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光ってる杖

暑いですね

 夕方の馬車、エノールと執事長、そして側付き女中ウェイティング・メイドのアイシャは同じ馬車に揺られていた。

 

「悪いわね、付き合わせて」

 

「滅相もありません。エノール様の行く道が、我らの行く道です」

 

「そう」

 

 エノールは端的に答えた。

 

 アイシャは口を開くことが少ない。エノールが突飛な行動に出た時に止めることはあるものの、彼女の職務はあくまでエノールのそばで控えること。主人が呼ぶまでメイドが積極的に主人と関わろうとするのは見苦しいのだ。屋敷でならともかく、ここは屋敷の外だ。

 

 エノールの旅は数日ほど延長することになっていた。エノールの言葉により、予定外の目的地が追加されたからだ。

 

「しかし、なぜ諸侯が従えているはずの騎士のもとにも訪問したのですか? あの者に任せて居れば良かったと思いますが……」

 

 執事長は当然の質問をする。

 

 これはエノールの地盤を盤石のものとするための儀式だ。その上で、諸侯との顔覚えをよくすれば、彼についている騎士も従う。本来であれば出向く必要もないし、むしろ人の部下に勝手にちょっかいをかけたとなれば、いくら伯爵だろうといい顔をされないかも知れない。

 

 エノールもそれを分かった上でわざわざ旅の計画を変更させた。彼らへの訪問はこの旅の予定外だったのである。

 

「あれはダメなのよ。私の勘が言ってる。あの諸侯は無能よ。放っておけば、あれだけ説明して分かりやすいフォーマットを出しても無能を曝け出すかもしれない。計算外ね……あれほど無能とは。人としてならまだしも、仕事人としてあれは信用できないわ」

 

「そこまでですか?」

 

「ええ、そこまでよ」

 

 少女は毅然として言った。彼女の横顔に茜が刺している。

 

「バルター、こんな言葉を知っている?」

 

「何でございましょう」

 

「『有能な敵より、無能な味方を警戒せよ』」

 

「……」

 

「バルター、覚えておきなさい。無能は罪よ。特に組織行動では敵と同じく信用に値しない。むしろ、敵の方が信用できるかしらね。何せ奴らは、有能な敵と同じ損害を味方に与えるのに、さも味方のふりをするのだから」

 

「エノール様、それは……」

 

 エノールは声を途切らせた執事長を見る。以前と変わらぬ少女の瞳を見て、バルターは何も言えなくなった。

 

「それにね、私が行った方が彼らの覚えもいいでしょ? 見た? あの騎士達の顔。次期伯爵がわざわざ自分に会いに来たぞって大はしゃぎだったじゃない」

 

「もちろんでございます、エノール様はそうなられるべきお方ですから」

 

「それできちんと働いてくれるなら安いものよ。あの愚図が命令するより、私が直接赴いて説明した方が早いし」

 

「それは……そうですね」

 

 実際、エノールの教え方はそこまで学のない騎士にも理解させられるものだった。

 

 要点をかいつまんで、相手が理解できないだろうことを複数回繰り返して説明する。高賃金の女教師ガヴァネス教育使用人チューターでも難しいだろう。

 

 たとえあの諸侯が騎士達に手紙を出したとて、あの男では満足いく説明ができなかったかも知れない。ただでさえあの様子ではエノールの意図を十分に汲み取りきれていなさそうだと言うのに、どうして文面で人に説明できようか。

 

 無論、デメリットもある。それは次期当主となる人間が簡単に動くと周囲に噂されることだ。そうなれば周囲から軽く見られるかも知れないが……そもそも、このアルガルド伯爵家の格はあってないようなものである。バルターにとっては認め難いことではあるが、周囲の人間に舐められているのは疑いようもない事実だった。

 

 この少女もその可能性を天秤にかけた上で、今はもう何も失うものはないと、むしろ失えるものはないとしていた。本当に何から何まで、いったい誰が彼女に知恵を授けたのか。思い当たる節としては星見の儀式くらいである。

