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学院の守り人  作者: ねこ
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その男は守り人

魔法。それは奇跡の力とも、人の努力の結晶とも言われる力。

前者を唱える人は魔法をまるで神のように崇める。後者を唱えるものは魔法を人工物であると考える。

正反対のようである二つの考えによって独自の宗教が生まれ、相反する考えは戦争を…生み出したかと思ったがそういったことは無く二つの考えは共存して共に魔法文明を今日まで作ってきた。

今日までは。

「・・・というわけで例外もあるがこの印を利用すれば火の魔法を作成することが出来る」

魔法作成の権威であるユリース教授がそう説明すると生徒たちは黒板に書かれた印を急いで書き記す。

そんなことは無駄なのにと思いながらリーシャは板書をするふりをする。

そんな板書をペンで、それも急いで書き記したものが魔法に利用できるわけが無い。魔法作成は丁寧さ、そして緻密さが要求される。錬成陣の大きさ一つ、そして陣の中の文字の角度一つで発動する魔法は大きく変化する。自分のようにそれを知っている者はすでにペンを置いている。

教授にも問題がある。教えることには意味はあるだろうが書くことに意味がないことぐらい分かっているはずだろうに。

これだからニール教派閥の教授は嫌なのだ。

リーシャはため息をつく。そしてこのもやもやを抱えたまま今日の講義を終えた。

「全く、今日の講義はなんなのかしら。内容は教科書に書いてあることばかりだったし、質問してもそれは後々やっていくからと言ってさっさと帰っていくし、やる気あるのから」

寮へと帰る廊下でリーシャは不満をミナにぶつける。

「まぁまぁ落ち着いて。一応すごい先生なんだからきっとこれからが本番なんだよ」

「ミナみたいにおだてる奴らがいるからあの人も調子に乗ってるのよ。それにニール教だし」

「まぁまぁ」

ミナはリーシャをなだめる。

ミナとリーシャの通う、エリート魔法使い育成機関のフェリア女学院は魔法は人の力や努力によって作り出されたある種の建造物であるという言葉を信じるフォルス教派閥の魔法学校だ。当然生徒もそのほとんどがフォルス教やそこから分岐した宗教、親がフォルス教だからという成り行き派閥で構成されている。それは教員も同じであるのだが客員教授というイレギュラーによってユリースのような異なる派閥、ニール教の教授が授業を受け持つこともある。

ニール教は魔法は神が作り上げたものであり、それを人が利用しているという考えの派閥である。

この考え方にはフォルス派閥である自分も理解できるものがあり、神が作り上げてそれを人が努力して磨きをかけたと考えるとニールとフォルスは同一化出来ると思われ、実際にそのような信仰もあるがニール教信者はそうでは無い。というのもニール教信者の中には魔法は神が作り上げたと考えているニール教信者のみが魔法を使う権利や開発する権利があると考えている人々が数多くおり、その人々によって年に何度も暴動が起きている。フォルス信者が神が作り上げたということに一定の理解を示したとしても、

「お前たちは神から魔法を使うことを許可されていない者たちだ。魔法とは人の努力などでは無く、神が私たちにお与えになった奇跡の力。その開発も神が知恵をお与えになることによって可能となる。お前たちは神に許可を得ずに神の知恵を我々からかすめ取っている大罪人だ」

と訳の分からないことを言って暴れる。

ニール教徒はニール教徒しか認めないため、それ以外には冷たく接する。

そのため例外なくニール教徒の行う授業はつまらなく、そして教授の肩書が聞いてあきれるようなものばかりだった。そんな授業を受けるたび所詮は努力よりも祈ることに全力を注ぐ人たちだとリーシャは呆れていた。

しかしそれは短時間授業を執る教授であるからまだ耐えられていた。最も呆れる、というより学校側の考えを疑ってしまう存在が自分のすぐ近くにいることにリーシャはいらだちを覚えていた。

