 あはは、まさかね……ね。

 

 ともかく私が杖を握りしめていても周囲は何も言ってこないのだ。まあ、一見普通の杖だし。球体が浮いてるけど、なんでそれに疑問を抱かないんだろう。やっぱり、普通の光景なのか?

 

 スパッピオさんは快活に笑って言うのだ。

 

「そんなの、全て蹴散らして仕舞えばいい! 我々に不可能などない!」

 

「……」

 

 凄いなぁ……一人で何人殺すつもりだろう。一騎当千がマジになったら、アンタは英雄だよ。そしたら本気で結婚してやってもいい。

 

 ああ、でもスパッピオさん屋敷に帰るのを許してくれなさそうだな……独占欲強そうだもんな。やっぱりダメだ、帰してもらわないと。

 

 それより先に、聞くことがある。

 

「えっと、スパッピオさん?」

 

「呼び捨てでいいぞ! もしくは旦那だ!」

 

「……前から気になっていたことがあったのだけれど、ちょうどいいから聞いていい?」

 

「なんだ? なんでも答えるぞ!」

 

 そう言う安請け合いは程々にね……

 

「『ベティクート』って知ってる?」

 

「べてぃくーと? なんだそれ?」

 

「あの、『干からび狼』とか『砂嵐』って呼ばれるやつで、体が細いんだけど大きくて、人間の大人ぐらいの大きさがあって、平原とかを走り回っている……」

 

「あぁ! 『モグラ』のことか!」

 

「モグラ……? まあ、とにかく、彼らは群れで動いて、道中の動物を食い荒らすと思うんだけど」

 

「ああ、あいつらはひどいな! 通った道の草が全て掘り起こされる! だから『モグラ』だ!」

 

「あぁ……そうなの、いい名前ね」

 

「だろ!」

 

「……それで、聞きたいことなんだけど、貴方達は『ベティクート』にあったらどうしてるの? 彼ら、貴方達が飼ってる家畜とかに目がないと思うんだけど……」

 

「なんだ、そんなことか! それなら、先頭にいる奴が群れの長だから、そいつを狩ってしまえば群れは散り散りになるぞ!」

 

「……」

 

 全然参考にならない。さすが騎馬民族、脳筋だ……

 

 いや、先頭が頭目って情報だけでも有用か。罠か何かを張って、先頭さえどうにかすれば後続の獣達と戦わずに済むんだもんな。うん、スパッピオさんにはいいこと聞いた。

 

「そう、ありがとう」

 

「問題ない! 君は俺の嫁になる人だからな!」

 

 周囲では結婚式の準備をしてるのかもう忙しそうにしていた。だけれど、私には時間がない。あと七年の間に『ベティクート』のことから都市の犯罪組織、診療所に衛生問題、それから強盗団の討伐までしなきゃならないんだ。私にはもう無駄にする余裕なんて残ってない。

 

 私は立ち上がって、スパッピオさんに言う。

 

「ありがとう、助かったわ。このお礼は必ずする。けれど、ごめんなさい。貴方と私は結婚できないわ」

 

「いいや、結婚するんだ! 一目見て確信した! きっと君は美人になる! それにきっと聡明だ! 俺の目は間違いない!」

 

「光栄ね。個人的に助けてもらったし、接吻ぐらいならあげてもいいけれど」

 

「なら、もらおう!」

 

 屈んでもらうと、美青年なスパッティオさんのほっぺたにキスをする。

 

「これで許してちょうだい」

 

「うむ、口は大人になるまでとっておこう!」

 

「それじゃあ、貴方に残念なことを知らせなきゃいけないわ」

 

「なんだ、言ってみろ! どんな難題も俺が解決してやる!」

 

 私は少しだけ緊張して、この人たちがどんな反応をするのかと身構えて──それでもやらねばならないと声をはった。


「私と結婚した場合、この場の全員が皆殺しにされるわ」

 

 周囲に緊張が走った。

 

 皆の視線が私に集まる。男達は驚愕と警戒を織り交ぜたような顔をしていた。女性達は恐怖と驚愕、そんな中スパッティオさんだけは平然としていた。いつもの調子で言うのだ。

 

 やっぱり、この人は強いんだな。

 

「問題ない! どんな敵が来ても返り討ちにしてやる!」

 

「そう。相手は王国と伯爵、私を拉致したとなれば両方が結託して貴方達への討伐軍が組織されるでしょうね。一年以内に道中の遊牧民諸共皆殺しよ」

 

