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怪物《エノール》

手動投稿がいいと聞いたので投下してみました

 バルワルド商会の本庁である建物の二階、会議室とされる場所に商人達が集まっていた。皆、声を荒げて騒いでいる。

 

「どういうことですか、商会長! 条件を飲むどころか、個人で契約するなど……!」

 

「これでは全てあちらの思うままではないですか! 商人として、それでいいのですか!」

 

 周囲のヤジに対して、ジークニス商会長は気にすることなく歩みを進め、バーガルドの前に立つ。

 

 そして、バーガルドの方に手をやった。

 

「バーガルド、疑って済まなかった」

 

「……いいんです。あれは、一度体験しないとわからないようですから」

 

 二人の様子に周囲は唖然とした。彼らの共通点はエノールに会ったこと。

 

 それが周囲の商人にも恐怖を伝播させた。

 

「正気じゃない! 何を要求されるか分かったもんじゃないぞ!」

 

「エノール様は領地内の商業の活発化を望まれている。それ以上の展望は聞いていないが……我々商人にしてみれば協力するほかあるまい」

 

「しかし、あの落ち目の貴族と手を組むなど……!」

 

「アレは、落ち目なんかじゃない!」

 

 バーガルドが叫ぶ。今度は誰も茶化すものはいなかった。

 

 彼の物言いが、決して狂言ではないのだと商会長が折れたという今の事態が箔をつけていた。

 

「いや、アレは貴族なんかでもない! 怪物だ! 俺はいつの間にか、商人の牙も剥かれてほいほいと口車に乗せられていた! あんな小娘に! それがどんなことかわかるか!」

 

「おい、声が大きいぞ」

 

 商会長は客室にいるエノール達を気にしてバーガルドを諌める。それでも彼は止まらない。

 

「あれと手を組むなだと? 敵に回す方がよっぽど恐ろしい! 俺たちはこの船に乗らないと、もう手遅れになるんだぞ! 時代の荒波に飲まれて取り残されちまう! 他の商会は必ずあの娘の言うことを聞くぞ! 絶対だ! 俺には確信がある!」

 

 気でも狂ったかと周囲で声が上がるが、バーガルドに商会長は賛成した。

 

「うむ、わしも長いこと商人をやってきたが、あんなのは初めてじゃ。いつの間にか相手に飲まれて我を失うなど……終わってみてからでないとわからん。いつの間にか向こうの都合のいいように自分から動いてるんだからな。まるで狐にばかされたみたいじゃった」

 

 商会長の言葉に周囲が押し黙る。ここにジークニス以上の商人はいないのだ。それが周囲の威勢を抑える結果となった。

 

「ここで乗らなければワシらは伯爵家に手を貸さなかった者とみなされる。周囲に手を貸した商会が多ければ多いほど我々の損は大きくなるし、逆に手を貸した人間が少ないほど我々は得をする。どちらにしても乗る以外選択肢はない。そもそも忠誠を誓うなど領民としては当たり前のことじゃ」

 

「それだ! そもそもそれがおかしいんだ! 俺ら領民に忠誠を誓わせる必要なんてないのに、なんでわざわざ伯爵代理なんて奴が俺らに忠誠を──」


「それは、ワシらが心の底では忠誠を誓っていないからじゃろ」

 

「っ……」

 

 周囲はその言葉に顔を背けた。

 

「……ワシ達は伯爵の要請であっても協力を出し渋っておった。それは他ならぬワシらが伯爵家を軽んじておったからに他ならない。あの娘はそれを見抜いているんじゃ。ワシらが本当の意味での領民でないから、今一度忠誠を誓えとな」

 

「それなら、だからこそ何をされるかわからないじゃないか! そんな奴に与するなんて狂ってる!」

 

「だからこそ、じゃよ。ここで見捨てられたり見放されたりあまつさえ敵対されるよりかは、恩を売っていい関係を続けていた方がよほど安全じゃ。いくらアルガルド家といえど、伯爵家を敵に回す者ではない……それに、あの娘が当主なればそれはすぐに覆るぞ」

