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第二話 少年の残したもの


 私はアリーヤ、今年で六歳。


両親は小さな食料品店をやっていて忙しい。


お店といってもテントが繋がったような市場の一画にある。


小さな私は店の邪魔になるので、忙しい時間帯は近くの教会に預けられていた。


「あ、お父さん」


いつもは母が迎えに来てくれるけど、今日は父だ。


「アリーヤ、今日も良い子にしてたか」


「うん」


大きくて熊みたいに毛むくじゃらだけど父は優しい。


店や教会のある町の中央から、西側にある家へと帰る。


 この辺りの家は一軒家ではなく、アパートのように連なった建物が多い。


だいたい三階建てが多く、通りに何軒も並んでいて、その中の一つに入る。


入り口は同じで、中に入るとだいたい一階に一つから五つほど扉があって、そして、その扉一つがひと家族分。


入り口から入ってすぐの階段を上がって、うちは二階。


真ん中に階段があるコの字型の廊下から見える扉は三つ。


つまりこの三階建ての建物には、一階につき三家族で九軒分の部屋があるわけだ。




 母が隣に預けていた弟を連れて戻って来た。


父は仕入れのため朝が早いので、私と母とで家事をする。


弟はまだ産まれて三ヶ月。


「アリーヤ、ティモシーを見ててくれる?」


私は首を横に振る。


「私が家事をやるから、お母さんがティシーを見てて」


「そう?、あなたには大変じゃないかしら」


母は小さな私が家事をやるのを心配してくれるけど、前の記憶があるせいか、あまり苦にならない。


 この世界の食事は美味しい。


まだ何がどんな食材なのか、よく分からないけど味に不満はない。


こんなときは前の記憶があまり鮮明でなくて良かったと思う。


もう食べられない味を追い掛けても仕方ないもの。


好き嫌いというか、見慣れないものはやっぱり怖いけど、母に教えてもらって料理もがんばっている。


そして両親が食べるのをちゃんと見てから食べるようにしていた。




 子供の私でも家事が出来るのは、この世界の人たちのほとんどが魔法を使うことが出来るからである。


「火よ」


それだけでコンロに火が着く。


水も、風も、子供でも扱える魔法は生活魔法と呼ばれ、産まれた時から誰でも、ある程度は使えるらしい。


だけど、産まれてすぐの赤ん坊は使えたらヤバいので教会の神官によって封印されている。


お金持ちの場合はわざわざ神官を呼ばずに魔道具を使うらしいけどね。


それでも適切な処置がされない子供の多くは、すぐに魔力暴走で亡くなってしまう世界なのである。


 うちの弟も産まれて二日目に神官様が来てくれて、封印の儀が行われた。


二日は結構早いほうらしい。


「うちは幸運だったな」と両親もホッとしていた。


そんなわけで神官様は毎日とっても忙しい。


私なんかが毎日裏庭にいても何も言われない程度に。


教会に常駐している神官様は見習いを含めて三人で、子供たちの世話は王都の修道院から修道女様が何名か来てくださっている。




 普通の子供は七歳で封印を解いて、魔法が使えるようになるらしい。


年に一度、その年に七歳になる子供を集めて儀式が行われ、その日はそれぞれの家庭で祝う日だ。


私が何故、魔法が使えるかというと、弟が産まれた時に来てくれた神官様にお願いしたら、


「特別だよ、誰にも内緒で頼む」


と、言って解除してくれたの。


私がいつもお世話になってる神官のお爺さんなので、私なら大丈夫って請け負ってくれた。


 両親は驚いてたけど、実は魔法のことを教えてくれたのはこのお爺さんなんだよ。


私がいつも教会の裏で泣いてたから慰めるつもりだったみたい。


内緒だから家の中でしか使わないようにしている。


「この世界を少しでも好きになって下さいね」


神官様の呟きはよく分からなかったけど、お蔭様で私は毎日忙しくて泣いてる暇は少し減った。