 私の言葉にどんどん周囲の雰囲気は剣呑になる。それでもスパっティオさんだけは変わらない。

 

「蹴散らせばいい!」

 

「頑張ってね。相手は数百から一千、これが遊牧民の王国に対する宣戦だと受け取られれば本格的に軍が組織されて数千に及ぶでしょうね」

 

 何人かの男達と長老と思しき老婆、彼女の周囲の女性達とお嫁さん達は青ざめた。スパッティオが連れてきた私が不幸の鳥にでも見えたのだろう。

 

 ごめんなさい。貴方達にとってはそうなの。

 

「周囲の村や街との交易も遮断されるわね。私たちは食糧を得られなくなって数ヶ月以内に餓死するわ」

 

「……」

 

「こうなれば、一族郎党皆殺しよ。全員戦死できればいい方ね。拷問されたり、女性の方は陵辱されても仕方ないわ」

 

 私の言葉にスパッティオの妻と見られる女性が何か叫び声を上げる。彼らの言葉なのか意味はわからない。

 

 スパッティオさんも交易を止められると聞くと、渋い顔をした。一人の戦士として兵站の重要性を分かっているようだ。

 

「お願い、私をこのまま逃してちょうだい。そうしてくれたら、私はエノール・アルガルドの名においてこのことを無かったことにする。ここにいる使用人達も黙らせるわ。でも、私を連れて行って仕舞えばいつまで経っても戻ってこない私を心配して、一年以内に王国は動く。遊牧民と私たちのいざこざは歴史がないからね……最近になってようやく平和条約が結ばれたのに、草原を戦火で焼きたくないでしょ? お願い。私を諦めてちょうだい。私は……会ったばかりだけれど、恩のある貴方に死んでほしくはない」

 

「なおのこと、聞けない話だ。ここで俺が引き下がったとなれば、俺は家族の長としての地位を失う。俺以上の家長はいない。そうなれば、俺たちは終わる」

 

 周囲の男達も苦々しげだった。悔しいが、スパッティオのいう通りなのだろう。

 

「……仕方ないわね。なら、いいものを見せてあげるから草原に私を連れて行ってちょうだい。逃げたりしないわ。そしたら、貴方が馬で追いかけてきたらいいから」

 

「………………分かった」

 

「できるだけ人を連れてきてちょうだい。みんなで見た方が……納得できるでしょうから」

 

 私は杖をキュッと握った。その仕草にスパッティオも気づいたようだ。

 

 

 

 

 平原に来る。向こう一面の草っ原。住居から離れて、誰も見えないその平原を私は見渡した。

 

「それじゃあ、見ててね」

 

「エノール様……」

 

「……バルターもよく見ておきなさい。貴方の主人の……晴れ姿よ」

 

 私は苦笑いを浮かべて、すぐに杖に力を込める。

 

 感覚は……覚えている。覚えてしまっている。

 

 なぜだかもう忘れられる気がしない。自転車を漕ぐように、足を動かして歩くように、杖が手に馴染んで、力を入れる感覚が研ぎ澄まされる。

 

 できるだけ大きな、大きな爆発を思い描いて……そんなの意味があるか分からないけど、その後に『爆発しろ』と念じる。

 

 ──閃光が起こった。次に爆音が耳をつんざいて、あまりのうるささに耳を塞ぐ。


 圧縮された空気が荒風となって私の体を揉む。ドレスがたなびいて転びそうになった。

 

 スパッティオはそんな私を支えたけれど、目は爆発の方に向いていた。大きな煙が巻き上がっている。

 

 女の人たちは何かを叫んでいた。スパッティオに──きっとこの小娘は止めろとでも叫んでいるんだろう。


 そりゃあそうだ。私はスパッティオに向けてこう言った。

 

「私は……貴方達遊牧の民にとって天敵かもしれないわ。こんなこと、好き好んでやりたくはないけれど……貴方達が敵に回るのなら、私も王国の民、この身をとして貴族の義務を果たさなければならない」

 

 スパッティオの目つきが変わる。少し厳しい、けれど何かを認めているような、そんな目。

 

「これで、貴方の家族は壊れないわ。皆んな、こんな私から手を引きたくてしょうがないと思うから」

 

「それは──」


「言わないで」

 

 風がまた吹いている。私の焦茶色の髪が風にゆれた。

 

「……」

 

「……」

 