 

 バルターは心の中で星に感謝の祈りを捧げた。

 

「それより、今後の予定はどうなっているのかしら」

 

「はっ、現在騎士十二名と諸侯一名に顔合わせを済ませており、残るは騎士二十三名と諸侯一名。諸侯が従えている三名の騎士を除けば残り二十一名への訪問を控えております」

 

「都市は回るのよね?」

 

「エノール様のご希望通り、一万人以上の規模を誇る都市は道中に回る予定となっております。商会や自警団にも手紙を出していますから、あちらで歓迎されることでしょう」

 

「ご苦労ね」

 

「お褒めに預かり光栄です」

 

 アルガルド伯爵領には広い平原が広がっている。

 

 耕作地にはあまり向かないそうだが、遊牧の民が暮らしていて、領土の東などは彼らの住処だった。

 

 エノール達は旅の後半でそこにも訪れることになっている。

 

「……あれ、この領地には遊牧民がいるんだったわよね」

 

「はい、記録によれば」

 

「それ、『ベティクート』はどうしているの?」

 

「……さあ?」

 

「いや、いやいやいや……!」

 

 そこで芋づる式に『答え』が引き摺り出される。

 

 『ベティクート』は平原を疾走し、群れで道中の獣を襲う。それは人間も範疇に入れられているが、だとしたらどうやって遊牧民はそれを回避しているのか。

 

 彼らの襲撃は波にも例えられ、もはや災害ともされている。彼らは確実に家畜を飼っているし、そうでもしなければ大草原のど真ん中を生きてはいけない。『ベティクート』ならまず間違いなく遊牧民の飼っている動物を狙うはずだが、なぜ彼らは襲われないのだろうか。

 

 エノールはそこに『ベティクート』攻略の鍵を見出した。

 

「……バルター、遊牧民と接触は可能?」

 

「難しいと言わざるをえません。なにせ、大草原をいつも彷徨い歩いているわけですから。人里にやってくる事もありますが狙って会うのは難しく……まして草原の中を探し回るわけにもいきませんし」

 

「さすがに護衛を連れ回すのは難しそうね」

 

 バルターは『言って聞かせます』などと言っていたが、流石にそれは通らないだろう。彼はなぜかゴードン達のことになると頑なだが、ここで判断を誤って自分の身を危険に晒すのも面白くない。

 

 結局、遊牧民には道中で聞き込みをして近くの街に来ていたら会いに行くという、『会えたらいいな』程度で考えることになった。

 

 

 

 

 恐怖とは何だろうか。

 

 それは未知に対する恐れである。既知に対するマイナス感情は嫌悪であり、プラスの感情は親近感である。

 

 未知は恐れと畏れと憧憬と恋慕を抱かせるが、既知は嫌悪と愛情と親情と侮蔑を抱かせる。

 

 実態がないものに対する恐れ。知らないことに対する畏れ。それらは容易に拭えるものでない。

 

 たとえ、エノール・アルガルドの中に眠る佐藤健の記憶が無神教従のものであったとしても、目の前で不可思議な現象に出会し、心臓も凍るような状況に陥れば、少なくとも信じるしかないのである。

 

 エノールが泊まっている宿の一室には、机に杖が立てかけられていた。

 

 外はもう暗い。蝋燭に灯された火はうっすらと部屋を明るくしている。杖の先端につけられている……というか浮かんでいる謎の玉はゆらめく炎の光を反射していた。

 

 なぜだか周囲の人間は杖の先端に浮かぶ球体について言及してこないが、なぜ不思議に思わないのだろうか。こんな現象は普通なのか? 彼らの認識と自分の認識に差異があるだけで、実は魔法みたいなものはこの世に存在しているのでは? そんな期待とも恐れとも取れる感情を抱かせるのがこの杖だ。

 