 

 商会長の言葉に周囲が騒然となる。

 

「な、なんと……?」

 

「言葉通りの意味じゃ。ワシらが何もしなくとも、エノール様は他の商会の協力を取り付けるじゃろう。騎士・諸侯の土地に自分の徴税所を作り、食い込ませ、何かあった際に負担を強いる。ワシらだって耳にはしたことあるはずじゃ。騎士達の中抜きが激しいとな。アレはそれにも気づいている。気づいた上で見逃している。今は敵に回すと面倒だとな。泳がせて、大変な時にそれを理由に負担を強いて、破産させる気じゃ。そして商会の資金を使って援助して、騎士領を骨抜きにする」

 

 それは七歳の少女が考えたと思えない吸収の仕方だった。犯罪組織だってそんなことはしない。

 

 周囲は視線を泳がせ、困惑し始める。ようやくエノールのおかしさに気づいたのかとバーガルドは嘆息を漏らした。

 

「商会長、我々はどうすれば……」

 

「恭順するのじゃ。あの伯爵家が力を持つ日もそう遠くない。その時、恩を売るのと売らないの、どちらが得するかなど決まっている。アレは言っとったぞ。『お前達は商人としてではなく、一領民としてここに立つのだ』とな。わしらは大人しく領民として領地の発展を見守ればいい」

 

 その言葉で決心がついたようだった。エノールが説き伏せる必要もなく、全員がバルワルド商会の名の下、個人名で『忠誠を誓う』という書類にサインした。

 

「──はい、これで契約成立ね」


「ありがとうございます、エノール様」

 

「いえいえ、こちらこそありがとう。これからはよろしくね」

 

「はい」

 

 周囲の商人達はどこかいたたまれない様子で商会長とエノールのやり取りを聞いていた。

 

 エノールが綺麗な笑みを浮かべて周囲に話す。

 

「それから、手付金よ。受け取ってちょうだい」

 

 バルターに合図を出すと、カバンのなからいくつかの書類が出される。

 

「これは……」

 

「病気についての記録よ。病気はね、単なる体の不調と呪いによるものの二つに分けられるの。呪われるのは水か体のどちらかだけ。体が呪われた場合どうしようもないけど、基本的に流行病は水が呪われてるから……水といっても体内の水ね? 鼻水・汗・涙・糞尿・血液その他諸々、水分を含んでいるとそれが呪われているから、呪われた水を他の人が摂取すると呪いがうつる……詳しくはそれを読んでね」

 

「……あ! お待ちください!」

 

 咄嗟に商会長が引き止めてしまう。具体的な要件もないのに呼び止めてしまって、ジークニスは困ってしまうのだった。

 

「……」

 

「あ、あの……」

 

「……診療所の初期費用は騎士に、その後の資金援助は貴方達商人に任せます。借金として貴方達には借りるから、利子ではなく数割の上乗せ返済でお願いね。その代わり援助者には診療所との取引を独占していい権利をあげるから、いざという時にコネを作っておくのと、その時にはいい商売相手としてお願いね?」

 

「ああ、はい……」

 

「それじゃあ、ご機嫌よう」

 

 相手は七歳だ。見惚れるなどあり得ない。

 

 それでもエノールは周囲の視線を釘付けにするような所作で挨拶をして、その場から去ってしまう。彼女がいなくなってその場の空気の温度感が一度ほど下がった。

 

「……はは、はは」

 

 誰かが乾いた声をあげた。

 

「あれが七歳かよ……」

 

 一人が全員の心の声を代弁した。

 

 

 

 

 

「ふう、疲れた……」

 

 エノールは馬車の中で大きく伸びをした。

 

 また別の商会と交渉して、そちらも書面でやり取りし、これで彼女に忠誠を誓った商会は五つに及ぶ。

 

 道中、診療所を建設して良さそうな場所をピックアップして、医者だという人を探し回り話を聞いてはどうにか知識を引き出せないかと訪問して回った。

 

『なんだい嬢ちゃん、ここは嬢ちゃんみたいな若くて健康な人が来るところじゃないよ』

 