「……ごめんなさい、スパッティオ。貴方はきっといい男性よ。これからも私のいい領民でいてちょうだい」

 

「……理解した。君は俺の敵だということだな」

 

 私は思わず笑ってしまう。

 

「その方がいいなら、そうして。私は悲しいけどね」

 

「……」

 

「それじゃあ、行くわ。厄介者は退散するから」

 

「……まっ──」


「二度とみだりに草原を焼かない。それだけは誓うわ。私の家名にかけて」

 

「……ああ、分かった」

 

 私は草原を踏み締める。解放された執事長達に近づいて、先を急ごうといった。

 

「エノール様……」

 

「ほら、行くわよ。まだ私を待ってる領民達がたくさんいるんだから」

 

「……かしこまりました」

 

 ──やはり、これは呪いの杖だ。






 遊牧民族による拉致事件の後、私たちは馬車で出立し都市ベラルクに向かった。

 

 そこで商人達とあって、同じ手法で手籠にして、忠誠を誓う書面を書いてもらって、医者を探して診療所の候補地を見回って、そうして時間を過ごす。

 

 そう考えて最近怠けてないなとか、娯楽に触れてないことに気づいた。

 

「……怠けたい」

 

「最近は真面目だと思っていたのですが、また持病が出ましたか」

 

「病気みたいに言わないで!」

 

「みたいではなく病気だと言ってるのです」

 

「むぅ……」

 

 旅も後半戦、あとは結構移動が多くて、元々ほとんど移動に時間を使っているようなものだけど、結構腰にくる。

 

 柄にもなく走り回りたい気分だった。まあ、外に降りたらそんな気も失せるんだけど。

 

 やはり、馬車の中は暑かった。思わず伯爵令嬢らしからぬ態度をとってしまう。

 

「あ〜つ〜い〜」

 

「やめてください! 次期当主としてどころか、女性として恥ずかしいですよ!」


「だって〜!」

 

 私はスカートをバサバサしてまるで舌を出して体温調節を図る犬のように暑さをしのごうとする。

 

 スカートを履いていると湿気った空気で蒸れるのだ。特にスカートの深い部分──腰に近づけば近づくほど内部の気温が上がっているような気がする。


 子供は背丈が小さいから地面に近いせいで暑く感じやすいというが、本当かもしれない。暑い。暑い。暑すぎる。

 

「それにしても、その杖は一体何なのですか? 爆発させるなんて危険ですし、あまりポンポン使って欲しくないとこの執事めは思うのですが」

 

「……私だって聞きたいわよ、そんなこと」

 

 この杖が一体何なのか? そんなこと私に聞くな。聞くなら星に聞いてくれ。きっと用意したのはあいつらだ。

 

 大体、その前に突っ込むことあるでしょ。何で球体が浮いてるんだとかなんで杖が光るんだとか、貴方達の認識ではこれらは不可思議でないんですか?

 

 直接聞かないのはうっかりホラーを踏みたくないからだ。知らぬが仏。触らぬ神に祟りなし。

 

 すると都市が見えてくる。ああ、涼みたい。冷房はないのかしら。さっさとコンプレッサーぐらい開発して欲しいわね。

 

 愚痴を内心で吐きながら都市に入場する。これまた人は多いが、何というか雑多だ。華やかな感じではあまりない。

 

 ここでも売春とか犯罪組織とか蔓延ってるんだろうなぁ……もう下水関連での問題は見たくない。ひどいものも見たし……

 

 誰が側溝に突っ込んでる猫の死体なんか見たいんだ。最悪だった。思い出すだけで震えがくる。

 

 世の中物騒すぎるんだ。なんでこんなことになるまでご先祖様は放置してたんだ。頭がおかしい。

 

「この後は──」


「また商会でしょ? 全く、多いったらありゃしないわね」

 

「私は毎回あのエノール様の手腕に驚かされっぱなしです」

 

「お世辞はいいわ」

 

「お世辞ではないのですが……」

 

 窓の外を見てみると、何やら人だかりがある。あれは何なのだろうか。

 

「ねえ、あれ何?」

 

「あれは……何でしょう」

 

 御者を止めて、バルターが外に出る。しばらくして喧騒からバルターが戻ってきた。

 

「どうやら氷菓子のようですな」

 

「氷菓子⁉︎」

 

「ええ、買いますか?」

 

「今すぐお願い!」

 

 氷菓子アイス……まさかそんな素敵なものがあるなんて、私としたことが見落とすところだったわ。好奇心あふれる私に乾杯!

