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第五話 才能の使い方


 それからの私の生活は今までとあまり変わらない。


たけど、大人たちと同じように簡単な魔法を使えるようになるのは子供たちにとっては大きな変化だ。


私は教会裏でひとりでポツンとしていることが減り、両親と一緒に店に出ることが増えた。


 あれからオーブリーには会っていない。


彼の姿を見かけなくなって三年が過ぎて、私は十歳になっている。


「アリーヤちゃん、これとこれ、買うからいつものヤツやってよ」


「はあい、毎度ありがとうございます。


じゃあ、一曲だけ」


私は笛で常連のお客さん用に短い曲を吹く。


たいていは教会で習った神様を讃える歌だ。


誰も知らない曲はやらないと決めていた。




 私の才能は『音』


歌が好きな私には納得出来た結果である。


周りのみんなも祝福してくれた。


よく「歌って」と小さい子にねだられるけど、私は歌の代わりに笛を吹く。


オーブリーとの約束もあって教会以外で歌は歌わない。


どこで誰が聴いているか、分からないし。




 教会の曲ばかりでは飽きるだろうと、最近は王都で流行ってる曲も取り入れている。


何故なら、あの若い神官様が楽譜を送ってきたからだ。


あの儀式の日、私の笛を聴いた神官様が「それなら」と楽師を紹介してくれたのである。


若い女性の楽師で、私にこの世界で使われている楽譜の読み方や新しい曲を教えてくれることになった。


その女性はわざわざ、王都からこの町に引っ越して来たみたい。


若い神官様の意図は分からないけど、お爺さん神官には、


「それくらいなら構わんよ」


と言われたので、安心して教えてもらうことにした。


 私は午前中は店に出て、手が空く午後の時間に楽師の先生の家に行って、夕方前の忙しい時間に合わせて店に戻る、を繰り返す。


その先生は結構厳しくて、私は練習で忙しい毎日を送っている。




 ある日、市場の店の中で私はふと顔を上げた。


いつものように一曲吹き終わった時、聞き慣れた足音が聞こえた気がして辺りを見回す。


「どうしたの?、アリーヤ」


曲が終わると潮が引くように人が居なくなる。


ひと息ついた両親が不思議そうに私を見ていた。


「あ、ううん、何でもないの」


私は首を横に振って微笑む。


まさかね。




 今日は隣の若夫婦が来ている。


たまにこうして私の家で一緒に夕食をとることがあって、父と小父さんは楽しそうにお酒を飲む。


弟と隣の若夫婦の子供は歳が同じせいか仲が良い。


私と両親が店で働いている間、いつも隣の家で一緒に遊んでいる。


私は近所に友だちはいないけど、お休みの日はたいてい教会の子供たちと遊んでいた。




「オーブリー様だったか、あの領主家の三男坊は」


小父さんの声にドキッとする。


王都とこの町はそんなに離れていないけど、寄宿舎のある学校からは簡単に戻れないのか訊いてみようかな。


「あの、オーブリー、さまは帰って来てるの?」


同じ養成学校に通っていた小父さんの話では、年に一度、地方から来ている訓練生が帰省するための休暇があるらしい。


小父さんの顔色はあまり変わらないが、父の顔は赤くなってて、気分良く笑っている。


「いやあ、来てないんじゃないかな」


姿を見ていないと父が言うと、小父さんは首を横に振った。


「実は今日、町中で見かけて声を掛けたんだ」


小父さんは町を巡回する警備隊の仕事をしているそうだ。


「家にはちゃんと顔は出したらしいよ。


まあ、領主夫人にとっちゃ可愛い末っ子だからな」


ふうん、お母さんに溺愛されてるのかあ。


確かに騎士学校に行くにも家族の許可がなかなか下りなくて大変だったって聞いた。


「だったら、何故、アリーヤのところに顔を出さないんだ?」


店にいるのは誰でも知っているはずだ、と父がチラリと私を見る。


え、そんなこと言わなくても。


「そうねぇ。 笛を贈るほど仲が良いのに」


母や小母さんまでニヤニヤと私を見てくる。