 特に老婆の医者は評判が良く、どうにか知識を提供してもらえないかと交渉した。

 

『悪いけどね、私の知識は物種なんだ。おいそれと教えるわけにはいかないよ』

 

『……なら、物種をあげればいいのね?』

 

『なんだって?』

 

 金貨の小袋をひっくり返して、婆さんは目を剥いた。しかし、すぐに訝しげな顔をする。

 

『一体、何しようってんだい』

 

『私は医者の知識を買い漁っている。まともな医者のまともな知識を集めて、領内に振り撒く。診療所を作って平時には治療代を借金させ、いざとなった時に無償で提供する環境を作る。そのために、貴方の知識が必要なの』

 

『……』

 

 老婆はたじろいだ。しかし、すぐにうんとも言わなかった。彼女の行動原理が商人のそれとは少し違っていただけに、商人達よりも相手がしづらかった。

 

『有益な情報を私にもたらせば、報酬を渡す制度を作る。そうすれば医療が栄える』

 

『けど、そうなれば患者を実験台がわりにして遊ぶ連中が出てくるだろうね。医者まがいの方がよっぽど人を殺すよ』

 

『だから、診療所以外での医療行為を禁止にする。違反すれば犯罪、傷害や殺人の一つとして扱う』

 

『それだけじゃ足りないね。もっと根本的な解決策をちょうだい』

 

『……分かった。それなら、報酬制度は診療所に勤める医師限定にする。それなら医者まがいの方から診療所に集まる。面接方法は……まだ考えるけど、少なくとも診療所で見張れば問題はない』

 

『……何が知りたいんだい?』

 

 そうして、老婆は折れた。あの時はエノールも苦労した。

 

『全部よ、貴方の知識、全部』

 

『これまた強欲なガキだね。死んだら地獄に行くんじゃないのかい?』

 

 流石にその発言にはバルターも腹に据えかねたようだが、エノールは笑っていった。

 

『為政者なんて全員地獄行きよ』

 

 ヤブ医者ほど情報を出し渋る。そういった輩には金貨を一枚投げつけて黙らせるのだ。

 

 バルターはそんな輩に金を渡す必要はないと言っていたが、たとえどれだけ可能性が低くともエノールの持つ佐藤健の記憶が経営者のものであって医者のものでない以上、藁にも縋って情報を集めるのだった。そうして情報を集めるが、流石に道中で金がつきそうになるので、商会で借りたりもする。

 

『路銀を少し借りたいのだけど、いいかしら』

 

『ええ、金利一割でどうですか?』

 

『伯爵家相手に商売する気? 随分なものね。こんな幼気な少女から金を搾り取って罪悪感は抱かないのかしら』

 

『あはは、貴方みたいな幼気な少女はいませんよ』

 

『失礼ね、一割増しでどう? 流石に金利はやめて』

 

『二割増しで』

 

『一割よ』

 

『……わかりました。一割で』

 

『ありがとう。屋敷に戻ったらすぐに送るわ。これからもいい取引を』

 

『かしこまりました』

 

 相手の商人は苦笑いしていた。

 

「……」

 

 馬車がノックされる。

 

「エノール様、お部屋が取れました」

 

「ありがとう、バルター。ご苦労様ね」

 

「いえいえ、とんでもない。それよりも、宿の店主から遊牧民について聞きました。この辺にいるそうですよ」

 

「そうなの!」

 

 珍しくエノールは声を大きくした。目の上のたんこぶだった『ベティクート』問題、それに一陣の光が差し込んだのだ。

 

「はい、しかし、妙な噂がありまして……」

 

「噂?」

 

「はい、というか店主から聞いたのですが……遊牧民は商人達を襲ったりと賊めいたこともするらしく、町に交易に来たりもするのですが、地元の人間からしてもどう接していいやらわからない状況で──」


 エノールは愕然とする。馬車の中でついに膝をついてしまった。

 

「エノール様⁉︎」

 

「……なんでよぉ」

 

 領内の問題がまた増えた。


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