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盗賊団

「エノール様、おはようございます」

 

「……おはよう」

 

「どうしたのですか? 昨晩はよく眠れませんでした?」

 

「いえ、大丈夫よ……」

 

 真っ暗の宿の部屋で、一人杖が光ってしまっていることに気づいてしまった私は、あれから数時間眠れなかった。

 

 微妙に光ってるじゃん。本当に微量だったけど……一時間経っても消えなかったし。いや、そもそも数時間とか経ってたのか? 寝付くまで永遠に続くような思いだったから、時間感覚が曖昧だ。

 

「今日は騎士の元を訪問して、近くの街で聞き込みをしながら昼食を済ませて、それから諸侯に会いに行きます」

 

「ええ、分かったわ……」

 

「馬車に乗ってからも数時間は揺られますから、それまでお休みください」

 

「ありがとう、バルター」

 

 そうして、私たちは諸侯のもとを訪れた。

 

「……なんだか、騒がしいわね」

 

「ええ、そうですね」

 

 執事長は少し厳しい目線で、それでも不思議そうに屋敷の中を覗く。遠くからでよくわからないが、妙に騒がしかった。

 

 門にいる人間にやってきたことを伝えると、しばらくして諸侯が出てくる。

 

「これはエノール様、遠くから御足労いただきまして……」

 

(この男はまともね)

 

 脳内のまとも枠フォルダにインプット。

 

「私、3人の騎士をまとめております諸侯のエイジャー・グラニールと申します。以後お見知り置きを」

 

 丁寧に挨拶するエイジャー。これは高得点です。他がひどすぎて若干評価が甘くなってるけど。

 

「お疲れのところ申し訳ないのですが、少々面倒なことになっておりまして、エノール様をおもてなしするのに少々お時間をいただきますと言いますか……」

 

「何があったの?」

 

「盗賊が出たんです。それも複数人。おそらくは盗賊団だという報告で、こちらとしても対処を急いでいまして……」

 

 私はエイジャーの話を聞いてすごい顔をしていたと思う。私の顔を見てバルターも居心地悪そうな、苦々しい顔をしていた。

 

 この領地はまたも私の邪魔をするのか。今度は盗賊団? もうやめてくれ。私のせいでもないのにどうしてこうも身内の恥が多いんだ。勘弁してくれ。

 

 私の顔に心情が現れていたのか、諸侯も何とも申し訳なさそうな顔をする。私はすぐに顔を取り繕って諸侯に言った。

 

「それならそちらの対処を優先してちょうだい。できればこちらにも報告を回してくれると助かるのだけれど」

 

「はい、それはもう……!」

 

 私は諸侯の屋敷を案内され、客室で寛ぐこととなる。

 

 エイジャーの屋敷は葡萄畑の諸侯ほど華美なものではなかった。屋敷は広かったが、おそらくは安く売りにされていたものを買ったのだろう。しかし、客室はそれでも広いものでリビングぐらいのスペースがある。お茶も出てきたのでソファにゆっくり座りながら事態の詳細が来るのをじっと待っていた。

 

 佐藤健が子供の頃はじっとしているのも難しかったのに、人は慣れるものだ。エノールも子供なのだが、この旅を通して得た経験から待たされても我慢できるようになっていた。我ながらすごいと自分を褒め称える。

 

 ゆっくりくつろいで気長に待つつもりでエイジャーの報告を待つ。私は徐に自分の杖に目を向けた。

 

「……? エノール様、何をしておられるんですか?」

 

「え? いや……」

 

 この杖、光るのだ。柄を伸ばすだけじゃなくて、柄を伸ばしたり念を込めたり力を入れてみたりすると、なぜだかぽうっと光るのだ。

 

 この杖は怖い。でも流石に毎晩毎晩部屋で一緒に──道具と一緒にと言うのもなんか変だけど──寝ているのだから、いい加減慣れてくるものもある。


 夜になっても光ったらきっと今晩も眠れなくなるのに、なんとなく手慰みでいじってしまう。これがこの杖の魔力か……いや、単に私が暇なだけだけど。

 

 球体は浮いてるし、妙に光るし、柄は伸びたり縮んだりするし、一体何なんだこの杖は。誰か取扱説明書をくれ。

 

 一体どう言う原理で光っているんだろう。なんとなく力を込めているふりをするのだけれど、それで光が強くなる時とならない時がある。この違いはいったい何なんだろうか。

 

 柄を伸び縮みさせた時は今の所必ず光りが強くなる。念を込めてみたりしても同じだ。いったいこの杖の何がそこまでさせるのだろう。何にそこまで突き動かされているんだろうか。できることのなら働きたくない私とは大違いだ……働かなかったら死ぬけど。

 

