第六話 これからの対応
年月は流れ、私は十五歳。
あれから私はオーブリーが帰っていると聞くと、夜、笛を吹いて『音』を届けている。
彼からは『ありがとう』だけでなく短い近況も話してくれるようになった。
独り言だけどね。
色々あるらしく、そうとう疲れてるみたい。
でも最後の『がんばるよ』の声には力がある。
年々、少しずつ男らしくなる声に、私も彼なら大丈夫だと信じた。
この世界では一般的に成人とされる年齢になった私。
相変わらず両親の店の手伝いをしながら、楽師様の弟子として修行を続けている。
十歳になった弟のティモシーは、隣の幼馴染と一緒に警備隊の訓練場に出入りしていた。
どうやらあの二人は将来、警備隊に入りたいらしい。
身体を鍛えているけど、父や小父さんの指導もなかなか厳しいようで、傷だらけになって帰って来ることもしばしばである。
でも姉としては父のような逞しい頼れる男になって欲しい。
がんばれ!。
そして、私は休日になると教会へ行く。
幼い頃から教会内にある施設の子供たちと遊んでいたけど、最近は修道女さんたちのお手伝いもしていた。
教会では、人が集まる日は寄付をお願いするために施設にいる子供たちで歌を披露する。
いつもなら隅っこで歌うだけの私に、楽師の弟子になったからと小さな子供たちの歌の指導が回ってきた。
「アリーヤおねえちゃーん」
「遊んでー」
「もうすぐお祭りだから、歌の練習もしようね」
「はーい」
隠れるように過ごしていた裏庭とは違い、教会の中なら遠慮なく歌えるから私も楽しいし、まあいいか。
今日は店が終わってから、一人で教会に神官様を訪ねる。
「アリーヤ、元気だったかね?」
「はい。 神官さまのお蔭で弟も両親も、みんな元気でやってます」
でも、ちょっと困ったことが起きて相談に来た。
忙しそうな神官様だけど、少しだけお時間をいただく。
「あのー」
「ふむ、何じゃね?」
神官様の部屋でお茶をいただきながら話をする。
「実は今日、いつも通り師匠のお宅に笛の練習に伺ったら」
そこに神官様の遠縁だという、あの若い神官様が居たのだ。
「ほお?、アヤツがこの町に来ているとは聞いておらんが」
ということは、お爺さん神官にも内緒だったのか。
「それで、あの、師匠が王都で私をお披露目したいと」
あの厳しい師匠が最近、やけに褒めるなあって思ってたんだよね。
どうやら王都の教会で音楽会があって、そこで自分の弟子を自慢したいらしい。
「費用やお世話は全部その神官様が手配するので何も心配いらないと言われました」
両親にも話すと言われたが、それは待って欲しいとお願いしている。
うちの両親は王都があまり好きではないらしく、弟たちが「行きたい」と言うと良い顔をしない。
「そうじゃな。 ワシも王都の教会はお勧め出来んのお」
白い髭を撫でながら神官様がゆっくりと話す。
「アリーヤはどうじゃ?。 王都は大きくて賑やかな街じゃが、行ってみたいと思うかね」
私はブンブンと首を横に振る。
「いいえ、何となく怖いです」
私はどうやら前世でも引きこもりだったみたいで、人が多い場所はあまり好きではない。
まして大勢の知らない人たちの前で演奏とか絶対に無理。
それに何故か、あの若い神官様の声には嫌な感じがしたのだ。
「そうか」
お爺さんは私に少し待つように言って、机に移動し、サラサラと何か手紙を書く。
それを私に渡すと父に見せるように言った。
私が怖がっているので、神官様は何度も「大丈夫じゃ」と背中を撫でてくれる。
「何かあったら、すぐワシの所においで」
「はい。 ありがとうございます」
そして、私は暗くなり始めた町中を足早に家に戻った。
母に夕食の準備を任せ、私は父を寝室に呼んで二人だけになる。
「お父さん、これ、神官様から」
「うん?」
私はベッドに腰掛け、父が手紙を読み終わるのを待つ。
「なるほど、分かった」
読み終えた父が私の隣に座る。
「アリーヤ、明日は店に出なくていい。
俺が楽師様にちゃんと断って来るから家で待っていろ」
「お父さん……」
泣きそうになって、私は父の腕に顔を擦り付ける。
「ありがとう」
怖くて、心細かった気持ちが少し楽になった。
翌日、帰って来た父から師匠も若い神官様も諦めてくれたと聞きホッとする。
それから十日ほどが経った頃、私と父は教会から呼び出された。
住民たちは自分から教会へ行くことはあっても、呼び出されることなど滅多にない。
父は、母と弟には隣の家で待つように言った。
「あなた」
顔色の悪い母を見て弟も不安そうにしている。
「大丈夫です。 俺も同行するので、安心してください」
お隣の小父さんが一緒に行ってくれると聞いて、母は少し安心したようだ。
「ティシー、お母さんをお願いね」
「うん。 アリーヤも父さんも、早く帰って来てね」
弟に手を振って私たちは教会に向かった。
儀式の時よりも豪華な部屋に通される。
「こちらでお待ちください」
あの日、飲みそこなった高級なお茶が出てきた。
だけど緊張でまた飲めそうもない。
しばらくして、白い髭のお爺さん神官が入って来る。
椅子から立ち上がろうとすると片手で制された。
「待たせてすまなかったな」
そして、その後に少し緊張したオーブリーがいた。
十七歳になったはずの彼は身長が伸び、身体も筋肉が付いて男らしい体型になっている。
笛を渡された頃のオーブリーの面影が残っているものの、すっかり青年といえる顔付きになっていた。
私が混乱していると、さらに身なりの良い壮年の男性が入って来て、父や小父さんが立ち上がる。
私も慌てて立つ。
「ああ、気楽にな。 座ってくれ」
あ、この声は領主様だ。
オーブリーの屋敷の『音』の中に聞き覚えがある。
私たちは緊張しながら座った。
お茶が入れ替えられ、盆に乗ったお菓子まで出て来る。
私、こんな高級なお菓子、教会で初めて見た。
「急に呼び出して申し訳なかったの。
まあ、こういう事情だから」
神官のお爺さんはチラリと領主様を見た。
「あなたの依頼はいつも端的過ぎるのですよ。
もう少し順を追って内容を教えて頂きたい」
領主様が眉を寄せて神官様に苦情を言っている。
え、領主様に何か頼んだの?、お爺さんスゴイ。
神職は貴族より力があるとは聞いたけど、これほどとは。
私は神官のお爺さんを尊敬の目で見つめた。
「フォッフォッフォッ、お主なら大丈夫だと信頼しておるからな」
神官様は穏やかに笑っている。
領主様は呆れたようにため息を吐いた。
「まあいいでしょう。 それよりも」
領主様は視線を私に移す。
「キミがアリーヤだね。
楽師様の件は聞いている。 その後始末というか、今後、このようなことが起こらないようにしたいと神官殿から依頼を受けた」
領主様は父や小父さんの顔を見ながら、お茶のカップを口に運ぶ。
何か言いにくいことなんだろうな、と分かる。
「アリーヤ、キミさえ良ければ、ここにいる私の息子オーブリーの婚約者にならないか?」
「えっ」
「は?」
私は驚きのあまり絶句していたので、驚嘆の声を上げたのは父と小父さんだった。
ギギギと音がしそうなくらい固まった顔でオーブリーを見る。
オーブリーは婚約を受け入れたという。
少し照れたような顔で目を逸らされた。
「すまん。 本当は学校を卒業したら自分から申し込むつもりだったんだ」
それは彼からの実質的な求婚の言葉だった。