戦前の活劇
それからエイジャーは部屋に篭りきりになり、次々と手紙を書いては家臣に送らせていた。
彼の直轄地はここを中心として広がっているため距離が近く、すぐにでも返事は届き協力するとのことだったそうだ。
彼の見積もった額を用意できない村もあったそうだが、その程度は許していいとエイジャーには言っておいた。
余計なお世話かもしれないが、返事に『貸にしておく』と書いとけばありがたがって──そうでなくとも、一度ぐらいは無理を聞いてくれると言った。素直に実践したようである。
エイジャーは私の吹き込んだ手練手管にものすごく嫌そうな顔をしていたけれど、彼もポーカーフェイスができないタチだろうか。
まあ、心理戦をさせなければいい話だからどうにでもなるけど、彼はなんとも心優しい人のようだ。きっと、民の覚えもいいに違いない。それならそれで使いようはある。
色々といざこざはあったが、騎士達も私の名前を出すと逆らえなかったようで、なんとか了承させることに成功した。その結果を私につけたメイドを通して逐一報告してくれる。やはりこう言う時のためのメイドだったようだ。
バルターやアイシャは『気づいていたのですか?』などと言っていたが、あの男が私の後ろにいる使用人に気が付かないはずがない。それでもなおメイドをつけたのだから、彼女の言う通り『お世話』が目的なのではなく、私のそばにつけること自体に意味があるのだろう。
この状況では一に連絡、二に監視が思いつく。両者の意味があるかもしれないが、お人好しのエイジャーは一しか考えついていないだろう。
あの男は「報告が欲しい」と言う私の願いに即座に対処してくれたと言うわけだ。これも加点対象である。
私の中でエイジャーの株がストップ高しているが、事態は着々と進行していった。
町や村から金銭を餌に志願者を募り、その中から死ぬ危険のない腕に覚えのある人間だけを町長・村長の許可のもと送らせる。弱っちいやつにこられても食料を無駄にするだけだし、ダメそうなら長が許可を出さないことで来れないようにしていた。
各方面に盗賊団退治の依頼を出している。参加すれば基本報酬が出て、盗賊を打ち取れば追加報酬が出る。
この方式は私が提案した。もし基本報酬だけに資金を全振りしてしまうと、予想より多く人が来た場合支払えなくなる。基本報酬は人数分だけ支払うことになるが、追加報酬は事前に額が決まっているのだ。
町や村によって志願者の数を制限しようとも考えたが、それだと人が思ったより集まらない可能性もあるし、追加報酬があればやる気も出るのでこの形が一番だった。
エイジャーは『どうやったらこんなものを……』などと驚いていたが、さっさと私はここを出たいので──別に悪いところではないが──さっさと働けと尻を蹴っ飛ばしてきりきり働かせた。この旅は途中から延長の続きだ。
護衛は文句を言ってこない。暇だろうが、歩かない分には楽だと考えているのだろう。こうしているだけでも屋敷でそれなりに上等な料理が出てくる。私が護衛の分も頼んだので、彼らも満足していることだろう。
「なあ、嬢ちゃん」
「エノールよ」
「……エノール」
「次期伯爵を呼び捨て? 良いご身分ね」
「……エノール、様」
「何?」
「……いつまでここにいるんですかい? 良い加減出発しないんですか」
そんなこと考えていたら、ゴードンから催促が来てしまった。
「近くで盗賊団が出たらしいの」
「俺らなら大丈夫ですよ」
「三人で、七人以上の盗賊団に対処できるの? そんな一騎無双の凄腕とは知らなかったわ。護衛の時は期待してるわね」
「……」
「勘違いしないでちょうだい。貴方達は護衛よ? 自分から危険に突っ込むのが仕事じゃないの。一人で勝手に突っ込むのは良いけど、それに私を巻き込まないでちょうだい。今は諸侯が手紙を出しまくって人を集めてるわ。何人かは知らないけど、一週間もすれば人は集まる。そしたらすぐに討伐が始まるから、それを見届けたら出発する。これも私の旅の一環よ。貴方達はついてきなさい」
「……分かりましたよ」
「あら、素直ね。そんなに暇なの?」
「いいや、全然。これっぽっちも暇じゃないです」
ゴードンはすぐに言葉を翻した。いいように使われるのはゴメンだと思ったのだ。
諸侯が各地から金を集めて、騎士領に赴きそちらにも出向いて金を受け取ると、戻る頃には人が集まっていた。全員の前でそれを叩きつけていう。
「この近くの森に、奴らが根城にしていると思われるアジトがある」
時刻は夜、あたりは真っ暗だ。松明の光がエイジャーを照らしている。
「……村が襲われた。村人が人質に取られている。これを許しておいて、何が諸侯か。何が為政者か」
私が入れ知恵した。彼らの前で演説しておけと。
あらゆる組織はその行動に作戦という形態を取る。そして、組織行動をとる上では上司と部下が同じヴィジョンを共有し、同じ方向を向くことが肝要だ。