えー、別にそんなに仲良しじゃないよ。


私はちょっと顔が熱くなった気がした。




「あいつ、店には行ったらしいぞ」


「え?」


私は驚いて小父さんを見上げる。


「アリーヤちゃんの笛を聴いたら安心したって。


だから、それでいいんだとさ」


ああ。 じゃあ、あの時、聞いた足音はやっぱりオーブリーだったんだ。


もっとちゃんと探せば姿くらい見られたかも知れない。


私のバカ。


 ションボリした私の頭を、父が大きな手で撫でる。


「なあに、また会えるさ」


「う、うん」


彼が私に会いに来なかったのは、それだけの存在でしかなかったということかも知れない。


ああ、ダメ。


こんなの子供が考えることじゃないわ。




「あの、今日、会ったんですよね。 もしかしたら、まだお屋敷にいるかしら」


勢いよく訊いたせいか、小父さんが椅子から落ちそうになった。


「あ、ああ、到着したばかりだと言ってたから、今晩は泊まるだろうな」


「おいおい、まさか」


さっきまでほんのり赤かった父の顔が白くなる。


「あははは、大丈夫よ、お父さん。 領主館に行くなんてしないから」


私はニコリと微笑む。


大人たちはホッとした顔になる。


「じゃ、私、もう寝るね。 おやすみなさい」


「ああ、おやすみ、アリーヤ」


両親と隣の若夫婦に挨拶して、私は寝室へ行く。




 寝室には家族全員のベッドが並んでいる。


大人たちは明日は休みらしいので、まだ当分こっちの部屋には来ないだろう。


弟たちも大人たちの側で遊んでいて寝室には私ひとり。


東向きの部屋の窓を開ける。


「さて、領主館の方向はあっちかな」


私は町の中央にある教会の尖塔を目印に領主館の場所を探す。


「あ、あった。 ふふっ、オーブリーはまだ起きてるかなあ」


家の二階の窓からでも分かるほど領主館は立派で目立つ。


私は目を閉じて集中した。




『音』という才能。


私は気づいてしまった。


何故『音楽』ではなく『音』だったのか。


ある日、楽器の教師である女性が、


「アリーヤさんは『耳』がとても良いのね」


と、楽譜を目で見て覚えるよりも耳で覚えてしまう私にそう言った。


それは魔力を解除してもらったころから何となく感じている。


私はかなり遠くの音、小さな音でも聞こえるということを。


そして、だんだんとそれが何の音だとか、誰の声だとかが分かるようになっていった。


今では意識すれば町中の『音』をほぼ聞くことが出来るんじゃないかな。


 もちろん聞きたくない音もある。


最初は大変だったけど、そういう時は自分で自分に「聞こえない」という暗示を掛けてしまえば大丈夫になった。


 


 耳を澄ましていると聞こえてくる。


懐かしい声。


領主様と話してたみたいだけど部屋に戻るようだ。


何か怒られたのか、足音に元気がない。


部屋に入って着替えている音がする。


 出来るなら私の『音』でオーブリーを励ましてあげられたら良いのに。


そうだ、今日は暑いから窓は開けてるよね。


よし、やってみよう。


私は笛を取り出す。


フゥッと息を整えて、慎重に吹いた。


館のオーブリーのいる部屋に向けて『音』が届くように願いながら。




 静かな笛の音が町の中を流れて行く。


聴き慣れない人には風の音にしか聞こえない程度の音量。


だけど、オーブリーにはきっと分かるはず。


(元気出してね)


吹いたのは教会裏で彼から一番リクエストが多かった異世界の曲。


彼の部屋からは何の音も聞こえないから、ちょっと不安だけど、聴いてくれてるかな。


曲が終わり、私は窓を閉めようと手を伸ばす。


 ふいに声が聞こえた。


『ありがとう。 アリーヤ』


私が聞いているなんて知らないはずなのに、お礼の言葉が届く。


嬉しくて涙が出そうになる。


窓を閉めた私は、喜びで胸がいっぱいで、眠れない夜を過ごした。



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