「リーシャ、そしてミナ、ただいま帰りました」

リーシャは寮を管理している管理人に帰宅を伝える。

「・・・おぅ」

きっぱりと礼儀正しいリーシャとは正反対に管理人は雑に相槌をして真っ白のぼさぼさ髪を掻いて大きなあくびをする。

「はぁ・・・」

リーシャは露骨に大きなため息をついて自室へと向かう。そしてそんな態度をしたリーシャの無礼をぺこりと管理人に謝罪してミナはリーシャについて行った。

「リーシャちゃん駄目だよ、あんな態度」

「いいのよ、あっちも気にしていないし。それに怒られるのはあっちの方でしょ」

リーシャはミナの忠告も気にせずに悪態をつく。

リーシャはすぐ近くのいらだちの原因。それは先ほどの管理人、ユウであった。

この量に入る前からこの寮は女性では無く男性が管理しているということは知っていた。そしてリーシャはきっとこの男性は優秀で品行方正で女性、ましてや生徒になんかは手を出さないような人であるからであると思っていた。

しかし蓋を開けてみればこれだ。品行方正?いつも寝起きのようなぼさぼさに真面目さを感じさせない猫背、生気を感じさせない目とその下のクマ、そして学者でも何でもないのにいつもしわだらけの白衣を着ているという意味不明さ。これだけならまだ許せた、妥協できたかもしれない。人は中身だからと言い聞かせることによって。

しかしそうはならなくリーシャは彼を嫌っている。

それは彼がある生徒に伝えた言葉によるものだった。

彼女は真面目であるリーシャから見ても素晴らしい生徒だった。

魔法、特に魔法を植物の生育や新種開発などに利用した魔法植物学では他の追随を許さないほど優秀であった。

そんな彼女があいつとどのような考えがあって魔法について話し合ったのかは分からない。

しかしそんな優秀な彼女に彼はこう言ったのだ。

「魔法なんてもんは9割方才能だ。そしてお前には植物学の才能は全くと言っていいほどない。植物に関しては趣味程度にして他の分野を学ぶことを薦めるぜ」

その日から数週間彼女は部屋から出なかった。

この話を聞いたリーシャは数人を引き連れてユウ、そして教師たちに抗議をした。

教師でも何でもないのになぜそんなことを言ったのか、お前に何が分かるのか、どうしてこんな奴が管理人をしているのか。

それまで持っていた彼への不満は全て言ったと思う。

しかしそれに対しての教師たちからの返答は同じ。

「人事に関しては理事長が決めることだから私にはどうすることもできないよ。それに彼は人と話すのがあまり得意ではないからね。そういう考えもある程度で受け止めればいいと思うよ」

この返答にリーシャはがっかりした。彼らは生徒側では無くユウ、そして彼を雇っている理事長側に立つのかと。

ユウに至っては悪びれる様子は一つも無く、やったことと言えば彼女の部屋に入って5分程度話したくらいだった。これが彼女には効果があったようで数日後には講義に参加するようになったが植物学は完全に諦めて医療魔法の道に進んだ。