 あーやめやめ、というかあんまり変んなことしてると流石にバルターも気づくわよね……気付くわよね? やめてよ、私しか気づかないとか。洒落にならないから。

 

 私が客室のソファで震えながら待っていると、しばらくして少し疲れた様子のエイジャーが現れる。

 

「お待たせしました、エノール様……」

 

「いいのよ。それで、何が起こったの?」

 

「はい。近隣にある村が物盗りに遭ったらしく……」

 

「物盗り?」

 

「はい……それだけなら騒ぐことでもなかったのですが、何しろ規模が大きくて村全体が被害に遭っているようです。おそらく犯人は──」


 犯人は分かっているのね……

 

「──周辺で名を轟かせている盗賊団かと……」


「それで、そいつらをひっ捕まえようってわけね」

 

 私の言葉にエイジャーは微妙な顔をした。

 

「どうしたの?」

 

「えっ、いえ! あの、領内に蔓延る犯罪者どもをのさばらせるわけにはいかないのですが、その盗賊団は以前にも街に襲撃まがいのことをいたしまして……」

 

「盗賊団なのよね? 日中昼間から? それとも夜半に家宅に押し入って?」

 

「いえ、日中から堂々と押し入って……」

 

 なんだそれ、もはや強盗団じゃないか。

 

「それ、強盗団の間違いじゃない?」

 

「ええ、そうなのですが……強盗団で有名な犯罪者グループは他にもいまして、その盗賊団も基本的には盗賊まがいのことしかせず、人の命を取るようなことはあまりないのですが……」

 

 うわ、耳が痛い。何? 強盗団で有名なのが他にいる? やめてくれ。これ以上面倒を増やさないでくれ。

 

「……今回は違うのね?」

 

「はい。村人の証言では怪しい男が七人ほど逃げていく様子を見かけたと言うのですが、その中に村の人間がいたようです。聞く限り拉致されているようでしたからおそらく人質を取ってそのまま逃走したのだと思われます」

 

「……」

 

「それで捜索隊を派遣しようとしたのですが、その盗賊団は一度街の自警とやりあって撃退しているのです。その時にも死傷者が多く、領民を派遣しようにも危険すぎるかと……」

 

「つまり、あれでしょ? さっさと人質を取り返せと村の人間には言われてるけど、自警団を撃退された経緯があって周囲が及び腰。行く人もいなければ、その盗賊団をどうにかできる人材もいないと」

 

「お見それしました。左様にございます」

 

「放っておけば?」

 

「は?」

 

「いや、と言うかそうするしかないんじゃない? 人材がいないんじゃどうしようもないでしょ。その人質には悪いけど、これ以上屍を増やす必要もないと思うわよ」

 

「いっ、いえ、しかし!」

 

「諸侯といえど貴方はここの統治者、為政者には時に冷徹な判断を下さねばならない時があるわ。今がそのタイミング。違うかしら?」

 

「……その通りにございます」

 

 エイジャーは肯定したけれど、結局諦めきれていないようで拳を握りわなわなと震わせていた。きっと自責の念にでも駆られているのだろう。この人は……優しい人だ。

 

「……策でもあるの?」

 

「騎士達に手紙を出し、荒事に慣れた者どもを組織して向かわせます」

 

「へえ、算段はできてたってわけね。それで? 私はそんな貴方に野暮を言ってしまったのだけれど、お金はどうするの?」

 

「それは……」

 

 エイジャーは私の質問に苦虫を噛み潰したようになった。

 

「荒事に向いた人間……ね。そんな人達が盗賊団を撃退するから力を貸せなんて言われて、簡単に頷くとも思えないわ。騎士にしたって同じでしょうね。あの手この手で理由をつけて、きっと金をせびってくるわよ。それだけの資金があるの?」

 

「……当座の金を屋敷に蓄えています。それを使えば、なんとか……」

 

 この男が自信なさげなのだ。きっと、フルで動員できる確率は三割にも満たないと言ったところだろう。

 

「ダメね、ありえない」

 

「なぜですか!」

 

「領民のために身銭を切るのがありえないって言ってるの」

 

「そんな!」

 

 ダメだ。この男はそもそも為政を、経営を勘違いしている。統治者としては向いていない。

 

「貴方の抱えている人員と土地は、貴方個人が抱え切れるものではないわ。そして、抱えるべきとも私は思わない。思えない。貴方は民を使って民を潤すの。決して身を切って民を潤してはダメよ」

 

「……なぜですか」

 

「食われるからよ、民に。統治している人民に。貴方はそうやって問題が出るたびに金を使うつもりなの? 足りるの? 貴方は生粋の豪商とかでもないみたいだけど、たとえば今回みたいな強盗団がまたやってきたとして、また同じ手段を使うつもり? いいえ、そもそも使えるの?」

