第七話 次の新しい物語
最終話なので少し長めです。
「アリーヤ、今回のことはワシの落ち度じゃ」
「神官様?」
小さい頃からいつも優しくて頼もしくて大好きな神官様。
「アリーヤのせいでも、楽師のせいでもない。
全ての責任はワシにある」
嫌だ、そんな悲しそうな顔しないで。
遠縁の若い神官様は、子供の才能を伸ばし、有名になれば皆が喜ぶと思ってのことだったみたいだし。
「いえ、神官様。 我々は覚悟していたはずです。
こういう問題がいずれは起きると」
父がそう言いながら隣に座る私の手を握る。
「そうじゃな。 ただ、こうなったら本人に話さぬわけにはいかぬの」
神官様の言葉に領主様が頷く。
「そうですね。 出来るだけ穏便に済ませたいものですが」
この部屋にいた全員が私を見た。
え?、なに?。 私がどうかしたの。
神官様がいつものように優しく話し始める。
「アリーヤ、ここにいる者全員、いや、この二人の奥方も、キミが前世の記憶を持って産まれたことを知っておる」
「前世の?」
父と小父さんが頷く。
「そうじゃ。 アリーヤはこの世界に違和感があったのではないか?」
「あ、え、う」
私は父を騙していたような気がして、ハッキリとは答えられなかった。
こことは違う世界の記憶。
異世界からの転生と前世とは違うのかな。
あー。 私の場合は前世が異世界人で、その記憶も残っている、ということかも。
「この国では時折、違う世界の記憶を持った者が現れる。
それはとても珍しいので、皆それを欲しがって混乱を招く恐れがあるのじゃ」
あ、私の歌。
違う世界の曲を気に入られて、有名になったら困る。
誰が作ったとか言われたら答えられない。
だって、私が作った曲ではないもの。
だから「歌うな」と言ったオーブリーは正しいと思う。
「それでも、アリーヤは私たち夫婦の子供だ」
父の力強い言葉に私は泣きそうになる。
「そうだな。 で、その娘をどうやって守るかという話なのだが」
領主様が良く通る声で話を戻す。
今回の相手は平民の楽師と、その後援者である高位神官。
たまたま老神官様の遠縁の方だったので何とか引いてもらえた。
「しかし、それが王族だったら。
盗賊に拐われ、他国に連れて行かれたら。
前世の記憶持ちであることを公表出来ない今の状態では、せいぜい町の警備隊しか動けまい」
私は想像するだけで背筋が寒くなる。
「だが、領主の息子の婚約者となれば、一応は何とかなるのだよ」
例え王族であっても勝手に連れて行くことなど出来ないし、他国であっても外交を通じて交渉が可能になる。
「お前さんのためなんじゃよ」
お爺さん神官は優しく微笑んだ。
「そ、それだけじゃない!」
少し大きな声を出したオーブリーに全員の視線が向かう。
「あ、俺、いや、私はそのことがなくてもアリーヤを守りたいとずっと思っていて……」
だんだん声が小さくなる息子に代わり、領主様が話し続ける。
「こいつは八歳の時、すでにアリーヤのことを気に掛けていてな。
前世のことは知らなかったようだが、普通の子供ではないことは察していたようだ。
だから、笛を私に強請り、紋章まで入れさせた」
仕方ないヤツだと領主様は苦笑し、隣でオーブリーは小さくなる。
「何故、この子がそこまでするのか分からなくてね。
それで、神官様に相談し、アリーヤが保護すべき子供なのだと聞かされ、笛を贈る許可を出したのだ」
つまり、その時点で領主様も私のことを知っていたのね。
何だか心臓がドキドキする。
「だが、オーブリーに許可を出したのはそれだけではない」
領主様の目が一瞬鋭くなった気がした。
領主様はオーブリーを横目で見る。
「アリーヤの婚約者になるだけならば他の息子でも良い」
領主様には三人の息子がいて、九年前なら三人ともまだ特定の婚約者はいなかった。
今は長子はすでに結婚して跡取りとしての勉強をしているが、次男はまだ未婚。
私を守るだけならオーブリーでなくても良いのだと言う。
「そのことに難色を示したオーブリーに、私は条件を出した」
『学校で良い成績を取ること』と『卒業までアリーヤに会わないこと』
「その条件を満たしたならば、アリーヤとの婚約は認めよう、とな」
八歳から十八歳までの十年間。
会わずに我慢出来るなら、という条件だった。
今日は神官様に呼び出されたので問題はないらしい。
そうか、だからオーブリーは町に戻っていても店にも教会にも顔を出さなかったのね。
「すまない。 アリーヤの気持ちも確かめずに。
でも卒業したらちゃんと話すつもりだったし、無理強いするつもりもない」
頭を下げるオーブリーに私は首を横に振った。
「ううん、私も嬉しい、です」
俯いた私の顔が熱くなる。
「決まりだの」
神官様の声が何故か嬉しそうだ。