彼女がそれで幸せになったのかは分からない。

しかしユウはフォルス教の努力への信仰を踏みにじり、一人の生徒の夢を諦めさせたのだ。

こんな人間的に終わっているニールまがいの奴がどうしてこのフェリア女学院に関わっているのだろう。

リーシャは今日もイライラを糧にして自習、そして多めの食事を摂って明日に備えて眠った。

「お前、放課後ユーリスをここに連れてきてくれ」

「は?」

翌日、リーシャはいつものように挨拶後にユウにストレスをぶつけて学院に向かおうとするとユウに呼び止められこう言われた。

あまりにも唐突であったため素の反応をしてしまった。

「なんで私がそんなことしなければいけないんですか?あなたが呼べばいいでしょ?どうせ暇なんでしょうし」

リーシャは毒を交えて文句を言う。

「うるせぇなぁ、いいだろ別に。どうせ会うんだろ今日もあのおっさんと。ついでに言っておいてくれよ」

「だからなんで私がそんなことをしなければならないんですか?それに何なんですかその言葉遣いは!確かに私は年下ですが失礼だと思わないんですか!?」

「いいや全然。それじゃあよろしく頼むぞー」

そう言ってユウは自室に戻る。

「ちょっ、絶対にやらないから‼」

その後ろ姿にリーシャはそう言葉をぶつける。それを見て同級生及び上級生はざわついている。

「ちょっとリーシャちゃん、さすがにあれは言いすぎなんじゃ」

大声で気づいたのかミナが駆け寄ってそう小声で伝える。

「はあ!?」

怒りが収まらないままリーシャは応対する。

その目は見開いていて普段の冷静沈着な彼女からは想像できない表情になっている。

「い、今のは完全にリーシャちゃんが悪いよ」

「た…確かにそうだけど」

自らの言動を振り返り、リーシャは我に返る。

よく考えるとユウはいつも通り気怠そうに話しているのに対して自分はずっと喧嘩腰で応対していた。

第三者から見れば自分が急に怒鳴り散らし、それをユウが軽くあしらったように見えたはずだ。

「でも…でもあの態度はないでしょ、仮にも私は生徒であいつはただの管理人。立場関係はどう考えても…考えても…」

反論をしようとするがよく考えるとユウの方が上の立場であるということを思い出す。寧ろ自分が敬語を使ってユウを敬うべきであるのにあいつ憎さで見失っていた。

「リーシャちゃん、後で一緒に謝りにいこ?」

「………うん」

ミナの言う事を素直に聞いて落ち込んだ気分のまま教室に向かった。

それ以降リーシャの気分はずっと落ち込んだままでユリースの授業を迎えた。

相変わらず面白味の無いユリースの授業が気分も重なってもう聞く気にもならない。

そういった気分のままでユリースの授業を終えてすぐにリーシャは要件を告げにユリースを呼び止める。

「おや、どうしたんですか?何か質問でも?」

「いいえ、伝言を頼まれまして。寮の管理人があなたにお会いしたいと言っていますので会いに行っていただけますか?」

「寮の管理人…ですか…」

ユリースは少し考える。

「具体的にどのような用事なのかは聞いていますか?あと時間とか」

「いいえ、特に何も聞いていません。おそらく時間も何時でも問題ないと思います」

リーシャは淡泊に応対する。

「そうですか…、分かりました。放課後にお伺いしましょう」

そう言うとユリースは胸ポケットからメモ帳を取り出してメモを取る。

「それでは私はここで」

リーシャは一礼して席に戻ろうとする。

「いや、ちょっと待ってくれるかい?」

そんなリーシャを呼び止めようとユリースはリーシャの腕を掴む。

リーシャはざわっとした寒気と体中の毛穴がすべて開いたような感覚に襲われる。

「きゃっ」

リーシャはユリースの手を振りほどいて彼をにらみつける。

「いや、すまない。急いで呼び止めようとしたあまり」

ユリースはそう言って頭を下げる。

「いえ、別にいいですけど」

リーシャは咄嗟のことだったとはいえさすがに行き過ぎた反応であったので何も言わずに謝罪を受け入れる。

「いや、実は寮に一緒について行ってもらいたいんだ。いや、私みたいなおじさんが一人で女子寮に行くと怪しまれるだろうし、君が一緒にいてもらえば心強いなぁとおもって」

ユリースはそう申し訳なさそうに伝える。

この学院の女子寮の管理人室は女子寮の中に位置していることから女子寮に入らなければならない。一応教師であれば管理人室にまでならば行くことが許されており、生徒の個人スペースには管理人の許可や動向が必要という規則があるのだが、暗黙のルールとして男性の教師は女子寮自体に入ることは無く、何か用事があるときは女子生徒や女性教員にお願いをするということを行っていた。

「あぁ、それなら」

確かにその通りだなと思い、リーシャは受け入れる。

「それでは放課後に職員室に来てください、それでは」

そう言ってユリースは次の授業に向かう。

今日はとことん災難だ。

嫌な奴から嫌な奴を連れてこいと言われてそして放課後にその嫌な奴を連れて嫌な奴に会いに行かなければならないとは。

「はあ…」

リーシャは席に戻って大きなため息をつく。

「大丈夫?リーシャちゃん」

そんなリーシャを見てミナは背中をさすりながら心配する。

「えぇ、大丈夫。ただ今日の私はとことんダメダメだからフォローしてくれない?」

「う、うんそれはいいけれど。大丈夫?今日はもう部屋で休む?」

リーシャがここまで弱気になるのは珍しい。ミナはそういった思いで休憩を促す。幸いにもこの後に残っている講義はあと一つ。一度の休みくらいならば問題ないだろう。

「いいえ、大丈夫。あと一回だけだもの」

「そう?じゃあ一緒にがんばろっ」

そう言ってミナはグータッチを要求し、それに応えてリーシャは拳をぶつける。

ああ、癒される。ミナと一緒にいるだけで自分の中にある何かどす黒いものが浄化されるような気がする。

小動物を思わせるようなおどおどした様子や身長、そして幼さを感じさせるボブカットと守ってあげたい可愛さ。実際自分が彼女と友人になったのも彼女がこの学院内で迷っているのを偶然見かけ、あまりに守ってあげなければならないという母性本能をくすぐられたからだった。

