第一話 泣き虫の少女
ゆるっとした異世界転生ものです。
のんびりお付き合いくださいませ。
あの日、私が聞いた曲は好きなアイドルの歌ではなく、どこにでもありそうな緩いものだった。
「目が覚めたかい?」
とても優しい声。 でも私が知ってる声とは違う。
言葉を返そうとするが声が出ない。
あれ?。
「良い子だ、もう少し眠っておいで」
誰かがいるのは分かるのに、誰かは分からない。
そっと頭を撫でられて私は眠りに落ちた。
それがこの世界での最初の記憶。
ここはどこだろう。
次に目覚めた時、私は自分が五歳くらいの子供であることに気付いた。
だけど、私にはどこかで何年か生きて、大人になった記憶があるんだけどな。
そうしてここは、どう考えても私が住んでいた家ではない。
それと、この人たちは誰なんだろう。
「ずいぶんうなされていたぞ、大丈夫か?」
今は朝で、私は小さな部屋で目覚めたばかりみたい。
覗き込んでいる人は当然のように家族ぶってるけど知らない顔。
「だ、だいじょうぶ、です」
「おう、そうか。 まあ、それならいいんだが」
寝ていたベッドに半身を起こし、私は自分の小さな手や身体を見ながら首を傾げている。
それを三十代くらいの男女が不思議そうに見守っていた。
どうやら、子供である私の両親のようだ。
熊みたいにけむくじゃらの黒い髪と髭、茶色の目の大柄な男性。
私を見て微笑む女性は、濃い茶色の髪と明るい灰色の目。
「アリーヤ、私たちの愛しい娘。 早く元気になってね」
私はアリーヤという名前らしい。
最初は驚いたけど、優しい人たちだったのですぐに慣れた。
でも、二人を見ていたら、私は何だか悲しくなってしまう。
そうか、私はもう自分の場所には戻れないのだ。
窓の外は綺麗なレンガ造りの町並み。
整備された道路は石畳、きちんと並んだ家々は色鮮やかで町全体が明るい感じがする。
観光地のパンフレットを見てるみたい。
あれからしばらくの間は物珍しさで毎日驚いていたけど、一人になると不安になる。
だって、あまりにも記憶にある世界と違い過ぎて落ち着かない。
出来るなら帰りたい、そう思うと涙が出てしまう。
私は大人のはずなのに幼児である身体に精神が引っ張られてるのかな。
そう思ったら、よけいに怖い。
本当に無邪気な子供だったら何も感じなかっただろう。
だけど、たまに大人な私が出てきて、つい考え込んでしまうのだ。
泣いてばかりいちゃいけないって。
両親は夫婦で食品を扱う店をやっていて、食べるものには困らない生活をしている。
両親が忙しい時間、私は市場の近くにある教会に預けられていた。
他にも何人も子供たちがいたから託児所みたいなものかな。
教会の裏には小さな庭があって、あまり人がいないその場所で私は一人になれた。
私にとって一番落ち着く場所。
この町の人たちは頻繁に教会に祈りを捧げにやって来る。
そんな中で知り合った男の子がいた。
最初は驚き避けていたけど、しばらくしてお互いに声を掛けるようになった。
喧嘩ばかりしてるけどね。
「アリーヤ、お前、また泣いてるのか」
彼は教会に来る度に裏庭にやって来る。
「ほっといてよ!」
「そんなこと言っていいのか、俺は領主の息子だぞ!」
二人っきりだから言いたいことが言えるんだけど、彼、オーブリーは領主の三男で二つ年上。
いつも偉そうにしてる。
私とは違う、よく手入れされた灰色の髪と薄い青の目に白い肌。
柔らかい手には傷一つない。
私は母に似て色白だとは思うけど、肌は陽に焼け、手は荒れている。
庶民はそれが普通だから、彼はやっぱりお坊ちゃんなんだろう。
そして一番腹が立つのは、他の子には優しいのに私には冷たいこと。