「そういえば、オーブリーは七歳過ぎたよね。 もう封印は解いたの?」


いつもの教会裏で私は彼に訊いた。


「あ、ああ」


魔法は使えるようになっても個人で得意なものは違う。


解除する時に神官からは才能がありそうな方向は教えてもらえるらしい。


 オーブリーの顔が少し暗い。


私が首を傾げていると、チッと舌打ちして目を逸らす。


「俺は三男だから将来は王都の騎士学校に行くつもりだったけど、どうやら才能は無いみたいだ」


それで落ち込んで教会裏に来ていたらしい。


「才能?。 それが無いと騎士になれないの?」


私は首を傾げる。


「いや、そんなことはないけど。 才能のあるヤツには勝てないから」


魔法にも色々あって、生活魔法の延長でそれぞれが得意な火や水で商売をする人もいる。


兵士などは自分の身体を強化する魔法があって、オーブリーはその才能が欲しかったのだと言う。




「じゃあ、何の才能があったの?」


才能は突出したものが無い人がほとんどである。


「俺は計算や判断するのが早いってことらしい」


俯いたまま答える。


「わあ、すごいじゃない!」


頭の回転が早いってことよね、羨ましい。


兵士には腕っ節も必要だけど一瞬の判断って結構大事だと思う。


「そ、そうか?」


「ウンウン。 ただの筋肉じゃなくて、ちゃんと戦略を考えられる脳筋だね!」


「ノウキン、ってなんだ?」


今度はオーブリーが首を傾げたけど、もう彼は俯いてはいなかった。


「そうだな。 才能がなくたって鍛えればいいか」


「才能があっても鍛えなかったら普通の人だよ」


私たちは顔を見合わせて笑った。




 騎士になることを決めたオーブリーは、王都の騎士養成学校の寄宿舎へ入ることになる。


出発前に教会にお祈りに来た彼が裏庭に来た。


「俺がいなくても、あんまり泣くなよ、アリーヤ」


「もー、うるさいなあ」


私はそう言って笑う。


泣きたくなかったから。


 もしかしたら、これが彼に会う最後になるかも知れない。


明日はどうなっているかなんて誰にも分からない。


「これ、今まで歌ってくれた礼だ。 受け取れ」


私は時々、オーブリーに頼まれて裏庭で歌を歌っていた。


「お礼なんて」


歌うのは嫌じゃなかったし、結構いい加減だったよ、私。


「いいから」


貰った布を開くと、木を削って作られた笛が入っていた。


リコーダーみたい。


質素だけど、とても上品で手触りも良い。


私は驚いてオーブリーの顔を見た。




「子供用だから」


子供用の楽器は金持ちの子供が持つ物で、私なんかには勿体ない。


返そうとすると、彼は首を横に振って受け取らなかった。


「ちゃんと俺の家の紋章が入ってるだろ?」


本当だ。


町中で、よく見かける紋章が入っていた。


オーブリーは家の人にも私に笛を贈った話はしてあるそうだ。


どこかに置き忘れたり盗まれたりしても、見つかれば領主屋敷に届くので、失くしたら訪ねるようにと言われた。


「一つだけ約束してくれ」


そろそろ屋敷に戻る時間になり、領主家の護衛が姿を見せている。


「絶対に俺以外にお前の歌を聞かせるな」


教会で大勢で歌う時も目立たないように小さな声で。


どうしても一人でと言われたら、代わりにこの笛を吹いて聴かせろと言う。


私は、その意味が分からなかったけど、オーブリーが真剣な顔で言うので「分かった」と頷いた。




 当然ながら、オーブリーが旅立つ日が来ても私は見送りにも行けない。


相手は領主の息子なんだから当たり前だ。


私はただ教会裏で笛を吹く。


今にも彼が「下手だなあ」と言いながらやって来る気がする。


そんなこと、あり得ないのに。


少しだけ寂しくて涙が溢れそうになったけど、我慢した。



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