そんなミナのかわいらしさのおかげで最後の授業を乗り切り、リーシャは職員室に向かう。

ミナは一緒に行こうかと言ってくれたが、この面倒な役割を一緒にさせるべきではないと判断したためそれを優しく断り、先に帰ってもらい単独で面倒ごとに臨んでいた。

職員室に着くと既に扉の前でユリースは待っており、リーシャを見つけるとニコリとほほ笑んだ。

その様子にもしかしたらこの人はいい人なのかもしれないと思ったが、この人はニールの人間なのだ、信用は出来ないと気を引き締めて一礼して女子寮へと案内を開始した。

道中に会話は一切なく、重苦しい雰囲気に見えたのか、はたまた珍しく見えたのか通り過ぎる生徒からは不思議そうな目で見られて何となくの居所の悪さのようなものを感じた。

そして女子寮の前まで来るとその不思議そうなものを見る視線は強くなり、余計に気分悪くなった。

幸運であったのは管理人のユウが管理人室から出て寮内の広間で待っていたことであり、ようやく終わるのだと言う達成感をリーシャは感じた。

「おう、お疲れさん」

リーシャを見るとユウは近づいて来てそう感謝?を伝えながら肩をポンっと叩く。

「いえ、それでは私はこれで」

淡泊に礼を受け入れてリーシャは自室に戻ろうとする。

「いや、あのもう少し待っていただけますか?」

しかしそれをまたもユリースが止める。

「何ですか?」

リーシャはせっかくストレスから解放されたのにというイライラからぶっきらぼうな態度でユリースに問う。

「いや、出来れば出るときも付き添いをお願いしたいのですが…」

そんなリーシャの迫力に押されて申し訳なさそうに伝える。

「え~っと管理人殿、用事というのはすぐに終わるのですかね?」

「あぁ、あんた次第だがすぐに終わると思うぜ」

ユリースの問いにユウは失礼な態度でそう答える。

「すぐに終わらせるのでどうかお願いします」

ユリースはそう言って手のひらをあわせる。

「…それなら」

リーシャはいやいやそれを受け入れて二人からやや距離を開けて教科書を開く。

「ありがとうございます」

そんな態度のリーシャの態度に怒ることも無くユリースは礼をする。

「それで用事というのはどのようなもので?」

「あぁ、実はこの寮及びこの学院の防衛システムは全て俺が管理しているんだがその中の禁書エリアに侵入しようとあんたがアクセスした形跡があったんだ」

「「!?」」

ユリース、及びそれを聞いていたリーシャや他の生徒がそれを聞いて驚く。

学院に禁書エリアがあるというのは学院内のみんなが知っていることであったがその場所やどのようなものがあるのかというのは全く分かっていなかった。そんな大事なものを守っているのがこの男で、それどことかそれ以外のものもこの男が守っている?嘘でしょ?

というよりその禁書エリアにユリースが入ろうとした?どういうこと?こんなことを大きな声で話してもいいのか?

この話を聞いたユリース以外の人間は恐らくこのような思考になったと思う。

「え…いや…何かの間違いでは?禁書?というのは一体?」

ユリースは言葉に詰まりながらそう答える。

「あぁ、具体的には禁書エリアでは無くて禁書エリアに入るために入る必要のあるエリアに入れないようにしている結界だな。その結界を破ろうとした形跡があったんだよ。それも三度もな」

そんなユリースの態度を気にするわけでもなくユウはいつも通りだるそうにそう告げる。

「いや、私はそんな禁書エリアなんて知らないですし、急にそんなことを言われても分かりません‼それにあなたがこの学院の防衛システムを管理しているなんてことも信用できませんよ‼」