 恐る恐る握って、『長くなれ』と念じてみる。するとすぐに杖がその背丈を伸ばし、大人の背丈ほどの長さになった。急に柄が伸びたことでバランスが取りづらくなる。危うくどこかに倒してしまいそうになった。

 

 ダークブラウンの杖は木製のようで、どこかに打ち付けてみると軽い金属音がする。アルミやステンレスのような、それでいてコンコンと響く音だ。コンクリートとアルミの中間、それでいて杖自体は傷つかない。どれくらいかは知らないが、どうにも丈夫のようだ。

 

 浮かんでいる球体は青くて水の惑星のようだった。先端は華美に装飾されていて、これがいったい何なのか。どう言う現象で浮かんでいるのかといつも考えるのだが、考えても答えはつかないし、それどころか見慣れてくる始末だった。もう不思議なことではないんじゃないかという考えが鎌首をもたげてくる。

 

 エノールはその考えを振り払った。どう見てもおかしい。佐藤健の記憶にある動物と生態系が違ったり見たことのない動物がいたり街の景観が違ったり、それは認められる。けど、これまで物理法則が明らかに違うと感じさせる現象には出会ったことがない。エノールがもっと幼い頃に何度も使用人に説明して存在があるかどうか聞き込んだが、佐藤健が生前に想像していたようなファンタスティックな存在は何一つとしてなかった。一切、まったくだ。

 

 それなのに、この杖だけがファンタジーの異彩を放っている。どう考えてもおかしかった。それどころか、エノールの記憶は確かに否定しているのにバルターは『エノールがこの杖を部屋に持ち入って就寝した』というあらぬことを言っている。他の使用人に関しても、そもそも見ていなかったり気にしていなかったせいで覚えてなかったりとさまざまだが、執事長の言うことを否定するものはついに現れなかった。

 

 この杖は異常だ。怪談やホラーなんかでよくあるようなことを現実に起こしている。もしかすれば、百万分の一ぐらいの確率で星のせいという事もあるが、十中八九杖のせいだろう。あれから杖を肌身離さず持つようにしているが、今のところ何も起こっていない……確認できる範囲では、という恐ろしい条件をつけなければいけないが。

 

 本当にどうしてこんなことになったのだろう。これはあれだろうか。呪いの装備だから外せませんとか、そんな奴か? ああ、ダメだ。そんな気がしてきた。これは呪われている。どう考えてもそうとしか思えない。私は呪われたのだ。

 

 この領地も呪われているみたいに問題が山積みだし、今度は私自身も呪うか。いいだろう、もう一思いに殺せ。どうせこのままだと二十二の夏に死ぬんだからな!

 

 ……今でも星見の儀式で見たあの夢が思い起こされる。これも呪いだ……呪いといえば、ずっと私が杖を持ち歩いているのに、騎士や諸侯はあまり何も言ってこないのだ! これこそおかしいではないか! 次期当主としてやってきた子供が、変な杖を持っているんだぞ⁉︎ 話題として触れたくはないのか⁉︎

 

 ああ、ダメだ。完全に呪われてる。しかも装備から外せない欠陥品……これ、教会に持って行ったら外せないかな。でも、めちゃくちゃやばいやつでトラブルになったら嫌……そうなったらまた面倒が増える。ああ、病院に行った方がいいって言われてるのに行かない人ってこんな気持ちなんだ……

 

 杖をもとの長さに戻しながら、あれこれと非生産的なことを考えているとなんとなく杖が光っている気がする。

 

 え……何? なんか光ってね? これ、光ってる?

 

 ああ、ダメだ。蝋燭の火が邪魔でわかりづらい。微妙に光ってるような……そうでもないような。

 

 もう夜も遅いし(たぶん七時ぐらいだけど)さっさと寝ようか。明日も早いし、夜中に考え事はよくない。

 

 蝋燭の火をふっと消して、辺りが真っ暗になる。油断した私はすぐに振り返って──杖がやっぱり光ってるのに気づいた。


 ……光ってる(瀕死)

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