両親や教会の人たちは優しい子だって言うけど。
「泣くな!、泣いてたって仕方ないだろ」
そう言いながら、ずっと私が泣き止むまで文句を言い続けるんだよ。
全然、優しくない。
そんな毎日だったけど先月、我が家に弟が産まれた。
小さくて可愛い。
そのはずなのに一人になると涙が出てくる。
この世界では、子供は成人すると跡取り以外は家を出る。
「跡取りの弟が産まれたから、私はいつか家を出ていかなきゃいけないの」
この生活にやっと慣れてきたのに。
この世界は私が知ってる世界じゃなくて、私はここで生きていかなきゃならないってことを改めて思い知らされるのだ。
「そんなの当たり前じゃねえか。 いつか皆、こんな小さな町から出て、王都の学校行って、働いて……」
オーブリーの声が段々と小さくなっていく。
彼自身もいつかは領主屋敷を出なくてはならない身だからかも知れない。
私たち二人は、どんよりとその場に座り込んでしまった。
「アリーヤ、帰るわよ。 あら、坊ちゃん、いつも娘がすみません」
店の仕事がひと段落すると母が迎えに来てくれる。
「ああ、うん、大丈夫。 またな、アリーヤ」
「さよなら」
そう言って私はオーブリーに手を振る。
彼には護衛が付いていて、私がいなくなるとちゃんと家に連れて帰るそうだ。
私は見たことが無いけど。
オーブリーもあの場所にいるときだけは一人になれるのだろうか。
もしかしたら私が来る前は、あそこで一人でいたのかしら。
オーブリーのほうが年上だから、あり得る。
私がその場を奪ってしまったのなら申し訳なかったなあ。
次からは優しくしようかなと思った。
思っただけだったけど。
「泣き虫、今日は泣いてないのか」
数日後、裏庭にいたら出会ってしまった。
「うるさい」
せっかく泣かないようにしてたのに。
「いつも泣いてばかりで煩いのはお前だ」
ううぅ、言い返せない。
「ご、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げる。
領主の息子なんだから、きっと護衛の姿は見えなくてもどっかで見てるんだよね。
下手すると、両親に迷惑が掛かってたかも知れない。
本当に子供だったね、私。
ごめんなさい。
どさりとオーブリーが隣に座った。
「泣かないなら良い」
少し顔が赤い。
「俺は、お前が歌ってるのが見たい」
そういえば初めて会った時、私、教会で歌ってたんだっけ。
この教会には孤児たちの施設があって、そこの子供たちがたまに寄付をお願いするために歌を歌ってることがある。
私もいつもお世話になってるから、その列の隅っこで歌わせてもらっていた。
「いいよ。 教会のお歌、どれがいい?」
私が歌えるのは少ないけど神を讃える歌はいくつかある。
「いや、お前がここで歌ってたやつがいい」
「……聞いてたの?」
私は寂しい時、たまにちょっとだけ記憶の中にある好きな歌を歌うことがある。
オーブリーは頷く。
「泣きながら歌ってたから、泣かなかったら良い歌なのにって思ってた」
私の記憶にある、この世界とは違う世界の歌。
オーブリーにだけなら大丈夫かな。
「内緒にしてくれるなら」
「ああ、約束する」
言葉も旋律もこの世界のものとは違うから、家で鼻歌出ちゃったりすると、変な目で見られることが多いんだよね。
私は最後まできちんと覚えているわけじゃない。
それにゆっくりとした曲が好きだし、こんなのでいいなら。
小さな声で歌う。
まだ子供で発声練習もしていないせいか、あまり声は出ない。
もっとちゃんと訓練すれば声帯も強くなるのにな。
あれ?。 私、なんでそんなこと知ってるんだろう。
パチパチパチ
歌い終わるとオーブリーが満足そうに笑って、手を叩いてくれた。