ユリースはそう反論する。

その口調はリーシャや生徒たちと接しているときの優しい口調から強い口調に変化している。

「んなこと言われたってなぁ。証拠はあるからな」

そう言ってユウはポケットからところどころ折れ曲がった写真を数枚出してユリースに渡す。

リーシャは何とかしてそれを見ようと少し近づいて覗き込む。

細かいところは見ることはできなかったがユリースが現在着ている服の人物が暗闇でしゃがんでいる様子が見れた。

「一か月前に毎日の確認で誰かがこの結界を破ろうとした痕跡があることが分かり、誰かがこの結界をいじった時に俺に伝わるような術式を組み込んだところ二週間前の夜にそれに引っかかって急いで来たときには誰もいなかった。だから少し結界の強度は落ちるが誰かがこの結界を破ろうとしたときに自動で写真が撮影されるという術式を追加したときにこの写真が撮れたんだ」

ユウはそう詳しく説明する。

それを聞いたユリースは何も言わずに写真を見つめて固まったまま。

そしてそれは他の生徒たちも同じだった。

それはユリースのその行いに対するものでは無く、ユウがユリースが結界を破ろうとしているということを見つけたその過程にであった。

まずユリースという大物の魔術師に破られない結界を作ったということ、そしてそれをさらに改造することによって犯人がユリースであるということを見つけたという技術力。普段のユウからは想像することが出来ないようなことだ。

「そ…そうでしたそうでした!実は学院内に不審な結界を発見したため何かあってはいけないと思い、解こうとしていたのでした!」

そうユリースは弁解する。

この弁解はただの苦し紛れの言い訳であるというのはリーシャでも分かる事であり、この弁解が余計にユリースが犯人であるということを濃厚にさせた。

「でもなぁ。この場所に辿り着くのも面倒でいくつかの段階が必要だからそもそも見つけること自体難しいんだけどなぁ。それにここに住んでもいないあんたが夜中にいること自体が怪しいんだけどなぁ」

そのユリースの言い訳にユウはそうねちっこく詰め寄る。

「いや、偶然、偶然見つけたのですよ‼それに夜中にやったのは誰にも迷惑を掛けないようにと言いますか、昼間だと他の生徒が入ってきて危険になるかもしれないじゃないですか!」

ユリースはさらに分かりやすい言い訳を重ねる。

「偶然にねぇ…とりあえず後の話は学院長としましょうか、ニール教オグラー派閥幹部のケラーさん」

「!?」

その言葉にその場のすべての人間が驚き、そしてユリース以外は同時にあたまにはてなマークが浮かんだ。

オグラー派閥、その名の通りオグラーというニール教徒が作った派閥であり、異教徒という悪を打倒すためならば何をしても良いと思っている過激派グループだ。数年前にオグラーが死に、その活動が鎮静化すると思われたが逆に燃え上がった結果何人もの逮捕者を出し、それ以降は名前を聞かないようになっていた。まさかその派閥の、それに幹部が目の前にいるユリース…いやケラー?一体どういうことだ?

「いやぁ叩けば埃が出てくる出てくる。住所や名前、その経歴すべて偽装して学院に忍び込んで、そのあと何とか手を回してここに客員教授として来た。そしてその正体は数々の事件を裏から手引きしていた一級の犯罪者だったとは。御見それしましたよ」

ユウのとどめと言える言葉に対してユリースは何も言わずにうつむいている。

「ふふっ…ふははっ…ふははははははっ‼」

突然ユリースは壊れたように笑う。

「いやはや、ここまでばれると清々しいですね。その通りですよ‼」

ユリース、改めてケラーは開き直ってそう言い放つ。

「それで私をどうするつもりですか?」

「とりあえず学院長室行きだな。そこで正式な処遇とかを決める」

「なるほど、そうですか、それは困りましたね」

そう言うとケラーはリーシャを見てにやつく。

「リーシャさん、そしてここにいる皆さま‼改めまして、私はニール教オグラー派閥のケラーと言います。ここで皆さまにお知らせです」

そう言ってケラーはリーシャを指さす。

「私は彼女、そしてこの学院の各所に爆発魔法を仕掛けました‼威力は半径10メートルほどを爆発させる程度ですが彼女を殺す、及びこの学院を壊すには十分な威力、そして個数でしょう‼」

「!?」

思わぬ言葉にリーシャは自分の体の各所を触る。

爆発?私を?一体いつ……は!