 

「くっ……」

 

 エイジャーは拳を握りしめた。

 

「いい? 民には魚でなく釣竿を与えるの。与えるだけじゃダメよ。得るための方法を教えなさい。そして自分で勝ち取らせなさい。民が平和を欲するのだとしたら、民自身に平和を勝ち取らせなさい。でないと貴方は──力を失って為政者としての仕事さえ果たせなくなるわよ」


「……エノール様、このエイジャー・グラニール、全くどうすればいいかわかりません。この愚かな男に知恵をお授けください」

 

 エイジャーは恥いるように言葉を吐いた。きっと屈辱的だったのだろう。いくら伯爵家とはいえ、為政のことを七歳の少女に説かれるのは。それが言い返せないとなれば、途端に人は頭に血がのぼる。

 

 機転よし、態度よし、判断よし。ちょっと知識見識が足りない部分はあるけど、教育すればどうにでもなる範疇ね。これをここ一帯を治める諸侯にしてもいいのかしら。

 

「貴方の治めている村・都市・集落で引き出せる最大の金額は、今回の対処に必要な資金を超えているの?」

 

「えっ……と、直轄地は町が三つ、村が五つで、騎士領も含めれば町五つに村が二十一箇所なので、無理をさせれば出すことはできますね」

 

「なら、そうしなさい。その町や村の中で襲われたのはどれくらいあるの?」

 

「これまで盗賊団の被害にあったのは村二つと町一つ……しかし、今回の盗賊達が犯人かはわかりません」

 

「他にも犯人がいる可能性があるのね……」

 

「はい……」

 

「はぁ、分かったわ。それなら、襲われた町村以外に金を出させなさい。脅し文句はこうね……『あの村や町みたいになりたいんだったら金を出さなくてもいいぞ』と、それから『金を出さなかった場合、これから先何があっても助けてやらん』と言ってやりなさい。みんな喜んで出すはずよ」

 

「そっ、そんな! それではまるで脅すようではありませんか!」

 

「脅す? 失礼ね、貴方、誰に向かってものを言っているの?」

 

「す、すいません……」

 

「勘違いしないで。私はただ事実を言ってるだけよ。他の村が困っている時に手を差し伸べないのなら、自分たちが困っても文句言えないでしょ? 何事もギブアンドテイクよ。今回と、これまで盗賊の被害を詳らかに語って、手紙を送りつけなさい。荒くれどもを組織しようとするんですもの、もうその盗賊団とやらのアジトは分かっているのよね?」

 

「アジトかは分かりませんが、奴らが頻繁に出入りしている場所がありまして……森の中なのですが」

 

「それなら、さっさと手紙を送りなさい。それで、まずは直轄地の約束を取り付けるの。伯爵(わたし)の名前を使ってもいいわ。領内の治安を守るのは貴族の義務だもの。自分の身が二重の意味で危険に晒されるのなら、渋々でも出してくるわ。そしたら、騎士達に手紙を送りなさい。『俺たちはこれだけ集めた、お前らは村を○箇所と町を○箇所もっているから、〇〇だけ資金を用意しろ。これは伯爵命である』って」

 

「わ、わかりました……」

 

「それならさっさとしなさい。私はここに滞在するわ。いい宿屋を知ってる?」

 

「でしたら、うちに泊まってはいかがですか……? ここら辺では一番大きい屋敷ですし……」

 

「そうね」

 

「エノール様!」

 

 バルターが口を挟んでくる。

 

「何、バトラー。私は今、この方とお話ししているのだけれど」

 

「エノール様、早くここから出ましょう! 盗賊団がいるのですぞ? そんなところに長く留まってはいけません。さあ!」

 

「貴方こそ何を言ってるの? 彼が対処するまで、盗賊団が動かない保証がある? 道中で出くわしてみなさい。私たちは奴らの餌食よ」

 

「し、しかし……」

 

「それに、盗賊団といえど馬鹿ではないでしょう。この屋敷が襲撃されるのなら、もはや安全な場所はどこにもないのだし、いざとなったらすぐに出られるよう馬車を準備させておくだけでいいわ」

 

「…………分かりました」

 

 バルターもまた渋々と頷いた。

 

「それなら早く動いてちょうだい。貴方が早く終わらせないと、私たちも出られないの」

 

「か、かしこまりました!」

 

 人の良さそうなエイジャーはすぐに部屋を出ていく。しばらくして、一人のメイドが姿を現した。


「エノール様、旦那様から貴方様のお世話を仰せつかりました。よろしくお願いいたします」

 

 執事長と側付き女中が口を挟もうとするのを制して──


「ええ、よろしくね」

 

 私は満面の笑みで答えた。

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