 

「──買って参りましたよ」


「おぉ……これは」

 

「氷を削って砂糖を振りかけたもののようですね。容器はあちらに返さなければならないので、食べたらお渡しください」

 

「ん〜、ひんやりしてて美味しい!」

 

 令嬢はスプーン片手にかき氷をむしゃむしゃ食べ出す。

 

 その光景にバルターはわずかに笑みを漏らすのだ。

 

(エノール様もこういうところでは年相応なのですが……)

 

 どうにもこの少女といると彼女の実年齢を忘れそうになる。大人顔負け──文字通りめんつ負かして(つぶして)いるのだが、この少女の雰囲気・手腕とこう言った時の振る舞いがどうにもチグハグだ。本当に何かに乗っ取られているのではと思う時もある。


 アイシャが珍しく言うのだ。

 

「エノール様、あちらにケーキ屋さんと思しき店があるのですが、如何いたしますか?」

 

「是非行きましょう、そうしましょう。それにしても、ここには私以外の貴族が住んでいるのかしら。随分とはぶりがいいようだけれど」

 

「商会がそれなりの規模ですからな。ここらへんは珍しく商人達が行き交っております」

 

 少女は途端に顔を固くした。

 

「……バルター、調べなさい」

 

「は、はい?」

 

「この領地で商売? バカ言わないで。今までの無法地帯を忘れたの? 相当自警団が有能か、それとも──」


 エノールはその先を言わなかった。

 

「とにかく貴方は自警団と、それから……この街の犯罪組織と商会について探りなさい。きな臭いわ」

 

「はっ、はい! わかりました!」

 

「……」

 

 アイシャは内心残念がる。

 

 この令嬢が子供らしくあれる時間など刹那に等しいのだ。

 

 

 

 

「──調べましたところ、よくない噂が流れているようです。商会が荒事を得意とするもの達と繋がっているとか……」


「ビンゴね」

 

 案内された商会の客室、未だ会議で話し合っている商人達を放置して、エノールは戻ってきたバルターの報告を聞いていた。そばには代わりにアイシャが控えていた。

 

「いかがなされるのですか?」

 

 バルターは小さい声で尋ねる。

 

「……」

 

 エノールは顎に手を当てて考える。その様は嫌に似合っていた。

 

(商会の資金力は欲しい……ここで商会を潰してもこちらには一銭の得もないわ。それより、協力はさせるだけさせて用済みになったら犯罪組織を叩きましょう。ついでに、こう言う輩も成敗ね……一度悪に手を染めた奴は二度と更生できないから)

 

 エノールは商人の性質をドライなまでに理解していた。一度犯罪組織と手を組めば、彼らがいなくなった後も代替を求めるであろう。碌でもない手段を取る商人は、いつまでたっても改心なんかしないのだ。

 

「今は協力するわ。交渉は任せなさい」

 

「承知いたしました」

 

 たとえ犯罪組織と繋がっているとしても、それが商人としての交渉力の強さを表すのではない。

 

 扉から商人が現れると挨拶をそこそこに済ませ、最初は単なる令嬢として振る舞う。

 

 商談相手から情報を集めてチェスや将棋の如く『詰み』になる勝ち筋を組み立てる。

 

 そして、相手が油断したところで順を追って話を進める。相手は最初警戒していないから不用意な発言をしてどんどんこちらのペースとなる。

 

 どこまでも平和であった日本は商業をする上で此処とは比べ物にならないだろう。そこで経営者としてそれなりの腕を持っていた佐藤健エノールが、七歳の少女という容姿を利用して相手の油断を誘い、警戒が薄れたところで罠にかけていく。

 

 あれよあれよと話が進み、いつの間にかエノールの思惑通りに話が進む。

 

 いくらでも商業ができる日本の地、そこで実地に商売を学んだ交渉術・話術と七歳という外見による油断を誘った奇襲は、どこまでも理不尽なまでに強力だった。

 

「それじゃあ、頑張ってちょうだいね。期限は三日後だから」

 

「み、三日ですか⁉︎」

 

「ええ、私は忙しいの。この後もつかえてるし、他の商会とも契約を交わしたから正直貴方達と無理に協力しなくてもいいのよね」

 

「しかし……」

 

「早くなさい。私がこの町を出て行かないうちに」

 

「……かしこまりました」

 

 商会の男は去っていく。

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