リーシャはケラーに呼び止められたときに触られたことを思い出し、自らの腕を見つめる。

あのときのあの寒気、もしかしてあのときに魔法を私にかけたのか?

しかしあの時は一瞬、それに私はすぐに振り払ったし、そんな魔法をかける時間があったのか?

「どうやって私に魔法を?と考えていますねリーシャさん」

そんなリーシャの思いを簡単にケラーは読み取る。

「ここでは魔法の歴史についてを教えていますが、私の専門は火の魔法、特に爆破魔法は私の十八番でしてね。少し触るだけで魔法をかけることが出来るのですよ」

そう言ってケラーは両の手のひらをリーシャに見せつける。

「さあてどうしましょうか?このままでは生徒及び学院に大きな損害が起きますよ?それでも本当に私を捕まえようと言うのですか?」

ケラーはにやにやと笑いながらユウに近づく。

「うん、捕まえるよ」

そんな脅しにユウは臆することも無くいつも通りに話す。

そんな様子に脅している側のケラーも少し驚いたようで不思議そうな目でユウを見つめる。

「良いのですか?あなたが私を拘束しようとした瞬間、全ての魔法を発動させますよ?良いのですね‼」

「ああ、それなら全部外しておいたぞ」

そう言ってユウはあくびをする。

「は?」

それまで狂気的な笑みを浮かべていたケラーの表情が固まった。

「外したって、私は学院のあちこちに仕掛けたのですよ?それも隠密の魔法をかけて見えないようにして。それに彼女に魔法をかけたのは今日ですよ?それを外せるわけが…」

「だから言ってるだろ。おれはこの学院の管理をしているって。この学院のことは誰よりも知っている。それにお前は爆破を専門にしていると言っていたが、俺は結界を作ったり解除したりする裏方に特化している。あんたレベルの魔法なら簡単に外すことが出来る、あんたがやったようにポンと触るくらいでな」

そう言ってユウはリーシャを見る。

「え…もしかして肩を叩いたときに?」

「あぁ、簡単に外せたぞ」

ユウのその言葉に安心したのかリーシャは全身の力が一気に抜けて膝から崩れ落ちた。

「そ、そんなわけありません!この魔法は私が10年かけて編み出した魔法ですよ!?それをすぐに外すなんて…ありえない‼」

「あんたの10年がどんなもんなのか分からないがあんたの魔法は荒い。察するに即設置即起爆を目的にしていたからなのか、設置スピードを出来るだけ早くしようとしためちゃくちゃな魔方陣だから外しやすい。今回みたいな脅しとして使うならもっと手の込んだもんにすべきだったな」

ユウはそう淡々と説明する。

「そ…そんなはずは…ありえない…ありえない…」

ケラーは膝から崩れ落ちる。

「その様子だと確かめようと起爆してみたようだな。そしてそれが不発に終わったと」

そう言いユウはケラーに手のひらをかざす。

するとケラーの上下前後左右に透明な結界が現れてケラーを包む。

そして下の結界が床の代わりとなってケラーの体は宙に浮きあがっているようになる。

ケラーは何が起きているのか理解できてい無いようで周囲の壁を叩きまくる。

「これは一体!?」

ケラーは叫んでいる、のだろうが結界の影響でその声は迫力のすごい小声に変わっている。

「分からないか?結界だ。お前が触ってすぐに魔法をかけることが出来るように俺は触らず、かつ詠唱無しで結界を作れる」

ユウはケラーに寄ってトントンと結界の箱を叩きながらそう言い、自らが着ていた白衣を脱いで結界に被せる。すべてを覆うのには足りなくケラーの足だけが見えている状態になっている。