「ええ。 そうですね。
でも卒業まではまだ半年ある。 油断して成績を落とすなよ」
領主様がオーブリーを睨む。
「は、はい!」
オーブリーは勢いよく立ち上がり、大人たちは苦笑した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「あれで良かったのですか?、神官様」
領主親子が去り、アリーヤを元部下の警備隊員と共に自宅へ送り出した後、神官の部屋にはアリーヤの父親と老神官の二人が残っていた。
「事実を全て明かす必要はなかろう」
アリーヤの家族は王都から三人で引っ越して来たことになっている。
産まれて間もなく教会前に捨てられていた赤子がアリーヤだとは、本人はおろか、おそらく教会内でも知っている者はいない。
神官が独断で動き、関係者にも極力知らせずに処理していたからである。
しかし、領主の息子の嫁になるためには身元が確かである必要があった。
「あの子は其方ら夫婦の子供として、ちゃんと育てられておる。
異世界人の転生者であることより大切なことじゃ」
身体の大きな元兵士は目を潤ませる。
「アリーヤが幸せになることが一番ですから」
「もちろんじゃ」
二人は頷き合った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
オーブリーは無事に王都の騎士養成学校を卒業して、この町に戻って来た。
この町の警備隊に入るために。
身体強化の才能もないのに成績優秀ということで、国からは教師や騎士団、どこかの貴族からは私兵になどと、ひっきりなしに勧誘があったそうだ。
「戻って来て良かったの?」
私はオーブリーに訊ねる。
「ああ。 俺にはアリーヤ以上に守りたいモノはないからな」
少し赤くなる彼の横顔に、その言葉が冗談ではないことが分かる。
「それでは始めようかの」
目の前には、いつものように穏やかに微笑む神官様。
彼が二十歳になり、私たちは予定通り結婚する。
今日は教会で私たちの結婚の儀式が行われるのだ。
新居は、領主様が教会の側に用意してくれた。
両親の店がある市場にも近く、新設された教会警備隊の隊舎もある。
何故か隣の小父さんが隊長になり、オーブリーが副隊長に任命された。
領主様の話では、今まで教会警備隊は王都本部にしかなかったけど、今後はそれぞれの町にも出来るかも知れないという。
その先駆けがうちの町になったのは私のせいなんだろうな。
「ありがとうございます」
「いやいや、アリーヤだけのためではないよ」
お爺さん神官は私たちの顔を見ながら言う。
「この世界には時折、違う世界からやって来る者たちがいる。
ワシは少しでも彼らを救いたいのじゃ」
神官様は何故か遠くを見ていた。
儀式が終わり、領主に提出する書類に二人揃って署名をする。
オーブリーがその紙を持って、父である領主様に提出に行った。
今日はこの後、教会の庭で親族や知り合いだけのお祝いの宴がある。
私は教会の祭壇の前で神官のお爺さんと二人っきりになり、改めて「ありがとうございます」と正式な礼をとった。
「このご恩はいつか必ずお返しいたします」
瞳を潤ませる私に、神官様は、
「ではアリーヤ。 歌を一曲、お願い出来ないだろうか」
と、言われた。
「はい、神官様のためなら何でも」
私は教会での神を讃える歌を全て覚えている。
「ああ、いや、その、こういうのは知っているだろうか」
神官様はしわがれた声で恥ずかしそうに短く歌う。
私は、その歌に驚いて目を見張った。
「し、神官様……、まさか」
「あははは。 以前の知り合いが歌っていたのを聞き齧っただけじゃ。
どうじゃろうか、歌えるかね」
「はい!、もちろんです」
私は、前の世界で子供の頃に学校で覚えた歌を歌う。
遠い故郷を懐かしむ歌を。
「ありがとう」
神官様は小さな声で呟きながら、涙を隠すように目を閉じて聴いていた。
私は庭に居たオーブリーの傍に行く。
「どうしたの?。 アリーヤ」
「何でもないわ」
首を横に振る。
「何か歌ってよ、アリーヤ姉さん。
もういいん、でしょ、オーブリー兄さん」
ティモシーに初めて「兄さん」と呼ばれてオーブリーは照れる。
「そ、そうだね。 十年も俺との約束を守ってくれたんだ。 キミの好きな歌を歌って良いよ」
「うふふ、ありがとう。 じゃあ」
私は決意した。
これから来る、いえ、今現在もどこかにいるかも知れない異世界の魂を持つ人々のために何かをしよう。
今はただ、ここで歌うことしか出来ないけれど。
〜 終 〜
お付き合いいただき、ありがとうございました!
2023年6月30日より連載の「異世界を信じる者たちへ 〜何故かエルフになった僕〜」と同じ世界になります。
よろしければそちらもお付き合いくださいませ。