だから、戦の前の演説とかは割と理にかなっている。経営者の目線ではそう思うのだ。エイジャーは続ける。
「怪我もするだろう。誰かが死ぬかもしれない。だが、ここで野放しにしておいては今度は俺らの家族がやられる。俺らの住んでいる町や村が狙われる」
男達はごくりと喉を鳴らす。私はエイジャーの背後を眺める形で、その光景を見ていた。
「貴様らはなんだ! 男だ! 盗賊達をぶっ殺すために集まった、勇猛果敢な戦士達だ!」
誰も返事しない。そんな練度はこの部隊にない。
けれど、聞き入っている。これでいい。幾らかはちゃんと心に届いている。
静寂の中、エイジャーが虚しくそれでも声を上げる。
「金が欲しいか⁉︎ くれてやる、だから盗賊の首を取ってこい! 俺たちの仲間の仇を取ってこい! 時刻は明日、早朝に向かう! 死にてえやつからついてこい!」
私は、少し舐めていた。
全て自分の手のひらの上だと思っていた。確かにそうかもしれない。ここまで想定外なことは何一つ起こっていない。
けれど、初めて戦いに出る男達の顔を見て、声を張り上げるエイジャーと松明たなびく場の雰囲気に飲まれそうになって、初めて息を飲んだ。
この肉体のせいか、少しだけ怖く感じる。この肉体が佐藤健のものであったとしてもまだ怖いと感じただろうか。わからない。
見上げるエイジャーの背中は、私が知っているものとは違って見えた。
男達はゾロゾロと帰っていく。段から降りて、エイジャーはぽりぽりと頰をかいた。
「うまくできたでしょうか……」
私は台無しだなと思って、ふぅと呆れたため息を漏らす。
「良いんじゃない? 男達も静かに気合を入れてたみたいだし、猪武者みたいにやってきた男達に盗賊団は竦み上がると思うわ」
「エノール様がいてくれて本当に良かったです。貴方がいなければ、私は間違った道を進んでいたかもしれません」
そう言って、エイジャーは自身の持つ金袋を見つめる。
これはエイジャーが集めさせたお金だ。決して彼の財産ではない。
「ほら、それじゃあ屋敷に戻りましょう。明日も早いんだから」
「そうですね、行きましょう」
最後の最後に仕切るようなことを言ったけれど、本来私はその資格を持っていなかったかもしれないと内心思っていた。
「……」
私はエイジャーにあてがわれた屋敷の部屋に戻った。ここ二週間ほど滞在して、少しだけ見慣れてきた部屋だ。
ベットに横たわって、杖を見る。
「やっぱ光ってんな……」
先ほど、周囲の熱気に当てられて思わずギュッと杖を握ったけど、そのせいでまた光らせてしまったのだ。もう怖くはないが、眠れるかは心配だ。
「なんなのかしら、これ……」
いまだに正体が掴めない。
なんとなく、肉体的にというよりは気持ち的に力を込めると光だす。杖を伸ばすときも精神的に何か抜かれているような、そんな感覚がある。先端の球体は無条件で浮いている。
「エネルギーを吸っているのかしら……」
そんな気がするが……気のせいかもしれない。わかってないことが多すぎて、何も推測できない。
もう一度力を込めると、光が一層強まる。蝋燭ほど明るくもない弱々しい光だ。光る苔とか、蛍石とかが佐藤健の記憶にはあったけど、そんな感じだ。時間経過で徐々に弱まってくる。
最近は杖に上手く力を入れる感覚を身につけた感じがして、簡単に光らせられるようになったが、それだけだ。後は伸び縮みが心なしか早くなったような気がする。
以前と比べられないので『かもしれない』の範疇を越えないのがもどかしい。一体私にこの杖をどうしろと……
未だこの領地をどうにかするアイデアは浮かんでいない。
農業か商業、それらをどうにかする打開策がいまいち浮かばないのだ。
インスピレーションを得て、良い感じの期待できる産業がないか、成長しそうな事業がないか探すのが今回の旅の一つの目的だが、残念ながら未だ成果がない。
地域に密着して周囲を盛り上げて町村の地力を上げてくれるような事業とか、領内全体に展開できるような可能性を秘めた事業とかが望ましいのだが、今のところうまくいってその場だけでしか営業できないような、そんな可能性ばかりだ。
私は経営者だ、魔術師じゃない。期待できる『芽』を探して水をやって世話をすることしかできない。種はそこに住む人々が植えるのだ。
なのに、やったことといえば杖で遊ぶことだけ。いや、騎士や諸侯との訪問はできてるけど、地盤だけ盤石にしてもなぁ……何かやるために使うのがコネだし、事業がないと生かしようがないんだけれど、騎士や諸侯の中抜き問題の解決策も思い浮かばないし、あれもこれもできないことばかり。
私は杖をベッドの近くに立てかけて、薄ぼんやりとした光の中目を閉じる。
あぁ、明日になって全てが解決してくれないかなぁ……