「それじゃあ今からこれ運んでくるから何かあったら上級生の言うことに従ってくれ。分かったか?」

「「はい‼」」

ユウがそう言うとこの一部始終を見ていた生徒の一部がそう返事をする。

その制服を見ると返事をしたすべての生徒は上級生であり何人かは行動を始めて後輩に指示を出し始めた。

「リーシャさん」

三年生の先輩がリーシャに声を掛ける。

「これがユウさんがここの管理人をしている理由です。ご理解いただけましたか?」

これまでのリーシャの言動を見ていて何も言わなかったのか先輩はそう言って手を差し伸べる。

「えっと…はい」

リーシャはそう答えて先輩の手を取る。

「良かったです。今日は疲れたでしょう?ゆっくり休みなさい」

先輩はそう言って笑みを浮かべて他の生徒のサポートに向かった。

「リーシャちゃん‼」

遠くからドタドタという足音と共にミナそしてその他同級生がリーシャに駆け寄る。

「大丈夫!?どこも怪我してない?」

ミナはリーシャの肩やら頭やらお腹やらをべたべたと触る。

「う…うん。大丈夫だと思う」

そもそも自分に魔法がかけられていたことも分からなかったためそれが解かれているかも当然分からない。そのためユウの言葉を信じつつもそう疑問形で答える。

「とりあえず保健室の先生に診てもらおう?ね?」

ミナがそう言うと他の皆もそうだそうだと言いリーシャの両脇に腕を回して強引にリーシャを連れ出す。

肉体的には普通に歩くことが出来るのだがいまだ放心状態であったリーシャは精神的に歩けない、というより歩くことなんて頭に無かったのでそのまま引きずられたままで保健室まで運ばれた。

保健室の先生の検査の結果、魔法をかけられているということは無いが精神的なショックは残っているので気を遣ってほしいと伝えつつ、先生は念の為にとリーシャに睡眠導入剤を渡してくれた。

その後はまず元気を出すには食べることだとリーシャは同級生たちから言われたが、なんとなくそんな気分になることが出来ず、そのまま部屋へと戻って休むことにした。

部屋で軽くシャワーを浴びて軽食で腹を少し膨らませてからベッドに入る。時刻はまだ19時。本来ならば友人たちと話したり授業の予習復習などをしたりなど忙しい時間ではあるが今日は精神的に疲れてしまっていることからそんな気分では無く、もう何もやりたく無い。

ただベッドに入っても、疲れがあってもどうしてもユウのことを考えてしまい眠りに就くことが出来ない。

彼は一体何者なのか、あれほどの魔法使いがどうして有名にならずにこの学院の寮の管理人になっているのか、など考えても分かるはずの無い問題がずっと頭の中でグルグルとしている。

…これでは駄目だ。そう思いリーシャは先生からもらった睡眠導入剤を使い数分後に健やかな眠りに就いた。


一方そのころ

「…やっぱりスパイだったかこいつ、怪しいとは思ってたけどねぇ」

月明かりの差し込む薄暗い学院長室の中でミリの声が反響する。

「怪しいと思ってんなら入れないでくださいよ」

そんなミリの言葉に呆れながらユウはそう返す。

「いやだってだぁ、一応ニール教のやつらと仲良くしようという名目だけで招いている訳だし本当にその人大丈夫ですかとか追い返したら面倒なことになるだろ?」

「その面倒を何とかするのが学院長でしょうが」

「いやさぁ、学院長って言ったってまだ着任してから8年くらいなわけじゃん?それにその前は私はただの一般的な魔法使いなわけだったしさぁ」

「言い訳はいいからちゃんとしてくださいよ本当に」

「言い訳って、いったい誰のせいでこんなことになっていると…」

ミリはそう悪態をつこうとするがはっと思い出し言葉を止めてユウの表情を恐る恐る見つめる。

暗さではっきりとは分からないが目の鋭さが変わったということは分かった。

「…それでどうするんすかこの後は。あいつ突き出した後にもう一人後任のスパイ候補を連れて来る気なんですか?」

気まずくなった空気をユウが変えようとする。

「いや、後任は頼まないし頼めないよ。8割がたケラーが計画したことだとは思うが学院全体が絡んでいる可能性もあるからな。それとあっちに送っている教授に帰ってきてもらうよ、今は何が起きるか分からないしね」

「そうすか。そんじゃあ俺はこれで、あとは頑張ってください」

そう言ってユウは部屋を後にしようとする。

「ああ、ちょっと待ってくれ」

しかしそれをミリが止める。

「なんすか、こっちはあいつのために緩めてやった結界を直してクタクタなんですよ」

「いや何、ちょっとお願いがあってね」

そう言ってミリは不敵な笑みを浮かべる。

「こうなったのはある意味、というか昔まで振り返れば君のせいと言うことができるわけだからさぁ、だから…」

そんな前置きでミリはお願い、という名前の命令を出す。

当然ユウはそれを断ることが出来ずにいやいや受け入れて激動の一日を終えることとなった。

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